第九十五話 聖剣の担い手
オレは地面を駆ける。
一時はドラゴンの出現に足を速めたが、あっという間に一体の首が落とされて、もう一体は黒い人型の何かとぶつかった。
あれが、フュリアスか。すごくスマートだし。
ちゃんとフュリアスはドラゴンを撃破して避難所区域に戻って行くのを横目で見ながらオレは地面を蹴る。
『マスター、ペースが少し速いですよ』
「やっぱりか?」
オレは周囲を見渡しながらレヴァンティンの言葉に頷いた。そのことは自分がよくわかっている。
いつもより走るペースは速い。いつもと同じ様に走ってはいるが、やはり、完全にオーバーペースか。でも、落とすわけにはいかない。
「不思議なんだよな。体の奥底から力が湧き上がって来るというか」
『あの薬を飲んだからでは?』
その意見に関しては全力で賛成だ。だからと言って、二度と飲みたくない。
だって、意識不明の人を起こし、一口飲めば一瞬で吐きたくなるほどの味で、毒まで入っている。誰が進んで飲みたいと思うか。
『調合の仕方を習ったらどうですか?』
「殺す気か?」
今はあの薬のおかげでここまでピンピンしているのだからかなり感謝している。いや、感謝はしている。帰ったら絶対に一言言ってやる。
「そろそろ麓か。オレの予想だと、バリケードか軍団が配置されてそうだな」
『つまり、誰かが戦っていると』
「多分な」
悠聖があの場で足止めしていたように誰かがその場で足止めしているはずだ。予想だと亜紗だろうが。
「出来れば、一緒に目的地まで行きたいけどな」
『確か、矛神ですね。神剣の中で一、二を争う切断能力を持つ』
「ああ。斬ることに関しては最強の神剣だ。あの力があるとないとじゃかなり変わってくる」
そう、いろいろと変わってくる。特に、狭間の鬼との戦いでは。ドラゴンの頭を落としたのは亜紗だろう。つまり、後二回しか使えない。
狭間の鬼に致命傷を与えることが出来るのは、孝治か亜紗か音姉か。オレの場合はレヴァンティンの完全解除の条件が揃ったならがつく。
「聞こえた」
戦っている音がする。魔鉄と魔鉄がぶつかり合う音じゃない。吹き飛んでぶつかる音やら何かが勢いよく地面に叩きつけられる音。
明らかにおかしい。
「亜紗じゃない?」
もしかして、中村か? それにしても音がおかしい。
そして、オレは目的地を視界に捉えた。
「なっ」
視界に入ったのは凄まじい攻撃力と立ち回りで敵を翻弄している由姫の姿があった。ただ、敵には完全に囲まれている。
八陣八叉流の技術を最大限発揮しているみたいだが、だんだん押し込められている。由姫の額にも汗が流れているし。
「ったく、あのバカ」
『マスター?』
オレはレヴァンティンの声を無視して地面を最速で蹴った。そのまま、レヴァンティンを握りしめて由姫を囲む敵の群れに飛び込む。
さすがにオレの存在は想定していなかったのか斬りかかった瞬間に包囲が一瞬で崩れた。そのまま由姫の近くまで走り寄った。
「このバカ!」
「うわっ、いきなり」
「いきなりじゃない! 死ぬ気か!」
由姫と背中を合わせながらレヴァンティンを構える。
「戦いの立ち回りは囲まれないように戦う。それを何回も教えたはずだ!」
八陣八叉流はある意味1対1の戦い。だから、囲まれないように戦えばかなりの確率で勝てる。でも、由姫はそれをしなかった。
「お姉ちゃん達が、ちゃんと行けるように。だから」
「それで自分を犠牲にしたってか? ふざけるな!」
オレは斬りかかって来たアーマーリザードマンの剣を受け流して顎を蹴り上げた。そのまま空中の足場を踏みしめてアーマーリザードマンを蹴り飛ばす。
「言わせてもらうが」
「誰かを犠牲にして世界を救えたとしても、それは世界を救えたことにはならない。世界を救うということは、自分も仲間も知り合いも誰もかも救うこと。わかっているよ。でも、負ける気は全くないから」
オレは言われたい言葉を言われて小さく溜息をついた。後ろから迫ってきたリザードマンの剣を簡単に払ってレヴァンティンの腹で殴り飛ばし、背後から迫るオーガの斧を軽く飛んで避けた。
「そっか。でも、無謀だぞ」
振り返りながらオーガを蹴り飛ばし、トロルの拳をレヴァンティンで払う。手が若干痺れるが気にせずトロルの顔面を踏みつけて後ろに転かした。何体かの魔物が下敷きになる。
着地してさらにしゃがみ込みアーマーリザードマンの剣を避けて股を蹴り上げる。うん、これも止めよう。
悶絶するアーマーリザードマンを尻目にオレは空から迫って来ていたデーモンの槍を受け流した。いつの間にか空の兵力がこっちに向かって来ている。
「無謀でもいいよ」
由姫が真っ正面からトロルと拳をぶつけ合い、トロルを殴り飛ばした。
「それを可能にすればいいだけだから」
「むちゃくちゃだな。でも」
オレはにやりと笑みを浮かべた。
「悪くないな。モードⅡ」
レヴァンティンの形を槍に変えて近づいてきたグレムリンを叩き落とす。そのまま横にいたキマイラを殴り飛ばした。
由姫は空中の敵に注意を向けているオレを守ろうと動いている。
オレからすれば由姫を見なくてもどう行動するかわかっている。こうすればああしてああするからこうする。
まるで、亜紗とシンクロしているような感覚。
「お兄ちゃん」
「なんだ」
オレ達は縦横無尽に駆け回りながら言葉を交わす。
時々、地上と空中の戦う敵を変えながら、なおかつ、パターン化しないように駆け回る。
殴り、突き、投げ、振り回す。
お互いがお互いの行動を予測して最適な行動を繰り返す。
「楽しいね」
「おいおい。戦いに酔ったか?」
時々あることだが、実戦をあまり経験していない場合に見られる。放置しておけば身の破滅しかない。
「ううん。わかるから。お兄ちゃんがどうやって戦っているかわかるから」
「奇遇だな。オレもだ」
多分、コンビネーションだけで言うなら亜紗よりも相性がいい。オレも由姫も音姉や亜紗みたいに特化した性能を持っているわけじゃない。特に由姫は発展途上だ。
二人で一人前。その言葉が頭に浮かぶ。
「このまま、ずっとお兄ちゃんと戦っていたい」
「ずっとは無理だ。目的を達成しないと」
「わかっているよ。でも、今は」
由姫が笑った気がした。もちろん、オレは由姫とほとんど背中合わせだ。でも、わかる。だから、オレも笑う。
「お兄ちゃんと一緒だと実感出来るから」
「同感だ」
オレと由姫は同時に前の敵を殴り飛ばした。それにしても、
「数が多いな」
「だね。でも、私はまだまだ」
「そろそろ着いたころか」
オレの予想では音姉達が儀式場に到着したはずだ。だから、早く向かわないと。
「そうだね。でも、どうする?」
由姫が周囲を見渡しながら言う。残っている数は大体500ほど。勝てないわけじゃない。でも、数が多い。
オレや由姫は中村のように簡単に広域攻撃が出来るわけじゃない。時間や魔力を大量に使えば可能だが出来るだけ温存したい。
「援軍がいれば」
オレ達並みに強い奴がいればいいのに。
「呼んだかな?」
その言葉と共に敵の一角が崩れ落ちた。体中が斬り裂かれてだ。その中心にいるのはレヴァンティンとよく似た剣を持つ正。
「お前、どうして」
「避難所区域には知り合いが多くてね。苦手なんだよ。それに、もうすぐ敗走するよ。避難所区域の魔物は。ここは僕に任せて」
「頼んだ」
「兄さん、即答はダメなのでは」
由姫が呆れたように言ってくる。まあ、由姫の言う通りだけど。
「それは僕も思ったよ」
「助けなければいけない人達がいる。だから、行くぞ」
オレは由姫の手を引っ張って走り出した。そして、前にいる魔物に向かって大技を放つ。
「どけっ!!」
「やれやれ、人使いが荒いよ」
正は小さく溜息をつきながら周と由姫の背中を見つめていた。そして、周囲を見渡す。
周囲にいるのは正を中心に出来た新たな包囲網。でも、その中で正は笑っている。
「たったこんな数で僕を止める気? 舐められたものだね」
正はレヴァンティンに似た剣を鞘に収めた。そして、虚空から剣を取り出す。時計の針がついた剣を。
「とりあえず、名乗らせてもらうよ。そして、この名前を聞いた以上、生かしては返さない」
正は静かに剣を構えた。
「『聖剣の担い手』海道」
最後の言葉は魔物達の絶叫によってかき消された。何故なら、言い終わると同時に包囲網にいた魔物が全て体中を斬り裂かれて断末魔の叫びを上げたからだ。
宣言通りに全ての魔物を殺した正は小さく笑っていた。
「僕は君に賭けをしたんだよ。君なら、あの夢に届くかもしれないからね。そうだろ。海道周。いや、『伝説の担い手』君」




