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平気なふりもできます

悲しいことがあったら眠れない、っていうのが普通ならぐっすり眠ってしまってうっかり寝坊までしそうになったわたしは悲しんでないっていうことになるのか、それともただ眠いだけなんだろうか。


両親ともに仕事に出かけたあとでシンとしたリビングや洗面所をばたばたと駆け回りながら登校する準備を整えていく。

軽いメイクはおろか日焼け止めすら塗っていない。髪の毛なんかごらんの通りだ。家を出る前に玄関のウォールミラーに映った自分の前髪がうねっているのを見てそれを抑えながら急いで自転車に乗った。いつもの出発より5分くらい遅くなった。でも今日だけは絶対に休めない、ショックを受けてるだなんて、総ちゃんに彼女ができたことでわたしが落ち込んでいるなんて思われたくないから。



総ちゃんの家につくと、ちょうど扉が開いた。たぶん家の前を自転車で通ったのが窓から見えていたんだろう。

いつもより早起きで、ちゃんと準備しているけど、いつも通りの総ちゃん。


「起きたら45分で夢かと思った!」


「…なかなか来ないから電話するとこだった。」


玄関の扉をしめて、こちらを向きなおした総ちゃんは不機嫌そうにため息といっしょに言葉を吐きだす。

わたしはいつも通り庭の片隅に自転車をとめて前の籠に放り込んでいた鞄をひっぱり出してもう歩きだし始めている総一郎の背中を追いかけた。


総ちゃんから電話をかけてくれるというなら、もう少し遅く来てもよかったかもしれない。


ふと総ちゃん家の方を振り返ってなんだか物足りない気持ちになって、いつも窓から手を振って見送ってくれるおばさんの姿がないことに気づく。きっときのうから家にいなかったんだろう。

だとしたら、きのう別れて帰ってしまったのは失敗だったかもしれない。


「ねえ、おばさん昨日からお出かけ?」


いつもなら、朝には帰ってきているのに珍しい。


「大学のときの友達と遊びに行った。」


「そうだったんだ。」


晩ご飯どうしたの?食べにいった?「みいちゃん」と。

そう聞こうかと思って開きかけた唇を噛むように半ば無理やり閉じた。そんな嫉妬丸出しの言葉なんて言いたくない、ほんの少しの馬鹿らしいプライドがそれを言わせなかった。


まさか家に呼ぶわけない、今までの女友達だって彼女だって総ちゃんが自宅にあげたことはないし。

閉じた下唇に歯を押しあてて鈍い痛みといっしょに何を言うべきなのか、何を言うべきじゃないのかを考える。けど聞きたいことを尋ねられる上手な言葉は浮かんでこなかった。


頭の中で、きのうの帰りにクラスメイトの女の子たちが教えてくれた噂話を思い出す。

情報として整理して頭の中におさめたそれを、どれだけ「知らない」体でいようか。


女の子って秘密を守れないものなんだって、ってきいたことがある。

中川さんがいつから総一郎を狙っていたのか、誰から総一郎の連絡先を聞きだしたのか、どんな風に告白して付き合うことになったのか。

付き合っていることを知ったのは昨日なのに、たくさん与えられた情報のおかげでわたしはまるで見ていたように2人のことを話すことができる。



「母さん、今日も出かけるって。夕飯いっしょに食べる?」


駅につくと総ちゃんはこちらを見てそうたずねてから少し気まずそうに目線をそらした。

自分の思考に没頭しながらも、わたしの意識は常にちゃんと総ちゃんに向いている。目線をそらした理由は、わたしが「彼女さんは?」って聞くかもしれないって考えたからだろう。

う~ん、って答えを引きのばしてまるで他に予定がないか考えているように首を傾ける。総ちゃんが望む通り、何もなかったふりをして夕食の誘いを受けようか、予想している通り彼女のことを持ち出そうか。


「うん、食べる。」


やっぱり総ちゃんのいやなことはしたくなかったし、今の彼女さんのことに興味があるなんて思われたくなかったのでわたしはそのままこくりと頷いた。

今日はわたしが寝坊したけど、総ちゃんがちゃんと起きていてくれたおかげで総ちゃんの家を出た時間自体は早かったので、いつもより1本早い電車に乗ることができた。低い方の吊革につかまることもできるし、ぎゅうぎゅう押されなくてもいいので朝から疲れなくてもいい。

やっぱり早い電車は最高、って学校の最寄駅に着くまでわたしは上機嫌だったと思う。



けど駅について改札を出るところで、ぱらぱらと降りてきた同じ制服を着た人の中にきのうの女の子を見つけて、やっぱりいつもと違う電車になんか乗るもんじゃないなと思いなおした。


「あ、中川さんだ。」


中川さんが総一郎に気づいて立ち止まる。きっと総ちゃんも気付いているだろうし、きのうの帰りみたいにべたべたと甘ったるいあの笑顔を見るのだけは胸くそ悪かったし、今日わたしは寝坊してしまったおかげで髪の毛も癖がなおりきっていない、こんな中途半端な顔を「総ちゃんの彼女」に見られて少しも可愛くないと思われたくなかった。


「…ああ、うん。」


中川さんを見ているんだろう少し離れたところを見ている総ちゃんの瞳がちょっと細められる。

邪魔だから先に行くね、って言おうとしたときに少し先を歩く知っている人の姿を見つける。後姿だけれど大きな身長、しっかりした肩、色素の薄い短めの髪の毛、あれは瀧川くんに間違いない。


「わたし、体育祭のことで瀧川くんに用事あるんだった。ちょっと話してくる!」


用事なんて特に思い出せないけど、わたしは鞄を肩にかけなおして早足で総ちゃんから離れた。


「え、陽菜っ、おい!」


背中で総ちゃんが軽くわたしを引きとめたけれど、すぐそこまで近づいている中川さんに見られるのが嫌で、その幸せそうな可愛い笑顔を見るのが嫌で振り返らずにそのまま進み続けた。





「た、きがわ、くん!」


さすがに脚の長さが違う。瀧川くんに追いついて背中に声をかける間に総一郎のところからずいぶん離れてしまった。

呼んだのに反応して足を止めて振り返った瀧川くんの隣に並ぶ。


「あれ、呼ばれたと思ったんだけど。」


首をかしげた瀧川くんは30センチほど低いところにあるわたしの顔に視線を落とさずにやっと笑った。


「ちょっと!」


「ごめんごめん、冗談だよ。おはよう。」


瀧川くんの腕を軽く手で押すと上から優しい笑顔が降ってくる。いつも誰にでも優しく接している瀧川くんがこんな風に人をからかうところなんて想像できなくて驚くのと同時に新鮮な気持ちになる。


「…おはよ。あーあ、身長伸びないかな。瀧川くんまだ伸びてる?」


総ちゃんはまだ毎年身体測定で身長が伸びたと言って喜んでいる。瀧川くんは今でも十分大きいけれど、まだ伸び盛りなんだろうか。もうすでに高すぎてわたしからは伸びたのか縮んだのか判断できない。


「年に1、2センチくらいかな。山崎もいっぱい食べたらまだ伸びるよ。」


穏やかに笑いながらこちらに軽くかがむようにして耳を傾けてくれる。これ以上太ったら大変だからいっぱい食べられないけど、瀧川くんの笑顔につられて頷いておいた。



お兄ちゃんみたいというより、理想のお父さん像といった雰囲気。

屈んでくれてもまだまだ高い瀧川の耳に届くように話しかける。まるで甘やかされているようで、結香と話しているときに似た安心感がある。


ぼんやりとだけど、こんな人を好きになったらしあわせなんだろうと思った。

前の更新から長く空いてしまいました。

この話はまた書き直すかもしれません。

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