12 悪魔少女の朝
人目につかない場所にあるベンチで寝ていたロザリアは、自分が目を覚ましたことを認識した。
今日は祓魔師候補生たちのトーナメントがある。
エルクロス学園の場所は昨日通行人に聞き出しておいた。
方向音痴だったシンクとは違って、自分はこれぐらいで迷わないとロザリアは自負している。
トーナメントまでは時間がある。
ロザリアは昨日ビルに何度も見かけた巨大テレビで情報を知ろうと思った。
運がよければ、フレグランスの情報も入るかもしれない。
ロザリアは少し疲れが溜まった身体を起こして、立ち上がる。
無防備で寝ていたので少し心配だったが、細剣はちゃんと腰にある。
細剣を確認したロザリアは、腰に付けられた袋から小さな『宝石』の欠片を取り出して口に運ぶ。
一カラットの『宝石』を食べてから二十四時間『宝石』を食べないと悪魔は飢え死んでしまう。
そう思うと悪魔は不便な生き物である。
「仕方ないわ。それが私たちなんだから」
ロザリアは小声で呟いて、歩き出す。
三分ぐらい歩くと、昨日の大通りに出た。
昨日と比べて二倍以上の数の候補生たちが、それぞれの武器を手に歩いている。
候補生たちに紛れて、他校の生徒たちやスーツの若者たちも歩いている。
ロザリアが向かうのは学校でも職場でもなく、ニュースが見られるテレビがついたビルだ。
「貴重なお話ありがとうございました! ……『人気歌手たちに迫って、迫って、迫って、聞いてみよう』でした~」
上から声がした。
ロザリアが上を見上げると、大きなデパートに巨大ディスプレイがぴったりと貼りついている。
そのディスプレイには女性のアナウンサーと派手な服を着た男が映っていた。
対談していた様だが今ちょうど終わったらしく、コマーシャルが流れ出した。
この街では普通のことだが、ロザリアはついこの前大型ディスプレイを初めて見た。
建物に映像が流れている時点でアナウンサーが巨人ではないかと一瞬自分の目を疑ってしまったが、すぐに画面だと気づいた。
ディスプレイの左上を見ると、時刻が表示されている。
「まだトーナメントまで時間があるわ」
ロザリアは思ったことを口に出した。
周りを歩く人間は独りで呟く彼女を気にも留めていない。
「フレグランスの情報は入らないのかしら。怪盗だからそう簡単に出るものでもないと思うけど……」
ディスプレイの斜め下にあるベンチに腰掛けたロザリアは、フレグランスの情報を期待してコマーシャルが終わるのを待つ。
数分経って、コマーシャルが終わる。
ディスプレイに、先程とは別の女性アナウンサーが映し出された。
「七時三十分、『モーニングジェノマニアニュース』のお時間です。では、早速本日のニュースをお伝えします」
と言ったアナウンサーの下に、白い文字で『祓魔師候補生トーナメント』と大きく表示された。
「今日午前九時より、祓魔師候補生の格付けを決めるトーナメントが、エルクロス学園闘技場にて行われます」
それは分かっているから、別の情報が欲しいとロザリアは思う。
「では祓魔師研究家のターレ=ガンナさん、今回のトーナメントの結果はどのように予想されますか?」
アナウンサーは、笑顔でターレという白髪交じりの男にマイクを近づける。
ターレは腕を組んで考える。
ロザリアはターレが身に着ける大量の『宝石』に気を取られて、その腕にある赤い手形に気づかない。
「今年の二年生はすごい力を持っていますからね。やはり、優勝は去年S級を取った初の候補生セヴィス=ラスケティア君ではないでしょうか。私も去年初めて彼を見て随分驚かせてもらいましたからね」
と、ターレは苦笑いで答えた。
今年の優勝もセヴィスなのか、とロザリアは少し不満な表情をした。
「わたしは、候補生では難しいA級を取ったモルディオ=アスカとチェルシー=ファリアントも気になりますが、どう思いますか?」
アナウンサーが出した片方の名前には聞き覚えがある。
昨日ハミルに嫌味を言っていた少年のことだと、ロザリアはすぐに思い出した。
「モルディオ君は足も速く防御も強い。でも近距離に徹底しているから、どうしてもセヴィス君とは相性が悪いんですよ。だからモルディオ君にS級は難しいでしょう。
チェルシー君は魔力権による戦闘に頼り過ぎている。どんなに強い魔力権でも避けられれば意味がありません。ですが、彼女は去年セヴィス君といい勝負を繰り広げていましたね。一年経った彼女がどれだけ強くなったのか期待しています」
昨日あれだけ自信満々にS級を取ると言っていたモルディオが、このターレの一言で小さく感じた。
ターレはモルディオに期待の言葉もかけなかったのだ。
もう片方のA級のチェルシー=ファリアントは、名前からして女だろうか。
ロザリアはチェルシーに関してはA級だから戦闘を見ておこうと思うだけだった。
あのターレの言い分からして、セヴィスは近距離戦闘をしないのだろうとロザリアは推測した。
だが、ロザリアには彼が遠距離戦闘をするとは思えない。
なぜなら闘技場がどれだけ大きくても、モルディオの足が速いのならば遠距離攻撃は不利だからだ。
激しく回転するロザリアの頭に、ふと昨日の祓魔師の言葉が過った。
『無理無理。速すぎて見えないから』
つまりセヴィスがモルディオと相性がいいのならば、セヴィスはモルディオよりも速いということだ。
素早い遠距離攻撃。
悪魔たちの洞窟で、剣や槍の戦闘ばかり見てきたロザリアには想像もつかない。
セヴィスが変わった戦い方をすると一度レンから聞いたことがあるが、それと深い関連性がありそうだ。
「去年のトーナメントはわたしもリポートしたのですが、彼は速すぎて何をしているのか全然分かりませんでしたね。気がついたら勝負は終わっていました」
アナウンサーは恥ずかしそうに言った。
「私はもちろん今日のトーナメントも見に行きます。セヴィス君の戦闘には今年も期待していますよ」
今度は苦笑いではなく、普通の笑みでターレは言う。
「彼の戦闘は言葉に表すと何ですか?」
と、期待の目でアナウンサーが尋ねる。
「うーん。近距離でもないし、遠距離でもない」
ターレは考えている。
ロザリアは遠距離でもないという言葉を聞いて、頭の中で今まで考えていたことが水の泡のように消えていく感覚を感じた。
「中距離戦闘……じゃないでしょうか?」
「そうですね。わたしもそう思います」
中距離戦闘とは、何だろう。
ターレの話を聞いているだけで、ロザリアはセヴィスについて余計に分からなくなった。
「今日は行かないつもりでしたが、わたしも気になってきましたね! トーナメントは今日の九時からこのチャンネルで中継します。入場料は無料なのでみなさんも見に行くのもいかかでしょうか? ありがとうございました!」
ロザリアが考えているうちに、ターレの祓魔師についての話は終わってしまった。
画面の下に『五千年に一度の皆既日食』と表示された。
「最近話題の皆既日食、明後日の正午に起こるのは皆さんもご存知でしょう。我々が住むクレイル・トリニティの衛星の中で一番大きい衛星、セディ・アースが太陽を隠してしまいます。セディ・アースの日食は軌道を考えればものすごく貴重なもので、このジェノマニア王国全土で最低でも一時間は真っ暗になるんですよ。五千年に一度ですからね」
どうやらこの王国で五千年に一度という日食が起こるらしいが、鉱山暮らしのロザリアには関係ない。
この場を去ろうとロザリアは思った。
すると、
「たった今入ったニュースです。今朝、ジェノマニア『宝石』店のガラスに怪盗フレグランスの予告状が刺さっていた模様です」
「っ!」
思いがけないニュースに、ロザリアは驚愕して立ち上がる。
「またフレグランスですか。たかが泥棒が神聖なルビーを盗むのは許せません。いい加減にして欲しいですね」
と、ターレが額に血管を浮かべて言う。
温厚な印象があったターレの表情は完全にフレグランスへの憎しみへと変わっている。
相当フレグランスを嫌っているのだろう。
「ターレさんは確かルビーがお好きだとか……」
「そうです。私の家はルビーでいっぱいですよ」
ニュースはターレのルビー自慢をする場ではない、とアナウンサーの困ったような顔に書いてある。
「フレグランスの予告時間は本日夜十一時とされています。先日入荷した六十カラットのルビーを狙っている様です。これが盗まれると莫大な損害が発生するということで、フレグランス特捜課は、予告時間十一時に向けて店の厳重な警備を進めています」
フレグランスには特捜課があるらしい。
それだけフレグランスの活動が頻繁だということなのだろうか。
とりあえず午前から昼までトーナメントを見て、夕方から『宝石』店の場所を聞いて情報集めをすることにしよう。
今日の十一時、ジェノマニア『宝石』店に行って祓魔師に見つからないようにフレグランスを倒しに行かなければ、とロザリアは決めた。