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弥生ともう一つの世界  作者: Runa
第五話 弥生と人質にされた睦月
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弥生とベエモットの計画

 弥生は校長室でベエモットとにらみ合いの最中だった。攻撃したくても身動きがとれず、相手がどう出てくるか予測不可能だからだ。

 

 相手はスリジエの父、ベエモット・ムーン。

 スリジエ以上の実力を持っているということは確か。だが、闇の魔法を使ってはいてもあらゆる属性の魔法を習得しているらしく、水の属性の魔法しか覚えていない弥生にとっては難しい。

 なぜなら、必ずしも水の属性に有利な属性の魔法が出てくるとは限らないからだ。

 相手は相当自分の事をよく調べているらしく、私が水の属性しか覚えていないことも知られているだろう。

 そうなればむやみに自分が不利になるような魔法は使わないはず。


 とは言っても、またひとつ疑問が浮かんできてしまった。



 もし私が『夢石の継承者』がどうか確かめに来たのなら、私を襲わなくてももっと別の方法があったのではないかということ。



 もしかしてまだ他に理由があったりは……なーんて、私の思い違いかもね。


 弥生が考えていたとき、ふいをついてきたようにベエモットが攻撃を繰り出す。

 闇の魔法と風の魔法を組み合わせた融合魔法を仕掛けてくる。融合魔法は二つの魔法を合体させる魔法で、威力もそのまま受け継がれるため、普通の魔法より威力が倍増する。

 身動きが取れない中、攻撃があたれば危険だ。

 まずい、よけなきゃ!

 よけようと周りと見渡す。そこに黒い球体が風に乗って分裂していく。

 それってありなの?

 しかも丸み帯びた球体は風の気流で楕円型に変化を遂げる。複数の球体が突如消え、弥生にあたる直前で姿を見せた。

 嘘ー! ずるいよ! そのやり方!

 はっと弥生が気がついたときには弥生の腹部や太ももに食い込んでいた。球体は食い込んだまま、消えていった。わかりやすくいえば、はじけ飛んだといったほうがいいだろうか。

 弥生はもだえ苦しみ、痛みに耐える。その痛さは包丁で腹部を刺されたような感覚。

 死んでしまう、と思うほどの痛さ。

 どうしよう。私まだお弁当食べてないから、身体が悲鳴をあげてる。


「おや。まだ……生きていたのですか。それに、夢石は身体から分裂していないようですし、結構しぶとい方ですね。もう少し強めでも大丈夫でしょう」

 ベエモットは手元で何かを組み合わせている。弥生に背を向けているため、何の作業をしているかはわからない。


 だが確実にいえるのは、次の攻撃準備をしているということだけだ。

 次当たれば気絶するどころではなくなる。スリジエさんのときよりもはるかにこっちの方が危機感を覚える。

 何か、何かいい方法は……考えなくちゃ。


 アクアアローで攻撃、は駄目だ。

 手が封じられて出来ない。


 アクアシールドでも……駄目だ。

 アクアシールドは防御魔法だが、身動きが取れない状況で使うと上手く発動しない。


 弥生はそこで思考が止まった。


 ――って私が覚えてる魔法、それだけだぁ!


 ガーンとショックで固まる。自分でもあきれてしまうほどに。

 ど、どうするの、私!? 私こんなところで死んじゃうの!? 私、嫌だからね!

 というか、校長先生もこの校長室が戦闘に使われてるって気づかないのかなぁ?

 音を聞いただけでも何事だろうと思うはずなのに。

 大丈夫かな? こんなときに第三者がやってきてしまったりするけど……。

 さすがに漫画の読みすぎか。

 ため息を漏らしたとき、ベエモットが魔法を発動させるための準備を行っていた。

 弥生の顔に目を向けると、口元に笑みを浮かばせる。

「本当はこんな真似はしたくはありませんでしたが、あのお方のご命令なので仕方あるまい。

 残念だが、君から強制的に夢石の魔力を取り出させてもらう!」


 何、何なの? さっき言っていたこととあんまり変わってないというか……。

 簡単に言えば、どういうこと?

 つまり、私の中から夢石の力が消えるということ? そうなったら、夢石の力は誰かに悪用されてしまう……!


 っていうかあのお方って誰なの――――?


「死ねぃ、春野弥生!」

 ベエモットが弥生に向けて強制魔法を発動しようとしていたときだった。


「待ちなさい!」


 校長先生でもない女の子の声がこだました。弥生が耳にしたことのある声だ。

 弥生が入り口に身体を方向転換すると、ドアを開けて立っているスリジエ・ムーンの姿。

 ハァハァと息を切らし、手の甲で汗をぬぐう。教室からここまで走ってきたのだろうか。

「スリジエさん! どうしてここに? 睦月さんとお弁当食べていたはずじゃあ?」

 だがスリジエは弥生の問いには答えもせず、ベエモットと弥生の間に立つ。まるでベエモットからの攻撃を防ごうとしているみたいだ。

 ベエモットはスリジエがいることに気にもとめない。それどころかそのまま強制魔法を発動させてしまう。

「スリジエさん、危ない!」

 弥生はスリジエまで巻き込んでしまったことに罪悪感が芽生えた。

 しかしスリジエは防御魔法のバリアで強制魔法を受け止める。その顔はベエモットに対しての怒りに見えた。

「どうして、この春野弥生にまで手を出すわけ? 父親だけどあきれたわ! まさかあいつらの手先になっていたなんてね!」

 スリジエはベエモットをにらみつけた。対するベエモットは全く動じない。機械のようだ。

 弥生は「え?」と声を漏らす。

 しかも弥生の頭はもうパンパンに詰まってパンク状態。なにがなんだかわからず、首をかしげるしかない。

「許さないからね、絶対! 私達家族を捨てたあんたなんか!」


 ってええぇぇ? ベエモットさんがスリジエさんとその家族を捨てたぁ!?


 ど、どういうこと!? 一緒に暮らしているとかじゃないの?

 でも、スリジエさん。なんかつらそう……。スリジエさん、お父さんとは仲が悪いのかな?

 ふとしたを向くと魔法陣が消え、光のつるもなくなっていた。スリジエさんがやってくれたのだろう。

 スリジエさん……。

 ベエモットとスリジエ親子の様子をただ見つめることしか出来なかった。



       *



 助けることが出来たみたいね……。


 教室から校長室まで全速力で走ってきたスリジエ。目の前には一番会いたくなかった父親がいる。

 さっき校長室に入ったとき弥生にかけられていた、ベエモットの魔法を解除する呪文を唱えたおいた。その呪文は無事発動したようだ。ベエモットには気づかれている可能性もあるがいい。まずは春野弥生をベエモットから守ることだ。

 あの男は自分の願いのためなら何でもする。それがあの男のポリシーだ。

 ポリシーだけならシャルロットとさほど変わらないが。

 となればあの男は私がいようと関係ないはず。目的を達成させるまではあきらめない。

 でもあの男と戦うなんてまっぴらごめんだ! なぜならあの男の方が一枚上手。しかも実力も上。勝負はどうなるか目に見えている。

 自分が負ける勝負なんてやりたくもない! しかし……ここで食い下がると親子の勝負に春野弥生を巻き込んでしまう。ベエモットはそれを望んでいるからだ。

 春野弥生が勝負に巻き込めば夢石を奪うチャンスを作れるから。

 あの男の目的は春野弥生が持つ夢石のみ。春野弥生がどうなろうと知ったことではない。

 私が春野弥生をかくまえば夢石を取られないよう、時間を稼ぐことは出来るはず。


「もし、春野弥生に手を出すなら許さない! 春野弥生には近づくな! あと、もう一つの世界の王子もだ!」

 スリジエは人差し指をベエモットに向けて指す。


 そのベエモットは相変わらず笑顔で受け流す。

「おやおや。せっかく、久しぶりに親子の対面なのにそれひどい言いがかりだ。気のせいですよ」

 やっぱりむかつく。っていうか、キライ! 大キライ!

「気のせい? ならば何故、春野弥生に制御魔法をかけた! 気のせいならば、そんなことはしないはず!」

「時代劇を体験してるようですなぁ。これはこれで悪くは無い。一度体験してみたかったんですよ、時代劇」

「話を逸らすな、馬鹿親父!」

 スリジエ得意の闇魔法『黒い玉』をベエモットにお見舞いする。

 ブラックホールのような球体。いくつも生み出される黒い玉はすべてを飲み込んでしまいそうな、深い漆黒の色をしていた。

 しかしベエモットは手を止めるように前に出すと、すべての黒い玉を弾き飛ばした。

「春野弥生に近づかないというのは無理がありますよ。何せ『夢石の継承者』にふさわしいか審判しないといけませんからね」

 つまり完全拒否だ。そっちがその気ならこっちだって……。

「やっぱりスリジエは昔と同じ病弱のままですか。さみしいですねぇ」

 その一言にスリジエの堪忍袋の緒が切れた。

 私が寂しい? 冗談じゃないわ! あの男に寂しいって言われる筋合いなんないわ!

「わかったわ! あんたがそんなに分からず屋だなんて! むっかしからそうよね! 自分の願いしか考えていない! 本当は私達娘のことなんてただの道具としか思っていないのでしょ!」

「さぁ? 何のことでしょうか。意味がわかりませんが」

 子供のような無邪気なベエモットの笑顔。その笑顔だけでもシャクにさわる。

「春野弥生は……春野弥生は、私を助けてくれた恩人なの! その恩人に手を出そうとするなら、親子の縁を切る!」

 後ろで「えぇっ」と弥生の声を耳にした。後ろに弥生がいることをすっかりわすれていた。

 対照的にベエモットが「へぇ」と感嘆のような声をもらした。

「そうですか。その子に助けてもらったのですか。それはよかった。

 もし何かあったとき、どうしたらよいかと考えてしまうところでした。これで召使いが一人減らなくて済んだよ」

 スリジエは父親を睨みつけ、小さく歯軋りした。

 やっぱり娘としてみていないじゃない!

「そりゃ当然だろう。何を勘違いしているんだい、スリジエ。お前は私の下で永遠に奴隷として働くことを約束してくれたから、言っているまでのこと。そうだろう?」

 ベエモットが奴隷ということを同意を求める。しかしスリジエは全否定した。

「違う! あれはあんたが、勝手に決めたんでしょ! 変な魔物なんか使って!」

「実の父親に口答えするとは……けしからん奴隷だな」

「口答えも何も、事実じゃない!」

「スジリエ、お前はどうだ。もう時間は残されていないのだろう?」

 ベエモットの言葉に嘘偽りはない。そう、自分に与えられた時間はあとわずかしかない。

 スリジエは反論できなかった。その時ベエモット側から気配を感じた。ただの気配ではない。


 これは……まずい! ベエモットが再び強制魔法をかけようとしてる!


 今度は私もろとも制御するつもりだ! あの男を怒らせてしまったか。

 いや、正確には私が入ったときからすでに怒っていたのかもしれない。その怒りを押さえ込んで任務追行しようとした。そんなところだろう。

 そんなことより春野弥生を連れて避難しないと!

 今度の強制魔法は他の魔法も組み合わせている。下手に対立すると校長室を吹き飛ばしてしまう。


「春野さん、こっちへ!」

 弥生の左手首を掴むと駆け足で校長室を出る。

 二人が校長室を出ようとしていることに気づいたベエモットは、魔法の発動を早ませた。

「スリジエ、春野弥生! 逃がすものか!」

 スリジエは校長室を出た直後すばやくドアを閉める。

「そんなの、お断りよ! 春野弥生には手出しさせないわ!」

 はぁはぁと息切らし、体力に限界が来た。

 荒い息を吐くスリジエに弥生が不安そうな声で話しかける。

「スリジエさん、保健室……行った方がいいんじゃあ…………」

「大丈夫よ……これくらいなんともないわ」

「そう、なの……?」

 弥生をちら見して弥生のことが気に掛かった。ベエモットからの攻撃に当たっていないだろうか。

「それより春野さん。けがはない?」

「う、うん。なんとか……怪我はしてないけど」

 どうやら今さっきの魔法にはかかっていないようだ。なんとか一安心だ。

 安堵のため息をつくと弥生に忠告する。

「いい? あのベエモットっていう男には気をつけなさい! あの男、何を仕掛けてくるかわからないわ。

 あと、別にあんたを許したわけじゃないわ。ベエモットが来てるというから来たまでのこと。ライバル同士というはお忘れなく。じゃ」

 スリジエは重い気分のまま、廊下を歩き出す。

 これから本格的に大変な事が起きそうね。

 その背中はどこかさびしさを表しているようだった。



       *



「……という訳なんだけど、睦月さんはどう思う?」

 すべての授業が終わり放課後。通学路を睦月と帰りながら昼休みのことを打ち明けていた。

 放課後になったとき、睦月が一緒に帰ろうと誘ってくれたため、一緒に帰っているのだ。

 左右対称に向かいブロック塀。ブロック塀から顔を出す木々。夕焼けに照らされてオレンジ色に染まる。どこか秋の寂しさを感じる。左側には曲がり角がある。

「そうか。春野に会いに来た人、スリジエの父親だったのか」

「うん、そうなの。でもその人スリジエさんを奴隷とか言っていて……」

 まるで娘として見ていないような発言。しかもその表情は楽しそうに見えた。

 ベエモットさんってどうしてスリジエさんを奴隷にしたんだろう。約束って一体何?

「スリジエさん、なんかつらそうだった。ベエモットさんと話しているとき。ま、まぁ、あれは言い争っていたって感じかな」

 あははーと顔を引きつらせた。

「でもベエモットさんが言っていた……」


 ――スジリエ、お前はどうだ。もう時間は残されていないのだろう?


「って言ってたことが気になってて」

 弥生が悩んでいると、睦月が問いを投げかける。

「ベエモットさんって、お前が思うほど強いのか?」

「うん、強いと思うよ。あのスリジエさんでさえ、悪戦苦闘していたって感じだし」

「そうか、強いのか……」

 睦月は足を止めた。弥生は睦月の一歩前で立ち止まり振り返る。

「それがどうかしたの? 睦月さん」

「いや、気になったんだ。もし何か計画を考えていて、今回は小手調べとして来ていたらまずいなって。本格的に動き出したとき、対応するとき負けるとやばいからな」

「はぁ、なるほど……」

 言葉で理解するも、頭の中は理解していない。

「スリジエさん、大丈夫かなぁ……」

「心配か?」

「うん、体のこととか、ベエモットさんのこととか……」

「今は注意して過ごすしかないだろうな。何をするかわからない以上。一応ベエモットさんのことについては調べておくよ」

「わかった。私も私がやれることをやっておく」

 睦月を援護するように力強くうなづいた。自分もただじっとするなんて出来ない。

 スリジエさんがどんな思いですごしてきたかも気になるし。スリジエさんには悪いけど。

 それにもし睦月の身に何かあった場合、睦月に話をした私にも責任がある。

 弥生のうなづきに睦月は小さく微笑む。

「そうか、春野らしいな」

「えっ。私……らしい?」

 頭が全くついていってない。何か悪いこと言った? 機嫌を損ねるような。

「私、変なこと言った?」

 睦月がおかしそうにクスクスと笑い始める。

「いや、言ってない。気にするな」

 空を見上げ何かを確認するような動作をした。

「春野、ここでお別れだ。この曲がり角の先に家がある。すぐそこだ。じゃ、気をつけて帰れよ」

「う、うん。また明日ね、睦月さん」

「あぁ、またな」

 睦月はそのまま左の曲がり角を曲がると、去っていった。

 睦月を見送ったあと、弥生は角を曲がらず、まっすぐ進んだ。

 少しの間だったけど、睦月さんとたくさんおしゃべり出来たな……。

 睦月の笑顔からベエモットの不敵な笑みに変わった。


 ベエモット・ムーン。スリジエさんの父親。

 スリジエさんの父親ということは、チェリーの父親でもあるということ。


 そういえば、ベエモットさんとチェリーさんとの仲はどうだったのだろう。

 スリジエさんのように仲が悪かったのかな? それともスリジエさんと同じように奴隷扱いされて……。

 大丈夫かなぁ、スリジエさん。悩んでないといいけど……。

 弥生は家に帰るまでベエモット親子のことしか考えることしか出来なかった。

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