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弥生ともう一つの世界  作者: Runa
第六話 弥生、いざもう一つの世界へ
21/51

弥生とムーン一家の過去

 八時三十五分になった海堂図書館前。図書館周辺がバリアのような薄い膜で覆われ、人を近づけさせない雰囲気をかもし出していた。木々が騒ぎ立てるかのごとくゆれる音はどこか落ち着かない動物のよう。バリア内の図書館周辺は青空のように染まっているように見えた。

 そこにやってきたのは学校から抜け出してきた弥生とスリジエ。普段の図書館ではないと改めて実感が湧いてくる。

 図書館じゃないみたいで違和感がある。

 しかし、いいや、と余計な考え事を振り払うかのように首を大きく横に振った。

 スリジエが隣の弥生に顔を向けると、

「行くわよ」

 内心の葛藤を押し殺すようにつぶやく。

 弥生はスリジエに答えるかのごとく、力強くうなづく。スリジエと共に中庭を目指して走る。

 図書館の中庭に続く通路を駆け抜け、数分後に中庭に到着。中庭の中央には弥生の数百倍もあろうかといわんばかりの扉が浮いていた。扉のふち周りには彫刻の装飾が飾られ、観音扉の二枚扉になっている。

 扉は弥生たちが現れた直後、待っていたかのように半透明だった姿を完全な姿に変えた。

 これがもう一つの世界に続く扉なのか、見とれるように見入っている二人。

 よかった、まだ消えていない。

 弥生はふぅと安堵の息をつく。スリジエと目があうと、扉の前まで歩む。

 そして『人魚の聖歌』と呼ばれるレクイエムを、中庭いっぱいに響き渡らせた。

 レクイエムは成人式や戴冠式、式典など特別な行事にしか歌う事のできない海の世界、共通の歌である。人魚である私でもめったに歌わないレクイエムを、この海堂町で歌うことになるとは夢にも思わなかった。

 レクイエムには楽しいこと、悲しいこと、怒ったことなど人魚の感情を表していると以前、国王であるお父様から聞いたことがあった。

 お父様が生まれたときにはもうこのレクイエムは当たり前のように歌い継がれてきたので、いつレクイエムが誕生したかは誰にもわからないという。

 弥生がレクイエムを歌い終わると、スリジエが制服の胸ポケットから鍵を取り出す。弥生の隣まで歩くと、鍵を天高く掲げた。

「鍵よ! 我らを扉の向こうの世界まで誘いたまえ!」

 スリジエが叫んだ瞬間だった。鍵が青白く光ると扉も鍵に共鳴するかのごとく、青白く輝く。扉と鍵がデュエットしているかのように見える。

 弥生がぼうっとしていた隙に、扉がゆっくりと自動的に開いていく。

 そんな弥生にスリジエが声かける。

「ちょっと何してるのよ、ぼけーっとつったってないで、さっさといくわよ。扉が開いている時間も限られているんだから」

 いつの間にか扉の中に入ろうとしていたスリジエが目につく。

「えっ、あっ、そうなの? わかった」

 弥生はうなずき、スリジエと扉の中へとひきずりこまれるように入っていった。

 扉は弥生たちを中へいれると、役目が終わったかのように音もなく閉められた。




「この空間を抜ければ『もう一つの世界』へ着くことができるはずよ」

 弥生はスリジエと共に異空間を移動し、弥生はもう一つの世界に向かっていた。

 この空間を抜ければ、睦月さんに……会える!

 そのときだった。弥生の横を人骨が通り過ぎていく。弥生が顔の向きを変えると本物の人の骨が空間を漂っていた。骨盤が大きい事から女性だろうか。

 弥生は表情が青ざめると大絶叫。

「ひ、ひゃあああぁぁ! ほ、骨ー!」

 弥生の大絶叫にスリジエがむっとした顔で身体の向きを変えた。

「うるっさいわね! 何よ一体…………って骨!?」

 人の骨が漂っているのを知り驚きを隠すことができない。

 しかし、すぐさま顔色を変え眉をひそめる。

「まさか……お母さん?」

 スリジエには人骨に見覚えがあるらしい。

「お母さん……そんな。お母さんが、お母さんが……死んでいたなんて」

 母親まで死んでいたとは知らなかったのだろう。困惑し正常な判断がしにくい状態となっていた。

「スリジエさん……」

「先……進むわよ」

 弥生とスリジエは複雑な思いを抱えたまま、ねじれた空間を進んで行く。そして「もう一つの世界」であるアクア・ワールドが見えてくる。

 もう一つの世界と呼ばれるだけあってか、丸い大きな透明球体の中に空中都市がすっぽり収まり、世界が入っているような空間だ。しかも空間全体が水で浸られているためか、海の世界に近い空間になっている。

 アクア・ワールドが目前に迫った時、海堂図書館に存在した同様の扉が出現した。

「ここからは私達が見たことがない世界。心して入るわよ」

「うん、分かった」

「じゃ、行くわよ」

 スリジエが海堂図書館で唱えた呪文を唱え、弥生が聖なる歌を歌い上げた。扉は開き未知なる世界の入り口が開く。二人は扉の奥へ入って行った。




 弥生が少しずつまぶたを開けると、一番初めに城が目についた。木々や住居、教会らしきものまで存在する。

 弥生とスリジエがあたりを見渡していると、人間の姿を保つ力が打ち消された。

 二人の保つ力が打ち消されたかと思うと、人魚の姿に戻ってしまう。

「これは一体どういうことかしら?」

「どうして人魚の姿に戻ったの? 私、何もしていないのに……」

 弥生のつぶやきが聞こえたのか、スリジエが答えるように話す。

「おそらく、この世界には私たちの力を阻む何かが動いているようね。そのためか、人間でいられる力が打ち消されてしまったのよ」

「力を阻む……何か」

「私はこの世界について浅くしか知識持っていないからわからないけど、何かいろいろとありそうね。私たちでさえ、知らないことがたくさんと」

「私達でさえ、知らないこと……」

 私もそんなに知らないから上手くいえないが、何かが隠されていることは間違いない。

 きっと何かある。存在を隠され続けているほどだから。

 その時。

 数人の兵隊の格好をした男達が駆けつけた。

「何者だ、一体! 勝手にアクアワールドに侵入してくるなど!」

「こいつら……マーメイドですぜ! しかもプリンセス二人もだ!」

 どうやらここでは人魚のことをマーメイド、王女のことをプリンセスと呼んでいるらしい。

「どうする! ここで殺すか?」

「いや……まずはベエモット様に面通ししてそれから判断していただこう」

 弥生とスリジエは兵隊らに連行される。そして、わけもわからないまま連れて行かれる二人だった。



       *



 アクア・ワールド 城内の王座の間 時刻は八時四十五分

 ベエモットは王座に座り頬杖を着いていた。頭の上には国王から奪い取った王冠がのっている。王座の間にはベエモット以外、誰も姿は見えない。ベエモットが一人で過ごすには広すぎる。

 一人にさせたのは考え事をするためほかの者を別の場所に移動してもらったからである。

 考えていたのは亡くなった妻のことだ。妻は自分がどんなにひどく突き当たっても決して逃げず、そばにいてくれた最愛の女性。

 この世界についてもっとも熱心に研究していた妻は突然、この世界に行ってみたいと言い出した。


 ――おねがい! 一度だけでいいの! あの世界に行ってみたいの!


 最初は駄目だと反対した。未知の世界に足を踏み入れるなど危険だと。しかし彼女はあきらめなかった。結局、私は許してしまった。彼女の願いを。そのあと彼女はもう一つの世界の入り口に入り、そのまま姿を消した。あれからどれほどの月日が流れたか。

 しかしそれはもう、過去のこと。妻のことなどどうでもいいのだ。そう、妻のことは……。

 頭の中でそう言い聞かせながら、唇をかんだ。悔しさをにじませるように。

 そこに兵隊数人がやってきて、集中をさえぎられる。

「ベエモット様。不法侵入と思われるマーメイド二匹を捕まえてきましたー」

「……ん? マーメイド?」

 マーメイドという単語がひっかかり、顔を上げた。数メートル先に二人の少女が歩いてきた。中学生ぐらいだろうか。

 兵隊に連れられてやってきたのは、見覚えのある二人。

「これは、これは。娘のスリジエに……春野弥生さん。いや、プリンセス・ラリア殿」

 そう娘のスリジエ・ムーンに春野弥生である。

 二人は口をへの字に曲げ、警戒心を丸出しにしていた。

 相当信頼されていないらしい。

 だが予想外だ。この世界までやってくるかもしれないと想定はしていたが、本当にやってくるとは。

「まさかこの二人が……ここまでやってこられるとは意外でしたね。まずはほめましょう。あっぱれですよ、二人共」

 ベエモットの拍手に不満足そうなスリジエが怒鳴る。

「ちょっと! 冬川君をどこにやったのよ! 何かの計画に利用する気でしょ!」

 ベエモットはスリジエの発言をおかしそうに笑うと、突如目の色を一変させた。

「さすがの娘であっても計画の邪魔はさせません。この計画はまだ準備段階にあるのですからね」

 そう、たとえ娘であっても許されない。邪魔をされることは。

 それは『黒の人魚族』の幹部様たちへの、裏切りにつながってしまうから。

 許してくれ、スリジエ。こうするしか黒の人魚族から目を背けさせるには方法がないのだ。

「このものたちを牢屋へ入れておいてください。たとえ娘だとしてもです」

「はっ! かしこまりました!」

 兵隊は強引に弥生たちを連れて行くとその場を去っていく。いったか。これでよかったんだ。これでよかったんだ。

 雪江……あと少しだ。あと少しでお前の夢が、叶うぞ。

 ベエモットは一安心したかのような表情で三段の階段を下りると、王座の間を後にした。



       *



 弥生は暗くぼんやりとした廊下を、兵隊に囲まれ歩いていた。灰色がかったコンクリートのような壁が、今にでも襲ってきそうな雰囲気を漂わせる。壁には今でも壊れそうな大きなひびも入っていた。

 弥生の隣にはふくっれつらのスリジエも一緒である。

 これから連れて行かれる先は牢屋。罪を犯したものが入る場所。私やスリジエさんのように、この世界に入っただけで牢屋に入れられた人っているのかな?

 いや、それともすでに…………。

 兵隊達の足が止まった。一人の兵隊が弥生とスリジエに一声かける。

「着いたぞ、入れ」

 二人は数ある牢屋のうち、ひとつの牢屋に入れられた。

 約三畳ほどの広さは二人で過ごすのがやっとという窮屈さを感じる。海の世界にある牢屋と雰囲気は似ている。どこの世界も牢屋は同じつくりということなのだろうか。

 しかも捕らえたものが逃げないよう鉄格子まではめられ、その鉄格子に流れる電流の流れが暗闇からも光ってよく見える。

 スリジエは兵隊が歩き去るのを確認すると、ため息をつく。

「いりなり殺されるかもしれないと思ったけど、牢屋に入れられたわね。私達どうなるのかしら?」

「さぁ? でもこのまま牢屋に入れられたままになるのかなぁ?」

「さすがに牢屋に入れたままにしておくってことはないでしょうね。ただ、なんらかの形で牢屋から出される事にはなるだろうけど」

 スリジエの言葉を理解したのか、弥生の顔色が変わった。

「なんらかの形って………………まさか!? しょ、しょ、しょ」

 ろれつが回り言葉になっていない。まさか、まさか……。

「処刑されるんじゃないかって言いたいの?」

 スリジエが弥生の代わりに代弁した。

 そのおかげからなのか、弥生は何度もうなづく。

「それだよ! それが言いたかったの! ど、どうしよう! ほんとにそうなったら……」

「馬鹿ね、ほんと。でもそれはまだわからないわ。ここは様子みるだけにしておくのよ」

「わ、わかった…………ってあれ?」

 弥生が何かを見つけたのか、視線の先が鉄格子に向いていた。廊下で兵隊たちに連れられていく男の姿がちらりと見える。しかし暗い明かりで顔まではわからないが、きらびやかな服装をまとっていることから、貴族かなにかは間違いない。

「誰だろう? 兵隊さんに連れられていく男の人」

「さぁね、あの煌びやかな服装と紋章からして、王族か貴族、身分の高い人物であることは確かね…………ってあの男は!」

 今度はスリジエが兵隊に連れて行かれる男に目が行く。どうやらあの男のことを知っているらしい。知り合いかな?

「スリジエさん、あの男の人と知り合いなの?」

 弥生が尋ねると、スリジエは怒りに満ち溢れた声でしゃべった。

「あの、男は…………お母さんの『この世界に行きたい』という願いを拒否した……この世界の国王よ」

「えぇ!? そ、そうなの!? ってことは、睦月さんの……お父さん?」

「えぇ、おそらくはね……。でも今はあの男、父親が王座についている。皮肉なものよね……本来の国王が捕まって王族でもなんでもない男が座につく。しかもその男は自分の父。ほんと、なさけないったらありやしない」

「スリジエさん…………」

 やっぱり何か悩み事を抱えているみたい。前前から感じていたら間違いないかも。

 私にできること、あったらいいのに……。

 弥生の頭の中に女性の声が語りかけた。

『わが娘を大切に思うプリンセス・ラリアさん、どうか娘の力になってあげて』

「えっ」と弥生とスリジエが声をあげる。

 二人の前に半透明の身体で現れた一人の女性。

 スリジエのような藤色の長い髪が、風でふわりとゆらめく。

『スリジエ、こんな姿で再会することになってしまって……ごめんなさいね』

 スリジエの顔が驚きの表情に変わり、口をあけたまま呆然とする。

「……ま、さか…………お母さん、なの?」

「えっ? スリジエさんのお母さん!?」

 睦月さんのお母さんの次はスリジエさんのお母さんが出てきたよ……。

 スリジエの母はこくりとうなずき顔をしかめた。

『どうか、娘を助けてあげてください。ラリアさん、娘を復活魔法の呪縛から解き放ってあげてほしいんです』

「復活魔法の呪縛…………どういうことですか?」

『娘は……スリジエは、黒の人魚族たちによって復活させられた死人なんです』

「それってつまり……」

 弥生が言いかけたとき、スリジエが口を挟む。

「一度死んだ人魚ということよ」

 弥生はスリジエの顔を見つめるとつぶやいた。

「スリジエさんが、一度……死んでる?」

「そうよ。だからチェリーお姉様が禁忌である魔法維持装置を私に装備したから、南の海から追放されたの。半分はチェリーお姉様が復活させていたから」

「そう、だったんだ……」

『どうか、娘を助けてあげて……』

 スリジエの母の身体の透け始めている。

「お母さん! 待って、待って!」

 スリジエが精一杯右手を伸ばす。そのスリジエを弥生が止めに掛かる。

「スリジエさん!」

 兵隊に目をつけられたらまずいと思ったからである。

 本当はとめてはいけないのに……。

 その時だった。弥生の中にスリジエの記憶の数々が流れ込んでくる。

 記憶と共に感情も。スリジエさんのお母さんが見せているのだろうか。

 弥生の意識はスリジエの記憶の中へと引きずりこまれていった。



       *



 スリジエの過去夢

 弥生はスリジエの記憶の中を漂っていた。

 無数の記憶を映像が飛び交い会話をしているような空間。ここはどうやらスリジエの過去夢の中にいるらしい。

 弥生が記憶の映像たちに囲まれていると、ひとつの映像に吸い込まれる。

 そこは北の海にある人魚国に似た城の中。南の海の敷地内の城ということか。

 ということはやっぱりここは…………。

 そう、スリジエの記憶のひとつ。ただし過去夢は見ることしかできず、過去夢の人物と会話することはできない。

 その時、弥生の身体を通り抜けた子供の人魚。身長は小学一年生とほぼ変わらない。

 藤色の長い髪が特徴女の子。

 スリジエさんだ! 小さいスリジエさん!

 小さなスリジエはスリジエより先にいる大人二人に呼びかけた。

「お父様ぁ~、お母様ぁ~!」

 お父様に……お母様って、ベエモットさんとさっきのスリジエさんのお母さんって事!?

「お父様、お母様。スリジエね、きれいなお花、みつけたの」

「おぉ、そうか。スリジエはえらいなー。よくその花を見つけられたものだ」

 ベエモットさん、口調が全然違う! 普通のお父さんの口調だ!

「あなたってば、相変わらず子煩悩なんだから」

 スリジエの母はおかしそうにクスクスと笑みをこぼす。

 スリジエのお母さん、優しそうな人だなぁ……。

「お父様、お母様。ちょっとよろしいですか?」

 そこに今度はスリジエよりも身長が高い人魚。小学六年生くらいだろうか。

「おぉ、チェリーか。どうしたんだい?」

 赤いショートヘアの女の子ということは、チェリーさん。

 スリジエさんのお姉さん!

 チェリーが両親に向けて話す。

「成人式の日取り、決まったそうです。三年後の春ごろになりました」

「そうか……三年後の春ごろか。もうそんな年になったか」

「えぇ、子供の成長は早いものですから、仕方ありませんわ」

 両親の顔にどこか寂しさがにじみでている。あんなベエモットさんでも昔は娘思いの優しい父さんだったんだなぁ。スリジエさんのお母さんも。

 それがどうしてスリジエさんたちを捨てることになったんだろうか。

 この記憶の中に隠されていたりするのかな……?




 記憶は日にちが変わりスリジエたちの母・雪江が『もう一つの世界』を見つけた日になっていた。

 当時の海堂町では、海堂町のどこかに『もう一つの世界』の扉があると知れ渡り、メディアや町の住人は大騒ぎになっていた。新聞記者らがもう一つの世界を見つけた雪江に話を聞こうと、海に入り城を目指すほどだった。

「雪江さん! 海の中にいないで海堂町に足を運んでくれませんかねー!」

「本を出せば、またたくまに町のヒーローですよ!」

「もう一つの世界についてもっと詳しい情報を教えてください!」

 そう語りかけるように泳ぐ記者たちに、雪江は研究に集中できなかった。

 もう一つの世界ってそんなにすごいところなの?

 弥生には理解できなかった。それでもこれは過去夢。見ることしかできない。

 再び城に場所が変わったとき、城の兵隊が駆けつけてきた。

「国王様ー! 王妃さまー! た、大変です~!」

「どうした! 何があったのだ!?」

「どうしたのですか? 一体」

 兵隊は息を切らし、話を切り出す。

「城を支える重要部屋で爆発事故が起き、第二王女のスリジエ様がその事故に巻き込まれてしまって……」

 ば、爆発事故!? 一体どういうこと!? 重要部屋って城全体を魔力で支える装置が置かれている部屋。その部屋で爆発ってありえない。その部屋はどんな爆発やら事故に備えて最善の対策を施された部屋。その部屋で爆発事故が起きたということは、誰かがその対策に何かを施したということになる。そうでも考えなければ事故が起きるなんておかしい。それに。スリジエさんがその部屋にいたという事も気になる……。

「何だと!?」

「ス、スリジエが!? 一体どうして……」

「黒の人魚族たちですよ、きっと! あいつら何か企んでいるのを見たんですから!」

 黒の人魚族……白の人魚族とは敵関係の種族。その種族が関係してくるということは、夢石関連ということ?

 そこにチェリーが現れた。

「どうかしたんですか? お父様、お母様」

「あぁ、チェリーか……。スリジエが重要部屋で起きた爆発事故に巻き込まれたらしいんだ」

「スリジエが!? どうして!? それにどうしてそこにスリジエが!?」

 チェリーさん、冷静をなくしてる。無理もないか。

「チェリー様、落ち着いてください。今は重要部屋に行ってみないとわかりません」

 兵隊の言葉に王妃は賛成する。

「そうね。重要部屋に何が起こったのか、この目で確かめないとわからないものね」

 四人はうなずきあうと、重要部屋に向かった。それと同時に記憶の場面も変化する。




 重要部屋にたどり着いた四人は、部屋のドアを開けた。

 そこには燃えたぎる炎と横たわるスリジエの姿。スリジエはぐったりと横たわったまま動かない。死んでいるようだ。

「いやああぁぁ!」

 王妃とチェリーが同時に悲鳴をあげた。

 兵隊はただ呆然と固まり、国王は信じられんという表情で部屋を見つめる。

 チェリーが突然スリジエの元に駆け寄り、何かを唱え始めた。

 チェリーさん、何をしているのだろう? そういえば、スリジエさんは一度死んでいると言っていた。

 まさか! チェリーさん、スリジエさんを復活させる気じゃ……!?

 弥生の読みは当たっていた。まさにスリジエを復活させようする場面だったのである。

 見ることしかできないとわかっているが、つい言葉が口に出てしまう。

「駄目よ、チェリーさん! そんなこと!」

 もちろん過去夢のため、チェリーに届くはずはない。

 弥生と同じようにチェリーの両親や兵隊が止めに掛かっている。

 死人を復活させてはいけないという考えは同じ、か……。でもチェリーさんは違う。

 その時聞きなれない男性の声。

「私が手助けしてあげましょうか?」

 四人が同時にドアの方向に顔を向けた。そこには見慣れない格好をした男性が立っている。男性は全身黒いマントにフードをかぶっている。

 あれってまさか……。

「お前は黒の人魚族か!」

 国王がいち早く気づき、声を出した。やっぱり黒の人魚族。

 この記憶にはやはり黒の人魚族が関わっていたか。

 男性はささやくようにつぶやく。

「悪い話じゃないでしょう? 黒の人魚族とあなたたちは南の海に住む者同士ではありませんか」

「何がいいたい」

「つまり、国王、あなたの娘さんであるスリジエ王女を私がチェリー王女と共に復活させる。そのかわりに王権をこちら側に渡していただきたい」

「なんだと!?」

 国王は目を丸くした。

 他の三人も驚きを隠せない。

 黒の人魚族、なんて卑怯な!

 弥生が歯軋りを立てたときだった。それが合図だったかのように、場面がぐにゃりと曲がる。そして、早送りされるかのように記憶の映像が映し出される。

 男は何度も脅迫、国王はやむおえなく条件を承諾。スリジエはチェリーと黒の人魚族である男により復活魔法で復活。チェリーは禁忌を犯したということで追放され、王妃が行方をくらます。国王は復活したスリジエをつれ、城を抜け出した。城は黒の人魚族により、占領されることになった。

 過去夢はそこで途切れ、意識は現実へ引き戻されることになる。




「こ、ここは……?」

 弥生が目を覚ますと、牢屋に戻っていた。もちろんアクア・ワールドの城内の牢屋である。

「大丈夫なの? 急に倒れたみたいだけど」

 弥生の隣には心配そうな声でしゃべるスリジエの姿。スリジエは弥生が過去夢を見たことは知らない。

 弥生は躊躇ちゅうちょするように話す。

「スリジエさんの、お母さんが消えかかったとき過去夢を見て……」

「過去夢? 過去夢って過去の記憶を見てしまう夢のこと?」

 スリジエの言葉にうなずくと話を続ける。

「スリジエさんが一度死んで、もう一度復活する……過去夢だった」

「わたしの……過去夢」

 スリジエは一瞬涙を流しそうになる。だが涙をこらえ、大きく呼吸した。

「そうよね。過去夢をみるったら私ぐらいよね。過去夢は生きている者の記憶しか見られないもの。お母さんの過去夢は見られないし」

 スリジエの話に、弥生がおそるおそる聞き返す。

「……そうなの?」

 弥生が聞き返したことが気に入らないのか、むっとした顔に変わった。

「あんたってほんと無知なのね。聞いて呆れるわ、ほんと。同じ人魚なんだかわからないわ、まったく」

 弥生は申し訳なさそうにうずくまる。馬鹿って思われたかも……。

 でもそんなことよりも、スリジエさんにあんな事情があったなんて知らなかった。

 スリジエさんが時々性格が変わるのは復活魔法の副作用。復活魔法とはいえ、完全に復活することは不可能。何かしらの代償が必要になる。スリジエさんにもそれがあるのだろう。スリジエさんずっと苦労してきたんだね……私なんかと違って。

 スリジエさん一家は昔はあんなにごく普通の、幸せそうな家族だった。それが今は違っている。もはや家族崩壊していると言っても過言ではない。

 だって昔のベエモットさんと、今のベエモットさん。口調や性格まで全然違うもの。

 昔のベエモットはスリジエさんたちを大切にしていたみたいなのに、今は奴隷扱い。

 それほどの年月がベエモットさんを変えていったということなのだろう。

 私に何かできないかな? スリジエさんのお母さんもスリジエさんを助けてほしいと言っていたし。

 助けたい……スリジエさん一家を。私にできることならば。

 弥生はスリジエと共に、暗い牢屋ですごしていたのだった。


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