11 二つの野望
「『宝石』は取ってくるから、そいつの討伐を忘れるなよ」
「うるせえ。母親みたいなこと言うんじゃねえ」
「今まで何回も忘れそうになっただろ」
返す言葉がなくなったシンクは、すぐに話題を切り替える。
「セビ、これは俺の予想だけどな、俺がいた洞窟の奴らのS級悪魔はロザリアかレンだ。あいつらの『宝石』ってうめえのかな?」
「俺は悪魔じゃないから分からない。そのロザリアとレンについては初耳だ」
セヴィスの言葉を聞いたシンクは、人を嘲るような笑みを浮かべた。
「俺がいた洞窟の奴らはクレアラッツの近くに住んでるだけあって結構強いんだよな。で、その二人は俺が洞窟にいた時、将来は強い戦士になるってグランのクソが言ってたんだぜ」
「グランって……そいつは強いのか?」
祓魔師の裏切り者が、珍しく正義のS級祓魔師らしいことを口にした。
その珍しい言動に対し、シンクは左手を横に振った。
「もう歳だからザコだ。しかもザコのくせにまだ長老とか名乗ってやがるクソッタレだ。単に長老を名乗って遠まわしに敬えって言ってるだけなんだぜ。あいつは『宝石』を誰よりも早く食うだけの卑しいジジイさ。さっきの白髪ジジイと似てるな」
「そう言うお前も卑しいだろ」
「あのクソと一緒にするんじゃねえよ。俺は基本的に欲しい物は自分で取りに行くけどな、あのジジイは自分から動かねえ。ああいうジジイってやたらと長生きするし、まだ生きてるだろうな。はっあの面を思い出すだけで反吐が出るぜ」
冷蔵庫に寄り掛かっているセヴィスは、黙って何かを考えている。
「それにしてもS級でも二人を知らねえってことは、祓魔師の情報もまだまだだな。それとも、奴らは既にどこかでくたばっていて、かなり前に俺が奴らの『宝石』を食っちまった可能性もあるな」
シンクは包丁を持ったまま喋り続ける。
「まだ生きてるなら、ぶっ殺して『宝石』を食ってやろうか? でも奴らは移住してもうあの洞窟にいないしな」
シンクが話すのは、前に自分がいた洞窟のことだ。
彼は今悪魔たちがブレイズ鉱山にいることを知らない。
「明日トーナメントだろ? 俺も見に行っていいか?」
「店をそのままにしていいのか?」
「どうせ客は来ねえよ。トーナメントの日は毎年そうなんだよ」
包丁を握ったままシンクが後ろを振り返る。
セヴィスは無言で顔だけを上げる。
「なあセビ、前から気になってたんだけどよ、お前は何で祓魔師やってるんだ? 悪魔の全滅なら泥棒だけで十分だろ」
相変わらずの悪人らしい笑顔でシンクは尋ねる。
「……前も言っただろ。悪魔を絶滅させる為だ」
少し間を置いて、セヴィスは答えた。
「何でだよ。人間どもの中には、悪魔は『宝石』を得られねえから腹を立てているのであって、悪魔たちに『宝石』を渡せば済むから、悪魔と人間は共存すべきだとか言ってる奴も結構いるじゃねえか」
「変か?」
「変でもねえけど、よく聞く祓魔師の志望動機は、『市民を悪魔から守りたいから』なんだってよ。要するに人間は自分の身を守りたいだけであって、悪魔が人間を襲わなくなればいいんだろ? だったら人間どもが悪魔に『宝石』をやって共存すれば祓魔師も必要なくなるんじゃねえの?」
静かになった厨房にミートソースの匂いが漂う。
「アンタは何をしたいんだ? 人間と悪魔の共存を望んでいるのか?」
と言うセヴィスの声に、少し怒りが籠った。
「あ? 俺はただ毎日美味いメシを食いたいだけだぜ」
シンクは適当に答える。
「本当にそれだけか?」
セヴィスは冷蔵庫から背中を離して聞く。
その表情は半信半疑だ。
「俺は別に悪魔が人間と対立しようと共存しようと、その関連のことに首を突っ込むつもりはねえ。メシに支障がでなければどっちでもいいんだよ」
「共存したら支障は出る。アンタのことを知ってる悪魔がここに来たら終わりだろ」
「来るわけねえだろ。クソ悪魔どもの生活なんて俺の知ったことじゃねえ。まっ、悪魔どもが俺の邪魔をするようならぶっ殺すけどな」
「……アンタは気楽だな」
そう言って、セヴィスは厨房を出て行った。
「相変わらず謎の多い奴だぜ。無駄に偉そうでよ、何考えてるかさっぱり分かんねえ」
シンクは一言呟いて、数十本のパスタを沸騰した鍋に入れる。
「てんちょー、『マジデウメーゾ』三つお願いします」
客席の方から、マリの声が聞こえた。
「何か今日『マジデウメーゾ』ばっかり売れるな。俺的に『クリムゾン・スペシャル』の方がうめえと思うんだけどな」
独り言を言いながら、シンクは冷蔵庫から卵を三つ取り出す。
彼の右上には、メニューとその値段が貼ってある。
「やっぱり『クリムゾン・スペシャル』は高いのかもしれねえな」
値下げしようかと考えながら、シンクは呑気に料理を作っていた。
前に洞窟に一緒に住んでいた悪魔たちが今現在何処にいて、何を考え、何を企てているのか。
彼には知る由もない。
シンクにとって、ただ美味い食べ物を食い尽くすという野望が叶えばただそれだけでいい。