弥生、アクアワールドの実態を知る
城から少し離れた塔の中の小部屋
弥生とスリジエが連れてこられた場所は、二つある塔の内の右側に建つ闇の塔、弥生たちの反対側の塔が光の塔だ。アクアワールドを守るシンボルとして伝えられており、特に闇の塔はアクアワールド全体を見渡せる唯一の場所なのだ。
弥生たちが連れてこられた小部屋は弥生とスリジエで精一杯ほどの狭さ。ドアの真正面には鉄格子がはめられた四角い穴が、外を見渡せるように人一人通れそうな大きさで存在している。穴というより窓のようなものといったところだろうか。穴は南をむいており、もちろん、窓枠などガラスははめられていない。
ドア側の左隅には本棚が西側の壁を正面に置かれていた。窓側の右隅には角に添えるようにして配置されたベット。その反対側の左隅には木のテーブルと背もたれのない椅子。テーブルは長方形で、一人前の食事をおくぐらいで精一杯の面積にしか見えない。しかも部屋中には血生臭い、吐き気をそそるような悪臭で満ち溢れていた。
右隣のスリジエの顔を覗き込む。
スリジエは息を切らして、顔をげっそりとしている。
このままだと、スリジエは再び倒れるだろう。なんとかしてあげたい。してあげたいが……こんな部屋で休ませても、逆に悪化させてしまいそう。そう思わせるのは壁が灰色のコンクリートだからだろうか。
兵隊の一人が弥生たちに声かける。
「いいか、ここで計画の一部始終をその目で記録しろ。それがベエモット様からの命令だ」
「記録って……。私達にただ計画を見てろっていうんですか!? しかもこんな部屋で!」
「いいな? これは、命令だ」
兵隊たちが弥生たちをさげずんでにらんだ。
まるで、忠告するかのように。
兵隊達は小部屋を出ると、そのまま鍵を閉めてしまう。
どうしよう……どうしたらいいの?
その時、何かが倒れるような鈍い音が耳に響く。
弥生の横にいた、スリジエが疲労のあまり倒れてしまったらしい。
「スリジエさん!? 大丈夫?」
弥生はスリジエの身体を揺さぶってみるも、当然、意識はない。
どうすればいいだろうか。
なんとかしてあげないと悪化する一方だ。なにか、何かいい方法は……。
弥生はポンと手を叩いた。
そうだ!
連絡魔法で睦月さんと連絡すれば、なにかいい方法が聞けるかもしれない!
まずはスリジエをベットに移動させ、治療しやすいようベットの前にひざ立ちした。
そして、スリジエから教わった連絡魔法を発動させようとする。しかし。
弥生の動きが止まり、冷や汗が噴出した。
まずい。どうしよう……やり方、忘れてしまった……!
がっくりとうなだれる弥生。
もう! 私の馬鹿! なんでこんな大事なときに忘れるんだぁ! どうしようもないじゃん、これじゃあ。
はぁ、とため息が漏れる。自分がなさけないという意味のため息である。
けどここであきらめちゃいけない気がする。何かしていないと気がすまない。
私に何ができるのだろうか。スリジエさんを助けてあげれるのだろうか。また、チェリーさんみたいに死なせてしまうことは……いやでも、スリジエさんは一度死んでるから、二度死ぬことに……。
一度、北の海に伝わる治療法を試してみようか。効くかどうかはわからないが、同じ人魚なのだから、少しでも効き目が出ればそれで充分。
スリジエさん、目を覚まして……お願い。
スリジエの身体を揺さぶっていた両手を浮かせ、念力を加えるように治療し始める。
これは白の人魚族の血縁者のみ受け継がれる『秘伝』の魔法である。これは代々夢石を受け継ぐものしか使えない。弥生ことラリアも父である国王から受け継いだのだ。
スリジエさん、目を覚まして。まだ、チェリーさんの伝言、伝えられてないのに……。
悔しい思いで目を瞑った。役に立つ魔法を覚えていない自分に。
弥生は最初にスリジエが倒れた時のように、魔力を送る。
あぁ。自分が情けなさ過ぎる。何もわからないなんて。でも、今はスリジエさんを助けることだけに集中しよう。余計なことを考えていると、この『秘伝』の魔法は失敗しやすくなってしまう。
その時、後方でガチャガチャと鍵を開けるような雑音が耳に入ってきた。
なんだろう、この音?
弥生は気にはなったが、スリジエに治療を施すのに夢中で手が離せない。そのため後ろに振り返ることもできない。
まさか、兵隊さんたちが戻ってきたの……?
弥生の左ほほに一滴の汗がたれ落ちると、弥生がつばを飲み込む。
治療完了してないのに! 気づかれたら何されるんだろう。ここは急がなきゃ!
送る魔力の寮を倍増させ、治療完了に急いだ。
そのわずか数秒後、治療が完了しそうなとき、ガチャリと何かが開いたような音。
鍵だ! ドアの鍵が開いたのだ。やばい。兵隊さんたちが入ってくるかも。この状況下はまずすぎる。
弥生の右耳から小さく鈴の音色が響く。治療完了の合図だ。
呼吸で心臓を整えたとき、中年男性の声が右横から聞きもれる。
「もうそろそろ、治療は終わりそうですかね?」
振り向く余裕がとれた弥生は右隣を見上げた。
「……べエモットさん。どうしてここに」
弥生の目には悠々とした表情で仁王立ちするベエモット。口元には笑みまで浮かべるほどの余裕があまっているらしい。
弥生はまさかの人物がやってきたため、口を半開きのまま呆然とベエモットを凝視する。
ベエモットは仰向けにして眠るスリジエに目をむけた。
「さすがは北の海を制するプリンセスだ。秘伝の魔法を知っているとは」
弥生に視線を戻すと、何か言いたげな目で弥生を見おろした。
*
再び地下牢屋の一室では、睦月が鉄格子から離れて後方で座っていた。考え事をしているためか、腕を組み、やや猫背気味である。
ったくこんな形で家に帰ってはきたが……親父の奴また何か気を起こさなければいいんだが。
あきれたようなため息をつく。
もちろん、実の父親なのではあるが、まず国王である父親がだらしなすぎるというか、ピンポイントに厳しいというか。
「人魚が嫌いなのはわかるがさすがにあの時はやりすぎだな……」
睦月が口にした『あのとき』というのは、父親が起こした事件のこと。
アクアワールドに入りたいという女性の頼みを拒み、入り口空間に閉じ込めてしまった事件である。入り口空間で長く生きられるはずもなく、当然現在は亡くなっているだろう。なにせもう数年前の話なのだから。
「もうちょっと国民の声に耳を傾けてくれればいいのにな」
睦月は鉄格子を見つめ、兵隊たちに今の独り言が聞かれてないかうかがう。
睦月の部屋からは廊下に兵隊たちがいる気配はない。だが油断はできない。
睦月が注意を払って耳を傾けていた直後。
兵隊の靴音が大きくなり、歩いてくるのがわかる。戻ってきたらしい。
もしかして……やっぱり気づかれたのか!?
唇が振るえ生唾を飲み込むと、自分の存在を消すように息を潜めた。
足音が近づき、兵隊の姿がわかるまでになる。そこには一人の男が数名の兵隊たちに囲まれ、つれられてくる姿。その男はきらびやかな服をまとった貴族のような王族らしき男。
しかも顔に見覚えがある。まさか……。
睦月の中で、注意が予感に変わりかけた。
先頭を歩く兵隊が後ろを振り向き、王族らしき男に声かける。
「おい、着いたぞ。入れ」
「これまた荒々しい奴らだ……」
王族らしき男が独り言を話し、睦月がいる牢屋に入れられた。
睦月は「げっ」と声を漏らす。後ずさりしてその男から離れようとする。
男も睦月の存在に気づき、睦月の顔をみた瞬間、目を見開き頬を紅色に染めた。
「おぉー! 我が息子ではないか! 心配したんだぞ~!」
「やっぱり親父だったか! っていうか、近づくな! 気持ち悪い!」
抱きつこうとする父親を無我夢中で振り払う。
「そんなんだから国民に愛想着かされるんだろ!」
「相変わらずつれない息子……。久しぶりの再会だというのに」
まるで彼女きどりの父親は上目遣いで頬を膨らませる。
女の子ならまだしも、実の父親がやると気持ち悪すぎてならない。
父親は嫌いではないが、子煩悩すぎて毎日鳥肌がたっている。そばにいると何をされるかわからないらしい。
「なんで同じ牢屋に入れられるんだよ! 一人で充分だろう!」
「いいじゃないか~。親子なんだから」
「だから離れろって!」
当分、父親と同じ牢屋で過ごさないといけないのか……。
こんな父親と一緒に。
憂鬱そうな表情でため息漏らし、極限まで父親から離れようとする。
しかし、睦月が離れれば、睦月の父親は離れた分だけ近づく。
もういや。
睦月の心に暗雲が立ち込めていた。
*
「何しに来たんですか? ベエモットさん。この部屋で計画の一部始終を傍聴させるようにし向けたのはあなただそうですね?」
城から少し離れた塔の中の小部屋。弥生が自分を見おろすベエモットににらみつけていた。
部屋中は異様な臭いと、尋常ではない雰囲気、部屋を支配した。
「何が目的なんですか……?」
「スリジエ、また倒れたようですが、今は大丈夫そうですね」
ベエモットは話を逸らすかのごとく、語りかける。
「やっぱり……プリンセスラリア、あなたを私の計画の傍聴者にしておくのはもったいない。私と手を組んでみませんか? この世界を変えてみたいと思いませんか?」
「断る! そんな事、絶対にしたくない!」
「ほぉ。やはりそう来ましたか。で、あなたの言い分は何です?」
「あなたが睦月さんをどう計画に利用するかは私は知らない。けど、私、決めたんだから! 睦月さんを助けるまであきらめないって!」
そう。睦月さんは何度も私を助けてくれた。ラリアのときも、春野弥生として初めて会ったときも。何度も。
弥生の心にゆらぎは見当たらない。以前よりも増して決心が強くなっているよう。
「だから、睦月さんは取り戻す!」
弥生は両手を重ねバツ印のような形にクロスさせた。
部屋の中で魔法を唱える気のようだ。なるべく部屋を荒らさないよう最小限にとどめる気らしい。
コンクリート壁が青い光に染まり、光に共鳴しているかのようだった。
「威勢がよろしくなりましたな。シャルロットのときとは大違いですね」
ベエモットの言葉で弥生の集中力が途切れ、魔法が不発で終わる。
「どうして……それを知っているんですか?」
おかしいと率直に感じてしまったのが弥生の感想。あの戦いは私とシャルロットだけの、海中での戦い。知らないはずなのに。
それを知ってるって……。
「気になりますか? 私がシャルロットのことをどうしてしっているか」
ベエモットはにやりと悪魔の微笑みを見せつける。
「どういうこと……?」
「なぜなら、シャルロットは昔、私が治めていた南の海で娘のチェリーの執事をしていたんだ」
「えぇ!? シャルロットがチェリーさんの元執事!?」
「あぁ、そんなこともあってね。シャルロットからいろいろと聞いていたんだよ。お前のことを」
そうだったんだ……シャルロットの詳しい過去とか知らなかったから、初めて聞いたよ。
っていうか、ベエモットさんの話、信用してもいいのかなぁ?
弥生はうなりながら首をひねった。そもそも、今の話が嘘である可能性もある。
ベエモットが話の話題を切り替える。
「そうそう、睦月君のことなんですがね……そろそろ、彼の出番のお時間ですかね」
「……何の話? 睦月さんの出番って」
「彼には世界をコントロールする力、世界操縦の力と、少し先の未来のビジョンを見ることができる未来視という二つの力がありましてな。それらを使ってこのアクアワールドを支配するのに協力してもらおうと思いまして」
弥生が「そんなことまで考えていたなんて……」とつぶやくも、ベエモットは聞く耳を貸さない。そのまま話を続ける。
「いずれ彼はこの世界をまとめる国王になる。次期国王が協力してくれるのです。国民も納得するでしょう」
「私だったら納得しない! 力だけで支配する世界だなんて!!」
「ラリアさんならそう言うと思いました。ですが、もう我々の計画を止められる者はいない。私には強力な後ろ盾がついているのだからな」
弥生は説教するように大声を出す。
「たとえそうでも! 私はあきらめない!」
ベエモットは新たに話題をかえた。
「君は知っているか? このアクアワールドの実態を」
「アクアワールドの実態?」
「そう、この国、いや、この世界は――――」
アクアワールドは水の都と呼ばれるが、実際は表の世界、海の世界がわかれた世界がアクアワールドだという。そのため、多くの国民は海の世界の血を引いている。
しかし問題視されているところもある。それは――――。
「睦月君の父親、現在の国王が国民に充分な食料を与えていないこと」
「食料を与えない?」
「そうだ。睦月君の父親はね、異常なほどの人魚嫌いでね、人間の言葉でいうと、人魚アレルギー、かな」
「人魚アレルギー!?」
再度弥生の驚愕の声が部屋中に浸透した。
睦月さんのお父さんが人魚アレルギー? だからスリジエさんのお母さんを入れたくなかったの?
たとえそれでも人一人見殺しにしたことは変わりはない。
「そんな国王がこの世界の住人を納得させられることができるかい? 人一人見殺しにするような男に」
「確かに……」
納得しかけたが、それを振り切るように首を振る。
いやいや! それが真実かは確かめるまで納得してはいけない。
「おや。私の口車に乗らないとは……随分と成長したものだ」
「やっぱり! 私を仲間に引き入れようと話していたんですね!」
「当たり前だ。お前みたいな利用価値の高い人魚はいない。なにせ、夢石を唯一使いこなせる継承者。睦月君の『世界操縦の力』はその夢石も一緒じゃないと発動しないからね」
睦月さんの『世界操縦の力』は、夢石も一緒じゃないと発動しない……?
「じゃあ、あなたの計画はおしまいですね。だってもう夢石はないんですもの」
「そこの所はご心配なく。ちゃんとそれ相応の対策は練っています」
弥生は眉をひそめ、首を右横に動かした。
「それ相応の対策は練ってある? どういうこと?」
「もうまもなく計画が実行に移される! わが支配下に置かれるのも、時間の問題ですよ……」
ベエモットの顔が、深い闇を映し出されたような不敵な笑みへと変わった。
*
「離れろ! 親父、離れろー!」
地下牢屋で睦月の拒む声が伝わっていた。
「なんで離れないんだよ!」
「いやだぞ! 父さん、お前を二度と離すものかー!」
いまだ父親である国王に攻め寄られていた。恋人のように密着するかのごとく。
王座の間で何かあったことは確かだろう。いつもよりも異常すぎる。
睦月はそれでも拒むことをやめない。
「熱い! 親父の汗が服にこびりつくだろう!」
父親の汗は一度つくとにおいが中々取れないのだ。洗濯するのも一苦労なのだ。
そのとき背中に炎に焼かれるほどの痛みが走った。
どこかで何かが起こっている。それだけは感じる。それがどこかはわからない。
睦月に久しぶりに未来視の力が発動した。
二つある塔の内の右側に建つ光の塔、反対側の塔が闇の塔。そこのある小部屋。
そこに春野とスリジエがいる。ベエモットもいる!
ベエモットが何かしようとしている。攻撃だ!
春野とスリジエに攻撃しようとしている! まずい!
ビジョンが外に移り、町並みに変わった。あれは……。
黒の人魚族!? どうしてアクアワールドにやってくる?
しかし、そこで未来視の力が途切れた。まずいことになる。
未来視の力でみたことは必ず起こる。そうなると…………。
そこに父親の声が挟まる。
「我が息子よ。どうした? そんな顔して。私が相談に乗ってやるぞ」
「ちょっと声かけないでくれよ! 今集中しているんだ!」
「は、はい……」
国王は睦月の剣幕に押し負けた。おとなしく睦月の行動を見守る。
睦月は小言で何かをつぶやいたかと思うと、アクアワールド全体を包むような強力な結界が張られた。
そのことにすぐ気がついたのは国王だ。
「なるほど、結界を張ったのか。さすが、我が息子だ」
「親父、もうまもなく、黒の人魚族たちがやってくる」
「何!? あやつら、ここにくるのか! ベエモットの次はあやつらとは……この世界も終わったか」
父親を無視して鉄格子をみる。やつらが来るのも時間の問題。
春野、無事でいてくれ。
睦月が心中で祈ったとき、兵隊たちが戻ってくる。
「おい、王子。ベエモット様の命令でお前には計画の手伝いをしてもらう事になった」
睦月を牢屋から強引に引き寄せると、国王を残してつれていってしまう。
「おい! 貴様ら! 私の大切な息子に何かしたら承知しないからな!」
牢屋には国王の罵声が残るだけだった。




