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INNOCENT STEAL -First ECLIPSE-  作者: 豹牙
序章 清命の宝石
1/51

1 断末魔

 まぶしい都会の夜。

その一角で、複数の赤いライトが一つの建物を照らしていた。

建物の中には、十人程の男と空虚に満ちたガラスケースが置かれた部屋があった。


「またルビーをやられた! いつの間に侵入したんだ!」


 中年の男は青い造花を握り締める。

造花の花弁は崩れ落ち、中の針金が剥き出しになった。


「くそっ、怪盗フレグランスめ! 今度こそ捕まえてやる!」


 中年の男の声が、主人公のいない展示室に響き渡った。


***


 それは、五年前に起こった。


「ぐわああああっ!」

 

 不気味な雰囲気を醸し出す夜中の洞窟に、突然男の悲鳴が響いた。

悲鳴を聞いた者たちが、すぐにその場に集まる。

 

 男は、全身に火傷を負って倒れていた。

茶色の髪の少女ロザリアは、男とは離れた場所にいた。

まだ犯人が誰かの命を狙っているかもしれない、と辺りを警戒していたロザリアの横を誰かが擦り抜けた。

はっとしてロザリアが振り返ると、その人影は洞窟の出口に向かって走っている。

手元は赤く光っている。

あれは火だ。

あの人影が火傷を負わせた犯人だ。

 

 ロザリアが人影に気づいて躊躇しているうちに、素早い人影は岩と岩の隙間を通ってから外へ出て行った。

 

 このことに気づかない者たちは、

「まだ奴は近くにいるはずだ! 探せ!」

 と叫びながら見当違いの場所を探し始めた。


 ロザリアは、一人で追跡を開始する。

薄暗い通路を走り、犯人が逃走したあの隙間に向かう。

誰よりも足の速さには自信があった。


「待って!」

 

 岩の隙間に手を掛けてロザリアは叫ぶ。

待ってと言われて止まる様な犯人はいないと思うが、それでもロザリアは何度も待ってと叫んでいた。


***


 薄暗い洞窟を抜けた男は、太ももぐらいまである長い金髪を風に靡かせて荒地を走っていた。

手の炎は既に消えている。

男の名を、シンクという。

シンクは洞窟に住む者たちの中で最強と噂されている。

だが、彼には他の者を敬い助けるという感情は存在しない。

先程男を殺した理由は、邪魔だからだ。

あの男がロザリアの父親だと、知っていて殺した。


「待って!」

 

 背後から声が聞こえた。

この声はロザリアだ。

 

 厄介な追手が来たな、とシンクは思った。

他なら簡単に撒けたが、ロザリアはシンクより足が速い。

それに今は怪我を負っていて速く走れない。

この隠れるような場所もない荒地をまっすぐ走っていれば、いつかは追いつかれる。

 

 シンクは言われた通り、その場で背を向けたまま立ち止まった。

すぐに、ロザリアの足音が止まる。


「あなた、誰なの? こっちを向いて」

 

 どうやらロザリアにはまだ自分だと気づかれていない様だが、シンクは自分から後ろを振り返る。


「っ!」

 

 ロザリアの息を呑む音が聞こえた。

同時にシンクはロザリアが何の武器も持たずにここに来たことを知った。


「シンク、あなたが、あなたがあの男の人を殺したの?」


 ロザリアは、殺されたのが自分の父親だと気づいていない。

それに殺された瞬間も見ていないと彼女の言動でシンクは判断する。

ロザリアが鈍感なのは昔からだ。

それが今も尚続いているのはシンクにとってありがたいことだ。


「……」

 

 沈黙が訪れる。

 

 ロザリアは半信半疑の表情を浮かべている。

子供があまりいなかった洞窟で、シンクはロザリアの兄貴的存在だった。

こんな自分を本当の兄の様に慕っていたのだから、犯人だと分かっていても確信を持てない。

そう思っているのだろう。


「なあ、ロザリア」

 

 沈黙を破って、シンクは言う。

いつものように低い声ではあるが、いつもとは違う。

おぞましい、殺気が籠った声だ。


「てめえは俺のことをいい奴だと思ってたかもしれねえが……」


 シンクは困った様な表情をして、わざと言葉を詰まらせる。

ロザリアは、俺が犯人だという言葉を待っているのか、それとも俺は犯人じゃないという言葉を待っているのか。

どちらにしろ、シンクには関係ない。

まだ迷っているように見せかけていたシンクは、突然表情を笑顔に変えて冷たい一言を放つ。


「俺にとっててめえは邪魔でしかなかったな」


 笑って言うシンクに対し、ロザリアの足は震えている。


「嘘……」

 

 ロザリアは無意識に足を一歩後退させる。

シンクは笑っているが、その表情は喜びではなく完全に冷笑だった。


「嘘よ! だってシンクは言ったじゃない! 俺はみんなを守るために強くなるって!」

 

 これだけ言ってもロザリアはシンクを信じようとしている。

そんな彼女に対して、哀れな姿だなと、シンクは考えていた。


「俺はな、騙すのが好きなんだよ。元々てめえ等のことなんて一つも考えてねえしな。もしかしててめえは、あんな下手クソな演技を今まで信じてやがったのか?」

 と言ってシンクは腹を抱えて笑いだした。


 そして、この笑い方さえも普段見せていた楽しみの笑いからあざけ笑いに変わっていた。

ロザリアは、シンクの嘲笑を聞いて目から一粒の涙を零した。


「ああそれとレンのクソッタレに伝えてくれねえか? 俺はてめえ等のことはクズとしか考えてねえってな」

 

 これだけ言えば、逃げてもロザリアは追いかけて来ないだろうと、シンクは確信する。


「あんなクソみてえなメシ、耐えられねえんだよ。俺は美味い料理を食い尽くす為にな、街に行って来るぜ。まあ隅から隅まで食いつくしたら帰ってくるぜ。……てめえ等を殺しにな」


 そう言って、シンクはロザリアに背を向けて去って行った。

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