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昔話をしましょう

陽菜の生い立ちと、総ちゃんとの出会い。

はじまりのお話です。


お話に息抜きをと思って書きました。


読みにくくなっているのが申し訳ないです。

読まなくてもストーリーの流れには問題ない、番外編的なものになります。

わたしは両親にとって最初の子でだけれど、そうじゃないとも言える。


わたしが生まれる前に生まれたかもしれない子がいたから。

母の仕事が忙しくストレスなどがあったせいか、もともと妊娠しにくいと言われていた母の体質のせいか、流産してその子は生まれてこなかったから今はわたしが長女だ。


近所に住んでいる父方の祖父母にとっては初めての女の孫で、やっと生まれた長男の子供で大変に可愛がられた。遠くに住んでいた母方の祖父母にとっては2人目の女の子だったけれどたまに母の実家に遊びに行けば上の従姉妹も含めて親戚一同が可愛がってくれた。


両親夫婦にようやく生まれたお姫様。

まさにそんな具合だった。


何をぐだぐだ並べているかと言うと、わたしは比較的甘やかされた素直な幼少時代を送ったということ。







ただ子供ができずに苦労したせいか、うちの両親…特に母親はわたしを完璧に育てようとしていたんだと思う。

やっとできたわが子に愛情を注ぎ、また注げるだけのお金を注いで教育をした。

後にも先にも両親にきっと子供はわたしだけ。誰もがそう思って疑わなかった。


お母さんは優しい、けど怖い。

ものごころついたころには、そう思っていた。



わたしの育ったそんな環境が一気に変わるきっかけになったのが、4歳はなれた弟の誕生。

陽菜ちゃんは特別、とそう言われることが当たり前で一番に愛されていることが当たり前だった。



今まで自分が一番に優先されていたはずなのに、弟の後に回される。

かなっていたはずのわがままが通らない。

ある程度意思疎通ができる4歳児よりも、生まれたての乳児が何事にも優先されるのは当たり前のことだけれど、花よ蝶よお姫様よと育てられた甘ったれだった当時のわたしには理解できないことだった。




そんなに大それた家ではなかったけれど、父は長男で母は3姉妹の長女であったこともあって、親戚の子供たちの中でも両家の跡取りとして親戚の大人は接していたんだと思う。もちろん父や母も。

だけど男の子が生まれれば話は別だ。



婿を取って跡取りとして家を守るために育てられた子から、お嫁に行く普通の子になった。



両親や祖父母などの親戚たちの、本人たちも意識していないほどのささいな態度の違いだったと思う。


幼すぎてその理由は何も分からなかったけれど、弟ができたからわたしは「特別」ではなくなったのだと子供特有の勘の鋭さで幼いわたしは悟ることができた。




そして今までのわたしは「特別」扱いをしてもらっていたのだ、ということをやっと自覚した。

自覚したと同時に、それがなくなったのだから自覚したって何の意味もなかったんだけど。





わがままを聞いてもらえなくなったことも、無条件に大切にしてもらえなくなったことも悲しくはあったけれど、弟を恨む言葉は口にできなかった。


『きょうだいがほしい』


幼稚園で一緒のいっちゃんに弟が生まれたんだって、赤ちゃんはかわいいんだって。

ゆうちゃんには妹がいるの。

どうして陽菜には兄弟がいないの?



クリスマスに欲しいものを聞かれ、もう子供が望めないと言われていた母に兄弟をねだったのはわたし自身。









普通の子になったわたしだったけれど、やっぱりお母さんは厳しいままで怖いままだった。そんなすぐに子供に対する態度をがらりと変えられる母親はいないだろう。

そのことについては何の疑問も抱かなかったんだけれど。


厳しい母が弟を抱いている様子を見てびっくりした。何をしても怒らず、笑顔のまま。

わたしよりも小さいものに接しているお母さんを見るのは初めてだった。




お母さんは、元々わたしのことが好きじゃなかったんだ。

だって、弟にはあんなに優しいもの。

もう「特別」じゃないんだから捨てられないように、ちゃんとしなきゃ。





そう思うまでにさほど時間はかからなかった。




そんなひねた子供になったことを気付かせないくらいにはわたしはずる賢くて、良かったのか悪かったのか大人に褒められるように振る舞うことに長けていた。


弟が生まれてすぐは赤ちゃんがえりもあったけど、しばらくして以前よりも大人しく扱いやすい子供になったわたしのことを「姉の自覚が芽生えたのね」とポジティブに大人たちはとらえた。

それはわたしが良い子を演じる上で好都合だった。








父も母も仕事をしていたのでわたしは幼稚園に通っていた。

「良い子」でいるのはその幼稚園でももちろんで、しっかりした園児だったと思う。















幼稚園では、共働きの家の子供のための全日コースと専業主婦のお母さんや祖父母だったり家に人がいる家庭の子供のために、半日だけ預かるコースがある。

でも小学校に上がる1年前くらいになると、集団生活に慣れるようにという目的で半日コースから全日コースに移ってくる子もいた。


その中の一人が総一郎だった。


真っ黒でさらさらの髪の毛、黒目がちな大きな瞳、目元を縁取るばさばさのまつ毛、白い肌に子供らしくふっくらとして桃のようにすべらかな頬、薔薇色の唇。


ありきたりな形容詞しかうかばなくていやになるけど。


男の子にも女の子にも見える中性的で美しい顔はまさに天使さま。


はじめて総一郎のことを見たときわたしの幼い頭で、ああこういう人が『特別』なんだと思った。

わたしみたいな弟の代わりのニセモノの特別とは違う本物の特別。



そんな総ちゃんは半日コースでは知らない人がいないってくらいの美少年だったらしく、全日コースに一緒に移って来なかった半日コースの女の子たちが総ちゃんと遊ぶために全日コースのクラスに来て先生たちに怒られたりなんてこともあった。


もちろん全日コースの女の子たちも、今まで総一郎とお近づきになれなかった遅れを取り戻そうとするように総一郎の周りを取り巻く。




わたしも最初はそれに漏れず取り巻きになったけれど、全然遊べないし同じ眺めているだけなら遠くからが気楽でいいやと思いその取り巻きから離脱した。

だんだんと総一郎の取り巻きは減ったけれども、それでも常に4~5人の女の子が周りにいる状態。



このままただの同級生として特にかかわることがない、はずだった。

ある日の朝までは。









うちの家は母親の出勤に合わせて幼稚園に放り込まれるので、いつもはほかの子に比べて登園が遅めだった。

子供を幼稚園に送っていって、家にもどってしばらくしてから会社へなんてことは母にとって二度手間だから当たり前のことなんだけれど。

だいたい幼稚園の開園時間から1時間ほどたってから、わたしは登園する。




幼稚園のおもちゃとは基本的に早い者勝ち。


順番に交代して使いましょうね、なんていう保育士さんの言葉にとりあえず返事はするだろうけど、幼稚園の子供がそんなに聞き分けがいいはずがない。

いつも新しいおもちゃや人気のおもちゃは、朝遅く来るわたしのところに回ってこなかった。




その日は珍しく、母が早く家を出ないといけないというので幼稚園が空いたすぐに登園した。

バス登園の子たちもまだ着いていなくて、幼稚園には一番のり。

園児のいない幼稚園という箱はシンと静まり返っていて、いつもと違うその雰囲気はわたしをわくわくさせる。


みんなが来るまでこのお部屋にいてね、とひとり教室に押し込まれてもなおわたしは楽しかった。

いつもは誰かに使われているおもちゃが整然と並べられていて、どれでも好きに手に取っていいんだから。


ままごとの道具を引っ張り出して来ていじくっては片づけ、また次のおもちゃにうつる。


1人遊びに夢中になっていると突然背後から手が伸びてわたしが触っていたお店屋さんごっこのときに使うレジスターのおもちゃが取り去られた。

先生が来たんだろうか?と思って振り返れば、レジスターは自分と同じくらいの背丈の子供が抱えている。



「そういちろうくん?」


いつの間に来たんだろう、総一郎がわたしのすぐ後ろにいた。

おもちゃの中でも大きなレジスターを持って、カーペットがひいてある床に座り込んだわたしを見下ろしている。


大きく縁取られた窓はたくさん朝の太陽を教室の中に取り入れる。

さっきまでは静かで冷たくさえ感じた空気が、総一郎を中心にしてまるでキラキラと輝いるように感じた。


やっぱりこの人はきれいだなあと、少し不機嫌そうな表情が浮かんでいる総一郎の顔を見ながらしばらくぼんやりしていると総一郎はその場に腰をおろしてレジスターを自分の前に置く。


「これ、使うから。」


そうか、じゃあしょうがない。

天使さまがお望みなのだから。


総一郎はそっけなくそう言っておもちゃに視線を落とせば、こちらをちらりとも見ない。

かしゃりかしゃりと総一郎がレジスターのキーを打って遊ぶ音が聞こえる。

わたしと言えば、伏せられた彼のまつ毛がまばたきのたびに震えるのを何度も見つめていた。




数分、いやもしかしたら数十秒の間だったかもしれない。

でもわたしにとってその時間はすべてがゆっくりと流れるようなものだった。


かしゃーん、と一層高い音がおもちゃから響いてレジスターの引き出し部分が開く。

その音にはっとして、ようやくわたしは立ち上がった。


天使さまがあのおもちゃがいいって言うんだから、わたしはあきらめなくちゃ。

ほかのもので遊ぼう。

ずっと見ていたいけれど、あまり近くで見ているのは恥ずかしいし。



おもちゃの棚から、あひるともひよこともとれる黄色い鳥の絵が描かれたパズルブロックを取り出す。

かわいいこのパズルを、一度自分で組み立ててみたかったんだ。


小さい子供が地べたに座ってちょうどいいくらいの高さのローテーブルに、完成した形でおさまっていたそれを箱から取り出してばらけさせた。

ひとつ、またひとつと手にとって箱に書いてある絵のように組み立てていく。



ちょっとずつ形になっていたところでそのパズルが小さな手によって崩された。


「えっ!?」


突然パズルに加えられた衝撃に思わず声を出してしまった。

手が差し出された方向に顔を向けると、総一郎が先ほどと変わらない表情でそこに立っている。


「パズルやりたい。」


しっとりとした薔薇の花びらのような唇から緩慢な口調でその言葉は吐きだされた。

さっき総一郎が遊んでいた場所で、「飽きた」というようにレジスターが引き出し部分をひらけて中身のおもちゃの硬貨などを飛び散らせているのが視界に入りわたしはあきらめる。


「……はい。」


テーブルの上にパズルを散ばせたままわたしは立ち上がりその席を譲る。

視界に入ったレジスターの元まで行ってプラスティックの硬貨を拾い集めて引き出し部分を閉め、それが元々入っていた収納棚に戻す。散らかしたままでは先生に叱られるから。



片づけ終わり、視線を感じて総一郎の方を見ると、大きな両目がわたしを見ている。

頬杖をついて退屈そうにしているのを見ると、どうやらもうパズルには飽きてしまったらしい。

飽きたんなら、代わってくれるかもしれない。


「ねえ、遊びおわったの?」


そっと近付いて、総一郎の手元を見た。

パッケージの見本の通りに並べられて、それはもう完成していた。わたしがレジスターを片づけている間にやり終えてしまったらしい。

さほど難しいパズルではないけれど、それでもすごい。


「……まだ。」


まだ遊んでいる途中らしい。

完成したものを崩して、また組み立てたりするのかもしれない。



その回答に少しがっかりしながら、しょうがないとあきらめてまた次のおもちゃを出しに行った。


















「使う。」


もういくつ目の玩具をこの人に取り上げたられただろう。

この人が使い終わったものを片づけて次のものを出しては取り上げられ…を繰り返した。


使う、と指差された今度のおもちゃも総一郎に渡してからわたしはこっそりため息をついた。

せっかく自由におもちゃを使えると思ったのに。

わたしの思い通りになることなんて、何もないのだ。

結局すべて望む通りにできるのは、特別な人だけ。




そう思うとあんなに魅力的に思えたおもちゃたちは急にその輝きを失っていく。

独り占めできるとうれしかったその気持ちが急速にしぼんでいくのを感じた。




もうどうでもいいやと、たくさんあるあやとり用の紐を1本取った。

ただ毛糸をむすんだだけのもので、これだけは園児の数に対して同じくらいあるのでいつでも誰でも自由に遊ぶことができるから取り合いにならない。

まあ数が少なかったとしても取り合いにはならないと思うけれど。



自分の手の大きさに合いそうなほどほどの長さのものを選びとっててきとうに指を通していると、隣にまた総一郎が立った。


「おれが使う。」


わたしの指にゆるくからんでいたあやとりの紐が総一郎の手に握られた。

ほかにも紐はたくさんあるのに、きれいな子の考えることは意味が分からないとちょっと戸惑ったけれど。

言いかえれば、ほかにもたくさんあるんだから、わたしが別のを使えばいいだけだ。


「うん……。」


総一郎の手に握られて絡んでいる紐から指を抜いて、またたくさんある中から違う紐を抜き取る。


少しからまっているそれをほどいているときだった。

またすぐにわたしの手の中からそれが取り払われた。



さすがに、なんなんだ!と思った。

一言文句くらい言っても怒られないだろうと思い総一郎の方に顔を向けた。




「………。」


言葉が出なかった。

何と言ってこの人を責めればいいのか思いつかない。

それに、すぐ責める理由さえも忘れてしまった。


先ほどまでのつまらなそうな表情ではなくて、その顔には明らかな不満がにじんでいた。

かたちの整ったすっきりとした眉は寄せられて間に山と谷がつくられている。そんな部分すらも芸術的な美しさでほれぼれしてしまう。




きれいだということは分かったけれど、どうしてこの天使さまがこんなに不機嫌なのか分からない。

できることなら、きゅっと真一文字に閉じられているその唇で、笑みの弧を描いて欲しい。


きっと、その方が素敵なのに。



「……どうして怒ってるの?」


やっと出てきた言葉はそんなものだった。


だけど一番聞きたかったこと。


わたしはちゃんと、総一郎くんの望む通りにしたはずなのに。




「ごめんね?」


怒らないで。






「なんでも好きなの使ってていいよ。」


使いたいのがあれば譲るし、飽きたんなら片づける。

だから……。




「大丈夫だから。」




そう言えば、総ちゃんは不意に泣きそうに顔をゆがませた。

大きな黒い瞳にはうるうると水分がせりあがってきて、それが今にも下まぶたからあふれてしまうのではないかというほどになって、わたしはとてもあわてた。


「あ、あのね……笑って?

 欲しいのあったら何でも取っていいから。」


もしよかったら。

こんなことをお願いするなんて、わがままだと叱られてしまうだろうか。

でも笑っていた方が、とっても素敵だから。

もし笑ってくれるんなら、ちょっとくらい怒られるのだって我慢できる。




あったかい手が、わたしの手をつかんだ。

総ちゃんのその手はびっくりするくらいに熱かったけれど不思議といやな気分じゃなかった。

いや、それどころかとっても嬉しかった。



総一郎はわたしの手をぎゅう、と痛いくらいに握って唇を開いた。


「じゃあ、これが欲しい。」



総ちゃんが欲しいと言った「これ」が分からなくてわたしは首をかしげたけれど。

にっこりと、それはそれはきれいな笑顔を見せられたからどのおもちゃなのか聞けなくなってしまった。


また後で聞けばいいや。

今はただうなずいて、言うとおりにしておこう。




天使さまのようだと思ったけれどちょっと違う。

たぶん天使さまは泣きそうな顔で、こんな意地悪そうに笑ったりしない。


きっとこの人は悪魔なんだ。

全然怖くないけれど、わたしをがっかりさせたり言いたいことも言えなくさせたりする。

何でも夢中にさせる、かわいい悪魔。




このお話の総一郎側のもあるんですが、長くなりそうなので書いていません(笑)



ここまで読んでくださって、ありがとうございなす。

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