第三百七話 究極改造論
そこに踏み入れた僕は思わず足を止めてしまった。そして、思わず固まってしまう。
リース達からあの事を聞いた僕は考え事をしながらここまでやってきた。誰にもそうだんするわけにはいかない内容だけに深く考えてしまう。
だけど、その場に踏み入れた僕は全ての内容を忘れてしまうほど凄まじい光景が繰り広げられていた。
「何、これ」
「悠人か。驚いているようじゃな」
その声に振り向くと、アル・アジフさんが魔術書アル・アジフに座って宙を浮いたままこちらに向かってくる。アル・アジフさんの体格から考えてちょうどの座り心地なんだろうな。
そこはフュリアスの格納庫。その中にはイグジストアストラル、ベイオウルフ、オルタナティブ試作一号機、ストライクバースト、そして、悠遠の姿がある。
「アル・アジフさん。どういうこと?」
「言ったはずじゃ。悠遠じゃ未だに未完成じゃと」
「いや、そうだけど」
確かに聞いている。本来の性能を引き出すためにはもっと改造が必要だってことも。
だからと言って、
「なんでフレーム部分まで分解されているの?」
アル・アジフさんが視線をそらした。
「構造的欠陥が見つかったからの」
と他人事のように言った。
「いやいやいや! アル・アジフさん、かなりヤバい展開だよね!? 間に合うの?」
「無理」
「即答された!?」
間に合わないとかかなり危ないんですけど。
「そもそも、悠遠を基本的なエクスカリバーのシステムとダークエルフのシステムを積み込むことに無理があったのじゃよ。まさに二兎を追うものは一兎も得ずと言うことじゃ」
「何上手いこと言って紛らわせようとするの!? かなりの非常事態だよね!?」
悠遠の力は未完成であってもイグジストアストラル、ベイオウルフ、ストライクバーストをはるかに超える能力を持っている。それこそ、あのアレキサンダーすら圧倒するほどに。
アレキサンダーが永久に進化する未完全の機体だとしたら、本来の悠遠は最初から完全な機体。アレキサンダーが最終的に到達するはずの場所。
「じゃが、これは必要なのじゃよ」
「必要?」
「悠遠のシステムは優奈、悠遠の前パイロットの操作技能を参照して作られている。じゃが、それでは悠人には追いつかない」
「機体性能の問題じゃなくてOSの問題?」
「早い話はそうじゃの。優奈はそれほど上手いというわけではない。今のレベルで見ればむしと下手な方じゃ。じゃが、その種族としての特性がこの機体と最高に相性が良かった」
「そっか」
真柴優奈。
アル・アジフさんの話が本当ならアル・アジフさんが生まれた時代にいたとある少年に恋していた少女。その最後を僕は知っている。正確には受け継いでいる。
全てを犠牲にしてまでも世界を救おうとしたその気高き心を。
「根幹から見直すのじゃ。なあに、基本的な装甲は変わらぬよ。変わるのはコスモドライブをエターナルドライブに変更するだけじゃからな」
「確か、コスモドライブの攻撃型」
「エリシアが言ったことは正しいの。じゃが、今回は違う。コスモドライブとエターナルドライブを融合したハイブリットタイプ。優奈が扱えぬとわかり搭載を断念せざるおえなかった本来のエターナルドライブじゃ」
「ハイブリットってことは混合型?」
「簡単に言えばそうじゃな。ただ、これはそなたの命を確実に蝕む諸刃の剣」
その言葉に僕は絶句してアル・アジフさんの顔を見てしまう。
「エターナルドライブは全ての魔力粒子を解放する。『悠遠の翼』に貯蓄していた全てのエネルギーを放出して全身に纏い、翼とし、あらゆる方向から粒子を放出して体全てをブースターとして加速する。あらゆる方向へ向かえるようにの」
「それが出来るようになるの?」
「それでは消費が激しいからの。本来機体外に放出されるはずだった粒子を装甲内で循環させて必要な量だけを全身のスラスターから放出させる」
「ちょっと待った。装甲内ってことは」
「リアクティブアーマーじゃな」
ダークエルフの代名詞とも言うべき追加装甲。受けるエネルギーを相殺するエネルギーを瞬時に放出してあらゆる攻撃を無効化出来る装甲。ただし、かなりの質量を誇るため機動性は著しく落ちる。出力は上がるので対処の方法はいろいろとあるが、僕以外使いこなせなかった究極の追加装甲。
それを悠遠はデフォルトで持っているということ?
「そのため、メイン及び、サブブースターは排除した。全ての機動力をエターナルドライブのみで支える」
「だから、僕の命を蝕む」
「理論上はこれが最高の機動性を誇る。じゃが、そなたはまだ未成熟の体。その体に受ける戦闘の影響力は我も想像つかん」
ブースターを装備しないほどの出力をスラスターからのみで作り出すなら瞬間的な加速力は桁違いだろう。それこそ、180度真逆に瞬間的に移動することが可能なはずだ。だけど、もしそれをすれば全ての慣性の力が僕に振りかかる。
『悠遠の翼』という絶対的なエネルギー機関を七つ搭載することでエネルギー切れを心配することなく最初から最後までその機動が可能ならそれは無敵の強さを誇るだろう。
「本来ならこういうことはしたくはない。じゃが、最悪のことを考えるとそうしなければならないのじゃ。悠人、そなたは我のことを酷い母親と思うか?」
「ううん」
僕の即答にアル・アジフさんが固まる。
「思わないよ。これなら、勝てる。確実に」
本音だった。アレキサンダーがいくら進化する機体でもすでに完成しきった機体である悠遠の最高機動状態。それにアレキサンダーが到達することはありえない。
「次は負けられない。だから、僕は使うよ。アル・アジフさんが託してくれた、魔科学時代の遺産の全てを」
「そなたは馬鹿じゃの」
そう言いながらアル・アジフさんは笑う。笑い、そして、小さく涙をこぼす。
「なら、そなたも手伝え。そなただけの機体を作るのじゃ。そなただけの装備を用意するのじゃよ」
「それなら僕にアイデアがあるんだ」
「ふっ。向こうで聞こうかの」
おそらく、悠遠が僕の考えているものならこの三つの装備を使用できるはずだ。一つはありふれたものだけど一つは普通は装備されないもの。そして、残る一つは完成出来るかわからないアイデアのみのもの。
この三つを装備出来れば悠遠に足りなかったものが揃う。
「アル・アジフさん。僕は死なないよ」
「何を」
「アル・アジフさんは心配しているんだよね。僕を」
「当り前じゃ。そなたは我が子じゃからな」
「だから、死なない」
ううん。死ねない。死ぬわけにはいかない。
「だから、間に合わせよう。全てを、僕の最強の機体を」
悠人が格納庫の中に入り、姿が見えなくなったのを確認した鈴はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。隣にいたリリーナはそれを助け起こさない。正確には助け起こせない。
「悠人、頷いたね」
「うん」
リリーナは拳を握りしめて小さく呟き、鈴は小さく頷いた。
二人は少し前にアル・アジフから全てを聞いていた。新たに組み上げられる悠遠の危険性の全てを。だから、隠れて見守っていたのだ。悠人が断るように。だけど、
「悠人は、死ぬつもりじゃないよね?」
「そうじゃない、と思いたいよ。でも、私にはわからない。今の悠人の心が。今の悠人は自分が死んででもクロラッハを倒そうとしているような」
「私達は、どうしたらいいのかな」
空を見上げながらリリーナは小さく呟く。だが、それに答える声はどこにも無く、ただ、その場だけに響き渡るだけだった。