弥生とスリジエ、終わりの始まり(挿絵アリ)
お待たせしました!
これにて完結! ではどうぞ!
最後に完結記念イラストを掲載しました!
……やっと、帰ってこれた。
海堂図書館の中庭。中央で姿を見せている巨大な扉から、弥生が元気よく飛び出してきた。見慣れた故郷の光景に、ホッと胸を撫で下ろす。
弥生の背後には巨大な扉が出現したままで、観音開きの扉が閉じられる気配はない。そこにスリジエ、ベエモット、ミレスの三名が、弥生に続いて中庭に降り立つ。
ベエモットは弥生に近づくと、頭を下げる。
「弥生ちゃん、いろいろと迷惑をかけてしまったね。本当に申し訳ない。そして改めてお礼を言いたい。ありがとう。全て君のおかげだよ。やっと過去の束縛から開放された」
ベエモットの言葉に、弥生は首を横に振った。
「そんな。私のおかげじゃないです。いろんな人に助けてもらったから、終えることができたんです。私一人のおかげじゃないですよ」
「いや、君のおかげだよ。奴等にかけられた呪いの存在に気づいて、諦めずにいてくれたから……本当の自分に戻れたんだ」
ミレスは弥生に視線を移すと、続けて言った。
「だから、親衛隊隊長としてお礼を言いたい。春野弥生ちゃん、ありがとう」
弥生は、ベエモットとミレスの顔をそれぞれ一見した。心の底から感謝しているーー二人の優しげな目つきで理解した。もう、敵じゃない。弥生にはそれが嬉しかった。
「ベエモットさん、ミレスさん。私の方こそ、お二人の協力がなければ成功できませんでした。本当にありがとうございました!」
弥生からの感謝の言葉を耳にし、ベエモットとミレスは一瞬互いに顔を見合わせると、弥生に向けて微笑み返した。こちらこそありがとう。そう言いたげな表情だった。
二人の表情に安心したのか、笑みをこぼす弥生。ふと思ったことを口にする。
「ベエモットさんとミレスさん、お二人はこのあとどうするんですか?」
弥生とスリジエはこのあと学校に戻らなければいけない。本来、二人は学生だ。時間が巻き戻された今、授業を受ける必要がある。その前にアクアワールドで起こったことすべてを、番人である校長先生に報告するという目的も課せられている。
弥生の問いに、ベエモットが先に答える。
「私はまず遺体を埋葬しようと思ってね。海堂町に墓を作ろうと思っているよ。雪江の故郷でもあるからね」
「ベエモット様、私もお供致します。いつ奴等に攻撃されるか分かりません。護衛として、ベエモット様について行きます」
ミレスの発言に、ベエモットは小さく「ありがとう。恩に切るよ」と言った。
「お父様、ミレスさん、道中気をつけて……」
今まで黙り込んでいたスリジエが、ベエモットとミレスの身を案じた。
ベエモットとミレスは踵を返し、中庭を去っていく。二人の背中を、弥生とスリジエが見つめ続ける。
「さてと。春野さん、急いで学校に戻るわよ!」
「うん、そうだね、スリジエさん!」
スリジエの声掛けに、弥生は同意すると、彼女を追う形で中庭をあとにした。
*
弥生とスリジエが海堂中学校に戻ってきた頃には、校舎の大きな掛け時計は八時二十分を指していた。ちょうど二人が校長室に向かった時刻まで巻き戻っている。
海堂中学校の校門前で、弥生はグラウンドを見回していく。SHRが終わった頃だからか、グラウンドに生徒の姿は見当たらない。
弥生の横で、直立しているスリジエが言った。
「このまま校長室にいくわよ」
息切れしながら、弥生がポツリと一言。
「スリジエさん、どうして?」
走るのに夢中になっていたせいなのだろうか。目的の記憶がすっぽり抜け落ちていた。
弥生の発言に、スリジエが半ギレで答える。
「どうしてって……私達の目的は校長先生に報告することでしょ! それに私と春野さんは早退したことになっているのよ!? 今更、授業に出られるわけないでしょ!」
それ、わかっているの!? と言いたげな目つきで弥生を睨むスリジエ。
弥生は、スリジエの気迫に圧倒され、涙目で頷いた。
「わかってます! 忘れてました! 変な質問してごめんなさいぃ!」
スリジエは呆れた様子でため息を吐いた。
「そうと決まれば行くわよ! 校長先生が待っているわ!」
「は、はいぃ!!」
弥生は返事すると、スリジエと共に、校長室を目指してグラウンドを駆け抜けて行った。
*
校長室前に到着した弥生とスリジエ。弥生が扉の前まで歩み寄ると、軽くノックした。室内から校長先生らしき人物の声が耳に入る。
弥生は「失礼します」と声をかけ、ドアノブを回した。扉を開けた先には、校長先生ともう一人、弥生たちの帰りを待っていた。一つのソファーに腰を下ろし、二人並んで出迎えていた。
「荒川先生!? どうしてここに!?」
弥生とスリジエが同時に声を荒げた。今頃であれば、荒川先生は授業をしていければ辻褄があわない。校長先生だけ待っていると思っていただけに、荒川先生の存在に驚く他ない。
荒川先生は起立し、弥生とスリジエのもとに近寄る。ひざまずくと一礼した。
「お待ちしておりました。ラリア王女様、スリジエ王女様」
荒川先生の変貌に、弥生とスリジエは口を半開きにしたまま硬直した。担任としての顔しか知らないため、どう反応すればいいか困った様子だ。
「その様子からして、全て終わったようですね。無事お帰りになられて本当によかった……。王女様方、ささ、こちらへどうぞ」
荒川先生の手招きで、弥生とスリジエは恐る恐る中へと入っていく。
荒川先生は何事もなかった様子で再びソファーに座った。
王女様方の不安を察知してか、校長先生が話を切り出す。
「心配することはありませんよ。罠も仕掛けもございませんから」
弥生は、「あ、はいっ……!!」と慌てて反対側のソファーに腰を下ろした。スリジエも弥生の隣に腰掛けながら、戸惑いの眼差しを荒川先生に向けている。
「あのっ……荒川先生はなぜここに……? 授業をしているはずじゃあ……」
「そもそも、なぜ急に敬語なんか……?」
二人の問いかけに対し、荒川先生はこう言った。
「私は校長先生と同じく扉の番人をしている者です。扉の先で何が起こったか知る必要があると思いまして。校長先生に頼み、お二人をお待ちしておりました」
「ええええぇぇぇ!?」
「ってことは、荒川先生も白の人魚族の血を引いている者!?」
まさかの事実に、弥生とスリジエは思わず叫んでいた。いや、叫ばずにはいられなかった。扉の番人がもう一人いて、しかもその人物は自分たちの担任だったのだ。驚きと戸惑いの感情以外、何があるというのだろう。
「扉の番人に関することはそのうちお話し致しましょう。今話すべきことはそれじゃない」
荒川先生の発言に続けて、校長先生が弥生とスリジエに話す。
「何があったのか、我々にお話ししてもらえませんかな?」
弥生はしどろもどろに返事した。
「あ、はい……!! かしこまりましたぁ……!」
「アクアワールドで起こったことについて、全てお話します……!」
スリジエも動揺が隠しきれないまま、これまでの経緯を説明することとなった。さらに、スリジエには父親の過ちについても報告しなければならない。
弥生とスリジエは交互に、校長先生と荒川先生に理解してもらえるよう分かりやすく説明していった。何が起こったのか、包み隠さず話した。黒の人魚族のことも、ベエモットのことも、そして消えていった初代王女のことについても。
「これが、アクアワールドで起こった出来事の全てです……!」
弥生が締めの言葉を言ったとき、スリジエは起立した。深々と頭を下げると、父親のことを話した。
「校長先生、荒川先生。父親がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。父が後日謝罪しに行くと申しておりました。しかし、ベエモットの娘として真っ先に謝罪しなければならない。そう思った次第です」
スリジエの心からの謝罪。校長先生は、優しく微笑む。
「スリジエ王女様、顔を上げてください。我々はベエモット様の真意と反省の思いが汲み取れただけで満足です。ベエモット様には、校長室でお待ちしております、と伝えてください」
スリジエは頭を上げ「はい! 必ず伝えます……!!」と力強く答えた。
「ラリア王女様、スリジエ王女様。白の人魚族代表としてお礼を言わせてください。もう一つの世界をお救いくださってありがとうございました」
校長先生は頭を下げ、お礼を述べた。顔を上げた直後、弥生とスリジエにこう告げた。
「話からすると、奴等……黒の人魚族はなんやら大きな計画を立てている様ですね……何をするつもりかは不明ですが、もう一つの世界の王妃と王子が関わる案件となれば、世界を揺るがす大きな計画に違いありません」
「もう一つの世界の計画が失敗したとなると、次の計画に移す可能性があります。その時が、黒の人魚族が目論む計画が本格的に動き出す時、かも知れませんね」
荒川先生も不安げな表情で推測した。弥生とスリジエは、校長先生と荒川先生の推測が外れればいいのにと望んでいた。それは校長先生と荒川先生も同じだった。しかし、その推測が現実のものとなるのは、まだ先の話
「さて、春野達はこれからどうするんだ?」
担任の顔に戻った荒川先生が聞いたのは、この後のことだ。報告は終わった。これからどうするのか、弥生とスリジエは全く決めずにここまできた。
「スリジエさん、どうしよう……授業、受ける?」
「だから、体調悪くて早退した生徒が、元気な顔しながらひょっこり戻って授業受けるのはおかしな話だと言ったでしょうが」
二人がどうするか決め兼ねていると、校長先生が提案する。
「このまま気晴らしにどこか行ってみるとかどうだい? 図書館でのんびり時間を潰すとかいいんじゃないかな?」
ーー図書館。弥生とスリジエが初めて対面した場所だ。
「はい、そうしてみます」
「校長先生、荒川先生。お忙しい中、お付き合いいただきありがとうございました」
弥生とスリジエは、同時に会釈をした。校長先生と荒川先生に別れを告げると、校長室を後にした。
*
海堂図書館の入り口前に少女が二人、何かをするわけでもなく、ぼうーっと佇んでいた。時刻は八時四十五分頃。海堂中学校から戻ってきた、春野弥生とスリジエ・ムーンである。
「戻って……きちゃったね」
「そうね、私達の始まりの場所……」
弥生とスリジエは、同時に中へと突き進む。この時間帯、仕事や学校に行っている人が多いからか、図書館内部に人の気配は見当たらず、まばらだった。
「最初すれ違った時、スリジエさん、顔色悪かったね」
「あの時は水分取らずに直球でここまできちゃったから、熱中症になったみたいね。あの頃は春野さんを姉の仇だと思って必死だったから」
「そう思っても仕方がないよ。途中で助けてあげられなかった私の責任でもあるし……」
「でも実際は違った……春野さんじゃなかった。その後、父が『自分がチェリーを殺した』と言ったけど、実際は今も昔と変わらず家族を愛していた。そんな父が姉を殺すはずがない。考えられる可能性は一つだけ……」
「チェリーさんを殺したのは、黒の人魚族の仕業ということ……?」
「確実にね。本当に最低な奴等よ……絶対、奴等の計画を阻止してみせるわ……そして今度こそ姉の仇をとってやるわ!」
二人が会話していると、だんだん中庭が見えてきた。
「スリジエさん! 中庭に着いたよ!」
子どものようにはしゃぐ弥生を、スリジエが呆れた顔でなだめる。
「中学生が小学生みたいにはしゃいでどうするのよ」
「スリジエさん、あそこに座ろう! 初めて顔を合わせた木の下に!」
弥生が指差した先は、熱中症で倒れたスリジエを休ませていた場所だ。
「日陰があるから涼めるよ!」
弥生はスリジエにニコッと微笑む。小走りで木の下まで向かい、振り向き様、早く早くと手招きした。
「仕方がないわね……」
そう言うなり、スリジエはゆっくり歩いていく。木の下までやってくると、弥生の隣に座り込む。
スリジエは弥生に視線を移し、頭を下げる。
「春野さん、改めてお礼を言うわ。父親を止めてくれてありがとう」
「そんな……あの時はスリジエさんについていくのに夢中で……それにスリジエさんがいてくれたからなんとかなったんだよ」
「でも、私はあなたを仇だと思い込んでいた……チェリーお姉様は忠告してくれたのに。それさえ聞かず、暴走した……! お姉様の言う通りだった。真実を見極めるべきだった」
「私は気にしてないよ。スリジエさんが無事だったんだし。誤解も解けたから、私はそれでいいよ」
弥生は本心を述べた。嘘偽りのない心から思ったことを。しかし。
スリジエはそれを跳ね除けるかのように言った。
「でも!! 私は私が許せない!! 自分で、自分のプライドを傷つけた……気にしないでいいって言ってくれるのは嬉しい。けど、私は気にするわ!!」
力込めて歯ぎしりしながら、作った拳を地面に叩きつけた。悔しい。状況を見極めれば春野弥生が犯人ではないことは明らかなのに。
弥生は考えに考えた言葉を少しずつ声に出す。スリジエをいかに刺激せず落ち着いてくれるか一点に絞って。
「…………だったら、今は許せなくてもいいと思う。それは本人が決めることだし。許せる時がくるまで……今は前を向こうよ。スリジエさんのお母さんやチェリーさんは、スリジエさんが前を向いて生きてくれることを願っているはずだよ。ねっ、スリジエさん」
スリジエは不思議な顔で「春野さん、あなた……」と呟いた。
「今は家族がいないけど、数年前までおばあちゃんと二人で暮らしていて、おばあちゃんが言ってくれたの。弥生が、孫が元気に、幸せに生きてさえすればそれでいいって」
弥生の言葉を聞いた瞬間、スリジエは弥生が何が言いたいか理解した。悔しい思いをしながら過ごすのじゃなく、自分を許せなくても前を向いて楽しく過ごしてほしい。それは、自分にも言えることなんだ。
「……そうね。今は許せなくてもいいのよね。今は前を向いて過ごしていれば、いつか……」
スリジエの口元に、自然と笑みがこぼれた。春野弥生、不思議な子ね。
弥生は意を決して言った。
「あのっ、スリジエさん、それで……お願いがあるの!」
「私にお願い……? なんの話かしら?」
弥生は少し迷った表情をしていたが、吹っ切れたか、大声で叫んだ。
「私と! 友達になってくれませんか!?」
スリジエは「と、友達に!?」と拍子抜けした声を出す。
「初めて会って話した時から、友達になれたら嬉しいなぁってずっと思っていたの。スリジエさんとなら良い友達なれるかもって……」
弥生はえへへと照れくさそうに言った。大半は弥生の願望が入っている。友達になれたらいいのに。いや、なれるはずだと。
スリジエはしばらく考え込むと、真顔で告げた。
「……あなたと友達になんてなれないわ」
弥生は涙目でがっくりうなだれる。
「うぐっ……やっぱり駄目か……」
弥生が謝ろうとした時、スリジエはニヤリと小悪魔な笑みを浮かべる。何かを企んでいるような目で弥生を見ていた。
「だって、友達に“さん付け”はいらないでしょう? 友達になるなら、名前を呼び捨てにしないとね」
スリジエの言葉に、ぽかんと口を開けたまま硬直した弥生。
「………………ん? それって、つまり……?」
「ここからが始まりよ。友達としての、ね。弥生?」
スリジエの真意にようやく気がついたのか、弥生の顔に満面の笑みが溢れ出す。
「うん、よろしくね! スリジエ!!」
二人が真の友達になったことを、風が祝福するかのように吹き抜けていた。
*
「今回の計画は失敗だったか」
族長の声と共に、黒の人魚族による会議が開かれた。南の海にある、ブルーホールの奥底の洞窟内部。そこに秘密の会議室はあった。
族長の言葉を皮切りに、メンバーは各々言いたいことを言い始めた。
「やはり計画をベエモットに任せたことが失敗の要因なのでは」
「現にベエモットは裏切り、ドグマの始末も失敗している」
「わざとスリジエの別人格を発動させて、スリジエに春野弥生を始末させようとしたが、それも上手くいかなかった」
「しかし、夢鏡がないと我々の崇高な計画が進まないのでは?」
あるメンバーの言葉を耳にし、メンバー達は愚痴とも取れる発言をやめた。本来の目的である、夢鏡を奪うこと。それが自分たちの計画を進める為には必要不可欠なアイテム。それが奪えなかった今、次はどのような手を使って夢鏡を入手すればいいのか。
「族長、夢鏡が奪えなかった今、計画は今後どうなさるおつもりで?」
サブリーダーの一人、ブリフスが質問した。族長はこれから計画をどうするつもりなんだろう。全メンバーが族長を見つめる。
族長は淡々と決断を下した。
「計画はこのまま進める」
計画の続行。それが、族長の意向だった。このまま計画を進めることに、メンバー達は息を呑む。
「族長、このまま進めるのですか?」
もう一人のサブリーダー、ヴィユが不安そうに問いかけた。
メンバーたちの不安をよそに、族長はほくそ笑む。そして、メンバーに告げる。
「問題はない。異界の王妃がいる限り……我々の計画は成功する。必ずな」
族長の瞳は、憎悪に満ちた心で溢れていた。
<完>
あとがき
ようやく完結ですよ(汗)
長かった……まさかここまで話が壮大になるとは思っていなかったのでびっくりしてます。
スリジエも本当は一度死んでいるので、雪江とチェリーの迎えで消滅するストーリーでしたが、話の流れで生存ストーリーになりました。
しかもかなりキャラ倍増!!(大汗) 投票しようか悩み中。投票したいという声が多かったときは第二回の人気投票をやりたいと思います。
続編について。
もちろん書きますよ! 謎解きできていない箇所が多々ありますので。
いつ掲載できるかはわかりません。
でも必ず投稿します! その時はもう少し設定を練った後に……。
次の続編のタイトルは
『弥生と黒の人魚族』です。
いよいよ、弥生達と黒の人魚族の直接対決のストーリーです。
どんなストーリーかは、掲載されてからのお楽しみ!
6年間応援ありがとうございました。『弥生と黒の人魚族』もよろしくお願いします。