弥生と夢鏡と聖なる光
先月投稿する予定が想定外の体調不良によって遅れてしまいました。
第十三話、最終節です!
ペルロマとベエモット以外の者が、一斉に目を瞑り、身構えた。景色は真っ白で覆われ、ほとんど区別がつかない。周囲には。混乱と焦りが満ち溢れていた。
――まさかここで聖なる光が放たれるとは……!
睦月は苦々しい顔つきで、小さく舌打ちする。何も見えない景色を見回しながら、両手に握り拳を作った。
――だが、これで状況が好転してくれれば良いのだが。
辺りが光で包まれている中、スリジエは、女性のような声を聞いた。どこか、聞いたことのあるような、優しい声色で主はスリジエに囁く。
『スリジエさん……あなたの想い、確かに受け取りました』
声が耳に入った直後、スリジエの中で、一つの疑問が浮かび上がる。
――声の主は……誰なの? 一体何者?
彼女の問いかけに対して、まるで応えるかのように、スリジエの魂が光り輝いた。スリジエの疑問に気づいているかのようだった。魂の輝きはじわりじわりと強さを増していく。
光の強さが最高潮に達した時、声の主は言った。
『私は、あなたの近くで見守っていますよ……』
スリジエは「えっ」と驚いた表情で顔を上げると、もしや声の主が姿を見せているのではと思い、辺り一帯探し続けた。何回か探せども、それらしき姿は見当たらない。
スリジエの状況を気にも止めず、声の主は更に言葉を紡ぐ。
『大丈夫、あなたの願いはきっと叶いますよ』
主の言葉を耳にし、スリジエの瞳が大きく見開かれる。
――それって……もしかして。
スリジエが大きく口を開けた瞬間、広場を包んでいた聖なる光が、次々に数多の光の粒へと変化を遂げ始めた。一つ、また一つと、細かな球体へと姿を変える。全ての光が粒に変貌を遂げた時、光の粒達は、目に見えない速さで様々な方向へ飛んでいく。
光の粒は小さな粒でも強大な力を発揮し、闇を振り払う浄化能力を持っている。人々の体内に入り込むことが可能で、光の粒そのものが弾け飛ぶことで真の効果を発揮するという。
粒子達が飛び交う姿を、見上げて眺めていたスリジエの体に、幾つかの粒が侵入していく。彼女以外にも、弥生、睦月、ドグマ、ベエモット、そしてペルロマへと、広場に居る全ての者に無数の粒が入り込む。まるで粒そのものが喜んで入っていっているように見えた。
スリジエの脳内に再び響く、女性の声。声の主は語りかけるような口調で言った。
『光と闇、それは、表裏一体……切っても切れない何かで繋がっている。どちらかが欠けることはないし、許されることでもないのです』
声の主が何を言いたいか、今ひとつ理解できなかった。ただ、光と闇が対の存在だということは理解できた。何より、何故このような話なったのかは定かではない。
――光と闇は表裏一体……?
『人は皆、光と闇を持ち合わせています。どちらを選び、どうしたいかは全て、自分自身次第なのですよ。スリジエさん、それはあなたも同じなのですよ――――』
光の粒子が全て居なくなった頃、スリジエの脳内で響いていたはずの、奇妙な声は聞こえなくなっていた。耳を澄ませど、聞こえてくる気配は一行にない。
弥生は閉じていた瞼を、上へと上げていく。何が起こったのか、確認するために。弥生の隣で、直立している睦月も、同じように目を開けた。
虚ろな瞳の弥生が、まず目に飛び込んできたのは、意識が朦朧としている睦月の姿。そして、広場の光景と、スリジエ達だった。
睦月は隣に目を向けて、弥生を見つめる。
二人の視線が相まみえた瞬間、意識が急速に戻り始めた。
「睦月さん……!!」
「春野……!! 無事か!?」
弥生は首を縦に振った。
「私は大丈夫。睦月さんは?」
「俺も大丈夫だ」
怪我のない睦月の様子と声を聞いて安心したのか、弥生は「良かった」と胸をなでおろした。
二人はふと、周りの景色を見回す。お城や住宅街などの様々な建築物に、澄み切った水で全てを覆われた世界、何も変わった様子は見受けられない。聖なる光が発生する前とさほど変化はない様に思える。
何が起こったのか忘れそうなほど、僅かばかりの平和な光景だった。
弥生が何度も瞬きを繰り返し、右手で右目をこすった。聖なる光の影響が未だに抜けない様だ。
「一体、何が起きたのかな……? 睦月さん?」
広場の光景を目に焼き付けた弥生は、状況を思い出そうと、頭をフル回転させる。グチャグチャに絡まる、脳内の混乱を振り切ろうとしていた。
「聖なる光が起こるとはな……想定外だ」
睦月は苦渋の表情でため息を吐く。
「まるで夢鏡がスリジエの想いに応えてくれたようだったが……」
睦月の言葉で、弥生が何かに気がついた。すっかり忘れていた。もう一人の、大切な仲間の存在を。
「そうだ、スリジエさん! スリジエさんは!?」
どうしよう、また怒られるかも――うろたえながら挙動不審に陥る弥生。
「スリジエの近くまで来たところで聖なる光が起こったからな。遠くには、いないはずだ」
睦月は思考を巡らせ、腕を組む。スリジエのすぐ横にはベエモットもいるだろうから、見つからないことはないはず。
二人は、目を凝らして探し始める。周辺をくまなく見回し、二つの人影がないか、一つずつ確認していく。
「春野、いたぞ! あそこだ!」
睦月が指を刺した方向に、二つの重なる人影が見えた。二人の五十歩先で、横たわるベエモットの上に、うつ伏せになって気を失っているスリジエがいた。親子は、見た感じは十字架のように倒れている。
「スリジエさん!!」
親子の名をそれぞれ口にしながら、弥生は勢い良く泳ぎだした。いち早く二人の元に辿り着きたい一心で尾びれを動かす。
睦月も、弥生の後を追った。
同じ頃、途切れていた意識が回復し、スリジエが目覚めたのは、ちょうど弥生が動き出した頃だった。
開けていく瞳に、ぼんやりと広場の光景が映し出される。徐々に意識がはっきりとしていく内に、誰かの体が視界の大半を占めていたことを知った。
――ここは…………どこだろう。また別の場所に移動したのかしら。
ようやく考えるくらいまで意識が戻ると、スリジエは、誰の体なのか、一瞬で理解した。鼻から吸い込まれる、懐かしい匂いによって。
自分は父親の上に倒れている。
スリジエは「わあぁぁ!」と飛び起き、三歩半ほど父親から離れた。びっくりした。心臓の鼓動に支配されながら、目をこすり、未だ意識が戻らないベエモットを凝視する。
思い出される、全ての状況とベエモットの状態。
「間に、合わなかったの……?」
まさかそんな筈はない――――息遣いが荒くなりそうなのを抑えつつ、恐る恐る近づいていく。
「本当に、死んだの……?」
スリジエの中で、絶望という言葉が浮かび上がった。生唾を飲み込む。体を襲う、冷や汗と震え。
声は言ったじゃないか、願いはきっと叶うと。嘘だったのか。夢鏡が放った聖なる光は偽物だったのか。これで、もう、おしまいなのか…………。
スリジエが様々な考えを巡らせていた時。彼女の目に、ベエモットの傷跡が目に止まる。いや、傷跡が存在していた筈の箇所と言うべきか。
「傷跡が、消えている……!? そんな筈は……!?」
確かに流れ出ていた血も、何もかもが消えていた。傷が治っている。確実に言えることは、聖なる光は偽物じゃなかったという事実だ。
――ということは……!
聖なる光は確かに起こった――――その事実を裏付けるかのように、ベエモットの目がゆっくりと開き始める。少しずつ、意識を取り戻していく。
「お父様っ!!」
スリジエの表情が和らぎ、僅かに笑みをこぼした。
ベエモットは目を開けきると、うつ伏せの上半身を時間をかけて起き上がらせる。ため息を一回ついた時、隣に居る、娘の方へと視線を移した。
「スリジエ…………」
言いかけたところで、ベエモットは、何かに驚いたような雰囲気を見せた。目を大きく見開き、しばらく凝視した後、娘に対し言い放つ。
「どうした、その格好は……?」
その“格好”とは一体どういうことだろうか。スリジエの頭上にはてなマークが浮かび上がる。
父親の一言を真に受けた彼女は、自身の体を確認するため、下を向いた。俯いたことで、父親が何を言いたかったのかが、一瞬で理解する。
「ええええっ!? なんで!?」
スリジエが、思いの丈、声を張り上げた。ようやく気がつく。自分の身なりが大幅に変化していることに。上半身は半透明の布地が胸元に巻きつけられ、下半身は上半身と同じ素材でドレスのように身に着けている。まるで魔法少女のように変身したかの様だった。
「どうして!? どうなっているのよぉ!!」
状況がつかめない、スリジエは頭を悩ませた。
「スリジエさん!!」
名前を呼ぶ弥生の声が、考え込むスリジエの耳に伝わる。
スリジエが顔を上げると、弥生と睦月の姿があった。
「スリジエ!! 無事か!?」
睦月の声掛けに、きょとんとした顔で二人を見つめるスリジエ。考え事に夢中だった為か、どうして二人は心配そうな顔で来るんだろう、と不思議そうに見続けていた。
「私は別に大丈夫だけど……」
弥生と睦月の二人は、安心した表情で呼吸を整えた。
「そうか、それならいいんだ」
「良かったぁ〜〜! って、スリジエさんその格好どうしたの!?」
スリジエはふくれっ面な顔で、弥生を指差す。
「そういう春野さんだって、格好が変わっているじゃないの!!」
弥生は「えっ」と声を漏らし、まさかと思いながらも、何気なく格好を確認した。今になり、初めて知った。スリジエと同じ格好へと変貌しているという状況に。
「ええええええええ!? なんでーー!? どうしてこんなことに!?」
「知らないわよ!! 私が知りたいくらいだわ!!」
スリジエの発言に、弥生が怯えた目で後ずさりする。
「な、なんでスリジエさん、怒っているのーーーー!?」
「怒ってなんて、いないわよ!!」
二人のやりとりを、静かに見守っていた睦月が、口を開く。
「格好が変わったのはおそらく、夢鏡が力を貸したのだろう。何か意図があってそうしたのかもしれん」
弥生とスリジエは驚きの声を発すると、お互いの顔を見合わせた。まさかさすがにそれはないと考えた二人だが、現に身なりが変化している以上、何か起こったことは間違いない事実だ。
「まぁ、それは、そこにいるベエモットも、むこうにいるドグマも同じかもしれないな……」
睦月は、自分達よりかなり離れた先で倒れている人物を遠目で見つめた。
弥生達とは別の地点で、すやすやと寝息をたてながら眠り続けているのは、心を闇に支配されていたドグマだった。聖なる光が放った粒子達は、ドグマの心奥底まで侵食していき、闇を消し去っていく。真っ黒に染まりきっていた心に光が垣間見えた。同時に、傷だらけだった体も気がつけば回復していた。
ドグマの右手がピクリと反応を示すと、ドグマの瞼が少しずつ動き出した。
「………………」
仰向けの上体を起こし、誰かを探すかのように、周囲を確認し始める。
場所を戻して、弥生達はというと。
弥生はスリジエ達に目もくれず、上空を見上げ、何かを気にしていた。
――そう言えば。夢鏡はどこだろう……。
状況を一変させた、夢鏡を探している様だった。まさかもう消えてしまったのかと、心配になり探しているらしい。目を凝らして見回すと、ポツンと上空に浮かび続ける鏡の姿があった。
――良かった……まだあった……。
弥生は安心したのもつかの間、ある疑問が浮かぶ。
「あの、思ったんだけど……」
話を切り出し、スリジエらが自分に視線を向けたところで、疑問をぶつけた。
「これから……どうするの? ペルロマさんのこと……もうこれで終わりなの?」
弥生の問いかけに対し、周囲は沈黙で答えた。
もうこれで終わりなのか――これからどうするのか。夢鏡が再び現れ、聖なる光を放ったけれども、状況は変わったワケじゃない。暴走した“竜の少女”ペルロマとアクアワールド修正の問題が片付かない以上、終わりとは言えない。一刻も早く手を打たないと手遅れになる可能性がある。
だから、弥生は聞いたのだ。これからのことを――。
沈黙を破ったのは、アクアワールドの王子、睦月だった。
「いや、終わりじゃない……まだ決着していない」
睦月は体の向きを変え、ある場所を指差す。その場所は、まさしく城の上空―ー――漆黒のオーラを身にまとい、今にも動き出しそうなペルロマの姿があった。力が暴走するのは時間の問題だろう。
「ペルロマ様を止めて、世界を元に戻さない限り、全てが終わったとは言えない。放っておけば、確実に暴走したペルロマ様がアクアワールドを消し去ってしまうだろう……」
「それじゃあ、どうするの……? 何か手はあるの??」
弥生の質問に、睦月は簡潔に答える。
「夢鏡の力を借りて、ペルロマ様を止めるしかないだろうな」
それを聞いたスリジエが「どうやって……?」と質問返しをした。夢鏡は宙に浮いたまま降りてくる気配は一向に見られない。ということは自力で夢鏡を手に入れるしかない。
確信をつかれたのか、睦月は気難しい表情で考え込んだ。
これからどうするのか――決める会議は振り出しに戻った。かに見えたが。
「…………それなら、私に考えがある」
ベエモットの発言が、淀んだ空気を振り払った。
「あの。ベエモットさん、もう大丈夫なんですか?」
弥生は、不安そうな目で尋ねた。
「私ならもう大丈夫だ。奴等にかけられた呪いは聖なる光によって完全に解けた。お陰で思い切り体を動かせる」
スリジエが何とも言えない顔つきで父親を睨む。
「そう言えば……考えがあるって」
「夢石もそうだが、夢鏡は使う者の心に反応する。夢鏡に力を借りたいなら心の底から強く願うんだ。その間に私が魔力増幅魔法を使い、全力でサポートする。夢鏡と心が一つになった時、ペルロマ様に挑めば、少しは対抗できるやもしれん」
淡々と話していくベエモットを、弥生達三人は大きく目を見開いて見つめた。
「ベエモットさん……協力してくれるんですか……?」
弥生が質問すると、ベエモットは答える。
「いろいろと迷惑をかけたお詫びだ。手伝わせて欲しい」
父親の謝罪に、娘スリジエは「お父様…………」と複雑な心境で見守る。
ベエモットはさらに言葉を続けた。
「特に睦月君には申し訳ないことをした。すまなかった……ああするしか、奴等の計画を邪魔できる方法がなかったのだ。本当にすまなかった……」
睦月は、しばらくベエモットを見続け、間をおいてから言った。
「……ベエモットさん、本当にそう、思っていますか?」
睦月の言葉に、ベエモットが力強く頷く。隠していた本当の思いを、ぶつけた。
「ああ、全ての始まりは私が妻を止められず、奴等の計画に手を貸してしまったことにある。もし妻を止めていたら、未来は変わっていたかもしれない。自分でまいた種だ。私にできることは全てやるつもりでいる。私に手伝わさせてもらえないだろうか?」
弥生、睦月、スリジエは、互いの顔を確認した後、頷き合ってから、声を揃えて叫んだ。
「もちろんっ!!」
三人の答えに対し、ベエモットは笑みをこぼす。
「弥生ちゃん、睦月君、スリジエ……ありがとう」
ベエモットが、三人に見せた、初めての笑顔だった。敵対していたベエモットが仲間に加わったことで、ペルロマ阻止作戦は現実味を帯び、ようやく最終局面へと向かい始める。
ペルロマとの最後の戦いまで、あと少し――――。
ドグマさんはどうなったかって? 次回判明します!
次回から最終話に突入です。竜人族のルーツとかいろいろ盛り込めたら盛り込む……かも?
できなかったら次巻持ち越しかもです。
完結までもう少しなので頑張ります!
次回の次話投稿はできたら今月、投稿できなかったら来月末までに投稿します。次回もお楽しみに〜!