弥生と少女達のそれぞれの思い
スリジエの意識は黒い箱の空間に閉じ込められていた。音も映像もない。何が起こっているのかさえ、わからない。
だが、これが復活した者が払うべき『代償』なのだろう。
たとえ復活したとはいえ、ヒトは完全に復活することは出来ない。それが魔法で復活されたとしても。
だからそれを補うためのものが必要になる。それが『代償』だ。
まさか私の代償が『人格を制限すること』だなんて。
こんな暮らしがずっと死ぬまで続くのか。こんなことが何度も引き起こされ、制限され続けるのか。
だが、そう考えていた矢先のこと。空間にわずかな亀裂が入り白い光が漏れ出す。それがきっかけとなって、箱はこぼれるようにみるみる崩れていく。そのままスリジエの意識は光の中へと引きずり込まれた。
スリジエはまぶしさのあまり目を閉じてしまう。
再び目を覚ましたときには学校の屋上に戻っていた。まるで強制的に引き戻されたような感覚だ。
その時、一番初めに弥生の声が入ってきた。
「スリジエさん! 元に戻ったんだね! 良かった、本当に良かった!」
自分を心配するような声。仇のくせして私に始末されるという危機感がない。
それどころか私を心配している。どこまでもお人よしな奴だ。
そんな弥生の横には睦月までいる。どうしてまたここにいるのだろう。
もしかすると、私が春野弥生を呼び出したというのを嗅ぎ付けてやってきたのだろう。
さすがはもう一つの世界の王子ね。
睦月はあまりしゃべろうとはせず、
「無事に元に戻ったんだな」
とだけつぶやく。
まぁ、あんまり親しいというわけじゃないから当然だろう。
「どうして、元に戻したのよ……元に戻せだなんて一言も……」
それだけしか言葉に出せなかった。言葉に出そうと思っても急に戻された衝撃でうまく言葉が出せない。
「えっ。で、でも、睦月さんがスリジエさんを元に戻したほうがいいって。あのまま暴走し続けると、身体にものすごい負担がかかっているから危険だって」
弥生の言葉に思わず、「えっ」と声を漏らしてしまう。
ものすごい負担がかかる? どういうことだ? もちろん、本来の人格は別空間に閉じ込められるため、自分の体がどうなっているとか、負担がかかっているなど知るはずがない。
「それって一体どういうこと? 春野弥生、あんたが私を元に戻したんじゃないの?」
「ち、違うの……睦月さんが炎でチェリーさんの幻影を見せて動きをとめて、元に戻したの。
たとえ別人格であってもチェリーを大切に思う気持ちは変わらないだろうからって」
弥生の話に付け足すかのように睦月がつぶやく。
「まぁ、その前に春野に対しての攻撃が上がっていたけどな」
あがっていた? 攻撃の精度、つまり攻撃のことだろうか。
睦月はスリジエの心の声が聞こえていたかのように話を続ける。
「あぁ、そうだ。春野の話によると、前よりも数段とあがっていたそうだ」
つまり簡単にいえば、弥生を憎むあまり心と魔法がつながり、威力をあげてしまったらしい。
闇の魔法は魔力に反映されるが、もちろん、憎しみや悲しみの心にも反応する。
それがつよくなりすぎて威力をあげ、ついにはコントロールできなくなるまでに達してしまった。
それをぶつけるかのように春野弥生に攻撃を繰り返していたという訳か。
みじめだ。自分がやったわけじゃなく、もうひとつの人格が攻撃を繰り返すなんて。
まるで本来の人格は『もう一つの人格を発動させるためのスイッチみたいなもの』じゃないか。
「スリジエさん、どうか……したの?」
心配そうに眉をひそめる弥生に気がつき、何事もなかったかのように振舞う。
「別に。……何でもないわ。っていうか、何故私があんたに心配されなきゃいけないワケ? おかしいでしょ!」
突然興奮しだしたスリジエをなだめるように睦月が話しかけた。
「春野はただ単にまた倒れないか心配なんだ。図書館のときのように」
「そ、それは……」
スリジエは反論できない。それは確かにそうだ。あのときは歩きすぎて体力がなくなってしまったのと、暑さにやられたことだ。たとえ日傘をさしていたとしても、どこからか太陽の光は体に当たる。完全に防ぐことは難しい。つまり倒れないという保障はないということだ。今のスリジエには。
「だからといってあまり興奮するのも良くない。あまり体が強いほうではないのだろう? だったらなおさらだ。なるべく興奮しないよう抑えたほうがいい」
「どうして、そこまで……」
「少し心配というか、不安だったからな」
睦月は気まずそうな顔で目線を逸らした。
どうやら弥生のことがきになるらしい。まぁ、私には関係ないが。
それにしても、どうして冬川君はそんなにもこんな自分を気にしてくれるのだろうか。
そう考えると体がぽかぽかと温かくなる。この感情はなんだろう。初めて味わう感情。
これが、これが恋。私、私は――。
スリジエは何かを決心したのか、弥生に指を突き付け宣戦布告する。
「春野弥生! 私、今日からあんたとは恋のライバルになりそうだわ!
私、あんたと同じ人を好きになっちゃたみたい。だから、容赦なくアプローチしていくわ! 覚悟するのね!」
スリジエたちがいる屋上には不穏な空気が流れていった。
*
学校が終わり自宅に戻ってから春野弥生はお風呂に入浴中だった。学校から帰ってすぐのお風呂が日課で、時間は入ってから三十分たち五時半となっている。普通はシャワーのみで済ませ、髪や体は夜のお風呂で洗う。しかし考え事で頭がいっぱいになり湯船につかったままなのだ。
それはお昼休みが終わる頃、屋上でスリジエが放った言葉。
春野弥生! 私、今日からあんたとは恋のライバルになりそうだわ!
私、あんたと同じ人を好きになっちゃたみたい。だから、容赦なくアプローチしていくわ! 覚悟するのね!
それってつ、つまり睦月さんのことを……。
深いため息を無意識につく。
まさかスリジエにそんなこと言われるなんて。思いもしなかった。私は、私は……。
一体どうすればいいの!?
自分でも落ち込んでいるのか、悩んでいるのか、わからない。
でも確実いえるのは今後スリジエさんとどう接していけばいいか迷っているということだろうか。
弥生は風呂場の天井を見上げてみた。湯気のせいか、水滴がつき始めている。
再び視線を戻すと二度目のため息。
どうすればいいの? どう接していけばいいの? 明日から本格的な授業が始まるが、スリジエとは同じクラス。授業はほぼ一緒の教室で受ける。どんな顔すればいいのか。
スリジエは死んだチェリーの妹。チェリーが一番大事にしている少女。その少女は、私がチェリーを殺したと思っている。
しかもスリジエは睦月のこと好きだと言い出してしまった。最初は友達になりたいって思っていた人がライバルみたいな関係になるなんて。さすがに『友達になりたいな』とは言い出せなくなった。
だが友達にはなりたい。境遇がどこか似ているスリジエさんとは分かり合えるかもしれないのに。
けれどこのまま野放しにしておくと今度は睦月を取られてしまうという危機が生まれる。
睦月さんは自分のことを『好きだ』と言ってくれた。初めて男の人に告白されてうれしかった。それなのにスリジエさんに取られたら私の立場っていうのが……。
それはそれで嫌だ。
かといってスリジエさんとライバルになるつもりは……。
頭の中がパンクしそうだ。私の中に天使と悪魔がささやく。
――スリジエとライバルになって、スリジエを蹴散らしちゃいなよ!
スリジエをライバルだと認めるべきだという悪魔。
――駄目よ。まだ相手のことをよくわかっていないのに安易に認めちゃ駄目。
一度話し合ってみるべきよ。
話し合ってみたほうがよいと提案する天使。
一瞬、悪魔に傾けた。しかしよく考えてみた。
そもそも今日の昼休みはスリジエと話をするはずのが、途中からバトルになり睦月がとめてくれて何故かスリジエに宣戦布告されたまま終わった。まとも話をしていない。詳しい話を聞いてから判断した方がよさそうだ。
弥生は天使の意見に賛成することにした。私の中にあった悪魔は消えうせた。
スリジエとは恋敵になるかもしれない。またスリジエさんに攻撃される可能性もあるだろう。
それでもスリジエさんと友達になりたい! そしてチェリーさんの伝言を伝えてあげないと!
湯船から立ち上がると天井を仰ぎ見ながら拳を握った。
*
夕食が終わった秋村家の自宅。葉月は自分の部屋で考え事をしていた。ベットに仰向けになり複雑そうな表情で天井を見つめる。
私が用済みだなんて……。
皐月に呼び出されたかと思ったら自分は用済みだという、計画からはずされる話だった。
今でも信じられない。御前様が伝えるようにと皐月は言っていた。ということは御前様が判断したことということになる。御前様の判断は絶対だ。誰であろうと逆らう事は出来ない。もちろん葉月でさえも逆らえない。
ということは用済みは本当の事、事実ということだ。
でも、ありえない。私が用済みだなんて。計画はちゃんと進んでいたはずだ。もちろん幹部の皆さんや御前様にも報告は毎回してある。それなのにはずされるなんて。
信じたくない。信じられない。
でも……。
嘘じゃないわ。これが、事実よ。
皐月は嘘じゃないと。事実だと言った。これが本当に事実ならば認めるしかない。
それでも信じたくない。御前様からの伝言が用済みの伝言だなんて。
御前様、どうしてですか? どうして私がはずされて、皐月が代わりに任務を遂行するのですか?
何かの間違いですよね? 私は、私は本当に用済みなのですか?
聞きたい。御前様の口から本当のことが聞きたい。そして嘘だと言ってほしい。
それはでたらめだと。
連絡したい。御前様と。
けど、連絡するために必要な例のカードは皐月が持って行ってしまった。
これじゃあ、連絡しようがない。
連絡法としては小型の通信機に最新型のカードをさしこみ、御前様につながる番号を四桁入力すればつながる。しかし、あいにく手持ちには旧型のカードしか持ち合わせていない。
もちろん、最新型の通信機に旧型のカードを差し込んでも起動はしない。
けれども元をたどれば同じ通信機に差し込むカード。もしかしたらという可能性もある。
ごくりとつばを飲み込み、恐る恐るカードを持った手を通信機に近づける。
少しずつ、少しずつ前へと進める腕。緊張した手に汗がにじみ出てきた。
やばい。機械は水に弱い。ちょっとした水でも壊れてしまう。急いで差し込まないと。
目前に差し掛かったところで見えないバリアがカードを弾き飛ばす。弾き飛ばされたときにわずかに流れた電流。まるで完全に旧式カードを拒んでいるかのような反応。
やはり駄目か。この通信機は最新式のカードでなければ起動しない。
それはわかっていたのに。わかっていたのに。
連絡をとりたいという衝動が抑えられない。
葉月はもどかしい思いを抑えたまま通信機を凝視し続けた。
*
住人が寝静まった真夜中。車ひとつ走らない国道。街頭すらない暗黒の歩道。
周りの住宅地は明かりをつけているところはない。
そこに廃墟と化した五階建てのビルで人に見つからないよう入っていく少女。葉月に御前様の伝言を伝えた夏野皐月。背中には小ぶりのリュックが背負われている。
三階まで階段で上った直後座り込む。リュックをおろし、小型の機械を取り出す。
葉月が持っているのと同じ通信機である。シャツの胸ポケットから葉月から奪ったカードを取り出す。
そのカードを差込口に差込み、電源スイッチを入れる。通信機が起動し映像が映し出される。映像の中には会議室と思われる場所が映し出された。その映像は一瞬で消え代わりに男性の顔が映される。表情は硬い。歳は五十代半ばといったところだろうか。
皐月は映像越しで男性に頭を下げた。
「すみません、御前様。カードは取り戻したのですが、例のモノは手に入らず……」
男性は表情が硬いまま話す。
「そうか、やはり駄目であったか。まぁ、よい。葉月のもっているものはそのうち奪えばよい」
「それで、例のことは一応葉月に伝言しておきました」
「そうか。それならいい」
男性の声に悲しみやさびしさは見受けられない。
「それで例の計画は順調かね?」
「はい。もうレベル三まで達し、あと少しでレベル四に到達するころです」
「それはいい。計画さえ成功すればあとはどうでもいいが」
皐月は御前様の言葉に疑問を感じた。まるで計画以外のことは興味ないって感じだ。
それじゃあ計画を進める人間も興味ないってことに……。
それよりもあの葉月が計画からはずされたなんて考えられない。
葉月は計画をすすめるメンバーの中でもっともエリートラインを走る優秀なメンバーでもある。そんな葉月を外すなんて計画に支障が出ないか不安になるくらいだ。
でもまぁ、葉月が失態を犯してしまったことは事実。それは仕方がないこと。
御前様と呼ばれた男性が皐月に命令を下した。
「皐月、次のことだが、春野弥生とスリジエという少女を監視してもらいたい」
「弥生とスリジエ……? 弥生はまだわかりますが、何故スリジエまで監視を?」
「実はスリジエはあのチェリーの妹らしく、何をしでかすかわからないのだ。何せ魔法で強引に復活させた死人だからな」
皐月は御前様の話に形だけうなづき、言葉を発す。
「……はぁ、かしこまりました。次の任務も追行していきたいと存じます」
報告を終えるとここで御前様との通信が途絶えた。
今頃葉月はどうしているだろう。御前様と連絡を取りたくてそわそわしてなかろうか。
まぁ、連絡できたとしても計画のメンバーに入ることは難しいだろうが。
葉月の様子を考えながら次の作業に取り掛かった。
*
次の日の海堂中学校では本格的に授業が始まった。
弥生も前学期と変わらず登校するが、明らかに前学期とは違うことがあった。
スリジエと睦月という転校生が入ってきたことだ。睦月が転校してきたのはうれしい。
もちろん、スリジエが転校してきたのも心底喜びを感じる。
だが、昨日スリジエに言われた言葉がいまだに頭から離れず昨日はよく眠れていない。
春野弥生! 私、今日からあんたとは恋のライバルになりそうだわ!
私、あんたと同じ人を好きになっちゃたみたい。だから、容赦なくアプローチしていくわ! 覚悟するのね!
あぁ! どうしたらいいの!
一応スリジエと話をすると決めたはいいが、やっぱりどうすればいいか迷ってしまう。
こういうのはやっぱ友達とかに相談した方が良かった系?
顔が汗まみれになりながらごくりと生唾を飲み込んだ。
でもなぁー、これはあくまで私とスリジエさんとの問題。第三者を巻き込むのはちょっと……。
弥生はこのあと難しい顔のまま午前の授業を受けた。頭がいっぱいで授業に手をつけられずそのまま午前の授業が終了。
もちろん悩みが抜けることはなく、お昼休みを迎える。
これからどうしよう。スリジエさんになんて言おうか……。
最初にどうやって声かけるかが問題になるが……。
右肩に手を乗せられ声をあげる。
「ひゃああ!」
肩をすぼめるとゆっくり顔を後ろに向ける。
まさかスリジエさんが?
顔を見上げた瞬間全身の緊張が解かれた。そこ立っていたのは秋村葉月だった。
「なーんだ。葉月か、びっくりした」
葉月が弥生の言葉に不機嫌そうにしながらつぶやく。
「びっくりしたのはコッチよ。何、急に声をあげちゃって。私が心臓止まりそうだったわ」
「ご、ごめんなさい……」
小さくうずくまり反省すると再び葉月の顔を見上げる。
「どうしたの? 急に。何かあった?」
「どうしたもこうしたもないわよ。弥生、あのスリジエとかいう女、睦月を狙っているっていう噂が立っているらしいの」
「えっ。あっ、そ、そうなの?」
弥生はスリジエが睦月のことを好きだと知っているため動揺が隠せない。
葉月は呆れた顔で弥生を見おろす。
「そうなの? って相変わらずのん気娘ねー。スリジエって結構の美人って評判でしょ?しかも睦月くんも顔がいいし、『お似合いのカップル』になるじゃないかってみんな焦ってるわ」
お、『お似合いのカップル』か……。
た、確かに……。
「それに、睦月君はどこかの王子様という噂もあるらしいからみんな睦月君をゲットしようと必死なのよねー。さすがについていけないわ」
む、睦月さん、モテモテなのね……。
弥生の心に氷の刃が突き刺されたような、胸の痛みを感じた。
む、睦月さんはスリジエさんのこと、どう想っているのかな?
もしかして睦月さん、心が変わったとか? ないよね……?
「あら? あのスリジエとかいう女、睦月君に近づいているっぽいわね」
葉月が発した言葉に反応すると、急いでスリジエの姿を探す。
数秒かかってスリジエの姿を発見。葉月の言うとおり、睦月の席に一直線だ。手には何やらお弁当のような包みを持っている。
私、あんたと同じ人を好きになっちゃたみたい。だから、容赦なくアプローチしていくわ! 覚悟するのね!
ほんとにアプローチし始めた!?
まさかと思いながらスリジエを観察する。他の女子も弥生と同じようにスリジエを凝視していた。
スリジエが睦月の前で止まると、睦月に一言。
「私と一緒にお弁当食べない?」
す、スリジエさん、ホントにホント、アプローチをし出した――――!
ど、どどどど、どうしよ――――!?
口を開けたまま遠くでスリジエたちを見つめながら、石のように固まる弥生だった。




