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弥生ともう一つの世界  作者: Runa
第三話 弥生と二人の転校生
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弥生とねじれていく事実

 葉月は屋上につながるドアの前まで来ていた。もちろん、屋上に弥生とスリジエの会話を聞くためだ。あのスリジエとかいう女、相当なつわものだ。魔力の質も高ければ、魔法の技術もずば抜けている。自分でさえも勝てるかどうかわからない。とにかく油断できない。そのためにはあの女の情報が必要だ。情報が多ければ有利なるはず。対応も出来るはず。

 しかし、このまま話を盗み聞きしようとするとかならずどこかでボロが出てしまう。さらに悪ければ、盗み聞きしたことが弥生たちにばれてしまう。そうなってはおしまいだ。 計画が丸つぶれになり、御前様に顔が合わせられない。

 だったら、姿と気配を消して盗み聞きすればいい。

 両手にそれぞれ紋章のような印が浮き出ると指先から透明になり、数秒には全身目に見えなくなる。これで準備は完了だ。

 口元が微笑むも、廊下を歩く生徒には葉月の存在すらわからない。

 弥生とスリジエに気づかれぬよう、注意を払ってドアを開けた。完全に開け切ってしまうと余計に気づかれるので、数センチばかりの隙間すきましか開けない。

 隙間からはスリジエの後ろ姿と、弥生の頭部が少し見えるくらいだ。

 二人は話し合いの最中らしい。

「あるわ! あんたがチェリーお姉様を殺したんでしょ! そんな、いい子ぶったって無駄よ! 私には全部お見通しなんだから!」

「違う! 私じゃない! 違うの!」

 何かもめているよう。何をもめているのか。また弥生がしでかしたのか。

 弥生が口を開いた。

 「あの日、確かに私は戦ってた。睦月さんをたすけるために」

「どうして、冬川君が出てくるのよ?」

「チェリーさんの相棒が、私の宝玉を狙って睦月さんを人質に取ったの。シャルロットという男が」

「シャルロットですって!?」

「チェリーさんはそれを私に知らせるべく、わざと自分がやったように見せて私と自分と戦わせたの。

 でも、誰かに狙われていたみたいで、氷の魔法で死んじゃって……」

 シャルロットですって!? しかも、あのチェリーは氷の魔法で殺された!?

 チェリー・ムーンといえば、南の海の中で彼女に右に出るものはいないといわれる魔法の強さを持つ。もちろん、戦闘の技術だってトップクラスだ。彼女が一撃でやられたということは、彼女以上の強さを持つものということになる。それぐらいの強さであれば、ラリアの父親か御前様くらいだろう。

 まさか、御前様が――――?

 葉月の頬に一筋の汗が落ちる。

 いや、そうだったら必ず私に知らせるはず。それがないのは、あれは嘘という事に……。

 だが、あの弥生が嘘をつくはずがないし、だとしたらあれは本当だという事になる。

 葉月が考え練っているうちに、スリジエの声が漏れた。

「信じない……信じない、絶対信じない! 私のたった一人のお姉さんであるチェリーお姉様が、あのシャルロットと手を組んでいたなんて、絶対信じない!」

 あのスリジエがチェリーの妹ですって?

 葉月は目を疑うような発言だったが、次第に納得していく。

 だとすれば、あの魔力の強さも納得がいく。チェリーも魔力自体が強かったし、それを武器に戦っていたほどだ。スリジエもチェリーと同じ血を引いているからか、かすかに漏れる魔力からはチェリーをも凌ぐほどの強さが感じられる。それは変わらない。やはり南の海一族は油断できない。

 私に計画を成功させられるだろうか?

 スリジエはあのチェリーの実の妹で、魔法の技術も高い。

 一方で弥生は魔法の技術は乏しいが、あの夢石の継承者だ。夢石の後ろ盾があるというのは大きい。なんたって世界を支配できるほどの力だ。

 どちらにしてもまともに戦えば負けるのは確実だ。計画を成功するのは難しいかもしれない。もしかすれば自分の身までもが危ういかもしれない。でも。

 目を見据え、前を向く。

 たとえ無謀だとしても成功させてみせる! だって、御前様がついているんですもの!

 スリジエの後姿を見つめながら、メラメラと闘志を燃やした。



       *



 スリジエが迷いを見せ始めた頃だった。屋上にあるドアからかすかな足音が聞こえた。

 階段を駆け下りるかのような足音。足音は段々遠ざかっていく。

 後ろを振り返り、ドアのほうに視線を向ける。魔力を使い、人の気配を読み取った。

 しまった! 話を聞かれてしまった!

 ちぃっと舌打ちし、悔しがる。

 まずい。誰かに話を聞かれていたよう。聞かれていたのだとすれば、正体がばれた可能性が高い。そうなれば、退学になるかもしれない。そうなってしまえば何のためにこの学校に入学したのか意味がなくなる。

 目の前に立つ弥生が不信に思い声をかけてくる。

「あの、スリジエさん? どうかした?」

 スリジエは我に返り、慌ててごまかした。

「えっ? あ、あぁ。何でもないわ。昼休みの時間はまだ大丈夫かしら……って気にしていただけ」

 スリジエの言葉に何の疑いもなく信じ込んだ弥生は、時計を探しまわる。

「そういえばそうだね……時間、まだ大丈夫かな……。まだ授業が残っているから早めに切り上げないと」

 弥生が時計を探しまわっている間、再び屋上の入り口を振り向く。

 神経を集中し魔力を消費しながら、足跡をたどり立ち去った人物を追う。

 屋上につながる階段。階段を降りた先にある三階の廊下。

 そこで途切れてしまう。まだそれほど遠くに行っていないようだ。それなら……。

 確信を持ったときだ。

「スリジエさん? 具合でも悪いの?」

 誰かに声かけられたためか、集中が途切れてしまった。その声はもちろん春野弥生だ。

「スリジエ……さん? ドアがどうかしたの?」

 眉間にしわをよせて心配そうにする弥生の顔が映り、不信に思われていることに気づく。

 そりゃあ、ずっとドアの方角をにらんでいたら怪しむに決まっているだろう。

「別に……なんでもないわ」

 スリジエはそっけない態度で視線を逸らした。これじゃあ、余計に心配させてしまうかもしれない。

 案の定、弥生がさらに不安そうな顔で覗き込もうとする。

「どこか具合が悪いんじゃない? この前も熱中症で倒れたし」

「大丈夫よ。あんたに心配されるなんて余計なお世話だわ」

 そう。仇に心配されるなど余計な事だ。それなら正体がばれたほうがまだましだ。

 ふと考えた。もしクラスメートに正体がばれたらどうなるだろうか。

 この世界の者は海の世界に住む住人と違って、ファンタジーなど架空のものを信じない者が多い。

「絶対嘘をついている」

 などといわれて終わりだ。あとはうそつき呼ばわりされるだけだろう。

 私も、そんなことになってしまうのだろうか。うそつき呼ばわりされるのだろうか。

 以前のように皆に遠のかれていくのだろうか。

 きゅっと口を閉めた。悔しがるのかのように。

 クラスメートは私のこと、信じてくれるだろうか。

 雰囲気は皆、いい人そうだった。特に男子軍団は。まぁ、転校生だからってうかれているだけだろう。さほどたいしことではない。

 だが、後ろ盾があるというのは大きいのだ。クラスメートがいてくれるというのは。

 春野弥生のように。弥生はクラスでも人気者のようだ。それほど後ろ盾が大きいのだ。

 

 私は……私は何があるの?

 何かみんなを信頼してくれるようなこと、あるの?

 病弱で無駄に頭がいいだけの私が。


 スリジエの頭の中に頭痛が走る。誰かに脳をつねられているような激しい痛み。

 この感覚はまさか、これが『代償』といわれる……………………、


 スリジエの意識は再び異空間へと閉じ込められた。



       *



 もうまもなく昼休みがあと十分ほどで終わろうとしていたころの屋上。

 弥生はスリジエの顔色に変化があったため、また倒れやしないか不安でいっぱいになっていた。

 なにかあったのだろうか。見た目は健康そうに見えるが、肌が色白で病弱そうに見える。

 本人は大丈夫だと言ってはいるが、余計に不安になってくる。

 体調が悪くなったりしているんじゃあ、ないのか? って。

 お人よしだって言われるかもしれないが、それでもいい。

 具合の悪い人を放っておくことなんて、できない!

 たとえそれが戦った敵の妹だとしても!

 

 そう、いえば……スリジエさんって。


 ちらりとスリジエを顔を横目で見る。

 そういえばスリジエさんも……人魚、なんだよね? じゃあ、私のことも知ってるってことでいいのかな?

 いや、でも私の名前しか言っていないから、全部が全部知っているとは限らないし。

 もしそうだとしても、私は正体を明かすことはできない。


 人魚はヒトに正体を告げると泡になって消えてしまう。

 たとえそれが人間になりすました同類の人魚だとしても。相手が人魚だと知らない限り。

 気づかせることは出来る。しかし、自分の口で言うことは許されない。


 胸がすっきりしない。正体を隠したまま、同じ同類であろうスリジエさんとお話するなんて。

 はぁ、と暗い顔でため息をつく。


 スリジエさんとお友達になりたい。でも、南の海と北の海は敵対同士。仲良くなることは許されない。王女であってもだ。

 私は前世でも王女という肩書きがあるせいか、友達と呼べるものは出来なかった。

 簡単にいえば、王族の者達が許さなかったのだ。いずれ王国を継ぐという王女が友達など作ってうつつを抜かすなど許せるはずがない、と。

 もちろんそれは南の海だって同じこと。だとすればスリジエさんだって…………。

 だからこそ、スリジエさんとはお友達になるべきだ。

 たとえ禁忌を破ってでも。

 でも、スリジエさんはお姉さんを殺したのは私だと思い込んでいる。

 私はやってはいないと理解させないとまず友達にはなれない。

 でも相手はチェリーの妹だ。どう立ち向かっていけばいいのだろうか。

 顔を上げたとき、黒い物体が弥生の左頬をかすれる。

 闇に呑まれていきそうな、漆黒の色。これは、闇の魔法!

 スリジエが放った魔法である。だが、私は今は、何もしゃべっていないはず。

 それなのにどうして…………。

「それなのにどうしてって顔してるわ」

 スリジエの言葉に動揺し、しどろもどろになる弥生。

 何か……変。まるで、別人のよう。

 そう、もう一人の別の人格が入れ替わったような感じ。雰囲気も、目の色も変わっていた。私の気のせいだろうか。

「仇であるあんたに心配される私の気持ち、わかる!? 侮辱しかないわ!」

 スリジエの気迫は中庭で戦ったあのときによく似ている。

「絶対許さない! チェリーお姉様を殺したあんたなんか!」

 ど、どどどど、どうしたらいいのかな!?

 生憎屋上はスリジエと弥生の二人だけ。内緒で出てきたので誰かがやってくる見込みはない。葉月は自分よりもお昼休みに時間をつぶすタイプのため、屋上に来るかどうか不明だ。もちろん、睦月にも内緒でやってきたから来てくれるかどうかは……。

 スリジエが闇の魔法の構えをし始めた。

 やばい! 闇の魔法が来る!

 だが、アクアシールドを張ろうとしたときには、闇の魔法は放たれれていた。

 黒い球体は空を切り、真っ先に腹部のど真ん中に命中。弥生はその場でひざまづいた。

 つ、強い!

 利き手の右で腹部を押さえるも痛みは晴れない。

 以前受けたときよりも、格段に威力が上がっている。このままやられ続けたらほんとに倒れてしまう。まずい。

 でも、スリジエと戦うなんて出来ない。スリジエはチェリーの妹だ。スリジエにはまだチェリーの伝言を伝えてすらいない。伝えないまま自分が倒れてしまったら今度こそほんとに…………。

 かといってまた、逃げ続けるのは良い案とはいえない。体力の無駄なだけ。

 けれど私はあんまり魔法は覚えていないし。

 弥生の目はさまようように泳いでいた。




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