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新たな未来を求めて  作者: イーヴァルディ
第一章 狭間の鬼
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第八十三話 由姫の決意

決戦前日です。

周が意識を失ってから1日が経った。


周の怪我はあまり酷くなく、魔力もほとんど残っているらしい。でも、激しく衝撃を受けたからか未だに意識が戻らない。医師の話によれば今日か明日には意識が戻る可能性が高いらしい。


「お姉ちゃん」


由姫は駐在所の事務机に座りながら資料を作成している音姫に話しかけた。


「お兄ちゃん、帰ってくるよね」


由姫が考えているのは4年ほど前のことだ。周が同じように任務中に意識を失った。状況としては似ているが、それが日本ではなく中東だったことから由姫は帰って来るまで心配で不眠症になったことがある。


音姫は小さく首を横に振った。


「戻って来たとしても間に合わないよ。任務には」


「作戦、決まったの?」


あれから住民の避難が無事に終わり、音姫と孝治がアル・アジフとこれからの作戦について話があった。


音姫は小さく頷いて書類をまとめる。


「弟くんみたいに上手い作戦は決まらなかったけど、方針は決まったよ。援軍を要請する」


「それは」


「わかってる。でも、住民が全員避難所にいる状況だから取れる案なの。住民を守ることは『ES』に任して、私達は貴族派の儀式場を攻める」


「お兄ちゃんは待たないの? お兄ちゃんなら」


「多分、儀式は明日の夜行われる。結果がどうであれ、助けなければ都ちゃんが死ぬ可能性が高い。だったら、それより先に助ける。ただそれだけ」


由姫にはわかっていた。音姫ですら余裕がないことに。孝治や光はずっと偵察に行っているし、浩平とリースは『ES』で動いている。亜紗と悠聖はそれぞれ周と七葉の見舞い。


誰もが切羽詰まっている。多分、余裕が一番あるのは由姫だろう。


「最悪の場合、仲間を切り捨てるかもしれない」


「どういうこと?」


「鬼と対抗出来るのは私か孝治くん。だから、私達は確実に儀式場に到達する必要がある。もし、敵の数が多いなら、誰かを残す」


つまり、出来る限り敵を引きつける役目になる。この役目は死ぬ可能性がかなり高い。例え、それが天才であったとしても。


その言葉を聞いて由姫は口を開いていた。


「誰かを犠牲にして世界を救えたとしても、それは世界を救えたことにはならない。世界を救うということは、自分も仲間も知り合いも誰もかも救うこと」


それは周の信念。犠牲は認めない。誰も犠牲にさせないという周の意志。今ならその気持ちが由姫にはわかる。


「そんな勝ち方をしても勝ったとは言わない。都さんを救うなら、みんなで戻らないと。じゃないと、都さんが悲しむ」


「だったら」


由姫は初めて見ていた。音姫が泣いている姿を。


「だったら、どうしたらいいのよ! 私は弟くんみたいに上手く指揮が出来ない。戦うことしか出来ない。でも、どうやったら助けられるのよ! 理想ばかり夢見ても、弟くんみたいな実力が無ければ何も出来ない! 由姫ちゃんはそれがわかってない! 私だって、そんな作戦は取りたくない。仲間を見捨てたくない。だけど、ここで儀式を止めなかったら世界が危険にさらされる! だったら、私が悪役になればいいだけなの!」


そして、ここまで取り乱している姿は初めてだった。精神が不安定になっている証拠だ。確かに、今回の任務は音姫の負担がかなり大きい。周が抜けたことでさらに大きくなった。だから、音姫もかなり疲れている。不安定になるほど疲れている。


由姫は小さく頷いた。


「わかった。私が、その役になる」


「由姫、ちゃん?」


「お姉ちゃんがそんなに苦しむのは私が頼りないからだよね。私はこれでも愛佳師匠からの直伝だから。お兄ちゃんやお姉ちゃんにはまだまだ勝てないけど、八陣八叉流は対人戦よりも魔物と戦う方が強いんだよ」


由姫は聞いたことがある。八陣八叉流の始まりを。


八陣八叉流を作り出したのは里宮家ではあるが、里宮家は元々八陣流だけだったらしい。だけど、八叉流も極めた里宮家の人物が新しく八陣八叉流を作り出した。


今では八陣八叉流は武術の中で最強と言われているが、八陣流の時点で武術の中で最強と言われていただけだ。八叉流は異形と戦うために特化した攻撃武術。相手の攻撃ごと攻撃で叩き潰す力業。


「もし、そういう状況になったら、私を見捨てて。私はすぐに追いついてみせるから」


「駄目だよ。由姫ちゃんが死んじゃう。由姫ちゃんが死んだら弟くんはどうするつもり?」


「死なないよ」


由姫は断言する。そして、拳を握りしめた。


「私はね、ずっとお兄ちゃんとお姉ちゃんが羨ましかった。強くてかっこよくて、世界から天才と言われる二人が大好きだった。そして、二人の隣に近づきたいと思った。だから、愛佳師匠にお願いしたの。私を強くしてくださいって。するとね、愛佳師匠はこう返したの。強くなることは手段の一つじゃないって」


由姫はそれまで強くならなければ隣に立てないと思っていた。大好きな周の隣にいられないと思っていた。でも、愛佳の言葉で由姫は考え直す時間が出来た。


「私は、家族を守りたい。お兄ちゃんやお姉ちゃんの隣に立って戦うんじゃなくて、お兄ちゃんやお姉ちゃんを守りたい。家でも、戦場でも。だから、守らせて。お姉ちゃんを」


「辛いよ。その役目は本当に辛いよ。死ぬかもしれない。私や弟くんと会えなくなるかもしれない。それでもいいの?」


「大丈夫だよ。ヒーローは遅れてやってくるから」


そう言って由姫はにっこり笑った。そのヒーローが誰を指しているかはわかる。


「そっか。由姫ちゃんは私の知らない間にこんなにも強くなっていたんだ。だったら、私も頑張らないとね。由姫ちゃんを一人にしないように」


「大丈夫だよ。私達三人が集まれば最強なんだから」


その言葉に音姫が笑った時、駐在所のドアが開く音がした。そこに向かって二人が振り返ると、そこには愛佳と金髪の青年がいた。


由姫はすぐに駆け寄る。


「師匠、何か用事ですか?」


「はい。私達の守る場所を伝えに。私達は今から孤立している老人の皆さんの救出を開始します。それから避難所を守る予定です。それと」


愛佳が由姫にかけていたペンダントを渡した。由姫はそれを受け取って目を見開く。


「本当なら違反ですが、由姫に預けます。私の神剣を」


「『清浄』をですか?」


由姫はペンダントを握りしめた。そして、呼び出す。


由姫の右腕には籠手に近いナックルが身につけられていた。ただし、甲についているデバイスから奇妙な青い光が右腕全体を覆っている。


「私は手を出しません。相手がどんな手札を持っているか分からない以上、市民の皆さんを守ります。だから、使ってください」


清浄の力は由姫はよく知っている。50年ほど前にも愛佳が使っていた神剣だ。その力は歴史上には残っていないが山を砕く力まである。実際に湖を割ったのを由姫は見ていた。


「ありがとうございます」


由姫は清浄をペンダントに戻して頭を深々と下げた。これがあれば由姫はさらに戦える。


「由姫、案件はもう一つありますよ」


そう言うと愛佳は横にズレた。


愛佳に隠れて見えなかったが、金髪の青年は箱を抱えている。


「お届けもんッスよ。啓ちゃん、白百合啓二からのお届けもんッス」


「お爺ちゃんから?」


由姫は箱を受け取って開けてみた。そこにあるのはナックルだ。ただし、清浄のような形とは違ってメリケンサックと言うべきか。特徴をつけるなら、赤色のデバイスがついている。


由姫は中に入っていた手紙を開いた。


「由姫へ。『GF』移動課第一部隊第76移動隊に入隊おめでとう。愛佳師匠から話は聞いているから由姫がどれだけ強いかは知っている。だから、入隊祝いでこれを贈ろう。蔵の倉庫を掃除していたら見つけたものだから誰のものか分からないけど、使ってくれ。白百合啓二より。お爺ちゃん、どういうものか理解して贈って欲しかったな」


由姫は笑いながらナックルを取り出してはめてみた。ちょうど左手用だったので右手に清浄、左手にもらったナックルを身につけて見る。


由姫は小さく頷いた。


「私なんかにはもったいないかも」


「私はいいと思うよ。愛佳さん、刹那さん、ありがとうございます」


音姫が二人に頭を下げる。由姫は音姫の言葉に首を傾げていた。


「お姉ちゃん、刹那さんって」


「俺のことッスね。初めまして。魔界魔王派魔界五将軍『雷帝』の刹那ッス。周とは親友をやってるッスよ」


魔界五将軍『雷帝』という言葉に耳を疑っていた。


「刹那さんは時雨さんの弟子なんだよ。弟くんとは親友で私も何回か話したことがあるの」


「そうじゃなくて、魔界五将軍が3人も?」


魔界に5人しかいない将軍が3人もいるのは明らかにおかしい。それほど狭間の鬼が重要視されているということだろう。


「ギルガメシュの親分は身内の争いに巻き込んだからって言ってたッスよ。俺からすればエレインもクラリーネも可愛いので戦いたくないんッスけど」


「ちょっとは戦ってくださいね」


愛佳がにっこり笑って言う。その笑みに刹那は微かに引いた。


「わ、わかっているッスよ。親分に怒られたくないッスから。後、リリーナ嬢にも」


由姫は頭を下げた。


「本当にありがとうございます」


「由姫、あなたは実戦経験を積めばはるかに強くなれます。その強さはあなたが求めているものではわかりませんが、戦いの中で見つかるものもあります。昔の私のように」


「はい」


由姫は頭を上げた。そして、両手を握りしめる。


「よろしくね、二人共」


次は亜紗の決意です。

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