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ひどい嘘もつけます

ぺちん、とゆるい衝撃がわたしの頬をなでた。

世間一般では平手打ちと言われるものだけど、かよわい女の子の腕力ではそんなにダメージはない。


でもきれいに伸ばしてコーラルピンクで一色に染められた爪が皮膚に当たったので少しじりじりと痛い。


あの爪は自爪なんだろうか。

いつも不注意で爪を折ってしまうわたしはあんな長さまで伸ばすのは無理だ。


「あなたのせいなんだから!」


今朝、駅で微笑んでいたはずの中川さんと、あまり話したことのない隣のクラスの女の子に放課後呼ばれて人気のない階段の踊り場に連れてこられた。

彼女たちが無言で歩いているのを見ながら予感していたことと多分あっていると思う。



女の子は恐ろしい。

男の子から見えないところだったらこんなにひどい顔をさらせるんだから。


「加藤くんにみいちゃんと別れるように言ったんでしょう!」


じっとわたしを睨みつけて悔しそうにしている中川さんのかわりにもう1人の女の子がわたしを責めた。


中川さんもその友達はとっても恐い女の子だ。

でも、私だって『女の子』なのには違いない。

わたしが彼女を傷つけるすべを持っているとは思わないんだろうか?どうしてすべてが思い通りに進むはずだと、進まないことは我慢ならないと全身で表わすことができるの?


世界はあなたのためには回らない。


それを分かっていない中川さんは、なんてか弱くて愛らしいんだろう。




でもわたしはあいにく愛らしいから無条件に守ってあげようと思う人種じゃあない。




「何のこと?別れるようになんて、言ってないよ。」


これは本当のこと。


「それに、中川さんとってもかわいいし……。」


まあ、これも本当。

でも、ここからは嘘。

真実と虚構を織り交ぜて、じわじわと体に回る毒のように中川さんを苦しめるセリフを選び取る。


「総ちゃんにぴったりだなと思って……。」


疑い半分、というような表情で2人の女の子がわたしを眺める。


「別れちゃったの……?」


今までうつむいていたわたしが顔をあげて2人を見つめて尋ねれば、中川さんが耐えきれないというように目に涙をにじませた。


いいなあ、泣けて。


「何も言ってないって、本当なの?」


念を押すように中川さんの友達がわたしに聞いた。


「言ってないよ。」


わたしが言うまでもなく、すぐに別れると思ってたから。


でもこれを伝えたらわたしが悪者になってしまうので黙っておくことにした。

中川さんはまるで憎いわたしに涙を見せるのがいやだと言うように背中を向けてさらに両手で顔を覆っていた。

ぱっちりと施されたアイメイクがどんな悲惨なことになっているのか、ちょっと興味があったのに。


「総ちゃんに、考え直すように言おうか?

 中川さんと総ちゃんが別れたの、わたしも残念だもん。」


総一郎と付き合うこともできない、相手にもされていない子に憐れまれるなんて屈辱でしょう。


「……っ言わなくていい!あなたになんか……。」


押し殺した声で手のひらの中から中川さんがうめいた。


叩かれたのも爪でひっかかれた痛みがひどい頬を自分の指の腹でなぞりながらわたしはため息が出そうになるのをやっとのことでこらえた。


友達の女の子が泣きだした中川さんのそばに寄って肩を抱き慰めるように何か言っている。

さっきわたしを責めたときの口調とは大違いだ。


泣いたら誰かが慰めてくれる、そうわかっているから泣けるんだろう。





「じゃあ、もうこういうことやめてくれる?」


自分の吐いた言葉が思ったよりも冷たくて、しまったと思ったけれどもう後にはひけない。


余計に怒らせてしまう前に、とわたしは階段をのぼって教室に続く廊下を歩く。


幸い、中川さんたちから再びわたしに声をかけてくることはなかった。

放課後の校舎の中は人もまばらになってきていたけれどまだ各教室に何人か生徒が残っているみたいだったし、校庭でば部活の準備をしているのか掛け声のようなものが微かに聞こえた。


後ろから聞こえていた中川さんの嗚咽も、それを慰める声も、もう聞こえない。










教室に入ると、クラスメイトが2つほどのグループになって固まって話していた。

もうすぐ体育大会だからだろう、クラス単位で揃えることになっているハチマキをどうするかとかそんな話だった。


「あ!陽菜ちゃんは何色がいい?」


クラスメイトの1人が駆け寄ってきて、手に持っているルーズリーフを見せる。

赤、オレンジ、黄色、ピンク、むらさき、黒、青……そうつづられたそれぞれの文字の下に『正』の字がうねりながら並んでいる。


「ハチマキの色?」


「とりあえず、希望の多い色を決めようと思って。」



どんな色がいいかなあ、と明るく言うクラスメイトの声を聞きながらわたしの頭は総ちゃんの姿を思い浮かべていた。

総一郎が巻くなら、きれいな赤がいい。

黒い髪と白い肌に生える真っ赤な色。

きっと白雪姫のお話みたいで、素敵に違いない。


「じゃあ、わたしは赤に一票。」


脳内の妄想をたれながすことなく、わたしは笑顔でルーズリーフの「赤」の文字を指差す。

その子も笑顔でうなずいてもといたグループに戻って行った。


一番前にある自分の机から鞄を外して、今日の課題に必要な教科書を詰める。

課題はないけれど、明日授業のある化学の教科書を見ながら予習するために問題集を持って帰るか、教科書だけにしておこうか悩む。

もしかしたら問題集も見るかもしれないし、と鞄に問題集も追加した。


こうやって持って帰ってもこの問題集を開かずにまた明日持ってくることの方が多い。

いつも要るものといらないものの整理ができなくて鞄がすごく重くなってしまう。


要らないだろうな、と思っていてももしかしたら、と低い可能性が気になる。


用意をして、帰ろうと思ったらポケットにいれていた携帯が震えていることに気づく。

取り出して発信者を見れば表示されている名前と番号は結香のものだ。

そういえばホームルームが終わってすぐに中川さんたちに呼び出されたので、結香に何も言っていなかった。



「結香?ごめんね、ちょっと呼ばれて……。」


『……もしもし。』



結香ではない、声。

電子記号に分解されて電波に乗ってきたものだから、厳密にはそう聞こえるだけなんだけれど。

でも間違うはずがない、その声。


「そう、ちゃん。」


『もう帰れるか?駅前のマックにいるけど。』


「え、うん。今学校出るとこ、待ってて。」


どうして結香の番号で、総ちゃんから電話がかかってくるんだろう。

さっき電話に出るとき確認したはずのディスプレイの文字は間違っていたのかそれともわたしの見間違いか。


とっても簡単な答えがあるのに、わたしの頭はその答えにまだたどり着かない。


「なんで……。」


通話を切って、もう一度着信履歴の画面を表示する。

その一番上に現在時刻で並んでいるのは結香の名前と電話番号だ。


教室が騒がしくてよかった。

口から洩れてしまった独り言が誰にも聞かれずに済んで安心した。





ずっしりと重くなった学生鞄を肩にかけて自分の席から教室の出口までを歩く。

クラスメイトの1人がばいばい、と声をかけるとまるでみんなつられたように口ぐちに別れのあいさつをかけてくれた。

わたしはちゃんとそれに笑顔で返せているだろうか。


こわばっていた頬を、なんとかほころばせて笑顔を意識しながら教室を出る前に手を振り返した。

はやく総ちゃんのもとに行かなくちゃ。


結香と、総ちゃんは一緒にいるんだろう。

数学の再テストの日のようにわたしのこと待っていてくれるんだ。

きっと、2人で。

わたしのいやな予感はそれは良く当たる。






結香はとてもまっすぐだ。

優しくて、厳しい。他人に厳しい一面もあるけれどそれ以上に自分自信に厳しい。


誰に対しても誠実であろうとして、相手にもそれを求める。

真摯であればそれを喜んで褒めてくれる。


結香のまっすぐなまなざしに総一郎が正面からぶつかったら。

その純粋な優しさに触れたら。







わたしの甘くてなまるいやさしさなんて、必要なくなってしまう。



だから総ちゃんが結香を好きになったら、今までとはすべてが変わってしまう。

『みいちゃん』たちのような女の子と付き合うのとは違うんだ。

もうわたしのそばに戻って来てくれなくなるような気がするから。


ひとりで立てるようになって進んで行けば、わたしなんていらなくなるでしょう?


総ちゃんは本当は強い子なんだ。わたしがいなくても大丈夫。

それに総一郎が気づいてしまったらもう「ふたりの時間」はおしまい。





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