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弥生ともう一つの世界  作者: Runa
第五話 弥生と人質にされた睦月
19/51

弥生と連れ去られた王子

 睦月の家から五百メートル離れた公園。まだ太陽が昇り始めたばかりの早朝七時。

 二匹のすずめが地面をつつき、仲良く戯れている。

 冬川睦月は公園のベンチで腰掛けいる。睦月の右隣にはかばんが置かれてあった。

 毎朝必ずこの公園により一日の気合を注入する。そして学校へと向かうのだ。

 自分が一番心安らぐ場所だから。

 心が落ち着ついたのか学校へ行こうと思い、立ち上がろうとしたときだった。


「これはこれは。『もう一つの世界』の王子ではありませんか」


 川が流れるように、どこからともなく聞こえる男の声。声からすると四十代だろうか。

 公園を見渡したとき、一人の男に目に留まった。公園には他に誰もいない。自分とあの男だけである。

 男は睦月の視線に気づいたのか歩み寄ってくる。

 睦月は顔をしかめ、眉間にしわをよせた。

「あなたですか? 俺をもう一つの世界の王子と言ったのは」

 男はあっさりうなづき、笑顔で答える。

「えぇ、そうです。ずっとお会いしたいと思っていました。ムツキ王子」

「見ず知らずの人に自分の名前を言われたくはないです」

「あぁ、自己紹介がまだでしたね。わたしの名前はベエモット・ムーン。気軽にベエモットさんと呼んでいただけるとうれしいですね」

 この人がベエモットだと!?

 睦月は目を見開き、動きが止まった。

 この人が春野が言っていたベエモット・ムーン……。

 ベエモットと名乗った男はクスクスと可笑しそうに笑った。

「おやおや。急に警戒し始めましたね。そんなに警戒なさらずとも。ただのお話し合いですよ」

 ベエモットの話し合いという言葉は、妙に信用できない。

 睦月は顔をしかめたままだった。

「話し合い? 俺に一体何の用だ」

 ベエモットは深い深呼吸で息を整えると、話を切り出した。

「あなたは以前シャルロットと手を組んでいたとお聞きしました」

 どこで聞いたんだ、そんなこと。どこかで調べたかもしれんな。

「それがどうした」

「もはやそのシャルロットはこの世にはいない。代わりと言っちゃあ何ですが……」

「代わり……?」

 何を切り出す気だろう。ますますあやしい。

 ベエモットの口元がにやりと微笑んだ。

「私と手を組んでみませんか?」

「はぁ?」

 睦月は思わず素っ頓狂な声をあげ、ぽかんと口を開ける。

「どういうことですか? どうしてまた……」

「どうしてもあなたが必要なのですよ。私どもの計画に」

「断る! 何の事か知らないが、俺は悪に手を染めるつもりはない!」

「おやおや、そんなこと言ってもいいんですか? あなたがもし断った場合、私どもが『預かっているあなたのお母さん』に傷をつけることもできるんですよ?」

 ベエモットが母親のことまで調べ上げたことに驚いたのか、「なっ」と声をあげた睦月。

 ベエモット、そこまで調べてあげたのか? 油断できない。

 睦月はベエモットを通り過ぎようと歩き出す。

「俺、学校があるんでそろそろ……」

 しかしベエモットが睦月の右肩を力強くつかんだ。

「おや、まだ話は終わっていませんよ」

 ベエモットの目はまるで誘拐犯のような犯罪者の目つきをしていた。

 この人……!

 睦月はベエモットの手を振り払うと振り返る。

「母親の事は自分で助けます。どんなことがあっても。ご心配なく!」

「何が何でも仲間にしたいところでしたが、私の要求を呑まないとは……悪い子だ。仕方がありませんね。強引にでも連れて帰りましょう」

 ベエモットは右手を睦月の背中に向けるとつぶやく。

「しばらくの間、眠っててください」

 睦月の背中に何かが突き刺さるような衝撃が走った。

 ベエモット、まさか最初からこれが目的で……。

 睦月は現実意識から途切れる。そのままうつぶせで地面に倒れ伏せた。



       *



 睦月がベエモットと対面している公園から、わずか百メートル付近の歩道。時刻は七時十五分。

 スリジエ・ムーンが学校へ向かって歩道を歩いていた。スリジエの左側が雑貨やスーパーなどの店舗が並んでいる。

 歩道の右横には車道が走り、車が忙しそうに通っている。朝起きたてのスリジエにとっては騒音しか聞こえない。歩道と車道の間にはガードレールがその間を阻んでいるように存在していた。

 しかしスリジエには今歩いている風景はどうでも良かった。昨日やってきた父親・ベエモットのことで頭がいっぱいになっていたからだ。その顔は眉間にしわをよせ歯軋りしていた。まるで鬼のような形相である。

 まさか昨日あの男がやってくるとは夢にも思わなかった。夢に出てきたチェリーお姉様が言っていた『あいつが来る』という意味がベエモットのことだったとは。


 まずいわ……これからが大変ね。


 あの男は計画を成功させるためなら、自分の願いのためなら何でもやる男。周りがどうなろうと知ったことではないと思っている奴だ。

 もし、あの男の狙いが春野弥生の夢石継承の取り消しと、冬川君目当てだとしたら集中的にその二人を襲ってくる。自分がベエモットにやられるならまだしも、春野弥生や冬川君がベエモットに襲われるのなら話は別だ。春野弥生とは恋のライバルだが、それどころではない。

 何か対策を考えておかないとまずすぎる。でもあの男に勝てる秘策なんて……。

 スリジエの目線が店舗から公園に変わった。

 こんな場所に公園なんて珍しいわ。

 スリジエが公園内を覗き込んだとき、驚くべき光景を目にしてしまう。

 ベエモットが気絶している睦月を、米俵のように担いでいる場面である。何故冬川君が気絶しているかは知らないが、おそらくあれもベエモットの仕業だろう。


 あの男、冬川君を連れて行く気ね!


 ベエモットが何をしようとするかなんてひと目で分かる。まずい! あのままじゃ、冬川君が大変なことに……!

 スリジエが迷っているうちに、ベエモットは睦月を連れて行こうと歩き始めている。

 まずい! とめなければ!

 移動しようとするベエモットが目に入ると止めに掛かった。

「ちょっと! まちなさい、ベエモット!」

 走ってくるスリジエに気づき、ベエモットの足が止まる。そしてスリジエをものめずらしそうな目で凝視した。

「おや、これはスリジエか。どうしたんだい、こんなところにいて」

「これはこっちのセリフよ! 冬川君をどうするつもりよ!」

「ほぉ。王子の名前は『冬川』でしたか。下の名前を合わせて『冬川睦月』……おかげで人間界で名乗っている名前が判明できました。やはりスリジエは私の奴隷にふさわしい」

 スリジエは言ってはいけないこと言ってしまったことに気づく。はっと口をつぐみあせりをにじませる。

 しかしいまさら後悔しても遅い。冬川君の名前をベエモットの耳に届いてしまった以上、冬川君をベエモットから取り戻す方法を考えるしかない。

「残念だけど私はあんたの奴隷に戻る気はないわ! 一生ね! 私はただ残り限られた時間を私が好きなようにすごさせてもらう、ただそれだけよ!」

 スリジエは闇の魔法を魔法陣を浮かび上がらせて発動させると、ブラックホールに似た球体を複数生み出す。夜の海の中のような深い黒。

「ブラックパスト!」

 スリジエがそう唱えた瞬間、一斉にベエモットに集中して飛び掛る。

 球体がベエモットにあとわずかに差し掛かった。だがしかし。

 ベエモットは苦にする事なく球体すべてとめる。球体は圧力を加えられるとそのままはじけとんだ。

 スリジエから「チッ」という舌打ちが漏れる。

 やっぱり駄目か。やっぱり父親には勝てないか。私が覚えている魔法はチェリーお姉様から教わったものもあるが、大半はあの父親から教わったもの。

 勝てるはずがない。でもここであきらめると冬川君が……。

 スリジエが考えていると、ベエモットからの反撃が来た。スリジエが発動させた同じ魔法を倍返しにして発動させたのだ。

 まずい、まともに当たると……!

 よけようと身体を動かそうとする。だが、昨日の戦いのダメージが残っているためか思う様に動けない。

 スリジエはよける事もできず、左わき腹に球体が直撃。スリジエの身体は吹き飛ばされ、地面にたたきつけられた。スリジエが気を失いかけたとき、わずかに聞こえた父親の声。


「スリジエ。たとえ娘のお前でも私どもの計画を邪魔をしてはいけない。この王子は私どもの計画にぜひとも必要なのでね。かつてシャルロットが王子を必要だったように」


 スリジエは目を開け体を起こしたが、その時にはもうベエモットと睦月の姿は見当たらない。

 スリジエの目に涙が浮かび上がる。涙は噴水のように溢れ出し、止まる事は無い。

 ベエモットから冬川君を助ける事、できなかった……。

 公園にはスリジエの泣く声と嗚咽が響いているだけだった。



       *



 少し時間を戻して時刻は七時十五分。春野弥生の自宅。

 弥生は何かを感じ取ったかのように目が覚める。ベットから起き上がり、ベットの上に不安定に置かれた目覚まし時計を手にした。

 まだ七時十五分、か。

 弥生の中に胸騒ぎという不安が生まれ始める。なんだろう、この胸騒ぎは。

 夢の中で言っていた睦月のお母さんの言葉が頭から離れない。


“弥生さん、お願いします。どうか、どうか息子のムツキを助けてあげて……”


 まるで睦月さんが、何か事件にでも巻き込まれるような言葉だった。

 しかしそれが嘘とは思えない。

 しかも睦月さんのお母さんは私のことを知っていた……そのことも気になる。


 睦月さん、大丈夫かなぁ……。


 睦月さんの家まで確認しに行ったほうがいいかな?

 弥生は躊躇すると、大きく横に首を振った。

 いや、行っても家から出て行った後だったら意味ないし……。

 弥生の頭の中に不安がよぎっていく。不安は燃え盛る炎のように強くなる一方。

 弥生でさえもとめることはできなくなっていた。

 気がつくと弥生の右手には携帯が握られている。電話した方がよいということなのだろうか。

 弥生はアドレス帳の中から睦月の番号を選び出すと、ボタンを押した。

 『トゥルルルルー』という電話の呼び鈴音が耳の中に入ってくる。睦月が電話に出て欲しいという思いもあるが、正直言えば出て欲しくはないという思いもある。

 だが。

 五回呼び鈴音が鳴っても睦月は出ない。睦月は電話すると必ず出てくれる。

 出ないなんてやっぱり何かあったのだろうか。携帯をパチンと静かに閉じた。

 睦月さんの家に行ってみようかな……いやいや! まず睦月さんの家、どこにあるか知らないでしょう私!

 もしかして、私が電話したの気づいていないだけかも! もう一回電話してみよう!

 携帯を再びあけると睦月にもう一度かけてみる。しかし睦月が出ることはない。

 無意識にため息がもれると、弥生はあることを思い出す。

「そうだ! 私、学校があるんだ! すっかり忘れてた!」

 睦月さんのことばっかり考えてて、すっかり学校のこと頭に入ってなかったよ!

 弥生は慌てて学校に行くための身支度を始める。顔を洗い、歯を磨き、パジャマを着替え、ブラシで髪をとく。

 髪を高めの位置で二つ結びにすると、急いで朝食の準備。

 ま、間に合うかな、学校。今の時間は……七時四十五分!? うそでしょー!

 がーんと固まると、首を横に振った。

 いやいや、睦月さんの心配よりまず自分の心配でしょ!

 弥生の通う学校では八時までに学校に着かないとそれ以降は遅刻扱いになってしまうのだ。

 弥生は心の中で睦月が心配ながらも、自分のことで手がいっぱいいっぱいだった。



       *



 とある森の中。朝日がまぶしい朝七時半。森からは草が生い茂り、木には緑のこけが生える。そして森から朝日が漏れ幻想的な雰囲気を出していた。隠れるにはうってつけの秘密の場所である。

「ベエモット、王子の件はどうなった」

 ひざまずくベエモットの前に、映し出された男がベエモットに語りかける。

 ベエモットはほくそ笑み、気絶した睦月を映像の男に見せた。

「はい、この通り連れ去りに成功しました。あとは扉の鍵のみとなります」

 男は満足にうなづくと目を輝かせる。

「そうか。よくやったベエモット。これで一歩計画に近づいた訳か」

 ベエモットが話しているのは黒の人魚族の幹部。

「それで、このあとのことなんですが、計画は進めてもよろしいのでしょうか?」

 ベエモットの問いに、幹部はうなづきながら答えた。

「あぁ、このまま計画を進めてくれ。あとは扉の鍵だが、場所はもう特定ずみだ。あとは指示通りにやればいい」

「はい、かしこまりました。では、計画通りに進めていきます。そして扉の鍵を入手次第、もう一つの世界へと直行いたします」

「頼んだぞ、ベエモット」

 ベエモットの前から映像が溶けるように消えていった。

「さて、と……」

 ベエモットは地面に気絶する睦月を見おろす。

 王子にはこれから一仕事してもらいますよ、我らの計画のために……。

 王子の力は夢石があって発動するもの。言い方を変えれば最強の力となりうる。

 たとえ王子が拒否しても、こちらには切り札があることをお忘れなく、睦月王子。

 ベエモットの口元が意味ありげに笑う。空を見上げると睦月を抱えて飛び去って行った。



       *



 海堂町にある海堂中学校の校長室。時刻は朝七時半。

 校長が毎日の日課となっている花瓶の水を換える仕事。これを必ず行わないと一日が始まらないと言ってもいいほど。

 さぁて、今日も元気いっぱいの生徒の顔が見られますなぁ。

 笑顔で花瓶に刺してあった花を取り出した。テーブルの上に敷かれた新聞紙に花を乗せた時である。

 ガラスが割れるような音が校長室中に伝わった。床には散らばったガラスの破片と一緒に一通の手紙が落ちている。

 校長はおそるおそる手紙を手に取ると、封を開けてみた。

 中には一枚の紙が四つ折にして入ってある。そしてもう一つは何かのカードだ。

 四つ折の紙になにやら書かれてあるようだ。


『ごきげんよう、海堂中学校の校長先生。

 覚えてますかな? ベエモットです。


 今日は校長先生にお願いがあってこの手紙を出しました。


 校長が持っておられる「もう一つの世界」を開ける扉の鍵、

 しばらくの間、私に鍵を貸していただきたい。


 もちろん、用が終わればすぐさまお返しいたします。

 もしこの願いを聞かないというのであれば、海堂中学校を校舎ごと破壊します。

 中には生徒さんたちがいらっしゃるのでしょう?


 私が何を言っているか、わかりますな?

 願いを聞き入れるというのであれば、同封されているカードに鍵をつけてもらいたい。

 すぐさま私の元へと届くでしょう。


 良い返事を待ってますよ。



 ベエモットより』


 こ、これは……もしや! 脅迫状!?

 ベエモットとは昨日の……。

 た、大変だ! 急いで先生方に相談しなくては!

 校長は震えながら急いで隣の職員室に駆け込んだのだった。

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