ひとりぼっちにならないように
お昼御飯がおわったら睡魔と闘う午後がやってくる。
それをなんとか乗り切ったけど、今日は放課後に委員会がある。バイトも何もしていないわたしはいいけれど、毎日部活に行ってる瀧川くんは大変だろうなあ。
じゃあ解散、という声と共にクラスメイトが続々と教室から出ていく。家に帰る子、部活に行く子、バイトに行く子、塾に行く子いろんな放課後の過ごし方がある。わたしも高校では何か部活に入ろうかと思って、結香と一緒にいくつかの部活に見学に行ったけれど結局帰宅部に収まった。
中学のときも今回も、総一郎がいやそうな顔をしたのでやめてしまった。とは言いたくないけれど、総一郎にかまう時間をけずってまでやるたいと思うことを見つけられなかったとっていうしょうもない理由だ。
「結香、わたし今日委員会だから先帰っといてくれる?」
よく一緒に帰っている結香に声をかける。ちんたらと帰る準備をしていたかばんを持ってわたしの席まで迎えに来てくれた結香にごめんね、と謝る。
「そっか、委員会か。わたし今日バイトないから教室で待ってようか?英語の課題でもやっとく。」
将来は学校の先生になりたいと言っている結香は、お受験をする小学生のための学習塾で事務のバイトをしている。さすがに高校生が勉強を教えるというのは無理なのでないらしいが、子供のテストの丸つけや最近ではちょっとした問題作成もさせてもらっているらしい。
将来の夢がしっかりしていて、そのために具体的に行動できていてすごいなあと思う。
「ほんと?委員会1時間で終わる予定だけど、たぶん伸びるよ。」
委員会とは言っても高校生のあつまりだ。重要な決定には先生たちの判断をあおがなければならならものも多い。なかなかすべての案件がスムーズに決まるということはない。なのでいつも決まった時間より延長してしまう。
何時に来るかわからない相手を待つというのはなかなかつらいものだ。でも結香はにっこりと笑って待ってる、と言ってくれる。
※
「遅くなってごめん。」
委員会の集まりがある大教室の一番後ろに座っていたわたしの隣にひっそりと腰を下ろしたのは瀧川くんだ。部活が終わって急いで来てくれたんだろう、いつも冷静で静かな瀧川くんにはめずらしく少し息が上がって頬に赤みがさしている。わたし以外に聞こえないように耳元で吐かれた小声の謝罪がかわいくてなんだか笑ってしまった。
「おつかれさま。これ今日のプリント、もらっといたよ。」
同じように小声で返しながら、席についた瀧川くんの膝に余分に1部もらっておいたプリントをのせる。ありがとう、と口をぱくぱくと動かす瀧川くんにうなずき返す。委員会はまだはじまったばかりだ。
今日のメイン議題は6月にある体育祭の詳細だ。1年生の役員なので重大な役割は持たされないだろうと思っていたら、一年が競技のとりまとめをするようにと言われてしまってかなり困る。でも毎年の決まりだし、みんなやってきたことだから今年も大丈夫だと先輩たちに言われてこっそりとタメ息を吐いた。
体育祭では総一郎の活躍を見ていようと思ったのにそれもかないそうにない。その希望は来年に持ち越しになりそうだった。
委員会が終わって、瀧川くんと一緒に教室を出る。さっき手渡した資料に書いてある
『各競技の当番』の欄に書いてあるうちのクラスの数字を見て瀧川くんもタメ息をはいていた。
「体育祭、結構大変そうだよね。」
「当日は休めなさそうだな。」
瀧川くんの眉がへにゃりと下がる。瀧川くんの笑顔はちょっと困ったような顔でかなり愛らしい。こんなしっかりした人に愛らしいなんて言葉はちぐはぐな感じがするけれど。
「がんばろうね。あ、部活は?」
「頼りにしてるよ。今から行ってくる。委員会遅れてごめんな。」
そのまま手を振って校舎の外にあるプールに走っていった瀧川くんを見送りながら教室に向かう。瀧川くんみたいな優しい人にわがまま言われたいって前に総一郎に言ったのは単なる冗談とか悪ふざけじゃない。優しい瀧川くんがときおり見せる隙はなかなかいい。
そんなことを考えながらわたしも結香が待つ教室に向かう。
委員会があった大教室から校舎の反対側の位置にある自分の教室にもう少しで着くというところで、放課後の教室にはめずらしく明るい笑い声が聞こえる。静かな廊下に響くその声は聞いたことのある声で。いや、わたしは確信を持って教室をのぞいた。
「結香、おまたせ。」
教室を覗き込むとわたしの目がとらえたのは英語の課題をしている結香ではなかった。結香の机に載っているのは課題じゃなくてうちの学校の制服を着たわたしが良く知る男の子、総一郎だった。くすくすと笑う結香が明るい顔でこちらを見る。
「おつかれさま。今ね、加藤くんと陽菜の話してたの。」
結香の優しい笑顔はいつもと同じはずなのに、なんだか心の奥がざわつくのはなんでなんだろう?
「ええ、やだ。どんな話?」
わたしはひきつらないように必死に笑顔を作ってその言葉を口から紡ぎだすだけで精一杯だった。いやな予感がする。ただじっとわたしの胸の中に居座り続けるこの“予感”をどうしたらいいんだろう。この正体を知ってしまったら、きっともう戻れなくなってしまう気がする。
総ちゃん、どうしよう。
わたしが総一郎のめんどうをみていると、まわりも自分自身も、総一郎も思っているだろうけれど、本当のところは違うんだ。総一郎がわたしの心を支えてくれている、いつだって必要としてくれることで。
だから、今回も。
そう思ったのに、いつもだったらわたしのことを見て大きな目を細めて顔をくしゃりとさせて笑っているはずの総一郎の視線はこちらに向いていなかった。
「ほら、こいつあわててるだろ。俺は陽菜のいろんな失敗見てるからな。」
わたしのことを話しているはずなのに、どうして?
それで、と続く総一郎の話。それを聞いて笑顔のまま驚いく結香。会話に入れないとかそういうことじゃない、ただわたしはいつも通りの笑顔でそこに立っていることしかできなかった。
机にかけたままだったかばんを持って結香と総一郎と一緒に駅まで向かい、反対方向の結香に手を振って総一郎と2人になってからも、わたしはこの違和感を振り払うためにはどうしたらいいのかずっと考えていた。
「陽菜、元気ないな。」
口数の少ないわたしを心配してくれているのか、総一郎がすこしかがんで顔を覗き込む。
「委員会たいへんなのか?」
うん、とうなずくことしかできずにうつむき加減で電車を待っていると、再び総一郎が口を開いた。今日の総一郎はいつもに比べて口数が多い。
「今日、家で晩飯一緒に食べる?ビザかなんか取る。しゃあないからおごりだ。」
「いいね、行こうかな。」
総一郎の言葉に顔をあげてわたしは半分反射的に答えていた。わたしは総一郎の晩御飯の誘いは断らない。総一郎のおばさんがよくご飯に誘ってくれるが、総一郎自信が晩御飯に誘うときはその日の晩御飯が独りの日だ。
「おう。CMでやってたタバスコかかってるやつ注文しよう。」
「えー、それって辛いんでしょう?」
わたしが視線を向けると、総一郎の唇がにこりと笑った後にいたずらっ子のように舌を出した。その無邪気な子供のような笑顔に安心する。
あんなに胸を覆っていた不安が熱が下がるようにひいていく。やっぱり総一郎はわたしの天使で、悪魔だ。10年目の仲だし、きっとわたしの心の乱れだって隠し通せるものじゃないんだろう。きずつきやすくてやさしい総一郎に心配をかけたくないから、もっとちゃんと笑顔でいよう。
どうやったら総ちゃんをしあわせにできるんだろう?ばか、とあきれられても、無理だと言われてもあきらめられない。ずっとずっと笑顔でいてほしいから。