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弥生ともう一つの世界  作者: Runa
第一話 弥生と病弱な少女
5/51

スリジエと弥生、対照的な二人(挿絵アリ)

2014/01/26

第一話の表紙的な挿絵を入れました。


2015/02/15

挿絵を追加しました。

挿絵(By みてみん)


「やっと、着いたわね……」

 スリジエは深く呼吸を整えると岸に上り終え、朝の太陽が目に入る。白波が立ち海につけた脚が海水に掛かり、真上にはくぼんだようにそびえる岩肌。ここにいれば隠れ家になりそうな場所である。

 ここはおそらく海堂町の海岸辺りだろうか。右に視線を傾けると、遠くに浜辺らしき場所が見えた。

 スリジエの目の前にはバンドウイルカが悲しそうな鳴き声を鳴いてスリジエを見つめる。

「ありがとう。重かったでしょう? こんな私をここまで運んできて」

 イルカに向かって微笑むスリジエにそのイルカはスリジエの頭の中に語りかけた。

『スリジエ王女様。ほんとにこれでよろしいのですか?』

 どこかさびしそうな声。やはり心配しているのだろう。もはやギリギリのこの身体がいつまで保てるかを。それに答えるかのような潮風。まるで危険だと知らせるかのようだった。

『やはり危険すぎます。そんなお身体で仇を見つけるなど……』

 それはわかってる。自分でも危険なことだってことは。

 スリジエは小さく唇を噛み、憎しみの感情を押し殺す。


 でも、一度決めたことを覆すなんてことは出来ない。チェリーお姉様の意思を貫くまでは。絶対に。


「えぇ。これでいいの。チェリーお姉様の仇を討つまではあの城には戻らない」

 姉のために思うスリジエの感情があらわになったときの表情を見せた。

 さらにスリジエは「それに……」と付け加え、

「自分にうそつくなんて事、私のプライドが許せないの。心配してくれてうれしいけど、もう後戻りはできないの」

 きっぱりと断言する。

 その言葉に、

『そう……ですか』

 イルカはさびしい吐息を漏らした。

「ほんとにありがとう。あなたがここまで連れてってくれたから、私が泳ぐ手間が省けたの。体力を減らせずにすんだの。感謝してるわ」

『スリジエ王女様……』

「さぁ、早くお行きなさい。またあいつらに見つかって捕まると厄介だわ」

 イルカは『でも……』とつぶやきためらっている。

「行きなさい! 早く!」

 スリジエのせかしにびくっと反射的に反応すると、イルカはわびしそうにスリジエを見やる。再びためらうがスリジエの言葉に逆らう事も出来ず海の中にもぐり去っていく。


「ありがとう……」


 独り言のようにつぶやくと身体を光らせ、人魚の体から人間の体へと変化させる。格好はアンダーにリボンで止めたワンピースにデニムのレギンス。そして歩きやすいように靴はスニーカーにしてある。大きなつばのある白い帽子をかぶり日焼けを阻止する。スリジエの体は長時間紫外線や太陽に当たると体そのものがひからびてしまうのだ。そのため日焼け傘も欠かせない。

 優雅に立ち上がると、紫外線をシャットアウトするブラウンのサングラスをかけて、浜辺を目指して歩き始める。


 まずは情報を集めなければ。情報なくて行動は出来ない。まずはある程度情報を集めてから仇を討たないと。

挿絵(By みてみん)

 そう思って歩いてみると思ったほど人がいない。やっぱりこんな朝早く人はいないか……。

 まぁ、地道に行きましょ。太陽が昇っている海を眺めながら前に進む。


 その時、人の声が耳に入る。二人組だ。どうやら男女の二人組だ。そう考えるとカップルか。

 カップルを見ていると腹が立って来る。自分には彼氏などいないのに、他の女にはどうして彼氏が出来るのだ。それが納得がいかない!

 どうせ、人前でいちゃつくのだろう。そんなやつらに話を聞いてもろくなことしか返ってこない。それならいっそ、無視して通りすぎた方がマシだ。

 そう決めると、やってきたカップルの横を通り過ぎようとした。


「ねぇねぇ~。この前、ここで見たってほんとぉ~?」

「ほんとだって。ほんとに見たんだよ。人魚を!」

 カップルの男性は得意げに話す。


 ――人魚を見た……ですって?

 スリジエは『人魚』というワードが出てきたのを耳にして進めていた脚を止める。


 カップルの男性はスリジエに気づかず話を続けた。

「数日前にこの海に来たときのことなんだけどよぉ~、ちょうど海を眺めていたら見えたんだよ!」

「見えたって?」

「陸に上がる人魚を!」

「え~? ホントにぃ~?」

 カップルの女性は疑いの目で男性を覗き込む。

「ほんとだって! その人魚が人間に変わる姿も見たんだって!」

「嘘だよ~。絶対。この時代にいるわけないよ!」

「嘘じゃねぇーって! 嘘だと思うならその目で確かめればいいじゃん」

 カップルの話を盗み聞き、考え始める。


 確か、春野弥生はあの北の海の人魚国の王女の生まれ変わりと聞いた。そして最近、力が目覚めて本来の人魚の姿になれることもミランから手紙に事細かに書かれてあった。もしその人魚が春野弥生ってことはないだろうか? 人魚だなんてめったにいるものではないし、もっとも滅んだ北の海の人魚国の人魚だとなおさらだ。それがもし春野弥生であれば話を聞いておいた方がこしたことはない。

 もしそれが春野弥生でなくても北の海の人魚国の人魚の情報として集められるだろうし、どの道あのカップルに話は聞くだけ聞いておこう。


 カップルに話を聞くのは納得がいかないスリジエだが一度決めたことはくつがえさないため実行に移す。

「ねぇ……そこのあなたたち。ちょっと、いいかしら?」

 振り返ったカップルはスリジエをじろりと警戒するように見つめ、

「なんだよ。てめぇ。なんか用かよ」

 とつぶやく。

「そう。あなたたちに用があるの」

 スリジエの言葉にカップルの女性が反応を示す。

「用? 何かあったっけ? ねぇ、敬君」

 女性に語りかけるように敬君と呼ばれた男性は首をかしげた。

 スリジエはその二人を無視して話を進める。

「さっきの人魚の話なんだけど」

 男性がとぼけたように声に出す。

「さっきの話って?」

「そう。さっきの話よ」

 スリジエはカップルに、にこりと笑顔を向ける。

「興味深くてつい盗み聞きしちゃったんだけど、詳しく教えてくれないかしら?」

 三人を包むかのように風が通り抜けていった。



       *



「ごめんね。葉月、睦月さん。わざわざよびだしたりなんかしちゃって」

 そう言うのは春野弥生。歩くたびに栗色のツインテールが揺れる。海堂町にあるいちばん大きな図書館で個室がある一角を目指して歩いていた。外は太陽が図書館を照らし、館内を暖める。


 時刻は十時ごろ。夏休みが終わる最後の日である。夏休み最後の日とあって宿題を終わらせようとする小学生や中学生などで埋め尽くされていた。もちろん弥生も宿題を終わらせるために来ている。

 実はあのシャルロットとの戦いが終わり、海堂町に戻ると日にちが随分経ってしまった。どうやら海の時間と海堂町の時間の流れが違うらしい。そのため、気づいたときには既に夏休み残り後二日になっていた。ほとんど宿題をやっていなかった弥生は徹夜続きで宿題をやったが、全く間に合わずじまい。結局、葉月と睦月の力を頼るしかほかがなかったのである。


「他に頼る人がいなくて……。自分でやったんだけど、宿題が多すぎて中々……」

 はぁ……とため息を漏らす。

「ほんとは自分でやったほうがいいのに、他人任せになっちゃって」

「ほんとよ全く……。本当なら家でのんびり過ごすはずだったのに」

 そう愚痴をこぼすのは秋村葉月。弥生の親友であり、唯一弥生の幼少期時代を知る数少ない言わば幼馴染である。

「毎年、毎年、懲りないわねー。いっつもぎりぎりまで遊んで、夏休みが終わる間際に宿題やり始めるのが弥生のいつものパターンなのよねー」

「俺は図書館に行きたいと思っていたからちょうどいいと思っただけだ。別に気にしてなんかいない」

 冷たい口調で話すのは冬川睦月。夏休みに海堂町にやってきたラリア時代の恩人である。

 三人は個室がある場所にやっては来るが、どこも満室で空いている場所がない。

 それに葉月がだらけた声で言う。

「やっぱ、夏休みの最後の日とあっていっぱい入ってるわねー。あんまり空いている個室無さそうよ」

「やっぱ無理かぁ……。それもしょうがないか……」

 弥生はしょんぼりと肩を落とす。

 だが睦月が口を開けた。

「……いや、そうでもないらしい」

 それに弥生と葉月が「へっ?」と声を上げる。

 二人はまじまじと睦月の視線が向く方へ目を凝らすと、一部屋ひとへや空いている個室がある。

「個室が空いてる!」

 うれしそうに目を輝かせる弥生。

「へぇー。意外ね」

 弥生とは対照的に冷静につぶやくのは葉月だ。どうやら個室が見つかって落ち込んでいる様子。

「入るか」

 睦月がつぶやくのが耳に入ると、

「うん」

 弥生と葉月はうなずいて個室に入っていく。


 個室は約八畳ほどの広さ。白い長方形のテーブルが縦に置かれている。椅子もテーブルにあわせた白い椅子。それ以外は何も無い空間。あけたドアの数メートル前には外に抜け出せそうな窓。勉強するには最適の環境である。


「いい個室だね。空いてて良かった。ね、葉月」

「弥生、あんたが宿題するための個室なのにどうして私に質問してくるわけ?」

 葉月の言葉に、はっと口をつぐむ弥生だが、

「で、でも宿題はなんとか一人でやってみるから、葉月は本でも読んでたら?」

 と葉月に心配をかけないように逆に質問返しする。

「私は本なんて興味ないっつーの! 新聞の大安売りのスーパーの広告とかなら興味あるけど、あとは興味ないわよ!」

「葉月って、そんなのに興味持つなんて……主婦?」

 ぽかんと口を開けて葉月を見つめる弥生に、すでに座っている睦月が声かけた。

「おい、春野。こんなことしてる場合じゃないだろ。そんなことしてる間にも時間はどんどん過ぎていくぞ」

「そうだった。宿題やらなきゃいけないんだった」

 弥生が思い出したかのように手をたたくと睦月の向かい側の席に座る。葉月は睦月から二つ空けた、右側の席に座った。


 ついいつものくせでおしゃべりしちゃったけど、今回は夏休みの宿題をやるために来たのすっかり忘れてた。危ない、危ない。


 まだやっていない宿題持ってきたかばんの中からテーブルの上に出し筆記用具も一緒に取り出す。

 教科は数学や理科など理数系の宿題が多い。

 宿題を見た葉月が意外そうな顔を見せる。

「宿題、たったこれだけ?」

「……え、あ、うん。後の宿題は徹夜して終わらせたから。わからなかったのはこれだけ」

「これなら、早く終わりそうだな」

 睦月がどこかうれしそうな声でつぶやいた。

 弥生は睦月と葉月に教えてもらいながら宿題をやり始める。

「まずは……関数からだな」

 そう睦月は言うと宿題の冊子をぱらぱらめくった。

 弥生が通う中学は三年は高校受験もあってか、数学などはある程度進めて教えている。だが、弥生は比較的頭が弱い方なためかあまりついていけていないのだ。

「か、関数……一番苦手だよ」

「大丈夫よ。覚えれば難しくはないんだから」

「葉月は頭がいいからいいだろうけど、私数学とか苦手だしぃ~」

「まぁ、とにかくはじめるぞ」

 睦月はそんな弥生を気に留めることなく宿題をやり進めようとする。


 いいなぁ……睦月さんは。頭がよくて。


 そう思ったとき、急に頭がガクンと揺れ力が抜けた。昨日から徹夜で宿題をやったから眠気が来たのだろう。今になって眠気がくるなんて。タイミングが悪すぎる。

 首を振って眠気を飛ばし、さらに両手で頬をたたいて眠気をなくす。そして呼吸を整え、落ち着いて宿題が出来るように息を吸ったり吐いたりする。

 不審に思った睦月が眉間にしわをよせて、

「春野、お前何やってるんだ……?」

 弥生を怪訝そうに見つめる。

「な、なんでもないよっ! 早く宿題やろっ!」

 ごまかし笑いを浮かべながらシャープペンシルを手に取った。

 いつも眠くなったときやっているのが睦月さんに変な目で見られてしまった。一生の恥だ。それならもっとトイレとかに行ったときにでもやっておいた方が良かった。

 再び宿題と向き合う弥生だったが、またもや力が抜ける。


 だ、だめ…………ねちゃ、だめ…………。


 一瞬、弥生の視界が闇に包まれた。そのわずか数秒後。誰かが弥生を呼ぶ声が聞こえてくる。

「……野。…………春野! しっかりしろ!」

 睦月が弥生を呼ぶ。その声にはっと目を覚ますと弥生を覗き込む睦月の顔が映った。

「ひゃあああぁぁぁ!? む、睦月さん!? っていうか私何してたの!?」

 弥生は回りを見渡し確認する。

「それはコッチのセリフよ! まったく、今度は宿題中に寝るなんて何考えてるのよ!」

 そんな弥生に腹を立てて憤慨させる葉月。

 葉月と違って睦月はいたって冷静に問いかける。

「春野大丈夫か? もしかしてお前、寝てないのか……?」

 睦月の問いにドキッとするも、嘘はつけずに「うん」と答えてしまう。

「ったく。どおりで……」

 あきれた声で息を漏らす。でもその表情はどこか怒っているようにも感じる。

「とにかくお前は先に宿題終わらせたら寝ろ。宿題やらないで寝てるだけじゃ、時間の無駄だからな」

 睦月はそういい残すと椅子に座り、弥生の宿題を手に取った。


 ……馬鹿だなぁ。私って。


 ついうたたねしてしまったことを後悔する。

 葉月を怒らせるわ、睦月さんもあきれたように見えるけど内心怒っているし……。なんて事をしたのだろう。

 弥生は深くため息をつくと次の宿題を手に取り開こうとする。


 その時、葉月と睦月と目が合ってしまうが二人とも視線を逸らし宿題を続けた。

 ガーンとショックで固まってしまう。

 どうしよう……。

 苦手な理科の宿題の冊子を手に取りながら問題を解き始める弥生だった。



       *



「なるほど……そういうことね」

 未だに浜辺でカップルから話を聞いていたスリジエは真剣に耳を傾けていた。ようするに海にジョギングしに来たときにその人魚をみたということらしい。

「つまり、その人魚は何かを抱えているようにも見えた……と」

「そうそう! 早い話、そういうことなんだよ!」

 カップルの男性は胸をそらして自信満々の顔を見せる。だがその反対に女性は疑いの眼でちら見。

「ほんとの話ぃ~? それぇ~?」

「ほんとだって!」

 しかし、スリジエはカップルの話を聞いていくうちに違和感を抱き始める。


 ……なにかがおかしい。


 確かに、人魚の話は嘘には思えない。けれども、完璧に出来すぎている。誰かが仕組んでるかのように。だから妙な違和感が生まれてしまう。私の気のせいかしら? それとも…………。

 いや、あいつらが仕組んでやっているというのもありえる。あいつらは目的のために宝玉を手に入れようとどんな手でも使う奴らだ。もちろん、その宝玉の本来の持ち主である春野弥生にも手を出して、宝玉とその権利を奪おうともする。油断は出来ない。だとすると、このカップルはわざと近づいたとも考えられるが……。


 その時、カップルの男性が突然声をかけてきた。

「あの~……、ちょっといいっすか?」

 考え事をしていたところに声かけられたもので、スリジエは「へっ」と声をあげてしまう。

「な、何かしら? 話はまだあったかしら??」

「まぁ、話というか、この町に伝わる人魚伝説の話も興味あるのかなぁ~と思って」

 男性は頬をぽりぽりとかくと、

「実はこの町の海って昔、北の海の人魚国があった場所なんすよ」

 さらっと口にする。

「なんですって! それって本当なの!?」

 その言葉に犬のように食いついた。

「じゃあ、ここに人魚の国があったというのは噂じゃなかったのね!?」

 スリジエの気迫に後ずさりしながら男性が答える。

「は、はい……噂ではその人魚国の王女がまだいきているんじゃねーかって広まっているし」


 北の海の人魚国の王女!

 その言葉と聞いたとたんに沸いていた疑問は飛び、確信にかわる。

 間違いない! その王女こそ、探している春野弥生! やっぱり春野弥生はこの町にいるのね!!


 そうと決まれば、まずはこの町に伝わるという人魚の伝説を詳しく調べた方がいいわね。このカップルから聞いたのがデタラメだったら収集がつかないもの。自分に正直になる! そう、やっぱり自分がこうと思ったものは行動に移さなくちゃね。


「その、人魚の伝説が詳しく存在している場所って、どこかないかしら?」

「それってやっぱ……」

「海堂図書館だよねぇ~~」

「海堂図書館……それはどこにあるのかしら? 地図書いてくれない?」

 スリジエは持っていた紙の切れ端と万年筆を取り出すと、カップルの男性に手渡す。男性はさらっと書き上げ、スリジエに再び渡した。

「ありがとう。一応、助かったわ。これなら……」

 スリジエの口元に笑みが浮かび上がったのだった。

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