弥生と目覚めた竜の少女
ようやく、第三節です。ついに、ペルロマ様が降臨致します。アンド、ドグマさんに異変が生じます。
ライアンは、手に入れた情報を、いち早く睦月に伝えようと、彼に向けて思念波を送った。
『王子、ちょっとよろしいですか?』
ライアンが送った思念波は、すぐさま睦月の元へ届く。
――先生? 急にどうしたんですか?
直後、睦月の心情は一気に乱れ始める。
先生が戦いの途中で『思念波』を送るなんて、時々あるが、何か気になることでもあるのか……? まさかもう、時間が来たとかじゃあないだろうな……。
しかし、睦月の予想はあっけなく外れた。
『スリジエさんのことで、分かったことがあります。この情報をスリジエさんに教えるか否かは、王子に任せます』
――すっ……スリジエのことで、分かったこと?
良かった……まだ時間は残っているのか。びっくりした……。
ひとまず胸をなでおろした睦月に、ライアンがゆっくりと語り始める。
『ええ。彼女は確かに、私と同じく……いずれは魔力が枯渇する運命にある、魔力蓄積型の擬似生命体です。しかし、ただの魔力蓄積型ではなく、他者からの魔力供給を受け付ける、魔力持続型でもあるのです。本来、魔力接続型は常時、術者の魔力を供給を受けています。しかし、スリジエさんの場合、ある程度、魔力を供給・蓄積しておけば、さらに数日間は活動できるよう施されていました。そしてベエモットは、スリジエが魔力切れになりそうになる度……魔力を供給・蓄積していたことも分かりました。まるで、死者を素体とする使い魔に、魔力を供給する術者のようにも見えますね』
ライアンの話に、睦月は理解したのか、納得したような声を発した。
――そういうことだったのか……。スリジエにはそんな秘密が隠されていたのか……。
ライアンは、低い声色で話を続ける。
『黒の人魚族の派遣隊との戦いの時、うっかり、スリジエさんの記憶もちょっと見てしまいましたが、彼女は父親に、自分が父親の道具であるような事を言われていたようですけど……あながち間違いではありませんね。なにせ、人間界における、死体を素体とした使い魔は、術者の奴隷、もしくは道具のようなモノだったりしますから。まあ、全ての使い魔がそうというワケじゃありませんけどね』
睦月は大きく目を見開いて、「えっ!?」と驚いたような声を漏らした。
――な……なんでだ? ベエモットは、スリジエを、娘を娘として、見ていないんじゃないのか?
というか、うっかりで記憶を見るものなのだろうか……。
睦月の心情などよそに、ライアンが淡々と言う。
『それが違うのです、王子』
――え? 違うって……何が違うんだ??
睦月質問返しに、ライアンは説明するように答えた。
『彼は今でも、娘達を心から愛しています。ベエモットの記憶内部に、強力な魔力障壁が張られていたので、詳しいことは読めませんでした。けれども……彼は、「もう二度と、娘と会えなくなるのは嫌だ」と思っていました。先程、弥生さんの記憶を読んで確認しましたから、間違いありません』
――いつの間に!?
睦月が驚愕の声を出しながら、ライアンを二度見する。
『スリジエさんの記憶を呼んだ時、偶然にも弥生さんにも触れてしまったので。その記憶によれば、スリジエさんの姉のチェリーさんは、天使として現れたそうです』
ライアンの言葉に、睦月は大きく目を見開いて叫んだ。
――な……なんだって!? どういうことだ!?
『私の本体が、かつて使った「転生の魔法」と同じものでしょう。その魔法、術式をチェリーさんの魂に施してあったのでしょうね。そしておそらく、同じ術式をスリジエさんの魂にも込めているでしょう。それでも、ベエモットは「娘を、二度と亡くしたくない」と、強く願っています。先程も言いましたが、彼は“娘達を心の底から、愛しているから”です』
――じゃ……じゃあ、なんで、実の娘にあんな態度をとったりするんだ!? 本当に愛しているなら、あんな態度とる必要ないはずだろう!?
睦月の疑問を、ライアンは、払拭させるような答えを出した。
『自分自身に、怒りの矛先を向けさせる為です。そうすれば……自分が一番憎い相手になれば、他人へ憎しみを向けることはありません。さらには、憎み続ける対象となる事で、スリジエさんの魂と肉体が、乖離しにくくなるからです。ちなみに、これは余談ですが、ベエモットとスリジエさんは、黒の人魚族達に、呪いをかけられています』
――の……呪い!?
睦月のつぶやきに対し、ライアンが冷静な声で言った。
『自分達の命令を破った時、スリジエさんの魂が封入されている核が崩壊し、同時にスリジエさんの魂が粉々になる呪いです』
「なっ……なんだって!? 呪いだと!?」
睦月は、思わず、声に出して言ってしまった。呪いという単語が出てきたことが衝撃的だった様で、信じられないと言いたげな顔でライアンを見つめている。
「――――!?」
睦月の声に、二匹の人魚姫が反応を示した。
「睦月さん……? 顔色悪いよ?」
「冬川君、どうかしたの?」
弥生とスリジエに心配させまいと、睦月は微笑を浮かべながら言った。
「いや、なんでもない……気にしないでくれ」
「――――??」
弥生とスリジエは、互いに見合い、小首を傾げる。
睦月がため息を吐きながら言った。
――すみません……取り乱してしまって……。
『構いませんよ。話の続きをしてもよろしいですか?』
――大丈夫です。
睦月の言葉で、ライアンは話の続きを始める。
『娘に呪いをかけられてしまえば、ベエモットは彼等の言う事を聞かざるを得ません。奴等はそれを狙って、二人に呪いをかけたのでしょう。彼の場合、魔力を使えば使うほど、魂が崩れていくようなより強い呪いがかけられている筈です。自分達の命令に背いた時に備えて、スリジエさんもろとも、呪いを発動させて葬り去る為に。ベエモットさえ葬り去ってしまえば、魔力を供給してくれる術者がいなくなり、スリジエさんもそのまま消滅してしまうでしょうからね。彼等にとっては一石二鳥という訳ですよ。まったく……相変わらず、黒の人魚族は最低な手段を用いる種族ですね。あんな種族がいなければ、私は妻を喪わなかった……』
――……………。
睦月は何も言えなくなった。彼等の行いによって、アクア・ワールドの人々が何万人も亡くなってきたことを知っているからだ。その中には、ライアンの妻も数に含まれていた。
『しかし、ベエモットも黒の人魚族だと言うのに、どうしてあそこまで誰かを愛せるのか……奥様の影響でしょうかね? 王子、何か分かります?』
ライアンの質問に、睦月は戸惑いながらつぶやく。
――いや、俺に聞かれても……。
『王子に聞くのはまだ時期早々でしたね。まあ、それはそうと――――』
睦月がムッとした表情で言った。
――時期早々って……俺はもう、そんなに子供じゃないですよ。
ライアンは踵を返し、ベエモットに目を向けると、ニッコリ微笑む。
「ベエモット、いい加減に決着をつけませんか? そろそろ殴り合いにも飽きてきました」
「ふん。先に殴ってきたのは貴様だろう……いや、そもそも貴様は、私に合わせたのだったな。まぁいい。どっちにしても同感だ。殴り合いは飽きた」
ベエモットはそう言い捨てるなり、目を瞑りながら何かの呪文を唱え始めた。瞬間、ベエモットの足元に、魔法陣が出現する。
ライアンも、ベエモットと同様、小声で呪文を唱えていく。ライアンの足元にも、魔法陣が姿を現した。
彼等二人共、大きな魔法を発動させようとしていることが、詠唱の長さから見てわかる。
二人の詠唱が止まった時、二人ほぼ同時に、呪文を大声で叫んだ。
「プロスクリニィ・テンニ―ン! 姿を現せ! ワイバーン!」
「インウォーカ・アドウェントス! 出でよ! ファイアー・ドレイク!」
ベエモットの頭上に、鷲のような足が二本と、大きな翼が生えたドラゴンが姿を見せた。主人を守るように、耳障りな鳴き声を発して、相手に威嚇を始めた。
一方、ライアンの頭上には、全身炎に包まれた巨大なドラゴンが、口から炎を吐きながら飛び回る。こちらも、威嚇をしているつもりの様だ。
ライアンがワイバーンを見つめてつぶやく。
「なるほど……ワイバーンですか。なかなか強力な魔物を召喚しましたね」
「ふんっ、そう言う貴様も、ファイアー・ドレイクなど召喚するとは、考えたものだな」
ベエモットの言葉に、ライアンは苦笑しながら言った。
「お褒めの言葉として、受け取っておきます。では……最終ラウンド、と、いきましょうか」
意味ありげな笑顔でベエモットを見つめると、ライアンが自身のドラゴンに送った。その瞬間、ファイアー・ドレイクが急速に動き出す。
ベエモットもワイバーンに合図を送り、ワイバーンは、ファイアー・ドレイク目掛けて、大きな翼を羽ばたかせた。
二匹のドラゴンは、加速し続け、中央に差し掛かった時、勢い良く衝突する。ファイアー・ドレイクの体は、炎を身に纏った体の為か、瞬時にワイバーンの体力を削った。
ワイバーンは呻き声を上げながら旋回を始める。ファイアー・ドレイクが、ワイバーンを追いかけるように飛んでいく。
突如、ワイバーンが方向変換し、再びファイアー・ドレイクを攻撃しようと、黒い炎を吐こうとした。ファイアー・ドレイクの方も、口から炎を出そうと始める。
しかし、ほぼ同時に、ドラゴン達の動きが停止した。かと思えば、少しずつ、二匹の体が透け始めた。先の戦いで、主人達が魔力を使い過ぎた様で、長くは保てなくなったのだろう。
ベエモットの体がよろめいた時、彼が発動させた、召喚魔法の効力が途切れた。瞬間、召喚されていたワイバーンが姿を消した。
同時に、ライアンも同じく、唱えた召喚魔法が消え始める。ワイバーンが消滅したように、ファイアー・ドレイクも消滅することを意味していた。
ふと、弥生は、ライアンを見た途端、“何か”に気づく。すぐさま、声を上げた。
「ライアンさん!? 体が……!!」
弥生のひと声で、皆の視線が、ライアンに向けられる。
そこには、足元が消え始めていたライアンの姿があった。消滅速度が遅くなることはなく、時間はここまでと、体が告げていた。
「どうやらそろそろ、時間のようですね……ここでお別れです」
ライアンの一言により、弥生達の表情が一変する。
弥生と睦月が、同時に叫んだ。
「そんな……!」
「先生!!」
もう、ここまでなのか。ここでお別れなのか。
別れの瞬間が近づけば近づくほど、睦月の心を傷めつけた。睦月の瞳には、大量の涙が、目一杯溜まっていた。
それは、弥生やスリジエも同じだった。短い期間とはいえ、過ごした仲間との別れ。悲痛な思いが溢れている。
ライアンが真顔で、「王子」と睦月に声をかけ、意味深な言葉を残した。
「もし、『あの方』が目覚めるようなことがあった場合、その時は王子、貴方がその手で封印してください」
「なっ!? 急にそんなこと……!」
驚く睦月をよそに、ライアンはニッコリと微笑む。
「もしもの時ですよ。……王子、後は頼みます。貴方達のご武運を、遠くから祈っています……」
そう言い残すと、笑顔を見せながら、彼は消滅していった――――。
睦月は唇を噛み締めながら、一筋の涙を流した。そして、ポツリと一言つぶやく。
「先生……!」
ようやく再会できた師匠との別れに、悲しみに浸っている様だった。
弥生が、ライアンが居た場所から目を逸らす。
「ライアンさん……」
弥生も、悲しみに打ちひしがれている彼と同じように、言葉にできない寂しさが溢れ出ていた。
スリジエやドグマは、何とも言えない表情で、うつむきがちに目伏せしている。
皆が悲しみに浸る中、スリジエが、父親であるベエモットを睨みつけた。どうして、この世界で、“このようなこと”をしているのか。問いかけるように、父親を見つめている。
しかし、ベエモットはすぐさま視線を逸らした。その問いかけにはまだ答えられない、と。
――どうして、避けようとするの? どうして、答えられないの? どうして……。
スリジエは、父親が何かを隠していると、確信する。
睦月が、二匹の人魚姫に向けて手招きした。
「春野、スリジエ、ちょっといいか」
弥生とスリジエは、睦月の言われた通り、彼の元まで泳ぎよる。
睦月は、弥生ら二人の顔を見つめ、静かに告げた。
「対戦相手の先生がいなくなった今、ベエモットは再び何らかの行動に出るかも知れない。その為にも、ベエモットの足止めをしたいんだが、手を貸してくれないか?」
睦月の提案に対し、二匹の人魚姫は、二つ返事で承諾する。
「分かった! 睦月さんの為なら、何でもするよ!」
「もちろん、私も手伝うわ! あの男の足止めは、本来なら私の役目だもの。私がやらなくちゃね」
弥生とスリジエ、二人の瞳に迷いは無かった。
睦月は微笑みながら頷くと、彼女らに、自身の考えを話す。
「まずは、俺が武術でベエモットの目を俺に向けさせる。ベエモットに隙が生まれた時、次に春野が、結界魔法をベエモットにかけて足止めする。最後に、スリジエがベエモットに眠りの魔法をかければ……多少なりとも時間稼ぎにはなるはずだ」
睦月の話に、弥生とスリジエは、真剣な顔つきで「分かった!」と首を縦に振った。
「もう、時間がない。さっさと済ませるぞ」
睦月の言葉を合図に、三人による、ベエモット足止め作戦が始まろうとしていた。
しかし――――。
睦月がベエモットと目線が合った時、ベエモットはニヤリッとほくそ笑む。
――時はきた!! 今こそ、我が目的が果たされる時!!
彼は心中で、そう言っている様だった。
ベエモットの意味深な笑みで、睦月は何かに気がついたのか、とある方向に目を向ける。それは、現在の城が建っている方向だった。
まさか……!
睦月の額に、冷や汗がにじみ出た。悪い予感する、と言いたげな顔で先を見つめている。
ベエモットに問いただそうと、睦月が動いた時、それは起こった。
空間そのものが引きちぎれそうなほどの強力な歪みと、立っていられないほどの大きな揺れ、その両者が同時に発生した。二つの現象は、アクアワールド全体まで及び、世界そのものが消滅しそうな勢いだった。
その場にいる全員が、似たようなポーズでしゃがんで、現象が収まるのを待ち続ける。一人を除いては。
弥生達が必死で地面にすがりつく中、ベエモットは突如立ち上がると、笑みをこぼしながら叫んだ。
「ついに! 目的が果たされる! 時間を稼いだ甲斐があったようだ。これでようやく、雪江の願いが叶う……」
そう最後つぶやき、その場から、何事もなかったかのように姿を消す。
ベエモットの後ろ姿を目に焼き付けながら、一匹の人魚姫が弱々しい声で叫ぶ。
「ま、待って…………!」
スリジエの声が届かないまま、ベエモットはいなくなった。城跡には、弥生、スリジエ、睦月、ドグマの四名が残っている。
現象が収まり始めた頃、睦月が悔しそうに地団駄を踏んだ。
「くそっ! 時間稼ぎだったか! 通りでおかしいと思った」
弥生は辺りを見回すと、心配そうな声でつぶやく。
「ま、またベエモットさんいなくなっちゃったけど、今度はどこに行ったのかな??」
「どこに…………? はっ! ということは、あの場所か!」
睦月は独り言のようにブツブツと言った直後、ある場所を目指して動き出した。
「睦月さん!? どうしたんですか!?」
弥生の問いかけに対し、睦月が振り向きざまに叫ぶ。
「広場だ! そこにベエモットはいるはずだ!」
「――――!!」
睦月の言葉を耳にし、弥生ら三人が大きく目を見開いた。三人は見つめ合い、互いに頷くと、睦月の後を追いかけ始めた。
*
弥生は、海道を急速に泳ぎながら、先頭を切っている睦月に問いかけた。
「睦月さん、どうして広場に向かっているの?」
「広場は、目の前に城がある。ベエモットは竜の教会で儀式を行っていた。考えてみれば、たった一人で夢鏡を召喚することはできない。大臣やら魔術師やら、最低でも五人はいないと、夢鏡の召喚は成功しない」
睦月の話に、スリジエの頭に疑問点が浮かび上がる。
「ということは、夢鏡の召喚じゃなかったってこと? でも、あの男は確かに夢鏡を召喚していたわ」
睦月はしばらく考え込み、重い口をひらいた。
「そうじゃない。夢鏡の召喚には変わりはないんだ。ただ……ベエモットが行った儀式は、夢鏡とペルロマ様を目覚めさせる召喚儀式だったんだ」
「――――!?」
弥生ら三人は呆然とした表情で睦月を見つめる。その中で、ドグマが驚愕の声をあげた。
「夢鏡とペルロマを召喚させる儀式だとぉ!? う、嘘だろぉ…………黒の人魚族の計画では、夢鏡のみの召喚儀式をするよう、ベエモットに通達していたはずだぁ……」
「それが、ベエモットが考えた本当の計画なのだろう」
睦月の言葉を真摯に聞き入りながら、弥生が心の中でポツリとつぶやく。
(ベエモットさん、まさか……)
止めどなく襲いかかる不安感が、弥生の中で暴れるようにうずいていた。
弥生達が噴水広場に到着した時には、目前に迫る城が激しく揺れ動き、周辺の広場一帯を振動させていた。同時に、ひんやりとした冷たい水流が弥生の体温を下げていく。
――寒いな、ここ……。
弥生が両手でそれぞれの腕を掴んだ直後、城の頭上に、天高くそびえる光柱が出現した。光り輝く光柱に誰もが注目する中、突如、光柱が変形し始めたかと思えば、一瞬で球体の光に変化を遂げる。
一人の男が、光の球体を見上げると、ニヤリと口元に笑みをこぼした。
「ついに、私の願いが、叶う……!!」
「ベエモットさん!?」
弥生が叫んだ時には、探していたベエモットがそこに存在している。ベエモットは城の上空に浮かぶ光の球体を見とれるように見上げていた。
睦月が、絶望的な表情でつぶやく。
「ああ、目覚めてしまった…………」
彼の表情から心理を読み解くと、ライアンが告げた通りになったと、落胆している様子だ。
光の球体は、ぐにゃりと形が歪んでいき、細かな粒子ぐらいまでにちいさくなって弾け飛ぶ。
球体の中から、洞窟に住んでいる例の少女が、長い藤色の髪を揺しながら出現した。
弥生は、しばらく少女を凝視し続け、宙に浮かぶ少女が、洞窟で出会ったペルロマだと理解する。
――あの、ペルロマさん……!? じゃあ、目覚めるって言うのは、ペルロマさんのことだったの!?
弥生がごくりと生唾を飲み込み、現れたペルロマに視線を注いだ。
ペルロマの唇がゆっくり動き出す。
『吾輩をめざめさせたのは、そなたか?』
ベエモットは力強く頷くと、大声で本心を叫んだ。
「私は、私と私の妻の願いを叶える為に、貴方の召喚儀式を行った。私と、私の願いを叶えて欲しい」
『その願いとは、どのような願いだ?』
うわの空でつぶやくペルロマに、ベエモットが“願い”を答えた。
「アクア・ワールドを、本来あるべき姿に――――そして、この世界の空間ごと無くして欲しい、それが願いだ」
「…………っ!?」
弥生、スリジエ、睦月、ドグマの表情が変化する。混乱に満ちた驚愕の顔つきで、ベエモットの背後を、見張るように見つめる四名。ベエモットが考えた、本当の願いがどんな内容か知らなかった為、動揺が隠せない様だ。
ペルロマは、ただ一言だけ言った。
『――――承知した』
直後、ペルロマの体が天高く舞い上がる。急上昇していく彼女を、弥生達は呆然と見上げていた。特に、弥生に至っては先程までペルロマと普通に会話しただけに、信じられないという感情と事実を受け止めなければいけないという感情がぶつかり合い、心の中で激しく苦悶していた。
「ペルロマさ…………」
弥生がペルロマの元まで泳ぎだそうと動いた瞬間、何かに気づいた睦月によって阻まれる。
「春野、スリジエ、ドグマさん、伏せるんだ!!」
スリジエは、睦月の指示に従い、腹這いになって伏せた。
ドグマが伏せようと体を傾けた時、ペルロマの体から発せられた、闇を纏った強烈な発光が弥生達に襲いかかる。普通の者には無害の光だが、心の中に闇が潜む者が浴びると、暴走してしまう危険な光なのだ。
「ぐっ…………ぐああああぁぁぁぁっ!!」
闇を纏った光を全身にまんべんなく浴びたことで、心の中に闇を潜ませているドグマの体を蝕み始めた。同時に、ドグマの悲痛な叫び声が、アクアワールド全体に響き渡っていく。
「ドグマさん!? どうしたんですか!?」
弥生はすぐさま振り返ると、苦しみ悶えるドグマの元へと泳ぎだしたが、血迷ったドグマ本人に拒まれた。
「ウッ、ウルサイ!! だっ、黙れえぇぇぇぇっ!!!!」
ドグマは右手に魔法をかけて手剣に変えて、弥生を振り切るように、攻撃を繰り出す。
弥生は間一髪のところで攻撃を避け、大きく目を見開きながらつぶやいた。
「ドグマさん!?」
スリジエが、体を伏せたまま、睦月に向かって話しかける。
「な、なんか様子がおかしいわよ!?」
「さっきの光をまんべんなく浴びたからだろう。あの光には心の闇を増幅させ、暴走させる力を宿している。様子がおかしいのはその為だろう……」
睦月の説明を受け、スリジエは納得した顔でドグマに視線を移した。
「なるほどね。ドグマから強い闇の力を感じるのは、あの光を浴びたのが原因なのね……」
「ぐおおおおぉぉぉぉ!!」
ドグマは雄叫びを上げたかと思えば、ベエモットに向かって走り出す。
「ベエモットオオォォ!! 死ねええええぇぇぇぇ!!」
ドグマが、何かに取り憑かれたように、ベエモットにむけて急発進していく。
彼の奇行を止めようと、弥生は精一杯叫んだ。
「ベエモットさん、危ない!!」
ここで第十二話が終了し、次回から第十三話に突入します。なんとか十三話、最終話で終わらせたい作者。ストーリーが上手くまとまるように頑張ります(汗)
次回の投稿予定は来月末に二回投稿できたらな、と思っています。