第三百六話 周からの連絡
「そうだ、リース」
人通りの多い通りを通りながら隣を歩くリースに僕は語りかける。リースは浩平さんの腕に抱きついたまま顔だけこちらを向けてきた。
「少し疑問に思ったんだけどいいかな?」
「何?」
「二人はいつ結婚するの?」
「と、唐突だな」
何故かリースじゃなくて浩平さんが答える。何故か冷や汗を垂らしながら。
何だろう、こういう時ってすごく嫌な予感がするんだけど。いや、嫌な予感というよりめでたい話題ではありそうなんだけど時期が時期だけに嫌な予感しかしない。
「ごめん。聞いた僕が悪かった」
「音界の騒動が落ちついたら結婚式開く予定」
「って断っているじゃないかって、開く予定?」
僕は浩平さんの顔を見た。浩平さんは全力で目を逸らしている。冷や汗というよりもう顔が真っ赤だ。
ああ、そういうことか。
「じゃあ、葬式の準備をしておけば」
「ちょっと待て、悠人。今、何を想像した!?」
「浩平さんがプロポーズ(死亡フラグ)をしたんだよね」
「うん」
リースさんが嬉しそうに頷く。いや、リースは死亡フラグに頷いちゃダメでしょ。
「いくらバックドロップをしてもゾンビのように這い上がってきてプロポーズしてくれた」
「それは、なんというか、想像したくないね」
浩平さんは恥ずかしそうにあっちを向いている。その姿に僕は思わずクスッと笑ってしまう。
多分、死亡フラグとか一切考えなくてリースのことが大好きだからプロポーズしたんだろうね。浩平さんらしいというかなんというか。
「俺だってな、いろいろと考えているんだ。それに、この時期を逃したらいつ出来るかわからないしな」
「どういうこと?」
「浩平」
「大丈夫だろ。悠人だって仲間だ。これだけは知らせておく必要があるさ。まあ、今頃第76移動隊のメンバーの大半は一ヶ所に集まっているだろうけど。俺達は先に聞いて抜けだしてきたが」
「話がわからないんだけど」
浩平さんは周囲を見渡した。何かを警戒するように。
「いないな。悠人、一度しか言わないからよく聞けよ」
「うん」
「さっき、周から連絡があったんだが、音界での騒動を終えたらおそらくなんだが」
そして、浩平さんからの言葉はあまりにも衝撃的だった。
「第76移動隊が『GF』から離脱する可能性が高い」
「孝治!」
オレは勢いよくドアを開けながら孝治の名前を呼んだ。そこには少し困ったような表情の光、楓の二人。そして、険しい表情の孝治の姿があった。
「周から連絡があったって本当か? しかも、秘匿回線の暗号通信で」
「ああ。信じがたいことにな」
秘匿回線は盗聴の危険性がほぼ無い。だから、暗号通信で行う必要性は一切ない。だが、あの周が秘匿回線でありながらオレ達にしかわからない暗号通信で連絡を取ってきたということは通信自体が盗聴されているか周自身が監視下に置かれているか。
おそらく、ここまでするということはどちらもだろう。
「内容は?」
「後一人、冬華はどこだ?」
「あいつは今黒猫の尋問に参加している。次期黒猫として様々な情報を仕入れておきたいんだろうな」
「そうか。なら、ここにいる八人だな」
孝治の言葉と共にオレの背後にいた優月とアルネウラの二人が入ってくる。部屋の中を見渡せば部屋の隅っこで話していたリリィと七葉が軽くこちらに向かって手を上げていた。
全員で八人。だけど、おかしい。普通なら音姫さんも参加するはずだ。
音姫さんは第76移動隊副隊長。いくらギルバートさんといるからと言ってもその立場は無視できない。それなのに孝治はわざと外した。ということは、
「ギルバートさんには伝えられないということか?」
「理解が速くて助かる。周からの連絡は簡単だ。『異常は無し。そちらの情報を吟味したが、こちらは手掛かりは無し。第76移動隊は『GF』内での立場は問題無し。音界の騒動は落ちついても現地にいて音界の手助けをすること。こちらは心配無し。手助けは無用』だろうだ」
「まじかよ」
孝治からの伝言を聞いたオレは完全に絶句してしまった。オレ達、いや、オレ、周、孝治、浩平、音姫さんの五人だけしか知らない暗号通信のやり方だ。孝治はすでにここにいるメンバーには内容を言っているのだろう。
疑問が浮かんでいるのは優月とアルネウラの二人だけ。
『悠聖、どゆこと?』
『何も問題がない、ということじゃないの?』
普通に聞いたらそうなるだろう。内容を簡単に伝えてきたと言えば納得する人も多い。だけど、よくよく考えると不自然な点が多すぎる。
「これはオレ達の間だけで決めた気づかれにくい暗号なんだ。確固たる決めてがあるわけじゃないからどれだけ内容を頭の中で反芻出来るかで決まるんだけど、優月、アルネウラ。周が『GF』内での立場は問題無しって言うと思うか?」
『言わないと思うよ』
『確かにそれを聞くとおかしいね』
そう。おかしい。あの周がそういうことを入れてくるということは、
「意味を全て反転させて考えるんだ。『異常あり。手掛かりはあり。立場は問題あり。騒動が終われば人界に戻ること。心配事あり。手助け必要、なんだが」
「あの周がここまで手助けを必要とする時点で大きなことが起きたと思っていいだろう。だが」
「普通ならありえないよな。楓はどう思うん?」
「私もそうだと思う。周君がこんな文章を秘匿通信で送ってくるわけがない。だけど、余計におかしいと思う」
楓のその言葉に全員の視線が楓に集中する。
「その内容が正しいとしたら周君達を見張っているのは『GF』。『GF』なら周君が情報戦にめっぽう強いのはわかっているはず。なんたって周君の手元には世界最高のデバイスであるレヴァンティンがあるから。だから、こんなおかしさのある内容はカモフラージュだと思う」
「とはいっても、真の内容は楓も気づいてないんやろ? 多分、孝治も同じ見解やで。問題はそこから」
「やっぱり彼氏のことは彼女がよくわかっているね」
「ちゃ、茶化さんといて。うちは恥ずかしいからそういうのは嫌いなんだけど」
「天界では地獄の具現者と言われる怪物光がこんな恥ずかしそうな表情をするなんて」
「なんか言った? 次期天王さん?」
光が般若の表情でレーヴァテインを構える。頼むから室内で武器を展開しないでください。
「多分、周兄を知っている人ならみんな同じことを思うよ。あまりに自然的すぎて不自然だしね」
『こういう時の周って本当にわかりにくいことをしでかすんだよね』
『予想外すぎて想像がつかないよね』
「悠聖。お前はどう見る?」
孝治の言葉にオレは少しだけ考える。そして、小さく頷いた。
「多分、多分だが、どちらも周の言いたいことなんじゃないか?」
「どちらも?」
「第76移動隊隊長としてはこちらには以上はないから音界のことを集中して欲しいという意味を込めた表の意味。そして、周個人としては音界を無視してでも手助けして欲しいというサイン」
周がもし監視されているとするなら秘匿通信で送ってくるのは当たり前だ。それをして当然というべきだろう。だけど、秘匿通信でも傍受される可能性は0ではない。それを考えて暗号通信にするのは当り前だ。当り前なんだが周の立場としてははっきりと言えないのだろう。
だからこそ、おかしな文章で送ってきた。どちらとしても取れるように。
「悠聖。今の状況を無視してでも助けて欲しい状況ってあるの? もしそうなら、あなたのところの隊長、海道周はそんな軽率な判断を」
「いや、次期天王ルーリィエ。可能性はある。軽率ではなく、俺が思うような状況なら音界のことが些細だと思えるようなものがな」
「世界の滅び、だね」
呆れたように息をつく七葉。確かに、それに関する状況なら音界の勢力争いなんて些細なことだろう。音界の人からすれば怒られるかもしれないが、世界が滅ぶことと同時には見られない。
「周兄ならそんな判断をしてもおかしくないよ。今の第76移動隊には悠兄に私という二人の神、アカシックレコードを組み込んだ運命を持つ孝治さん。音姉にアル・アジフさんや浩平さん、リースさんのカップル。そして、周兄が信頼している光さんに楓さん。話がそれならここにいるべきじゃないよ」
「やけど、うちらがメリル達を手伝わないと十中八九負けるで。いくら悠人が戻ってきたとしても敵の予想数はこちらよりも多いねんで」
「それだけの問題じゃないだろうな。相手にはまだ、鬼がいる」
「それだけで部隊を全滅させられるかもね」
『冗談じゃないってのが鬼の怖さなんだよね』
『アルネウラ。そんな気楽に言わなくても』
『だけど、現実ははっきりさせた方がいいと思うな。私は音界に残る方に賛成だからね』
『私達が勝手に言うことじゃないけど、私も賛成かな』
アルネウラと優月の二人がオレを見てくる。オレは小さく息を吐いて頷いた。
「それはオレもだ。こんな状況の音界を見捨てるなんてオレには出来ない」
「私はそもそも次期天王だから天界の住人がいるこの地を救わないわけにはいかないわよ」
「本当は悠兄とついて行きたいだけだよね?」
「う、うるさいわよ!」
顔を真っ赤にしたリリィが怒鳴るがちらっとこちらを見るくらいに意識している。オレはそういうリリィが可愛いから頬笑み返す。
七葉はオレの意見に異論はないのかそれ以上は何も言わない。こういうところではよくわかっているというか、静かについてきてサポートして美味しいところを持って行くのが七葉だからな。
「俺もここに残るつもりだ。少し気になっているところがあってな。個人的な趣味だが」
「あー、はいはい。どうせ変なことやろ。うちも残ることには賛成。楓はどうする?」
「さすがにこの状況で私一人帰れないよね。でも、戦いが終わったら全速力で人界に戻るよ。私一人で」
楓は飛行速度だけなら第76移動隊でも上位に入る。それに、楓の戦闘能力なら並みの敵が相手では瞬殺するだろう。そもそも、オレと孝治は戦いが終わってもすぐには帰れないし。
「方針は決まったな。全員、この内容はここ以外で漏らさないように。わかったか? 天井にいるラウ」
その言葉にオレ達は驚いて天井を見上げた瞬間、孝治が動いた。
素早く光と楓の陰に沈み込んだと思ったらその腕の中にラウを抱えても戻ってくる。
相変わらずの手の速さだ。
「あらら。いつから僕のことに気づいていたのかな?」
「最初からだ。大方、冬華から命令されたんだろう」
「ご明察。そもそも、僕はこういう仕事は向いていないのに」
「この話は黙っておけ。いいな?」
「別にいいよ。冬華には彼から直接話すなら」
「当り前だろう」
というか、この中で冬華だけを除け者に出来ない。作戦上の理由とかじゃないくて、人間関係的な事で。
「なら、僕は何もなかったって報告するだけ」
孝治がラウを下した。そして、部屋の中にいる全員を見渡して小さく頷く。
「オレ達第76移動隊及び次期天王がやることは変わらない。だから、音界を救いさっさと事後処理を終わらせて周を助けに行く。やることはそれだけだ」