弥生とアクア・ワールドの秘宝
もうまもなく正午に到達する頃だろうか。城内の王座の間では、相変わらずベエモットが椅子にもたれかかり、考え事をしたまま動かない。本当の計画とも言うべき最重要項目をこなすべきか、迷っていた。
もちろん、黒の人魚族様方からうけた命だ。こなすのは当たり前。だが…………。
一度数秒目をつむり、再び目を開けた時、独り言のようにつぶやく。
「やはり、私には身が重過ぎるのかもしれないな……」
ほとんどなれない口調で本来の性格を隠したまま、実の娘と対峙するなど……私には無理だったようだ。
しかしまさか、ここで黒の人魚族様たちを裏切ることはできない。そうなると今度は自分やスリジエの身に危険が及ぶ。それだけはどうしても避けたい。
せめてスリジエにだけは手を出させるわけにはいかない。いずれ、もう一度生まれ変われるようにしておきたい。それが、せめてもの…………償いというべきものだろうか。
「さて、そろそろ…………やりましょうかね」
ベエモットは椅子から立ち上がると、王座の間で待機していた三人ほどの兵隊を手招きで呼びつけた。
兵隊たちは駆け足でベエモットの元に近づいてくる。
「お呼びでしょうか、ベエモット様」
三人は声をそろえてつぶやく。
三人がやってきたのを確認すると、ベエモットが数段の階段を下りて小言で話す。
「……という訳なんです。やってくれますか?」
まずは兵隊たちに頼むしかない。自分が下手に動くと余計なことまで起きてしまいそうで怖い。それに、今の目的は『城内にある、アクア・ワールドに伝わる秘宝を探し出す事』だ。余計なことはことを考えないようにしなければ。
兵隊たちはベエモットの言っていることを理解したのか二度うなづく。
「わかりました。早急に手を打っておきます。あと、牢屋にいるマーメイドのプリンセス二人はどういたしましょうか?」
「それは…………」
ベエモットは一瞬ためらったが、その表情を兵隊たちに見せないようにすぐさま決断をくだした。
「では、その二人には計画を目で焼きつけてもらうために最上階にある小部屋で待機してもらいましょうかね。あの二人はプリンセスとして利用価値はありますからね」
「はっ! かしこまりました!」
三人はほぼ同時に一礼すると王座の間をあとにする。
「あと少しだ……あと少しで私の役目も終わる。そうすれば…………」
両手の拳を握りしめ、力をいれる。
――そうすれば、この命が残っていることはあるまい。あとは黒の人魚族様たちに任せるほかはないだろうしな。
ベエモットは兵隊たちのあとを追うようにして部屋を出て行ったのだった。
*
弥生は牢屋で過ごすのも限界に近づいていた。ただ何も無くすごしていくというのは、退屈すぎる。ほんと、何か起こればいいのになぁ…………。
無駄ともいうべきはかない望みを考え始める。
もちろん、さすがのスリジエも喋る気を失いかけていた。その姿を見ていると逆に倒れやしないか不安になってくる。
けど、この状況から抜け出さないと意味はないよね。
どうすればいいかなぁ? 私が覚えているのは水系の魔法のみ。水系の魔法なんか使ったら、逆に電流の流れが良くなり悪化するだけだ。そんな危険なことをすればスリジエを巻き添えにして二人とも死んでしまう。そんなことは絶対にしたくはない。
でもなぁ……あとは連絡魔法をさっき覚えたばっかりで、牢屋から出られるような魔法ではない。じゃあ、どうしたらいいの~?
弥生が思考を駆け巡らせていると、弥生の横からスリジエの細い声が聞こえてきた。
「何、考えているか知らないけど……その時になってから考えれば、いいじゃないの……」
「スリジエさん、大丈夫? 一回眠った方がいいんじゃあ…………」
やっぱり、スリジエさんのぐったりとした表情を見過ごすなんでできない。
しかし、弥生の問いに対して、スリジエはこれを拒否する。
「やめとく。あと少しで何か起こりそうなのよ」
「何かが起こる?」
「そう、よ」
息を切らすようにしゃべるスリジエには何か起こると感じるらしい。
何が起こるんだろう。でも、スリジエさん、私に心配かけないようにって元気づけてくれた。
ありがとう……スリジエさん。
弥生がやわらかな笑みをこぼしたときだった。
「えー。これより我がアクアワールドはベエモット・ムーン様の支配下に置かれることが決定した」
という放送が城内だけでなく、アクアワールド全体に流れ出したのだ。
まさか、これもベエモットさんの仕業? どういうことなの?
スリジエもやはりといった顔で上を見上げていた。
「あの男……どこまで自分の欲しいものを手に入れたい訳?」
「スリジエさ……」
「全く、相変わらず性格は直っていないだから! ……ゲホッ、ゲホッ!」
スリジエの咳き込む音が牢屋中に響き渡る。
「だから少しでもいいから休んだ方がいいよ」
弥生はおどおどとうろたえていた。こういうときどうしたらいいんだろう?
やっぱり兵隊さんに一度知らせて、お医者さんに診てもらうとかできないのかな?
できたらいいんだけど、わたし、この世界の人間じゃないし……。
あ、そうだ! 睦月さんに頼めばなんとかなるかも!? …………って、今はその睦月さんもとらわれているのよ? しかも今回の目的が睦月さんを助けることなのに~!
あぁっ。どうしたら、どうすればいいの~? こんなときに役に立つ魔法を覚えていない私って馬鹿!
ぽかぽかと両手で頭を軽くたたく。数秒で両手を止め腕をおろすと、ため息を漏らす。
私ってどうして……こんなに無能なんだろう。
弥生がそう思ったとき牢屋部屋に、廊下から数人の兵隊がやってくる。やってきた方向は弥生たちが連れてこられた右方向からだ。
弥生はひとりつぶやく。
「一体何が起こるっていうの……?」
弥生たちが入っている牢屋の一室に止まると、一人の兵隊が電流を止め、一室の鍵を開けた。そして一言。
「出ろ。ベエモット様がお呼びだ」
弥生とスリジエは再び兵隊達に連れて行かれることとなった。
*
南の海 黒の人魚族の秘密のアジトにて
正午すぎだというのにアジトの中は光が射さず、目を悪くしそうな暗さ。どういう状況かは判断しかねない。アジトには最適の場所なのである。
黒の人魚族幹部ら含めて十五人。円をかたどるようにして集合してはいるが、当然互いの顔は見えていない。もちろん、日常でも顔を合わせることは禁じられ、こうして集まっているときのみ、顔を合わせられる。
一人の若い男が話を切り出す。
「アクアワールドにあるという秘宝は実際に存在するのでしょうか? どこにあるかもわからないのですよ? そんな任務をベエモットに任せても大丈夫なんでしょうか?」
アクアワールドに伝わる秘宝についてである。
「いや、私らが行っては正体がばれるおそれがある。それならば現地にいるベエモットに任せたほうが一番の策じゃろう」
「その秘宝が見つかったとして、我らに使いこなせるのか? その秘宝はアクアワールドの王族の者しか扱えんと聞いた」
「何を言っておる。そのためにアクアワールドの王妃を連れ去ってきたのであろう?」
「まぁ……それはそうだが。しかし、その王妃が我らの言うことを聞くとは思えんのだが」
黒の人魚族の会議はなかなか前には進まない。
アクアワールドの秘宝といえば、幻の宝といわれるめったに現れない品物だ。真に必要とするものにしか姿を現さない。そんな宝が自分たちの声に答えるかなんてアクアワールドにいるわけでもないのに、無理がありすぎる。
そんな声が飛び交っている。やっぱり計画は中止するしかないのか、と。
そのとき、黒の人魚族の族長が声を出した。
「そのときはその時考えればよい。今は秘宝が見つかるよう、我らで祈るのみ。それ以外我らができることは残されてはいないのだ。わかってくれぃ」
しばらくアジト内に沈黙が走った。
そして、族長以外の十四人ははっと我に返り、族長の言葉にうなづく。
「そうだ! 今は計画を成功させること!」
「あぁ! 皆で計画を成功させよう!」
「白の人魚族たちをギャフンといわせるのだ!」
「そうだ、そうだ! 我らが作る新しい世界のために!」
今までのことはなんだったんだといわんばかりの、明るい声。黒の人魚族全員が一致団結をした声である。
そのあとの会議はすんなりと順調に進んでいった。
会議が終わるころ、族長がひとり言のように誰にも気づかれまいと言い放つ。
「ベエモット……わかっているだろうな。もし、この計画が失敗したらお前の命はない。もちろん、娘もな……。そのこと、忘れるな……ベエモット元国王」
*
再び アクアワールドの城内牢屋部屋
「春野たち大丈夫だろうか……」
睦月が入っている牢屋の一室。睦月はさきほど弥生たちが兵隊たちに連れられていくのを目撃していた。急に鍵を開けるような音がするので、音がするほうへ顔を近づけると、弥生たちが牢屋から出され、連れて行かれていた。
ベエモットの奴……何か企んでいるな。
よっぽどのことがないと牢屋に入れられたものを出すなんてありえない。
春野たち、無事だといいんだが……相手がベエモットじゃあ難しいかもしれない。
睦月は首をひねり、う~んと声をうならせる。
「ベエモットをとめる秘策かなにかがあればいいのにな」
ベエモットの実力はこれでもかというぐらい強い。アクアワールドで一番強い、自分の父親よりも強いかもしれない。となると、父親に勝てなかった自分がベエモットに挑んだとしても、ただ負けるだけだ。
春野は水の魔法しか覚えていないみたいだし、スリジエとベエモットの実力の差はわからないが、おそらくベエモットのほうが上だろう。
「春野、気をつけろ……今回の敵は手ごわそうだぞ」
俺にもできる事があればいいのにな。今は牢屋に囚われ身だ。どうすることもできない。
しかしここであきらめればベエモットに上手い事利用されるだけだ。
なんとかしなければ。春野たちのために。
俺ができる事といったらなんだろうか? 牢屋の中で監視役の兵隊らに気づかれないようにできることとかあるだろうか。
その時、あることを思いつく。そうだ! あれだ! あれなら……いける!
「春野、待ってろよ!」
睦月は何か思いついたように、牢屋の奥に隠れて作業を開始した。
*
「やはり、ありませんね……」
ベエモットは城内の王妃の部屋で王妃が所持しているという秘宝を探し回っていた。ベエモットがいるのは王妃の衣装部屋。ドレスや下着等が綺麗に整理整頓されている。
探していたのはこのアクアワールドの宝である、魔力を秘めたる鏡。夢石と同様、一人の生贄を代償にして作られる。使えるのは一部の王族のみ。
「まあ、ある訳ないですよね、衣装部屋になんて」
ベエモットは衣装部屋から出てくると一枚の紙をとりだす。探し物の場所がどこにあるかヒントが書かれた紙だ。
そう簡単に見つかるはずがないのはベエモットも理解していた。黒の人魚族に捕まる前、王妃が簡単に見つからないように細工を施した上で隠したという幻の鏡だ。根気よく探すしかあるまい。
「鏡がどこにあるか、もう一度考えねばなりませんね。しかし、手掛かりもなく探すのは危険。どうすればよいのでしょうか……」
考えに考えた結果、ある事を思い出す。
「おおっ、そうです! 海堂図書館から一冊、本を持ってきたこと、すっかり忘れていました。その本に見つけ方が掲載されているといいのですが……」
海堂図書館から盗んだ書物を出現させると、ページをめくり始め、パラパラと目を通していた時、あるページが目に止まる。見つけ方が掲載されていたのか、ベエモットは安堵の声を漏らす。
「ん……、おおっ! これですね」
しかし。
「見つけ方が載っているのはよろしいのですが、かなり汚れていてほとんど読めませんね。どうやら、ここはーー」
ーーあの二人の出番かもしれない……。
「ですが……スリジエをこれ以上巻き込む訳には……」
ベエモットの中に父親としての立場が現れ、スリジエを巻き込むことに迷い始めた。
ベエモットの表情は苦々しいようなつらい感情を露わにする。
けれども、幹部の皆様にそんな胸の内を知られたりなどすれば、余計にスリジエの身に危険が及ぶのは間違いないだろう。何せ黒の人魚族は自分達の願いの為ならば手段は選ばず、裏切ったりなどすればすぐさま処刑と称して始末を行う。
「とにかく、計画を進めなければ……」
その時だ。ベエモットの迷いを遮断させるかのごとく現れた声が囁いたのは。
『何を迷っている。ベエモット』
男のような低くしゃがれた声。正体不明で性別不明の声だが、ベエモットには聞き覚えのあるらしく、ベエモットはみるみる内に青白くなり、顔面蒼白となる。
「この声は……ヴィユ様?」
突然の連絡に戸惑うしかない。なぜ今なのだろうか。今じゃなくとも良いのでは。眉間にしわをよせるベエモットにヴィユは急かす。
『何をしておる。早く鏡を探して見つけ出せ。族長が待ちくたびれているぞ』
まさか、見抜かれていたのか。
「そ、それがっ……!」
ベエモットは口をパクパクさせて何かを伝えようとするも言葉が見つからない。もし誤って違う言葉を口にすれば、ベエモットの目的が黒の人魚族とは別の目的と気付かれてしまうだろう。
『どうした』
ここは、正直に現状を伝えるしかないだろう。下手に嘘をついてもすぐ見抜かれてしまうからだ。
「見つからないのです! いくら探しても出てくる気配がないのです!」
ベエモットが今の現状をそのまま報告した途端、数秒ヴィユの返答が途切れ、沈黙が走った。
十秒後、ヴィユの声がようやくベエモットの耳に入る。
『見つからない? どういうことだ、ベエモット』
「指定された場所を探しても見つからないのです」
おそらく、黒の人魚族は少なからず予想はしていたはずだ。鏡を見つけるのは難しいことに。当然ヴィユにとっても予想していたことが本当に起こってしまったということになる。
『むぅ……もしかしたら隠されている場所が間違っているかもしれないな。ベエモット、お前は作戦を続けろ』
「は、はあ」
『鏡の隠し場所が判明次第、再度連絡する』
ヴィユの声はその言葉を最後に聞こえなくなった。
「聞こえなくなった……ようですね」
ベエモットの口から安堵のため息が出る。緊張の糸が切れてしまったようだ。
「しかし、黒の人魚族の皆様、いや、ヴィユ様から連絡が入ってくるとは……まずいですね。時間が限られてきたようです」
ベエモットは手に持ったままの本を魔法で消すと、天井を見上げる。
「どうやら、計画を続けるしかないようですね」