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弥生ともう一つの世界  作者: Runa
第八話 弥生と壊れたはずの夢石
26/51

弥生とアクアワールドの異変

 弥生は呆然と天使を見つめたまま動かない。もちろんスリジエやベエモットも天使の介入に驚きを隠しきれないようだ。

 スリジエが最初に言葉を発する。

「チェ、チェリー……お姉さま、ですの?」

 目の前にいる天使がチェリーと瓜二つのため、本物かどうか確かめたいらしい。

 その天使はあっさりと認める。

「えぇ、そうよ」

 スリジエはまだ信じられないといった顔でチェリーをいまだに見入っていた。

「そんな、そんなことが……どうしてここにチェリーお姉様が? どうして?」


「スリジエ、最初に言った警告、聞いてたの? 真実はすぐそこにあるって」

 やはりあの天使はチェリー本人で間違いないらしいが、弥生でさえも信じられないのが本音である。

「春野弥生さんも久しぶりね。でも今はラリアの姿に戻っているみたいだけど」

「えっ? あ、はい! お久しぶりですね……?」

 信じていいいのかわからず、語尾に疑問符をつけてしまう弥生。

 スリジエのほうも半信半疑の目でチェリーを見つめる。


「なんか私のこと信じ切れていないようね……まぁ、無理もないか」

 チェリーはため息つくと、下を向く。しばらく考えると顔をあげた。

「私が死んだ後、いろいろあったのよね……」

 弥生はチェリーにたずねる。

「いろいろ? 何があったんですか?」

「えぇ。まぁ、いろいろとね」

 なにかあったようだ。なにがあったのだろう?

 しかし。


「チェリーお姉様がこんなところにいるはずがない……はずがない!」

 スリジエが“闇の爪”で、チェリーめがけて襲いかかってきた。

「チェリーお姉様を語る不届き者! 絶対許さない!」

 スリジエは今にでも、別人格に交代しそうな形相だ。そうなってくると本当にまずい。

 さらに、スリジエの魔力が徐々に強化していくのが、攻撃の精度で理解できる。

 チェリーはスリジエの攻撃を素手で受け止める。両手には血すらにじみ出ていない。

「スリジエ、やめなさい!」


「スリジエさん、落ち着いて!」

 弥生もスリジエをとめるべくチェリーに加勢するも、スリジエの猛攻は停止しない。

 チェリーが服の首元をつかみ、広げて見せた。

「スリジエ、これを見なさい!」

 服の下からはチェリーの柔肌があらわになると、一つのあざがついていた。黒の人魚族の血を引いていると示される、南の海固有のあざ。南の海に住むものは全員、このあざが誕生時からついている。

 スリジエが動きを止めた。

「これは……南の海の一族しかないあざ」


 ということは……。

「本物のチェリーさん、ってこと?」

 弥生が唖然あぜんとした顔でつぶやいた。

「だからそう言っているじゃないの」

「チェリー……お姉様ぁ!」

 スリジエは駆け出し、チェリーの元へ一直線。スリジエの長い髪が走る風でなびいている。

 スリジエを胸の中で受け止めたチェリー。

「よかった、スリジエが落ち着いて。天界からあなたたちの様子を拝見していたら、スリジエが別人格になりそうだったもの。それでもなってしまったけど、止めることができてよかったわ」


 スリジエが胸の中で雪崩のように泣き崩れた。

「チェリーお姉様……ごめんなさい。チェリーお姉様に攻撃しようとして……」

「もう、いいのよ。スリジエ」

 弥生は二人の間に割り込むのはどうかと悩んだが、意を決してチェリーに尋ねる。

「あの、チェリーさん。どうして、ここにいるってわかったんですが、拝見してるだけじゃ、ここまでたどり着けないはずじゃあ?」

「あぁ……。あなたたちがどこかの異空間にいるのはわかっていたけど、どこまではわからないから、あなたたちの魔力の残量をたどってここにたどり着いたという訳」

「さすが、チェリーお姉様!」


「す、すごい……そこまで出来るなんて」

 弥生はぼぅとチェリーを見とれる。

 その時、忘れかけていたベエモットの声が遮った。

「私を、忘れているようですが……雑談は終わりましたか?」

 はっと誰もがベエモットの方に視線を向ける。


 しまった! ベエモットさんのこと、すっかり頭から抜けていた!


 しかしすでにベエモットは扉の前まで移動していた。

 ベットから扉までは少々距離がある。さすがに止められない。


 外でかすかだが、人々が喚くような騒音を耳にする。なにがあったのだろうか。

 窓代わりの穴から塔の外を覗き込んだ。

 人々が異常に苦しみ、助けを求める声。さらに周辺の魔力が異常なほどに上がっている。

 これはおかしい。なにがあったのだろうか。

「これは……何が起こっているの? ま、まさか!」

 弥生の頭に浮かんだのは一人しかいない。睦月である。

「そう、そのまさかですよ。ラリア、さん」

 ベエモットはどこか喜んでいるかのように、チェリーとスリジエ二人を見つめていた。


 スリジエが弥生と遅れて外を覗き込むと、目を疑う光景を目撃したかのような表情でベエモットを睨みつけた。

「ちょっと! これはどういうことよ! ベエモット、あんた、まさか冬川君になにかさせてるんじゃ、ないでしょうね!」

 心配した弥生が怒鳴るスリジエをなだめる。

「スリジエさん、とにかく落ち着いて……」

「そうそう。睦月とかいう王子には、我々の計画の手助けをしてもらっていますよ」

「計画の手助けって……」

 弥生の声にベエモットが頷く。

「王子の力は充分、我々の計画を利用するのに使えますからね。まぁ、失敗しても別の人を使えばいいだけのことです」


 それって使い捨てってこと!? そんな! それじゃ、なお、睦月さんがあぶないよ!


 弥生の中に睦月救助という感情に再び火をつけた。

 けれど、今行って間に合うのだろうか。でも、早く助けにいかないと、大変なことになっちゃう。

 でもでも、やっぱり……。

 脳内で救出と諦めという二つの重りが、グラグラと天秤の上で揺れ動く。

 それでも睦月を救出したいという思いは変わらず、諦めという重りに打ち勝とうと必死であった。

 睦月さん、無事でいて……。

「それではみなさん、私は用があるので、これにて失礼しますね」


 ベエモットさんが出て行っちゃう!


 しかし、ベエモットの頭の右横を黒い球が直撃し、左半身が扉にぶつけられる。

「ベエモットさん!?」

 黒い球がやってきた方向に顔をむけると、スリジエがベエモットに向けて放ったものだとわかった。

「スリジエさん、これは一体……」

 スリジエが弥生に対して言う。

「春野、あんた、冬川君を助けに行きたいんでしょ? だったら早く行きなさいよ!」


「で、でもでも! それじゃあ、スリジエさんはどうなるの?」

「私は大丈夫よ! 今はチェリーお姉様がついているし、あの男が出て行くまでの時間くらいは稼げるわ。私のことは気にしないで行きなさいよ」

 チェリーもスリジエの意見に同意した。

「そうよ。スリジエも私も大丈夫だから行きなさい。冬川睦月は城の中にある、『兵士の間』という部屋にいるということしかわからなかったけれど」

「スリジエさん、チェリーさん、ありがとう! 元の姿に戻っている今なら、『兵士の間』までたどり着けそうな気がするし!」

「根拠はないのね」とスリジエがつぶやいた。

 弥生はチェリーとスリジエに頭を下げ、

「すぐ戻るから!」 

 とだけ言い残す。気絶しているベエモットを目を覚まさせないよう、尾びれをゆっくり動かし、扉の前まで出向く。そして、鍵の開いた扉から部屋の外へと飛び出していった。



       *



 弥生が小部屋から出て行った後。時刻は二時を回っている。スリジエのほかに、チェリーと気絶したベエモットの三人だけが部屋に残った。

 スリジエは透明の息を吐くと、気絶中のベエモットを見下ろす。

「この男が目を覚ますのも時間の問題ね……」

 チェリーが一つの案を差し出した。

「スリジエ、念のために差し止めの魔法をほどこしておきましょう。ベエモットがわざと気絶したフリして、私たちの話を聞いている可能性もあるだろうから」


 チェリーの案に快く承諾するスリジエ。

「わかった。チェリーお姉様、ところで、天界にはいつお戻りになるの?」

「無断で出てきちゃったから、そろそろ強制的に引き戻されるかもしれないわね」

「そう、なの……」


 チェリーとの時間はそう長くは持たないとわかっていたはずだった。

 それでもチェリーと一緒にいたいと思ってしまう。


 それでもいい。春野弥生だって冬川君と一緒にいたいと想っているだろうし。

 少しでも、誤解し続けたつみの償いをしないとね。

 ベエモットが計画を進めないよう、スリジエとチェリーは部屋全体に結界のような見えない壁を張り詰めていく。

 絶対ベエモットをこの部屋から出させやしない。そんな思いを内に秘めて。


「スリジエ、顔色悪いようだけど……大丈夫なの?」

 チェリーの問いかけに、どきりと図星つかれたような顔で、

「たいしたことないよ、大丈夫」

 ごまかして言った。

 実は小部屋でのあの時に再び体力が消費されたのか、体が悲鳴を上げているのは確かである。

 けれど、チェリーとの時間も残りわずかの今、少しくらいは我慢したいのが本音だ。


「無理しちゃ駄目よ、スリジエ。わかった? あなたも私も、時間は残されていないんだから」

「ありがとう、チェリーお姉様」

 そう、私もそしてチェリーお姉様も時間は残されていない。

 時間は残されていないのだ。

 十分、二十分と、壁を張り詰めてはいくが、魔力は残り少ないことが体でわかる。

 たとえそうでも魔法をかけ続けた。


 あと少しで魔法をかけ終わると迫った頃。

「うっ、うう……いたたっ。ひどい目に遭いましたね、全く」

 ベエモットが目を覚ましてしまったのである。


 まずい! ベエモットが起きた!


 スリジエとチェリーはベエモットに背中を見せている状態でベエモットの顔は分からない。

 実は、チェリーもスリジエも一度もベエモットに勝ったことがない。目を覚ましたということは、一発で魔法を破られてしまう。

 そうなるとベエモットは計画続行のために部屋から出て行ってしまうだろう。


「……おや、チェリーとスリジエ、何をしているのかと思ったら」

 部屋全体を見回し魔法を確認した。

「魔法をかけているところなんですね。しかも、私を行かせないようにするための結界を」

 スリジエはふと見えた両腕から床が確認できるほど透けている。時間は残りわずか。

「けれどその魔法も無駄のようですね」

 ベエモットの言葉の意味が理解できず、横を向くと消えかかったチェリーの体が目に入ってきた。

「チェリーお姉様!?」

 もうそんな時間になったのか。早い。あと少しで魔法は完成するのに。


「スリジエ、後は頼んだわ……」

 チェリーはそれだけ言い残し、シャボン玉のように消えていく。

「そんな、……チェリーお姉様」

 チェリーが完全に消滅した時、ベエモットの気配が無くなっていることをスリジエは読み取る。

 辺りを見るとベエモットの姿は一つもない。部屋から出て行ってしまったようだ。

「逃げられた! 私がチェリーお姉様に気を取られているうちに出て行ったのね!」

 逃げてまもない。そう遠くには行っていないだろう。今行けば間に合う。

 スリジエはそう確信し、ベエモットの後を追った。



       *



 スリジエがベエモットの後を追い始めた頃だろうか。ブルーホールの奥深く。

 洞窟のさらに奥に黒の人魚族のアジトが存在する。

 その黒の人魚族のアジトでは、黒の人魚族による会議が進められていた。人数は一人消えて十四人でおこなわれている。

 会議のテーマはアクアワールドの結界と計画についてだ。

 計画が無事すすんでいるかどうか心配なのと、王子が張った結界をどう対処していくかきめるためである。十五人全員で対抗しても効かない強力な王子の結界に対し、なにか突破口を見つけないといけない。


 しかし会議は進む気配は見せなかった。

「やはり! 横からあの男を使って突破するしか、道はないのでは!」

「しかし、それではリスクが大きすぎる。駄目だ」

「じゃあ、全員で向かうのか?」

「それも無理だろうな。向こうに顔を見られる」


 サブリーダーが隣の族長に話しかける。

「やはりあの結界の攻略法は見つかりませんね、族長」

 族長も会議が進まないことはわかっていたのか、口をつぐんでいた。

 やや眉間にしわをよせ、族長は何もしゃべろうとしない男に問いかける。

「何かアイディアがありそうな顔をしているが、どうした。グノス」


 グノスという名の男は他のメンバーを気に仕掛けながら言う。

「結界なんですが、王子の魔法はほとんど炎系の魔法なので、我らの水系の魔法で上から数人で攻撃すれば、突破可能かと思っていますが」

「ふむ、なるほど……」

 グノスは知識が十五人の中でもずば抜けて高く、いざという時には頼りになる男なのだ。

「なかなか良い案だ。異論がなければ、グノスのアイディアにしようと思うが」


「ちょっと、待ってください!」

 異論を出したのはサブリーダーである。

「そんな気安くグノスのアイディアを起用するのはどうかと」

 グノスとサブリーダーはもともと性格が正反対で相性も悪いのか、よく衝突している。

「グノスのアイディアには、決定的な根拠が、全くありません! 根拠のある、効率のいい案にするべきです!」

 熱をあげるサブリーダーにグノスが反論した。

「じゃあ、サブリーダーは僕の案よりも良いアイディアを考えているんですか!? 考えているんだったら出してみてくださいよ!」


 このままだと会議は難航のまま終わらないだろう。

 そう見かねた族長が一つの考えを出す。

「では、こうしよう。アクアワールドの結界を破る良いアイディアをだし、私を納得させた者には、このアジトの管理を任せたいと思っているが、どうかな?」

 族長の言葉を聞いた十四人の目つきが変化した。まるで獲物を狩る鳥、ワシのよう。

 サブリーダーもグノスもアジトを管理する任務は、一度は就いてみたい職なのは変わりはない。


 アジトを管理する任務は族長から直々に任されるもので、黒の人魚族のナンバーツーになれるエリートの道。ナンバーツーになりたいものは数多くいる。

 サブリーダーはナンバーツーではないので、ナンバーツーはあごがれなのだ。もちろんグノスもそれは同じことだ。

 当然のごとく会議はさらにヒートアップしていった。アジトを管理する任務をもらうために。

 会議が終わることは、まだない。



       *



 アクアワールドの城下町、時刻は二時半になろうとしていた。

 魔力の急激な増加の現象はここまで達していないためか、なにも変わらず賑わっていた。

 商品を売る屋台が端まで連なっており、反対側にも対面するように屋台が連なっている。人々の生活を支える拠点とも言うべき場所で、多くの人が集まるところでもある。

 アクアワールドに何が起こっているかさえ、しらない城下町の人々は城下町を歩き進む。


「この野菜、採れたての新鮮だよー! いらんかねー?」

「お米はどうだい! 美味しいよ!」

「私が作ったアクセサリー、どう? 買っていかない?」

 屋台で商品を売る、店の者は自分たちの商品を多く客に買ってもらおうと接戦が繰り広げられていた。

 平和が長く続くはずもなく、危機はすぐさま訪れることに……。


 魔力の急激な増加が始まったのである。

 この世界の住人は大半が魔力でできていて、過剰に摂取しすぎると体に異常反応を示す。そしてそのまま死を迎えることになるのだ。

 城下町にいた人々は地面に倒れ込んでいく。倒れた者に駆け寄る人もいるが、その人たちも数秒たたないうちに苦しみ出した。


 そんな城下町の風景を城の中の廊下から傍観する男がいた。ベエモット・ムーンである。

 ベエモットは計画が順調に進んでいるか、一つ一つ確認していってるのだ。自分の目で確かめた上で、さらなる計画に進めていきたいと考えているらしい。

 確認し終えると止めていた足を動かし、城の廊下を歩き出した。

 計画が遅れている。それを黒の人魚族の人達が目の当たりにしたら、私だけでなくスリジエも消される。

 計画を進めなければ、大変なことになってしまう。黒の人魚族の人達はやるといったら決行する人達だ。

 油断は、していけない。


 ベエモットは睦月を入れた部屋、兵士の間の奥へと進んだ。

 そこには四人の兵士が睦月を入れた装置を見張っていた。監視は出来ているよう。

 四人はベエモットに気がつき、ベエモットに対して敬礼する。

「四人とも、監視ご苦労ですね。その後、どうですか? 王子に変化は見られましたか?」

 とベエモットが問いかけると、四人とも横に首を振った。

「そうですか。監視させ続けて悪いですが、このまま見張っていてくださいね。最後まで監視出来た者には給料を大幅にアップさせておきますから」

 四人は声のトーンをわずかにあげて、「はっ」と返事をする。


 ベエモットは兵士の間を後にし、次の部屋へと向かう。

 廊下を歩き進めていくと、ひとつ扉の部屋にたどりつく。その扉を開け、中に入っていくと、石で出来上がった装置の数々がいたるところにおめみえする。現代の技術でもってしても、おそらくは同じようなものは作れないほど、細かくできていた。

 ここはアクアワールド全体をコントロールするためのコントロール室。

 これが最後のチャンス。逃しはしない。

 ベエモットはふところから、黄金に光り輝く宝玉を取り出すと、しばらく見入っていた。

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