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弥生ともう一つの世界  作者: Runa
第三話 弥生と二人の転校生
12/51

弥生と転校生のウワサ話

 ホームルームが終わり、三限目のみ授業することとなった三年一組の教室。三年一組だけでなく、全学年授業を受けている。

 三年一組の教室では弥生が苦手分類とされる数学が行われていた。黒板で右手に数学の教科書、左手にチョークを持って黒板を説明する中年の女性教師。派手目の赤いスーツが遠くでも目に焼きつく緑の黒板に白のチョークで、黒板いっぱいに書かれている数式。青や赤のチョークは、一部重要な部分のみしか使用されていない。弥生にとって黒板に書かれた数式は地獄でしかない。

 見ているだけで英語の長文にしか見えないほどの細かさ。弥生の席は後ろの席から二番目で、窓よりの席のためあまり見えにくい。

 授業があるのはわかってはいたが、最初の授業が数学というのは辛い。

 弥生の目線が黒板から右斜め上の席、前から二番目の廊下よりの席に移る。その席には今日転校してきた睦月の席である。その睦月の後ろは昨日の倒れた少女、スリジエの席。 二人とも今日この学校にやってきたばかりの転校生だ。

 今の弥生には数学の授業は耳に入ってこない。受け付けないのだ。睦月のウワサが頭から離れないために。

 葉月から睦月さんのあるウワサを耳した。


 ――噂では、二人はカップルじゃないかっていう噂よ! まぁ、さすがにみんな信じ切っていないみたいだけど。みんな転校生の男の子に興味津々の様だし。


 あのスリジエさんと睦月さんが恋人同士……。

 噂なので、ホントではないことはわかっている。睦月があのスリジエとあの時が初対面だったことも知っている。

 知ってて、わかっていたはずだった。

 記憶がもやがかったと思えば、今度は心の中がもやがかる。なにかすっきりしない。やってもない罪をかぶせられたような気分。

 こういうときって、どうしたら……。

 睦月とは特別な関係というわけでもなく、仲の良い友達というわけでもない。

 ただ好きだと告白されただけという関係だけ。

 けれど、なにか裏切られたような気分である。

「――では、ここの問題を春野さん。解いてください」

 先生に当てられ、「へっ?」とつぶやき数秒間、間が空く弥生。

 椅子から立ち上がると、数学の教科書を開いた。

「は、はい。え、え~と……どこだっけ?」

 教科書のページをめくりまくる弥生に見かねたのか、葉月が小声で話しかける。

「弥生、馬鹿ね。教科書は一三七ページでしょ!」

「あ、そっか。ありがとう、葉月!」

 葉月に指定されたページを開き、机に教科書を置いた。先生が言っていた問題を人差し指で探す。探していた人差し指が止まる。それは平方根の問題だった。

「あ、これか」

 再び教科書を両手で持ち上げた。

「答えは、……ルート三です」

「よろしい。座っても良いですよ」

 先生は弥生が答えたのを確認し、目線を黒板に戻す。

 答え終えた弥生は着席。ほっと胸を撫で下ろした。

 隣で再び葉月が声をかけてきた。

「ねぇ、弥生。転校生の男の子で、もう一つウワサを耳したんだけど聞かない?」

 睦月さんとスリジエの恋人だといううわさで頭がいっぱいなのに、これ以上どうしろと言うのだろう。

「噂? なんでまた今頃……」

「まぁまぁ。そんなこと言わずに。あの睦月君、実はとある国の王子じゃないかって、噂されてるの。しかも、婚約者がいるんじゃないかって」

「こ、婚約者!?」

 勢い良く立ち上がり、その衝撃で椅子が揺れ動く。椅子は大きく揺れ動くだけで、床に倒れず元に戻った。

 衝撃に先生やクラスメートが弥生に集中する。

「春野さん、婚約者がどうかしましたか?」

 弥生は先生の声で我に返る。回りを見回し、クラスメートが自分に目線を向けている事に気がつく。

「えっ? あ、いや、あの…………なんでもないです」

 やってしまったという顔でしょんぼりと席に着く。

「はぁ…………なんでこうなったんだろ」

「弥生って、相変わらず馬鹿ね。もっと静かに話せないの?」

 弥生は葉月にしかられますます小さくうずくまる。

 睦月の噂が頭に離れないまま、授業が終わり、昼休みに入った。




 昼休み 


「弥生の頭の悪さはどうやったら直るかしらね」

 葉月が広げたお弁当に手をつけながらつぶやいた。お弁当の具は卵焼き、たこさんウインナーなどいたってどこにでもあるようなお弁当に見える。

 葉月の箸が卵焼きに向けられ持ち上げられた。そのまま葉月の口に運ばれる。

 弥生もお弁当を食べようと、ピンクのバンダナに包まれたお弁当をかばんから取り出す。

 バンダナの結び目に手を添えたとき、動きを止めた。

 ご飯をほおばろうとした葉月が、眉間にしわをよせながら放り込む。

「何よ、動きとめちゃって。お弁当食べないの? それとも噂、気にしてるの?」

「だ、だって……気になって仕方ないんだもん」

 弥生は口を尖らせると、ためらいながら結び目を解き始める。

 見かねた葉月がある提案を弥生に投げかけた。

「だったら、真相確かめる名目で、ここにつれてくればいいじゃない。そしたら、ついでにお弁当食べられし、何かわかるかもしれないじゃない?」

 葉月の提案に、無邪気な子供のように顔が輝く。

 その手があったか!

「そうか! それならいけるかも! ありがとう! ほんとに、ありがとう! 葉月って頭良い~!」

 そのはしゃぎようは完全に子供だ。だが、本人は意識していない。噂の審議が確かめられるというだけで、頭に入ってこない。

 さっそく睦月に声をかけるべく、睦月を探す。

 しかし。

 睦月の席の周りにはクラスの女子で囲まれ、近づく事が困難になっていた。人数は約四、五人といったところか。

 スリジエも同様、男子に囲まれ大人気ぶり。スリジエの場合は睦月の倍の数に囲まれている。

 睦月をとり囲む女子達は睦月に対し一方的に質問攻めをしていた。

「ねぇねぇ! 睦月君って、彼女とかいるの?」

「前の学校はどこにいたの?」

「どんな女の子が好み? 私なんてどぉ?」

「ちょっと! 抜け駆けなんて反対!」

 

 ち、近づけない……!

 

 睦月に聞くとかそれどころではない。むやみに近づいたら女子が「抜け駆け」とか思われて、怒ってきそうだ。

「あの噂が嘘だったらいいのに……」

 仕方がなくあきらめて、弁当を食べるしかなかった。


 自分の席に戻った弥生は弁当のふたを開け、いただきますと手を合わせる。ゆっくり箸箱に手を伸ばしたときだった。

「春野さん」

 弥生が右隣を向いた先にはスリジエがたっていた。その表情は険しい顔をしていた。なにか重要なことでもあるのだろうか。

「春野さん、ちょっと話があるの」

 スリジエが顔を弥生の右耳に近づけささやく。

「ここじゃ話せないから、一緒に来てもらえるかしら?」

「話……?」

 弁当を食べようとしたときに話しかけられたため、躊躇ちゅうちょする。

 弥生はスリジエのことも気になっていた事もあったので、急いで弁当をしまう。

「わかった。じゃあ、行こうか」

 スリジエにそう返事をすると、弁当を夢中に食べる葉月に言い残す。

「ちょっとスリジエさんとお話してくるね」

「……へ? お弁当はどうするのよー」

「あとで食べるよ!」

 弥生はこのあと何が起こるかわからないまま、スリジエのあとをついて行った。



       *



 屋上


 弥生とスリジエは無言のまま屋上へとたどり着いた。網フェンス側にスリジエが、屋上のドア側に弥生が立つ。一メートルほど離れて互いに見つめる。二人の間に秋風が吹く。

 先に口を開いたのはスリジエだ。

「春野さん、いえ、あんたに聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」

「そう。あなたがチェリーお姉様と対決した日の事を聞きたいの」

 スリジエの目は獣のような鋭い目で弥生を映していた。

「さぁ、答えて!」

 スリジエの気迫に押されためらうも、弥生は逆に質問する。

「答えるけど……その前に聞きたい事があるの」

「何?」

 スリジエは逆に質問されて怒りを覚える。

「あなたと、チェリー、さんの関係は? どうして私とチェリーの対決が知りたいの? その理由を教えてほしいの」

 悩んでばっかりじゃ駄目だ。まずは気になったことは本人にぶつけてみるのが先決だ。

「お願い! 理由を知っておかないと、なんか、良い気分じゃないというか……」

 弥生の願いに聞かないという顔で受け流すスリジエ。

 それでも駄目で元々で言っているんだ。たとえ無理だとしても話を続けた。

「ちゃんと理由聞いたら、あの日のこと話すから!」

 弥生が言った言葉を聞き逃さなかったスリジエが、まぶたをかすかに動かす。

 スリジエはようやく言葉を放つ。

「……その言葉に嘘はないでしょうね?」

 スリジエが耳を傾けてくれたことに心底うれしさをにじませる。

「うん! 嘘はないよ!」

 弥生は力強くうなづいた。

 二人の間に再び秋風が吹く。間に割り込むように。

 ちょっと、生意気すぎた……かな?

 スリジエが何も言ってこないので、余計に不安になってくる。

 スリジエの顔を覗き込もうとしてみた。

 だが、余計怪しまれると思い、覗き込むのをやめる。

 ほぼ同時にスリジエは話を始めた。

「私があんたにあの日のことを聞きたい理由……それは!」

 獣のような眼光でにらみつけ、指を突き付ける。

「あんたが戦って死んだ、チェリーお姉様の仇をとるためよ!」

「それと、私が何の関係が……」

 スリジエは弥生に全部言わせなかった。

「あるわ! あんたがチェリーお姉様を殺したんでしょ! そんな、いい子ぶったって無駄よ! 私には全部お見通しなんだから!」

「違う! 私じゃない! 違うの!」

 弥生は大きく横に首を振り、否定する。

 彼女は誤解している。あの日、チェリーに何があったのか。

 チェリーがどれだけ妹さんを想っていたか。彼女は気づいていない。

 全部言えば誤解だって解けるはず。

「あの日、確かに私は戦ってた。睦月さんをたすけるために」

「どうして、冬川君が出てくるのよ?」

「チェリーさんの相棒が、私が持っているという宝玉、夢石を狙って睦月さんを人質に取ったの。シャルロットという男が」

「シャルロットですって!? しかも夢石って」

「チェリーさんはそれを私に知らせるべく、わざと自分がやったように見せて私と自分と戦わせたの。

 でも、誰かに狙われていたみたいで、氷の魔法で死んじゃって……」

 スリジエの両手が握られ拳が出来ていた。二つの拳は振るえ、我慢しているよう だった。

 スリジエが独り言のようにつぶやく。

「信じない……信じない、絶対信じない! 私のたった一人のお姉さんであるチェリーお姉様が、あのシャルロットと手を組んでいたなんて、絶対信じない!」

 スリジエの言葉に驚愕した。あの、スリジエが、チェリーさんの実の姉妹?

 じゃ、チェリーが言っていた、同い年の妹さんって、スリジエさんだったの!?

 シャルロットのことを知っていたことよりも、チェリーとスリジエの姉妹関係に混乱していた。

 わ、私は……。

 どうしたら…………。

 薄々そうじゃないかと思ってはいたが、ほんとに姉妹だったなんて。

 弥生はこの後、一言もしゃべることが出来なかった。



       *



 三年一組の教室


 スリジエと弥生がいない教室では、ここぞとばかりに女子が睦月に殺到していた。

 睦月も対応に困り果てていた。スリジエと弥生がいないせいか、男子群は暇を感じ始める。中にはふてくされる者もいる。

 どうしたらいいのだろうか。

 押し寄せる女子の群れ。まるでチーターに狙われるシマウマのようだ。

「ねぇねぇ! 私と一緒に学校回らない?」

「いや、私が学校案内してあげる!」

「睦月君は勉強得意? 私が教えてあげようか?」

「ちょっと! 一人で抜け駆けは駄目って言ってるでしょーが!」

「押さないでよ! マジ痛いし!」

 女子の中には殴り合いになる女子もいれば、少しでも距離を縮ませようとする者もいる。

 これが海堂町の中学校か……。

 思っていた以上のところだな。

 はぁ、とため息を漏らすしかない。

「そういえば、弥生がいないよね?」

 一人の女子が話題を変えた事で他の女子達が教室中を見渡し始める。

 春野がいないだと?

 睦月もその言葉で弥生がいないことを知った。当然だろう。無数の女子に囲まれた状態じゃあ、教室を見ることすら出来ないのだから。

「あと、スリジエっていう転校生も見当たらないね? どこ行ったんだろう」

「さぁ? あの子は別に気にすることないんじゃない?」

「そうよね? あれだけ男子にモテまくりなんだから、誰か一人はついていってるだろうし」

「そうそう! 自分がかわいいからってこび売ってるのよ、きっと!」

 スリジエは女子達にはあまり良くは思われていないようだ。

 転校生の男子と女子でこれだけ差が出るとは。

 再びため息をつく。ため息をつかないでいられようか。

「そういえば、あのスリジエって子、ヒトじゃないんじゃないかってウワサだって!」

「嘘~? ほんとに?」

「ほんとに! 海の中から出てくるのをみたって言ってた子がいるし!」

 睦月は海の中というフレーズに反応する。海の中? 海の中といったら人魚しかいない。

 もっと詳しい情報を得るため、耳をそばだてる。

「それに、誰かを探しているみたいだし。なんか誰かを殺そうとする目だったって!」

「そんな子がうちのクラスに来て大丈夫なの?」

「怒ったらすぐ襲い掛かってきそうだし」

 女子達の話を聞いて、睦月の額に汗が落ちた。

 まずい! 春野が危ない!

 誰かを探しているというのはおそらく春野のことだろう。あのスリジエっていう少女、どこか作られたような身体をしていた。もし、ウワサが本当だったとすれば……。

 スリジエが春野を呼び出したに違いない!

 春野!

 睦月は女子に囲まれたまま、身動きが取れなかった。



       *



 再び屋上にて


 スリジエは違う意味で興奮していた。昼休みは、あと十五分と迫っていた。

 それは睦月のことである。あの睦月とある世界の王子様と小耳に挟んだからだ。

 スリジエにとって睦月が王子というのは願ってもないことだからだ。

 なぜなら、王子といえばいずれその国の国王となる継承者。そうなればもし、睦月と結婚となれば、自分は王妃。つまり玉の輿である。顔は好み。クールな性格も好み。なによりある国の王子様。理想の男性像にぴったりはまるのだ。これは是非仲良くしなければ!

 ふと不安がよぎる。

 あの話はあくまで噂話だ。本当かどうかは確証がない。もしも、ということだってある。

 確認とってからの方が安全策だ。

 確認するったって、どうやって……。

 スリジエはあることを思いつく。

 そうだ!

 

 春野弥生に聞いてみればいいんだ!

 春野弥生は冬川君にもっとも近い存在。なにかしら、睦月のことはある程度までは知ってるはず。

 なら、知っている事の中に睦月のウワサに関連することがあれば、あのウワサは本当だということになる。

 ほんとならもっと調査して証拠を見つけた上で断定した方がいいのだけれど。

 そう悩みながらも聞くことに決めた。

「ねぇ、春野さん。聞きたいことがあるのだけれど」

「ほぇ? 聞きたいこと?」

 なんだろう? というような目で出迎える弥生。ぼーっとしていたのか、反応が遅れたよう。

 つくづく危機管理のない女だ。いざというとき、誰かに襲われてもおかしくないようなすき有様ありさま

 だが、妙に疑われるのはまずいので、本心を押し殺すことにした。

「冬川君についてなんだけど」

「む、睦月さんについて!?」

 弥生は目を見開いて口を開ける。下の名前で呼ぶのか。

「そう。冬川君がとある国……世界の王子と聞いたのだけれど、ホントかしら?」

「えっ。そっちの噂?」

 弥生は別の噂だと思っていたらしい。まぁ今は、そんな事どうでもいいが。

「どうなの? 答えて」

「う……う、うん。本当だよ。睦月さん、よくは知らないけどあるヒトを探しにこの町に来たみたいだし。この町は初めてでいろいろ大変だーとかは言っていたけど」

 スリジエはその瞬間弥生に背を向け、小さくガッツポーズする。

 よっしゃ! 後はクイーンの座に向けてひとっ走りするだけよ!

 だが、両手が目に入ったとき、両手から屋上の床が透けている事に気がついた。

 顔をしかめ、気難しい表情を見せる。

 もう、時間が……ない。

 わかってはいたが、刻々と時間は迫ってきてるようだ。

 やはり、魔法によって作られた身体はもろい。ましてや、一度死んだ人間が生き返るなど無謀すぎたのだ。

 それに……。

 春野弥生は本当に姉の仇なのか。

 話していくと仇に見えなくなっていく。中身に闇の部分がないのだ。悪の心が存在していないためだろうか。仇と信じることが出来ない。

 やはり、チェリーお姉様の言う通り、真実は別にあるというのだろうか。

 スリジエの心は迷いが生じ始めていた。

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