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新たな未来を求めて  作者: イーヴァルディ
第一章 狭間の鬼
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第八十四話 亜紗の決意

狭間市立狭間病院。


狭間市の中央ではなく狭間市の中央から離れた公民館や市役所など、緊急時の避難所の近くにある病院。


その周囲には完全武装した『ES』の兵士や不安な表情で避難所に集まっている市民達がいる。


それらを見下ろすように病院の屋上には亜紗、アル・アジフ、浩平、リースの四人の姿があった。


「浩平。数は?」


リースに尋ねられた浩平はスコープのついたライフルから目を離した。


ちなみに、ここから山の方角には視界を散らす結界が作られており、いくらスコープなどで視界をよくしたところで人間離れした視力でなければ見えない。


「増えているな。奥の方に魔術陣が見える。悠聖のものに似ているから召喚魔術陣か?」


「着々と数を増やしておるようじゃな。数は一万と見るべきか」


「アル。さすがにヤバいと思う。他の穏健派への打診は?」


アル・アジフは首を横に振った。


「過激派が怪しい行動をおこしているらしい。誰も動けんそうじゃ。それに、第76移動隊は援軍を要請した」


その言葉に亜紗がピクッと反応した。つまり、この地域に貴族派が押しかけて来るということ。


未だに目を覚まさない周が眠っている病院にも。


「数はまだわからぬが、今日本にいる時雨が部隊を率いるらしいの。明日には狭間市入りじゃ」


「ちっ、やべえぞ。このままだと援軍が来るより早く敵がここに押し寄せる。俺達第76移動隊が突撃するとは言え、今の面々だとメンバーは6人。俺はお荷物だ」


それがわかっているから浩平は『ES』に身を置いている。


敵の中を駆け抜ける場合は立ち止まる隙はほとんどない。それに、浩平のポジションは後半からの射撃。リースがいるとはいえ無理だ。


「そうじゃな。我らも全力を尽くすとは言え、そなたらほど『ES』は戦力が整っておらぬ。この意味わかるの?」


「拠点防衛だろ? あいにく、ここら俺が位置取る。この付近で一番大きい建物だしな」


そう言って浩平は方にライフルを担いだ。そのライフルを虚空に戻し、代わりにフレヴァングを取り出す。それを見ていたリースは小さくため息をついた。


「動きはわかる?」


「結界内は無理だけど、結界外なら余裕だぜ。でもよ、相手の動きはおかしくないか?」


「ほう。そなたもわかったか」


「あのさ、俺がバカなのはデフォルトなのね」


浩平ががっかりしたように肩を落とした。そして、フレヴァングを山がある方向に向ける。


「今の貴族派がとるべき一番の作戦は攻めることだろ。ここを制圧して人質を作り出せば『GF』も『ES』も動けなくなる。そんな作戦は俺はいくらでも見てきた。それに、この病院には周もいる。人質にとれればどうにか」


「今の勢力バランスをわかっていない奴の発言だぞ。ほらよ」


いつの間にか屋上に上がってきていた悠聖が亜紗以外の全員にコーヒーの缶を投げた。浩平とリースが嫌そうな顔をして受け取るが悠聖は全く気にしない。亜紗には手渡しで渡す。


「あいつらはまだ警戒している」


「何をだよ」


「オレ達だよ。オレ達第76移動隊。下手をすれば今の狭間市にいる『ES』の数倍の戦闘能力を持ったオレ達を。実際に、全員がまだ本気出してないしな」


悠聖が片手でコーヒーの缶を開けて中身を呑む。悠聖の言葉に浩平は首をかしげていた。


わからないのも無理はない。『ES』にはアル・アジフとクロノス・ガイアという『ES』の中でも世界でもトップレベルの魔術師がいるからだ。それの数倍に匹敵する戦闘能力なんて普通は考えられない。音姫を除いて。


「オレも孝治も、音姫さんも亜紗も中村さんも、誰もが未だに全力で戦っていないんだろうな。特に、孝治は。あいつ、自分の力で一度凄まじい被害を出したことがある。周と同じだよ。あいつらは似ているんだ」


「しかし、実力を隠しているとはいえ、数倍というのは間違いではないかの? よくて二倍。いや、三倍か」


「確かに、アル・アジフの言うとおりだ。普通ならな。だけど、オレも独自で調べていたんだ。どうしてここまでメンバーが集まっているか」


悠聖がポケットから資料を取り出す。それをアル・アジフは受け取った。


「これは、メンバーの家系か?」


「そう。オレを含める全員の家計だ。特に、周隊長と中村さんの家系図。聞いたことのある魔術師がごろごろしている。はっきり言うなら、この二人の潜在能力は完全に未知数だ」


悠聖が作り出した家系図は確かに世界でも有名な魔術師の名前がたくさんあった。特に、周を中心とする家系。いとこに悠聖や七葉を含むが、その数は普通にしてはおかしい。


「まるで、わざとこうなったようじゃな。確証はないが」


「だろ。孝治は完全に突然変異だろうな。でも、偶然が一致しすぎている。もしかしたら、総長達はこのことが起きることをはるか過去から想定していたんじゃないか?」


「可能性としてはなくはないの。じゃが、そうなれば亜紗のことも理解していたはずじゃ」


アル・アジフの言葉に亜紗が肩を震わせた。全員が亜紗を見る。


「そなた、どうしたい? このままここにいるつもりか?」


『私は、周さんのそばにいる』


亜紗がスケッチブックを見せる。それを見たアル・アジフは小さくため息をついて亜紗に一歩を踏み出した。そして、頬を勢いよく叩く。


「自惚れるな。そなた、今の自分がどれくらい足手まといかわかっておらぬじゃろ。そなたが今の周を守っても、自体が変わることはない。周はそんなことを望むと思っているのか?」


『私がしっかりしていなかったから周さんがあんなことになった。周さんを守りたかったのに。守れないなら、こんな機械の体なんていらない。自分の力なんていらない』


「それは間違ってるよ」


「七葉!」


屋上に現れた、松葉杖をつく七葉に向かって悠聖が駆け寄った。七葉は悠聖に笑みを浮かべる。


「無事か?」


「大丈夫だよ。亜紗さん、千春さんじゃなかった。クラリーネの浸食術式は極めてすごいよ。人の心を覗き込み、そして書きかえる。『水帝』と呼ばれるだけのことはあるね」


その言葉にアル・アジフとリースが驚いたような顔になる。


魔術師だからこそわかることだが、他人の精神に入りこむのは案外簡単だ。だけど、それが書きかえるのなると難しいという言葉では言い表せなくなる。簡単に言って不可能を実現するようなものだ。


人の精神に作用するためにはその人の精神の波動を見つけないといけない。そして、その波動にシンクロしてようやく第一段階が終了。次には記憶を整理して違和感なく作ったり繋げないといけない。そこの動作はコンマ1秒単位でしなければならないのでほとんど無理だ。最後の動作が精神感情の整理。これはある意味禁断領域と言ってもよく、ここに侵入して操れる術者は世界を見ても一人もいない、はずだった。


「亜紗さんが責任を感じるのはわかるよ。でも、周兄はそんなことを望んでいない。周兄が望んでいるのは亜紗さんが自分らしく生きることだと思う。もし、亜紗さんが周兄のそばにいたいなら私は文句はいわない。誰にも文句は言わせない、でも、亜紗さんはどうしたいの?」


七葉は亜紗に近づいて亜紗の手を握った。亜紗は困惑したようにスケッチブックを捲る。


『私は』


「自分で決めて。私は自分で決めてここに来ている。実力がないのはわかるよ。でも、実力がなくても、自分がしたいことをやる。それを周兄は求めているんだと思う。亜紗さんはどうしたいの?」


その言葉に亜紗は顔を上げた。そして、頷く。何かを決意したように。


『周さんの居場所を守る。周さんが起きても、元の場所に戻れるように戦う。悠聖君、音姫さんに伝えて。私も突入部隊に入れてくれるように』


「ああ、そのことだけどよ」


悠聖は気まずそうに、


「音姫さんの中だと確定事項らしい。絶対に亜紗は戻ってくるって断言していた。それよりも、自分の足で伝えに行けよ。それが一番だろ」


『ありがとう』


亜紗はそのまま病院の屋上のフェンスを蹴って跳んだ。そのまま器用に建物の屋上に飛び乗って最短距離で駐在所に向かう。


「少し気になったんだけど、亜紗さんのスケッチブックってどうなっているの? 捲るたびに話したい内容が書かれているんだけど」


「あれか? あれは周隊長が特別に作り出した魔術器の一種だぜ。亜紗の感情を読み取って文字にするもの。おかげで隠し事が出来ないとか言っていたっけ」


そう言って悠聖は笑った。だが、アル・アジフだけがそのことを聞いて背中に汗を流している。


アル・アジフはそれを作ったのが時雨や慧海など魔術器に詳しい面々だと思っていた。だけど、実際は全く違っている。あのタイプは軍事面では実用化されているが、それは完全なトップシークレットで子供に理解できる式ではない。だけど、それを作り出した。いや、軍用のものより高性能なものを。


周が本当に天才なのは戦闘ではなく機械工学ではないかと思いながら。


次は囚われの姫である都のことです。

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