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靴下まではかせます

初投稿なので、いろいろ微妙な点があると思いますがよろしくお願いします。

中学生のころがら地道に伸ばし続け、ようやく胸のあたりまで伸びた髪の毛は手入れも大変だし、何より朝には寝ぐせだらけで本当に大変だ。毎朝この時間は髪の毛を切ってしまおうと決心するんだけど、美容室に行くといつも決心がつかずに結局そろえるだけになってしまう。


頑固なくせ毛仲間である実の父との兼用の最近見つけた最良と思えるヘアムースは、一応女性向けなのでパッケージにはさわやかなブルーにシトラスのような葉っぱが踊っている。

髪の毛のくせをごまかすように、コテで軽く内巻きにして前髪をととのえ高校生になってから始めたアイメイクを開始する。

うすいブラウンのシャドウをアイホールに軽くのせ、ダークブラウンで目の周りを縁取る。シャドウが濃すぎると学校で指導されてしまうので気をつけないといけない。先生が見逃してくれる程度のナチュラルなものにとどめておく。

ビューラーでまつ毛を念入りにカールさせ、しつこくならないようにマスカラを塗る。

今まで向かい合っていた鏡に、横顔をうつして我ながら芸術的な弧を描くまつ毛に満足する。


キャップをあけるとバニラのほのかな香りがする透明なリップをさっと塗って完成する。

朝はとっても苦手だけれど、これは必要な準備だ。




かばんをつかんで家を出ると、そんなに大きくない我が家のガレージから自転車を引きずり出しながら携帯の発信履歴の一番上、“加藤 そういちろう”に電話をかける。


「総ちゃん、起きてる?今から家出るよ。」


長めの呼び出し音がぷつりと切れると同時に私は早口に言った。


『…起きてる。』


今はまだ絶賛お布団の中です。と教えてくれるその声に私は思わず笑みをこぼした。

ちゃんとした声でしゃべっていると思っているんだろう。もう30分も前から電話の相手、総一郎の目覚しが5分置きに鳴っていることを知っている。高校に通いはじめてすぐ、朝起きられないと言う総一郎の携帯にその設定をつけたのはわたしだから。


「はいはい、じゃあね。」


総一郎が寝ていることにはあえて何もつっこまないまま、わたしは通話を切って携帯をまだ着なれていない制服のポケットにしまう。


総一郎の家はわたしの自宅から自転車で10分もかからない場所にある。歩くとそこそこかかるのでいつも自転車で向かう。

加藤家に到着すると、広い庭の片隅に自転車を停めて前かごに放り込んでおいたかばんを持ち勝手口から声をかける。


「お邪魔しまーす。」


「陽菜ちゃーん!総一郎さっき起きたところなの、まだ準備できてないみたいで。ごめんね上がって待っててやってくれる?」


その言葉を聞くか聞かないかの間にわたしはローファーを脱いで申し訳程度にそろえると勝手口から家に入り、ごめんねと呼びかけた総一郎のお母さんがいるはずのキッチンに向かう。キッチンダイニングに続く扉を開けて、顔だけをのぞかせる。


「おばさん、おはようございます。」


キッチンに立つ総一郎のお母さんの姿を見つけて、わたしは家では絶対にしないにっこりとした笑顔を浮かべる。「お外の大人の人用」の笑顔だ。


「いつもごめんね?総、まだ自分の部屋なの。紅茶いれるから飲んで待ってて。」


うちの母親よりたしか3つほど年上の総一郎のお母さんは、専業主婦だというのに朝からちゃんとお化粧をしていて、肩より少し上のボブを上品な色に染め淡いグリーンのエプロンをして最近リフォームしたのだという対面式の台所に立っていた。まるで主婦向けの雑誌から抜け出てきたような光景だ。


「総ちゃん家の紅茶はおいしいから好き。」


やかんを火にかけながらおばさんはにっこりと笑った。外国から輸入されたなんとかっていう高い茶葉で淹れられる紅茶は、普段ティーパックの紅茶しか飲む機会のないわたしにも違いがわかるくらいはっきりとおいしい。

おばさんがはお砂糖とミルクをたっぷりといれてくれる。高級な紅茶に申し訳ないけど、わたしはかなり甘党だ。


お礼を言っておばさんから紅茶を受け取るとダイニングのテーブルに座り、たちのぼる湯気に息をふきかけて紅茶を飲もうとした瞬間に、声が聞こえて来る。


「靴下ないんだけどー!」


総一郎の声だ。自分の部屋を探しながら声をあげているんだろう。

おばさんがため息をつきながら、食器を洗っている途中で泡だらけだった手を洗いだすのを視界の端にとらえるとわたしはいそいで立ち上がった。


「わたし、見てきます。白いタンスの中に入ってますよね?」


「ごめんね、たぶん2段目の右に新しいの入ってるから。」


申し訳ない、というように唇をへの字にしながらもやさしく笑うおばさんにわたしも笑い返しながら、総一郎の自室がある2階へと足をすすめる。登りなれた木の階段を静かに、でも素早く駆け上がってすぐのドアを軽くノックする。


「総ちゃん、靴下みつかった?」


ノックの返事もきかずにドアを開けると、クローゼットをあけて中をのぞいている総一郎がいた。

クローゼットから顔をだしてこっちを振り返った総一郎は、不満そうに寄せられた眉に無意識だろうか突き出された唇。わたしがかけた電話の後いそいで用意したんだろう、寝ぐせのままの髪型だった。


「ない。」


「靴下さがしといてあげるから、髪の毛なおしてて。」


白いタンスは総一郎の部屋の一番奥にある。その2段目をあけるとパッケージに入ったままの新品の靴下があった。数足はいっているそれを見てわたしはちらりと総一郎に視線をやる。


ブレザーの制服の、白い襟もとから除くシャツは黒だったのでわたしはその中から黒を基調にした靴下を選び取ってタンスの引き出しを閉める。


「黒でいい?」


声をかけると、ソファーに腰掛け前のガラステーブルに置いてある鏡で髪の毛をセットしている総一郎はこちらを見ることもなくうん、とうなずく。


パッケージを開き、中に入っている型紙と金属の留め具をはずして近くに置いてあったゴミ箱に捨てると、わたしはソファーに座る総一郎の元にひざまずいた。くるぶし丈のソックスをじゃばらに寄せて骨が浮かび上がる素足のつま先にかぶせる。わたしの行動に気付いたのか、総一郎が少し顔をうつむける気配がした。かかとを持ち上げて片足をはかせ終え、総一郎を見上げると学校では「王子様みたい」とはやしたてられている笑顔でこちらを見ていた。


「髪の毛、できた?」


「なんとか。」


もう片方の靴下を総一郎の手元に乗せて立ち上がろうとすると、渡したはずの靴下がまたわたしの手の中に戻ってくる。もう片方もはかせろってことなんだろう。


反抗する気も起きなかったので、わたしはさっきと同じようにもう片方の足にも靴下をはかせてから立ち上がる。

まるでメイドのようなかいがいしさだ、と言っていたのは同級生の一人だ。


「ありがとうございます。」


にっこりと笑ったままお礼を言う総一郎だけど、わざとらしい敬語が格別感謝していないことを告げている。

出会ってから10年以上。一緒に学校に通うようになってから10年目。総一郎に靴下をはかせることはわたしにとって格別めずらしいことではない。

そのあたりまえがうれしいんだ。誰よりも総一郎のそばにいること、それが何よりも幸せだった。


「それより、その髪型かわいくねー。」


一生懸命整えた内巻きの髪の毛を総一郎は手ぐしでひっぱりながらまっすぐにしていく。

わたしの、朝の苦労が…。






『天使みたいにかわいい』そう言われていた総一郎は、周囲の期待通り王子さまのようにかっこよーく育った。

周りから甘やかされて育ったせいなのか、元来の性質なのかはわからないけれど、無自覚なわがままと自覚有りのいじわるな性格は高校生になった今でも健在だ。


そんなタチの悪いこの子の面倒をみられるのはわたししかいない。

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