14 レストランの朝
まだ開店前の『クリムゾン・スター』で、シンクは客席に座ってロザリアと同じニュースを見ていた。
ロザリアとは違い、シンクは昨日出したフレグランスの予告状を確認する為にニュースを見ている。
「あー!」
シンクは突然大声を上げた。
アルジオが驚いて振り向く。
「こいつ昨日のジジイじゃねえか! ちくしょう、ルビーばっかり見せびらかしやがって! 金持ちかっつーの!」
テレビの画面にターレが映っている。
その腕には手形の痣がしっかりと残っている。
その痣を作った張本人は、テレビ画面に映るターレを指差していた。
「ターレさんはお金持ちですよ」
「はぁ? じゃあなんで俺から金を取ろうとしたんだよ」
「黒い噂で結構有名な方ですから、正直昨日店長に任せていいのか心配でした」
アルジオが話している間に、ターレの対談が終わって日食のニュースになる。
「日食か……」
興味ありげにニュースを見ているシンクを見て、机を拭くアルジオは手を止めた。
「私は店長が真面目にニュースを見ている方が珍しいと思いますよ。まあ、確かにこの国での皆既日食は滅多にないですから」
「なあ、二日後って何かあったか?」
顔を画面に向けたまま、シンクはアルジオに聞く。
「明後日ですか? 私は日食と、あとエルクロス学園で祓魔師のトーナメントがあることしか知りませんよ。二日連続ですから出場する候補生は大変ですよね」
「やっぱりそうか」
「何かありました?」
アルジオは喋りながら作業を再開する。
「セビ、いるだろ?」
「S級のセヴィス君ですか? そういえば昨日もここに来ていましたよね。彼がどうかしましたか?」
「あいつ、負けるかもな」
と、シンクが言うとアルジオは鼻で小さく笑う。
「何を言っているのですか。彼は去年のトーナメントで優勝したのですよ。今更負けるわけがないでしょう」
「違う。あいつは暗い所が苦手なんだよ」
「それってもしかして、あの無表情で暗所恐怖症ってことですか?」
「そうじゃねえ。あいつは暗い所だと本当に弱くなるんだよ」
アルジオは嘘を言うなと思って、呆れた表情をしたシンクに目を向ける。
「嘘は言ってねえぞ」
アルジオの考えていることを見透かしたかの様にシンクは一言付け足した。
「例えそうでも、トーナメントが行われる闘技場は屋根があって、室内灯が点いているはずです。別に問題ないのでは?」
と、アルジオは言う。
「電気点いてんのか? 俺トーナメント行ったことねえからな。屋外かと思ってたぜ」
「だから心配なんて無用です。それにもし停電が起こったら、店長が助けに行けば済む話ですよ」
「何で俺が出てくるんだよ」
「できますよ! だって前に悪魔がこの近くで出た時、てんちょは営業妨害だとか言って祓魔師が来る前に蹴り一発で悪魔を沈めたじゃないですか!」
背後から女の声がした。
フレグランスのニュースを耳で確認したシンクが後ろを振り返ると、今来たばかりのマリが立っている。
「まだそんなこと覚えてやがったのか。俺はもうとっくに忘れてたぜ」
正式には蹴り一発ではなく、肩を左手で抑えつけて腹殴りも入っているのだが、補足するつもりはない。
「あの後、駆けつけた祓魔師に説明するの大変だったんですよ?」
「あいつらがノロマだからだ」
「一つ聞いていいですか?」
と言ってマリは荷物を机の上に置く。
「前から気になっていたんですけど、てんちょとS級のセヴィスくんが戦ったらどっちが勝つんですか?」
「マリ、あなたは何を言っているのですか。店長は確かに強いですが、祓魔師ではありません。悪魔みたいな性格をしていますが悪魔でもありません。現役S級祓魔師のセヴィス君と比べてどうするのですか」
マリの目に、アルジオの背中を背後から睨みつけるシンクの姿が映る。
それがマリをさらに焦らせる。
「先輩じゃなくて、てんちょに聞いているんです!」
シンクは少し考え込んで、
「そうだな……あいつに勝てる自信ならあるぜ。俺はあいつの弱点知ってるからな」
と言った。
「お言葉ですが店長、セヴィス君の戦闘を見たことあるのですか? 速すぎて本当に何も見えないのですよ。それに比べて店長はただの暴力です。暴力で悪魔を倒すって……どれだけ喧嘩してきたのですか?」
アルジオがシンクを見下した目で見る。
確かに一般人が悪魔を暴力で倒すのは格闘家か剣術を習うかしないと不可能なことだ。
だがシンクは元S級悪魔であり、一般人の当然や常識が通じない男だ。
魔力権や武器による戦闘は疑惑を招くだけだ。
だからあの時はシンクには暴力しか戦う方法がなかった。
「見たことは何度もあるぜ。もしあいつをやるとしたら夜だな」
そう言ってシンクはテレビの電源を切って立ち上がる。
「あの、行きましょうよ!」
どういうわけか、マリが期待の目で言う。
「行くってどこに行くのですか?」
アルジオが聞き返す。
「トーナメントに決まってるじゃないですか! わたし去年からセヴィスくんのファンなんです!」
『えぇ』
と、シンクとアルジオが同時に言った。
「だって、かっこいいじゃないですか!」
「セビのどこがいいんだよ。無表情で何考えてるか全然分かんねえし、ハンバーグばっかり食ってるお子様じゃねえか」
目を輝かせるマリに、シンクは文句を言う。
「お子様じゃないです! セヴィスくんはおとなです!」
自分のことでもないのにマリは語気を強める。
「大人でもねえよ。あいつは二年生だから十六歳だろ」
「えっそうだったんですか? とてもそう見えないんですけど……でも十六でS級って天才じゃないですか!」
興奮して机の周りをうろうろするマリに対し二人は呆れている。
すると、マリは突然止まってシンクの方を向く。
「そういえばこの店もそろそろ五周年ですよね。記念に新しいメニューでも考えませんか?」
「へえ、あれからもう五年も経ったのか。俺も随分変わったよな」
「……あの、失礼ですけどてんちょって何歳なんですか?」
「俺か? 俺は永遠の十八歳だ」
と、シンクは親指で自分を指して言う。
辺りがしらける。
「店長、ここはメイド喫茶ではありません」
アルジオが冷たく注意する。
「ちっつまらねえ野郎だぜ。俺は十八歳じゃなくて……何歳だっけ?」
「もしかして、分からないんですか?」
眉を八の字にしてマリが聞く。
「確か開店した時は二十だったな。てことは二十三だ」
「店長、この店は開店五周年です」
アルジオは呆れるあまり目を閉じて言う。
「じゃあ俺は二十五か。歳ってとりたくねえな……なあアル」
再び辺りがしらけた。
少し空しくなってきたシンクは、右手でアルジオの背中を思い切り叩く。
「ほらっ休んでねえで、早く掃除しろ。どうせ今日はトーナメントだから客はほとんど来ねえんだ。掃除を終わらせたら俺らも行くぞ」
背中を押さえるアルジオと笑顔のマリを置いて、シンクは厨房に向かう。
「てんちょ! 行ってくれるんですね!」
マリの嬉しそうな声が店に響く。
「まっ、あいつは悪魔の全滅を望んでるわけだから、俺とはいつか必ず戦う破目になるんだけどな。もしかしてあいつが祓魔師になった理由って俺を殺す為なのかもしれねえな」
と、シンクは厨房で呟いた。