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INNOCENT STEAL -First ECLIPSE-  作者: 豹牙
二章 最凶の生徒
15/51

15 三人の悪魔たち

家を出たセヴィスは朝の気怠さを感じながら、一人で学園へ向かう。

その通学路の途中にハミルが勝手に作った待ち合わせ場所があるのだが、セヴィスにはハミルを長い間待たせているという罪悪感が当然のようにない。


家から歩いて五分、ハミルとの待ち合わせ場所にしている交差点で、セヴィスはハミルがいないことに気がついた。

セヴィスが腕時計を見ると、待ち合わせ時間七時三十分から約十五分遅れている。

最初は先に行ったのかと思った。

それでも、三十分待たされても待っているハミルがいないのはやはり変な光景である。


「やっちまえー!」

「ぶっ殺せー!」

 

ふと交差点の右にある少し暗い路地から、このような男達の声が飛び交っているのが聞こえた。

こんな朝早くから、こんな公すぎる場でファイトクラブでもやっているのかとセヴィスは思った。

だが、


「やっやめろ! おれを殺す気か!」

 

続いて聞こえたのはハミルの声である。

これは只事ではない。

今、ファイトクラブではない何かが起こっていて、ハミルが殺されそうになっている。

そう判断したセヴィスは、野次馬に紛れて歩いて路地に入る。

悪魔かは分からないが、歩きながら黒いブレスレットを腕に装着する。


人ごみの中心で繰り広げられている風景は、幻覚かと思う程だった。

頭から血を流して気絶しているモルディオと、それを庇うようにして立つハミル。

そのハミルも顔に痣ができている。

そして、下げたズボンと奇抜な髪形が目立つ男三人がハミルを囲んでいる。

 

この三人組が二人を怪我させたのは誰でも理解できるのだが、セヴィスにはA級の候補生であるモルディオが、あれだけの怪我を負って倒れているのが信じられなかった。


「話になんねーな!」

 

男の一人が言った。

A級が話にならない、とは彼らは一体何者だ。

A級以上の悪魔か、祓魔師か。

だが、A級でモルディオより強い祓魔師は外国にもほとんどいない。

いるのは四、五人だ。

その数人についてはセヴィスも顔と名前ぐらいは知っている。

この三人組は初対面だ。

悪魔以外に考えられない。

 

セヴィスは人ごみをかきわけてさらに前に進む。


「あっ、せびちゅだ」


近くにいた子供が、セヴィスを指差して言った。

それに反応して、男三人がこちらに体を向ける。


不意打ちをしようと思ったのに余計なことをするな。

それに俺の名前はせびちゅじゃない、とセヴィスは子供を少し睨みつけた。

間違えられるくらいなら、覚えなくていい。

それより、どうしてこの現場に子供がいるんだ。

セヴィスは思ったことを口に出そうとして、止める。

言おうとした言葉は喉の奥に落ちていった。

場違いな幼い子供を別の場所に移してやろうとは思わない。

面倒だからだ。


セヴィスに気づいたハミルが、切れて血だらけになった唇を動かしているが、何を言っているかは聞こえない。

おそらく、自分の名前を呼んだのだろう。


「こいつはA級のくせにオレらに気づかねえんだぜ。笑えるだろ? てかお前誰だよ」

 

一番派手な格好をした男が言う。

セヴィスはその男の視界にブローチが入るようにわざとらしく襟を引っ張って、口を開く。


「セヴィス=ラスケティア。S級」

「はぁ? お前がクレアラッツのS級? こいつらより細いし、弱そうな奴だぜ!」

 

別の男が言うと、他の二人も笑う。

セヴィスはしばらく冷めた目で三人を見ていた。


野次馬がさらに増えて、路地の温度が上昇してきた頃。


「一つ、聞いていいか」

 

セヴィスは平然とした表情で言う。

彼の表情が少しだけ楽しそうだったことに、ここにいるハミルを除く全員が驚いた。


「アンタ等、誰だ」

 

この質問を聞いて、男三人は再び腹を抱えて笑い出す。


「お前祓魔師のくせに知らねーのか? オレ等は悪魔だ! その名は、アクムァーズ!」


悪魔と聞いて、セヴィスの表情がほんの少しだけ変わった。


「悪魔なんだな」

 

予想通りの答えだった。


「お前たち、自己紹介だ! オレは地上最強のリーダー、アクムァレッド!」

「オレはアクムァブルー! こう見えてリーダーより強いんだぜ!」

「オレはアクゥムァイエロー! 実は隠れ最強ポジションなんだぜ!」


三人はそれぞれ前に躍り出て、それぞれのポーズを取る。


「おい、リーダーが最弱設定になってるぞ」

「おい、何か文句あんのか。ブルーはリーダーより強いのは当然だろ」

「おい、イエローを空気にすんじゃねえよ」

 

静まってしまった路地で、三人は互いの首を絞め始めた。


「……」


無言を貫いていたセヴィスは手を背中に入れ、何かを投げた。

反射的に、三人の男の腕が同時に動く。


「何が、起こったんだ……?」

 

野次馬が次々に同じ言葉を言う。

戦闘経験者ではない彼らには、現役の祓魔師でさえ見えないセヴィスの素早い動作が見えるわけがない。


三人の男の腕には、それぞれ一本ずつ同じ場所にナイフが刺さっていた。

三本のナイフの持ち手に付いた糸が、セヴィスの右腕にあるブレスレットに繋がっている。

三本の腕から、血が滴り地面に落ちる。


「なっ……」

 

男たちが、驚いて自分の腕を見る。

彼らが自分にナイフが刺さったと自覚して反撃に移る前に、セヴィスは低い声で一言を放つ。


「死んでもらおうか」

 

右腕が青白く光った途端、光は高速で糸を駆け抜け、男三人にそれぞれ伝わる。


「ぎゃああああああ!」

 

男達の絶叫が、路地に響く。

野次馬たちは目を丸くして絶句している。

 

セヴィスが使ったのは、自分の手から高圧の電気を流す魔力権である。

彼が何も装備していない状態なら痺れと気絶程度で済むが、ブレスレットをしていると同じ魔力権か無効化の魔力権を持たない悪魔以外はほとんど即死する。

 

このブレスレットの内部は糸を巻き上げるバネの部分以外、隙間なくコイルが巻きつけてある。

このコイルが、彼の魔力権の威力を増幅している。

 

青白い光が消えると、黒く焦げた男たちの死体がハミルの前に積み重なった。

その腕からナイフが抜け、セヴィスの元に収縮する。

地面に飛び散った大量の血液が滲み込んだ。


「全く……こんな雑魚どもに気絶されておきながら、俺を倒すとかよく堂々とクラスで言えるな」

 と、セヴィスは横目で倒れたモルディオを見る。

何度見ても、不自然だ。

頭にしか傷はなく、無防備で攻撃を受けたのは間違いないようだ。

A級が無防備で攻撃を受けたのだから、どれだけ強い悪魔なのかと思ったらこの有様だ。


よく分からない。

彼がわざと攻撃を受けたようにも見えるが、そんなことをしてもメリットはどこにもない。

やはり彼が油断したのだろうか。

しかし彼は候補生では、セヴィスに次ぐ実力の持ち主だ。


モルディオの前に立っていたハミルは安心して座り込む。

ハミルはそこまで重傷でもなさそうだ。


まさか、モルディオがハミルを庇ったのか。

それはない。

やっぱりこいつが雑魚だったんだ。

セヴィスはそう思い込んだ。


「あの、救急車呼びましょうか?」

 

女が、前に出てきて言った。


「ああ。そうしておいてくれ」

 とセヴィスは死体を見ながら言った。


女は人ごみを何度も謝りながら抜けて、走って交差点の近くにある公衆電話に向かう。

 

女が去ってからしばらくして、路地に拍手の嵐が巻き起こった。


「S級ってすごいな」

「やっぱり今日トーナメント見に行こう」

 

野次馬たちは感心しながら去っていく。


男たちの死骸が積み重なっていた場所には既に死体はなく、紺色と黄色が混ざったような色の『宝石』が三つ転がっている。

 

セヴィスはナイフに付着した血と肉片を振り払うと、そのままナイフをシャツの中に突っ込む。

外からはほとんど見えないが、腰にはナイフケースが付いたベルトがある。


「な、なあセヴィス」

 

掠れた声でハミルが口を開く。

血も止まったらしく、ゆっくりと立ち上がる。

それでもふらついている。


「お前が来なくたってな、おれ一人で十分だったんだ……」

「お前はその様でよく見栄を張るな」

 と、セヴィスは呆れた表情で言う。


「おれに嫌味言いにきたモルディオが背後から襲われたから、おれだって逃げるわけにはいかなかったんだよ。あいつさ、自慢してる時は周り見てねえし」

「……モルディオなんかどうでもいい。さっきの奴ら、何なんだ」

 

モルディオなんか、という言い方にハミルは少し笑う。


「さあな。多分B級だよ。悪魔の野郎は色んなところに潜んでるよな。見分けられねえなんて悔しいぜ」

「それで、お前はトーナメントに出るのか?」

「おれはトーナメントに出るぞ。間違っても救急車で連れてくなよ。モルディオは見ての通り完全に棄権だけどな」

 

ハミルが昔から打たれ強さがとりえだと言っていた。

そのことを思い出したセヴィスは、

「その怪我で今日のトーナメントに出場したら、腹を一発殴られるだけで簡単に血反吐が出そうだな」

 と言った。


「セヴィス、お前おれをなめてるだろ」

「……」

「あっこの『宝石』、美術館に持っていかないとな」

 

ハミルは自分の足元に転がる三つの『宝石』を拾う。

 

最初、この『宝石』をシンクにでもあげようかと思っていたセヴィスだったが、ハミルがいては不審に思われるだけなので仕方なく美術館に寄贈することになった。

 

美術館に寄贈されるのは割れていない『宝石』で、割れた『宝石』は店に売られる。

寄贈する理由は、その美しさだろう。

人間にとって『宝石』は美しきものでしかない。

 

それにしても楽観的で適当なシンクよりも腹が立つ悪魔だった。

 

もう死んで『宝石』になったのだから、今更腹を立てても仕方ない。

セヴィスは悪魔のことを腹立たしく思いながら三つの『宝石』を見ていた。

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