弥生と消えたベエモットの行方
長らくお待たせしました。第九話では物語の変更により、量が通常の三つから四つか五つに増えます。
コントロール室でベエモットが消えた四時三十分、南の海にあるブルーホールの海底洞窟では、会議が未だ長引いていた。全十五人の黒の人魚族達は疲労困憊気味で会議に参加状態である。
思いついたように族長が呟く。
「そういえば、ヴィユ」
ブリフスの隣の席に座っていたヴィユは即座に立ち上がり、身を投げ出すように前屈みに体を向ける。
「はい、なんでございましょうか、族長様」
「アクアワールドの秘宝はどうなった。報告がないんだが」
族長が発言した瞬間、ヴィユの顔色が変化する。唇は青ざめ凍えるように小刻みに震え、目はしどろもどろになり、青息吐息の状態だった。
「あ……いや、その……それが」
ヴィユの躊躇いがちな反応に何か隠し事を持っていると族長は一発で見抜いた。その隠し事を吐かせるため、すぐさま問いただす。
「どうした、ヴィユ。何か、あったのか」
心配になったのか、ヴィユの右隣の席にいるブリフスも声かける。
「どうしたんですか、ヴィユさん。別にためらうことないじゃないですか。はっきり言ってくださいよ」
ヴィユとブリフスは同じサブリーダー同士で、ヴィユの方が先輩、ブリフスはヴィユの後輩にあたる。先輩の様子が気になったようだ。
「そ、それが、その……ひ、秘宝が」
「秘宝がどうしたんですか? ヴィユさん」
「言えない! 言い切れん! 私には無理だ。族長様、申し訳ありません」
枯れた花のように萎むヴィユを横目で眺めていた族長は、
(これは、確認させた方が早いかもしれないな)
他のメンバーに確認をとらせた方が早いと考える。
「ロータス、ロータスはいるか?」
「は、はい!」
ロータスはグノス側の列で、入口近くの一番後方席に着席していた。長引いた会議のため眠気に負けてうつらうつらと眠っていたが、族長の呼びかけで目を覚まし急いで立ち上がる。おぼつかない足取りでメンバーと壁の間隙を通り抜け、族長の元へたどり着いた。そして、すっと跪く。
「なんでしょう、族長様」
「ロータス、大急ぎで秘宝の確認作業をするのだ」
「は……? 確認作業、ですか? 今から、ですか?」
「急げ。時間がない」
「は、はい。かしこまりました」
言われなくてもわかっていますと言いたげな目で族長をちら見しながら自分の席に着席し、ロータスは作業を始めた。
確認作業を開始してから十分後ーー。
「族長! わかりました!」
「……結果は」
族長が答えを求めたのに対し、ロータスはその答えを発表する。メンバー全員の耳に届くほどの大きな声で。
「は、はい。秘宝はまだ派遣隊の手元には届いていないようです」
「……そうか」
族長の呟きに人一倍ヴィユが反応し、族長の席まで千鳥足で歩くと床に土下座した。
「ぞ、族長様! 申し訳、ありませんでしたぁ……! 私、私……!」
ヴィユの土下座直後、仲間からの怒号が飛び交う。
「ヴィユ様! これはどういうことですか! 何故、まだ秘宝がないのですか!」
「そうですよ! 手元に届いていない理由、きちんと説明願います!」
「どうなんですか、ヴィユさん!」
「何か話したらどうなんですか!? 黙っていちゃあ何もわかりません!」
メンバー達がヴィユを攻め立てる中、ロータスがぽつりと呟く。
「まあ、手元に届いていないというより、そもそも見つかってすらいないんですが」
「本当か? ロータス」
ロータスの独り言に反応したのはグノスだ。グノスの問いにロータスは補足説明する。
「は、はい。ベエモットからの証言なんですが、予測した場所には秘宝はなかったようです。王妃の部屋中を隅々探したようですが、それでも発見までいたらなかったとのことです」
「なるほど……秘宝探しは一筋縄ではいかないようだな」
グノスはうんうんと頷いた。
族長が席から起立し、メンバーに告げる。
「緊急事態がもう一つ増えた。会議を進めるぞ!」
「やはり、ベエモットなどに任せるべきではなかったのだ!」
「そうだ! すべてはベエモットの責任だ!」
「いや、そもそも見つけるのが難しい秘宝だ! そう簡単に見つかるはずがないのは当たり前じゃないですか!」
「これはベエモットだけの責任ではない! 我々の責任でもある!」
会議はベエモットを批判する側とベエモットを擁護する側に分かれた。論争は激しくなり、結局、結論が見つからなかった。
族長はロータスに対し、新たな作業を命じる。
「ロータス、もう一度、秘宝の場所を特定しろ」
「ええっ! 今からですか!?」
「当たり前だ。何が不満だ」
「うぅっ……かしこまりました」
命じられた本人は疲れているのに、と本音が顔に出る。再び自らの席に戻り、場所特定に励む。
族長は足を組み頬杖をつくと、ベエモットについて考え始める。
(ベエモットは元々南の海の国王。それなりの実力を持っていたのはわかっていた。けれどもベエモットでも秘宝を見つけ出すことは難しいか。まあ、簡単に見つかるはずがないのは予測はしていたがな)
族長がフッと口元に笑みを浮かべた時、ロータスが叫んだことで、論争は止む。
「族長、わかりました!」
ーーロータス、確認作業が早いな。流石だ。流石、私の右腕だけある。
族長はロータスへの心の声を封印したまま質問を投げかける。
「……どこだ?」
「それが……」
ロータスの口元に全メンバーが集中。ロータスは気にも止めず、口を動かした。
「ーーが秘宝が隠された場所かと」
ヴィユを責めていたメンバー達は人食いサメのように怪しげな雰囲気を嗅ぎつけ、今度はロータスに標的を向ける。
「ロータス、お前の分析はあっているのだろうな?」
「ロータスの分析は信用出来ん!」
「また外れたらもうあてがなくなるぞ。わかっているのか?」
標的を向けられたロータスが曖昧な笑みをこぼす。
「多分……大丈夫かと」
ロータスは無視して、族長が論争に参加していたブリフスに声をかけると命令を下す。
「ブリフス、新たに判明した秘宝の場所を派遣隊には報告しろ」
「えっ? ですが族長、ベエモットには伝えなくてもよろしいのですか?」
ブリフスが族長に不思議そうに尋ねた。族長の返答はというと。
「もうすぐ死ぬ男にわざわざ伝える必要はない」
要するにベエモットには伝えるなということだ。族長の判断に反論を示すメンバーは、今のところ存在しない。納得したということなのだろうか。
「わかりました。派遣隊に秘宝の場所を伝えます」
ブリフスも族長の返答におおよそ納得したようで、それ以上追求はしなかった。
*
黒の人魚族が会議を始めた同時刻。アクアワールドの城内にある、コントロール室。
弥生、睦月、スリジエの三人が部屋に取り残されていた。再び会ったベエモットとはもう一度、姿をくらまされてしまった。部屋の扉前で固まっているのは、弥生、スリジエの人魚姫コンビ。睦月はコントロールパネルの前で呆然と硬直していた。
「くっ……やられた」
睦月がベエモットを捕まえられハズなのに逃がしてしまったことを後悔し、地団駄を踏んで悔しがった。
弥生はベエモットが消え、何をすれば良いのか思いつかず困り切る。
「ベエモットさん、消えちゃったよ!?」
周りをキョロキョロと見回している弥生とは反対に、スリジエが怒髪天を衝き、
「あの男、今度はどこに行ったのよー! どこかで私達を馬鹿にしているんじゃないのー! 全く、もー!」
イライラが増加し続け、きーっと髪をかきむしった。
「スリジエさん……そんなに興奮したら大変なのに。っていうか本当にどうしよう……」
弥生がオロオロと慌てる中、スリジエは断言する。
「また、魔法で捜せばいいのよ!」
「ええっ! ス、スリジエさん、そんなに魔法使って大丈夫なの……?」
弥生が不安なのは、スリジエの身体の状態だ。興奮状態が持続すればどうなるか、何度も見てきているため余計に不安度が増す。
しかし、本人は。
「大丈夫よ、それくらい!」
全く、そんなことは頭に入っていないようである。
「で、でも……」
ーー興奮状態が続くともう一人のスリジエさんが出てきてしまうのに。
弥生はそう思いながらも口をつぐんだ。
立ち尽くしていた睦月が我を取り戻し、弥生とスリジエに歩み寄った。
「二人共、ちょっといいか?」
わめいていたスリジエは即座に動きを止めて睦月に振り向く。
「冬川君、どうしたの?」
弥生も向きを変え、睦月を見つめる。
「睦月さん?」
弥生とスリジエがきょとんと互いに首を傾げる。どうしたんだろうか。
「ベエモットを追う前にこの部屋を直したいんだ。この部屋はアクアワールド全体をコントロールしている重要な部屋なんだ。壊れたままじゃ、余計に世界が壊れてしまう」
睦月は二人に今やっておきたいことを話した。
睦月さん……睦月さんはこの世界の王子だもんね。心配なんだね、この世界が。私にやれることないかな。睦月さんのお手伝いになれるような……。
興奮状態だったスリジエは落ち着きを取り戻し、快く承諾する。
「それくらいなら私は大丈夫よ。気にしないわ」
「少し落ち着けたみたいだな」
「ええ、なんとかね」
良かった……!
スリジエさん、落ち着いたみたい。
「春野は……どう、思うんだ?」
睦月が不安な顔で弥生を見つめるのに対し、弥生は睦月にニコッと明るい笑顔を向けた。
「私も大丈夫だよ! 睦月さん、気にしないで」
弥生も力強く頷くと、さらに言葉を付け足す。
「それか、何か手伝えることないかな? 睦月さんの役に立てるなら、私が手伝えそうなことするから。ねっ! スリジエさん!」
「ええ、私達、これでも人魚姫だもの。魔力なら有り余るほど持ってるわ」
「そうか……! 二人共、ありがとう」
睦月は輝いた笑顔をこぼした。
弥生はスリジエと共にコントロールパネルまで近づくと睦月からコントロールパネルの機能や現状を耳にする。
睦月の概説だと、コントロールパネルは魔力注入口に魔力を注入することで機能が回復する仕組みになっているという。弥生とスリジエの魔力があれば数分で終了するらしい。コントロール室の現状は八十パーセントが修理完了している。
「パネルは後少しで直る。だから二人は魔力を注入するだけでいい。ベエモットがいなくなったことで、ベエモットを攻撃する必要なくなったからな」
睦月の説明を理解し、弥生とスリジエがうんうんと首を縦に振る。
「わかった!」
「準備は整っているわ」
睦月が合図を二人に送る。始めてくれというサインだ。
「じゃあ二人共、始めてくれ」
スリジエが魔力注入口に手を重ねた。
「いくわよ。いい?」
弥生も同様に手を乗せる。スリジエの手の上に。
「うん、大丈夫だよ!」
スリジエが弥生を一目した。
「じゃあ……いっせーので始めるわよ」
「わかった!」
スリジエと弥生が見合うと、コクリと頷く。
「いっせーのっせ!」
二人はタイミングを見計らい、同時に魔力注入を開始した。魔力は勢い良くコントロールパネルに吸い込まれていき、どんどん溜まっていく。
その瞬間、パネル全体が木漏れ日のようにきらつき始める。魔力が溜まっていることを示すゲージが上がっていくことから、魔力が増えているのが分かる。コントロール機能も正常化しているようで、少しずつ戻り始めていた。
「二人共、その調子だ! パネルに魔力がどんどん溜まっていってるぞ!」
睦月は二人に向けそう叫ぶと、パネル操作の最終的段階に突入する。ゲージが満タンになり、満タンを知らせる音がピーと鳴り響く。
「よしっ、これで……終わりだ!」
睦月が最後にボタンを押した時だった。
コントロール室が反応したかと思うと、パネルが自動的に作動し、アクアワールドのコントロール機能が動きを見せた。そしてアクアワールド全体に空間をコントロールする力がまき散らかされる。
睦月の表情は徐々に光が差し込まれていく。
「パネルが完全復活した!」
再び弥生とスリジエが見合った。
「ってことは……」
「つまり……」
睦月は二人にふっと笑顔をこぼす。
「二人のおかげで元通りになったってことだ」
雲に隠れていた太陽が顔を出したように、ぱあーっと目を輝かせた。
「やったぁー!」
弥生は嬉しさのあまり、スリジエと歓呼しながら抱き合う。スリジエも喜びで溢れていた。しかし弥生と目が合うと、抱き合ったことに気がつき弥生から素早く離れる。
「春野、スリジエ、礼を言う。二人共、ありがとう」
睦月が二人に感謝を込めて、頭を下げた。
「睦月さん……!」
弥生は嬉しそうな顔で睦月に見とれているが、スリジエは無表情で睦月に話す。
「冬川君、まだお礼言うのは早すぎるんじゃない? あの男の件が残っているわ。それに黒の人魚族や、アクアワールド全体の問題も残っているし、それらが片付いてからじゃないと」
ハッと弥生が何か気がついたように忘れかけた事を思い出した。
「そうだね……まだベエモットさんのことがあるね」
睦月はベエモットについて、弥生とスリジエに話を切り出す。
「ベエモットのことだが、もしかしたらこのコントロールパネルで捜し出せるかもしれない。コントロール室には監視機能も備わっているから、おそらくな」
「本当っ!? 睦月さん!」
「ああ、まだ城の中にいるならな」
睦月が小さく頷いた。
スリジエがやや興奮気味に本音を吐く。
「いるわ、きっと! あの男、この世界に欲しいものがあるみたいだもの。あの様子からして。あの男はそう簡単に諦めない男だから」
ベエモットさんは諦めない男、か。
(そうだ。ベエモットさんのこれまでの行動を少し整理してみようかな)
そう考え、頭の中で情報を整理し始める。
・ベエモットは海堂町にやってくる。そして、海堂中学校にもやってくると、弥生が夢石の継承者に相応しいかバトルを仕掛ける。
・海堂中学校の校長を脅迫し、もう一つの世界への鍵を渡すよう手紙を送る。
・睦月を気絶させ、連れていく。(スリジエ目撃談)
・アクアワールドに向かう。
・アクアワールドでベエモットに会うがすぐに牢屋にいれられた。
・牢屋を後にして、小部屋に移動させられるとベエモットがやってくる。が、結局逃がしてしまう。
・睦月を救出し、スリジエと合流しようと探しているとベエモットの声が聞こえ、コントロール室まで移動させられる。
・スリジエに術がかけられていた。おそらくベエモットだろう。
・ベエモットはコントロール室でパネルをいじり、操作していたらしい。
理解できるのはそこまでだ。
弥生がさらに脳内の情報を整理しようとした時、睦月が大声で叫ぶ。
「ベエモットの現在の居場所がわかったぞ!」
*
アクアワールドの城内にある、巡回路。時間は四時四十分。
人一人が通れる幅しかない巡回路の右脇では分厚い防壁で視界が遮られ、城を守っていた。
巡回路の先には扉が続き、城の兵士達が詰めているとされる衛兵所が客を待ち構えていように建つ。衛兵所のさらに先には国王専用の特別な寝室がある。どちらまるで障害物ような雰囲気を漂わせていた。
その巡回路に大きな魔法陣が出現し、空間がグニャリとねじれ始めた。ねじれた地点から一人の男が落とされる。コントロール室か逃げ出したベエモットだった。
「うぐぅっ……」
弥生達の魔法を受けた影響が残っているのか、ベエモットはうめき声をあげていた。
やはり、魔法を受けたのがきついですね。
それも、北の海の人魚国に住んでいた人魚の魔法を受けたのがダメージ大きい。
次の瞬間、ベエモットの視界が唐突に揺れ動く。
「くっ、意識がーー」
めまいが起こりおぼつかない足取りで、クラッとその場にしゃがみこんだ。ベエモットの右手が地面につく。
「魔法を受けた影響が残っているということか……私はもう、長くはないというのか……?」
ベエモットが呆然とした表情でつぶやいた時。
ーーあなたやると決めたことはあきらめないで。でも、やると決めた方向は間違えては駄目よ。
ベエモットの脳裏に浮かんだのは、ベエモットが一番大切に想う妻のこと。忘れようとしても忘れられない存在が雪江だった。雪江の顔と声が鮮明に思い出されていく。
「雪、江……!?」
しばらく立ち尽くすベエモット。
十数秒後、経過。
ベエモットが悩みを吹き飛ばした。雲を動かす突風のように。
「雪江、私はやるぞ……!」
迷いはもうどこにも見えない。
迷いを吹き飛ばした直後のことである。
『ベエモット。私だ』
黒の人魚族のサブリーダーで、ナンバー・ツーである『ヴィユ』からの連絡だった。
「ヴィユ様っ!?」
『例の場所、判明した』
例のこととは当然、アクアワールドの秘宝のことだろう。そういえば、場所が分かり次第連絡すると言っていた。つきとめるのが早いな。
「本当ですか!? ヴィユ様!」
『ああ、そうだ。その場所なんだが……』
ヴィユは外部に漏らさないため、肝心な言葉はベエモットだけしか聞こえないように、魔法を施してからゆっくり話した。
ヴィユから場所を告げられたベエモットの目が丸くなる。
「そんなところにあるですか? 意外ですね。早く終わりそうなんですが……」
『だが、王妃が隠したとあって入手するのは難しいぞ。鏡には仕掛けが施されていたり、何かと準備も必要だ。族長様は派遣隊のメンバーに任せるようだ』
「派遣隊に……?」
『ベエモット。派遣隊よりも早く鏡を手に入れろ。私からの命令だ』
「…………わかりました」
『頼んだぞ』
ヴィユの連絡がぷつりと途切れた。会話は一分も切ってない。
「やれやれ……やるべき事が増えますね」
ベエモットはアクアワールドの地図を取り出し、場所を念入りに確認した。
「ここ、ですね。鏡が眠る場所、アクアワールドの竜神が守っているという“竜の教会”は」
本には少し書かれていたが、アクアワールドには竜族が住んでおりアクアワールドを守り続ける守り神とされているらしい。竜の教会はまさにその竜族の住処の入口とされている。竜の教会に鏡は隠されているというのだ。
「行く、べきなのでしょうね……」
聞いたことも見たこともない竜族に遭遇などすれば、自分の命がどうなるかわからない。だが、歓迎はされないだろう。それでも行かなければいけない。これも命令なのだから。今の自分には命令を逆らうことは許されない。逆らうなどすればそれこそどうなるかわかりきっている。抹殺されることぐらいは検討はつく。
「はぁ、仕方がない……ですね」
ベエモットはためらいながらも、ヴィユからの命令を優先。鏡が眠る場所へと直行した。派遣隊よりも早く手に入れるために。
*
アクアワールド、コントロール室。
ベエモットがまだ巡回路にいた時間、コントロール室のパネル機能でベエモットを捜索していた睦月が声を上げた。それはベエモットが見つかったことを示していた。
「冬川君、で、どこなの!?」
スリジエが獲物を捕らえたライオンのような速さで真っ先に食いついた。
「ちょっと待ってくれ、今映し出す」
睦月はコントロール室の機能を動かし、ベエモットの姿を画面に映し出す。
弥生がパネルの画面に目を凝らし、眉間にしわを寄せながら見続けた。
「これは……」
「立ち止まっているわ。どこかしら」
スリジエの疑問に睦月が説明を加える。
「あそこはおそらく巡回路だ。その先は衛兵所だな。ベエモット、なにやら口を動かしているな」
「口を動かしている……」
弥生は考えを巡らせ、ある結論にたどり着く。
「もしかして、誰かと連絡を取ってたりして……」
弥生の発言に早速スリジエが反応した。
「誰かって誰よ?」
「え、えーと、だ、誰かな~? たとえば、黒の人魚族とか……なーんて☆ あ、あはは……」
弥生は顔をひきつらせ、作り笑いした。
「いえ、ありえるわ。あの男なら、きっと彼奴等と連絡を取り合ってるんじゃない? 多分だけどね」
「黒の人魚族か……俺もそう思うな。ベエモットが連絡を取っている相手は黒の人魚族しか考えられないだろうな」
スリジエさん! 睦月さん! 助かった……!
安心したようなため息を吐くと、弥生がスリジエと睦月の二人にベエモットについて問いかける。
「どうする? 念のためにその場所に行く?」
「当たり前よ! 行くに決まってんじゃない!」
「スリジエさん……」
ーー大丈夫かなぁ。無料し過ぎないといいんだけど。ちょっと心配。
また体調を崩さないか不安な部分があるのだろう。弥生の目はスリジエを映し出す。
一方の睦月は決断出来ずにいた。
「ベエモットを追いかけた方が良いのだろうが……」
ーー睦月さん、なんだか悩んでいるみたい。
スリジエが睦月をじーっと凝視。どうやら考えがあるらしく、迷い続ける睦月に話し掛ける。
「そうだっ! ねぇ、冬川君。私に考えがあるんだけど。いいかしら?」
ーーえっ……考え!?
「んっ? なんだ? 考えがあるってーー」
睦月が首を傾げた。
スリジエはニヤリと微笑む。
「そう。黒の人魚族がアクアワールドにいるんでしょ? 思ったのよ。もしかすると彼奴等が目的のためにこの部屋に入ってくるかもしれないって。だから、一応この部屋に魔法をかけておいた方がいいんじゃない?」
(ああ、確かに。それはありえる。黒の人魚族ならやりかねない。なにせ、自分達の願望のためなら何でも行う部族だからーーーー)
「確かに、そうだな」
睦月は納得したのか、すぐさま部屋全体に魔法をかけた。
「よし、行こう!」
「うん!」
弥生とスリジエは頷き、コントロール室から出る睦月の後に続いた。