悲しんだりしません
「もうすぐ体育大会だね、何に出るか決めた?」
みっちりと総一郎に数学を教え込まれた帰り道、自分の右肩を左手で揉むと鈍い痛みがじわりと広がる。隣を歩く総一郎を見上げるてみると、ううん、と軽く唸って総一郎はちらりとこちらを見降ろしてにやりと笑った。
「大縄跳び。」
「それ全員参加だから。」
1年生は学年競技として大縄跳びをすることにきまっている。みんな大縄跳びともう1つ個人競技とかに出ないといけない。
総一郎なら、リレーに出る!と自分で言わなくてもクラスのみんなが持ちあげるのでどうせリレーも出ることになるんだろうけど、今から言うと嫌がったらいけないので黙っておく。私といえば、そんなに運動ができる方でもないので綱引きとかの個人の力がためされない団体競技に出ようと思っていた。
「おし、じゃー玉入れにする。」
歩きながらアスファルトから見えない布の球を拾ってまるでバスケットのシュートのようにスローイングする。全然玉入れの投げ方っぽくないけど、それで入るんだろうか。
「玉入れってね、何個か一緒に投げたら入りやすいんだって。」
慣性ほ法則かなんとかがはたらくから、とテレビで言っていた。ほんとかよ、と少し疑うように総一郎は目を細めて笑うと少し大きなものをもつような手つきでそれを宙に浮かせた。
玉入れの時間は何時頃だったっけ、とこの間配られた体育大会のスケジュールと、過密に詰め込まれた自分の当日のスケジュールを思い返しながら歩いていると駅まで到着した。
駅には部活帰りだろうか、遅い時間なのにけっこうな人数の生徒がいて電車を待っている。
「あっ、加藤くん!」
かわいらしい声で呼ばれたその言葉が、総一郎を呼ぶ声だと判断するまでに少し時間がかかってしまった。
反応できないまま視線をうつさなかったわたしのことえを気にも留めずにその子は話し続けていた。
ゆっくりと、不自然じゃないようにそちらを向くと隣のクラスの女の子が総一郎ににっこりと笑顔をむけている。
話したことはないけど、うちのクラスに来て総一郎と話しているのを何回か見たことがある。
たしか、周りから「みいちゃん」と呼ばれていた。猫みたいでかわいいのは名前だけじゃなくて、総一郎にかけるその声も心地いい高さで甘い。先生に見逃してもらえないくらいにばっちりと施されたお化粧はその子の瞳をまるく大きく彩っていた。
ふとその視線がこちらを見る。
「あ、山崎さんだよね?私、隣のクラスの中川です。」
いやみなくらいにっこりと、こちらを見て笑ってみせるその子を見てすぐに気がついた。
さりげなく添えたその手は総一郎の制服の腕を軽くつかんでいる。
「総ちゃんの、彼女さん?」
彼女の前に(新しい)と心の中で付け加えながら、わたしはその仕草をすると自分が幼く見えるとわかった上で軽く首を傾けて、上目遣いに中川さんを見上げた。その質問に総一郎の答えはいらないし、総一郎が言い訳じみたことを言うことも言う必要もない。だってわたしと総ちゃんは、ただの幼なじみだから。
高校に入ってからは初めての彼女だ。この間までは誰とも付き合っていなかったはずだから、付き合いだしたのは本当にきのう、今日のことだろう、なんてしっかりと推測してみた。
ちょうど反対側のホームに滑り込んできた電車を見たらその窓に映っているわたしの顔はいつもと同じ愛想のいい笑顔で、今日もさすがだなって独りで自分を褒めてみる。
「えへへ、恥ずかしいな。」
中川さんはちらちらと総一郎を見上げながら微笑む。その表情に言葉通りの恥ずかしさなんて感じられない。
恋する女の子がかわいいって、誰が言ってたんだっけ。
総一郎の新しい彼女が浮かべる笑顔は、学校の王子様と付き合えたことと、その総一郎の一番近くにいたわたしを出しぬけたことへの優越感だろうか。
わたしの顔に張り付いている笑顔は、中川さんに対する嫉妬だなんて単純なものじゃなくて。
「じゃあわたし邪魔しないように友達と帰るね。」
ホームのさらに奥にクラスがいっしょの女の子3人組を見つけた。そこまで仲がいいわけじゃないけど、笑顔で名前を呼べばきっと迎え入れてくれるだろう。
総ちゃんが一言も話さないことも、隣から視線を感じることも、全部わたしには関係のないことだ。
「ごめんね、一緒に帰ってたのに。」
悪いなんて思ってないのに中川さんがそう言うのを聞きながら、笑顔のままでわたしは首を振った。
「じゃあ、また明日ね。中川さん……総ちゃんも。」
いつも通り。総一郎に彼女ができたってわたしの立ち位置は変わらない。
だから別に悲しくなったりしない。
『こんなこと』で陽菜は嫉妬なんてしない、総ちゃんにもそう思っていてほしい。
今まで総一郎が選んできたタイプのかわいらしい女の子と、また総一郎が付きあったからってどうして悲しくなる必要があるの?
今までもこれからも、そんな女の子たちなんかよりもわたしを優先してくれた。
今日だって。
もしあの子と別れて!って言ったら総一郎はわかれてくれるだろう。でもそんな馬鹿みたいなことを言って、その瞬間だけ総一郎をしばって、何になるって言うんだろう。
そんな風に執着するわたしを、総一郎はどう思うんだろう。
「あー、陽菜ちゃん!今帰り?」
同じクラスの友達が近付いたわたしに気づいて声をかけてくれる。
「うん、ちょっと寄り道してて。みんな部活?」
そうだよー、とうなずき返してくれた友人たちの目線が、私を通り越してホームの端に注がれる。
総一郎と中川さんを見ているんだろう。
「えへ、お邪魔だから逃げてきちゃった。一緒に帰って!」
できるだけから元気を装って言う。わたしは隣のクラスの女の子に総一郎を横取りされたケナゲな女の子じゃないといけない。
同じクラスの3人は眉を寄せて顔をしかめたり、よしよしとわたしの頭をなでてくれたり、横からぎゅうっと抱きしめてくれる。女の子って同一の敵がいると結束するものだ。うちのクラスの総一郎くんが隣のクラスのぶりっこに取られるなんて!っていう心情だろう。
こうやってなぐさめてもらうと、やっぱりわたしは傷ついてないんだって自覚する。
あの子はきっと長くて3か月くらいだから、夏休みの間は総ちゃんフリーだろうな、なんて嫉妬よりもひどいことを考えていた。
総ちゃんが彼女と長続きしない理由のひとつに、わたしの存在があるのは知ってる。けど「離れてあげる」なんて言わない。総ちゃんが、「離れて」って頼むまで、わたしから離れて行ってなんてあげない。
たとえば、今まで付き合ってきたような子じゃなくて。総一郎の内面の弱さに気づけるような子と付き合うことになったら。
あの家に独りきりのとき、わたしじゃなくその子を呼ぶんだろうか。その子がわたしと離れてって頼んだら、わたしはもういらないって言われるんだろうか。
そんなときは永遠にこなくていいのに。わたししかいない、わたしが一番って思ってても言い出せない弱さが総一郎に好きになってもらえない原因なんだろうか。
どれだけ総ちゃんを想ったって、自分自身を愛せないわたしを、総ちゃんは愛してくれない。
ホームに来た電車に乗り込んで、できるだけ総一郎のことを頭から排除してクラスメイトの話に耳をかたむける。
総ちゃんに彼女ができてもかわらないけど、周りはやっぱりわたしを不憫だと思うんだろう。あの調子じゃ中川さんは休み時間のたびに総一郎に会いに来るだろうし、あの子と別れるまで教室でも周囲に気を使われる毎日が待っていると思うと少し憂鬱になった。
きっと一緒に帰ったりもするだろうから、これからは総ちゃんといる時間が減ってしまう。
そのせいか、さみしいって感じたけれど、まるで遠く離れてしまうみたいだったから、その感情はなかったことにした。
いつだって一番近くにいるのはわたしなんだから、傷ついたりなんかしない。
前の更新からけっこう空きました...。
総ちゃんに彼女!
ほんとあらすじにたどりつかなすぎてびっくりです。
のろのろ更新の上にぐだぐだですいません。