第三百三話 親と子
地面を蹴り一気に駆けだす冬華。その姿を見た黒猫は小さく笑みを浮かべて雪月花を構えた。
「生半可な武器では雪月花に砕かれるだけじゃぞ!」
「生半可な武器じゃない」
そして、距離を一気に詰めてその手にある刀、光輝を雪月花にぶつける。
「これは音姫の魂そのものだから!」
「光輝だと。味な真似を!」
音姫から借り受けた光輝。本来なら神剣は他人では使えない。神剣が選ばなければ持ち主として満足には使えないという性質がある。
だが、光輝の力は使えなくてもその切れ味や耐久値は並みの刀を遥かに上回る。それに、光輝は雪月花と同じ刀。だからこそ、冬華は音姫から借り受けたのだ。
激しくぶつかり合う光輝と雪月花。鍔迫り合いにはならずお互いがお互いの攻撃を弾き続けるぶつかり合いが繰り広げられる。
「儂は剣技だけではないぞ!」
一瞬だけ後ろに下がった黒猫が懐からナイフを冬華に向かって投擲する。そのナイフは黒猫の力によって無数に分裂し異なる軌道を描いて冬華を狙う。
「そんな弾幕、光の弾幕と比べたら弱いわよ!」
冬華は一歩前に踏み込んだ。そして、迫りくるナイフ全てを視界に入れる。
速度、距離、方向。その全てを一瞬にして把握し、当たらないものと当たるものを区別する。その中から当たってはいけないもの当たっても大したダメージにならないものを一瞬で判別し地面をかける。
最小限の動きと最大限の振りで最大の効果を発揮できるように冬華は光輝を走らせた。
体中をナイフが軽く裂いていくが大したダメージにならず冬華はナイフの雨を通り抜けて黒猫へとかける。
「これで」
「甘い!」
黒猫の言葉と共に冬華は大きく横に飛んだ。それと同時に背後からナイフが冬華のいた位置に突き刺さる。
「それで儂の攻撃を凌げたと思ったのかの?」
「やっぱり、一筋縄じゃいかないか」
「大人しくしておれ。お前だけは殺すつもりはないのでな」
「そういうわけにはいかないわよ。あなたは私が倒す。そう決めているから」
冬華は周囲に視線を走らせた。周囲には黒猫が宙に浮かばせたナイフの数々。それが一斉に全方位から襲いかかられたなら今の冬華ではどうしようもないだろう。
だから、冬華は小さく息を吐いた。
「お願い、光輝。少しだけ、少しだけでいい。私に、私にあなたの力を少しだけ貸して。私の大切な、大切な友人を助けるために」
「仕方ないの。ならば、死ね」
「ドライブスタート!」
体内の魔力を限界まで高める。最大限まで高めた魔力を全身にいきわたらせ身体強化魔術を発動させる。五感を敏感にさせ体の駆動を最高の効率まで高める。でも、足りない。今の冬華では足りない。
「オーバードライブ!」
だから、冬華は、限界を超える。
一歩は一瞬。だけどその距離は雷光のごとく広く速い。
「その光は!」
ナイフの雨を一瞬でくぐり抜けて冬華は光輝を黒猫に向かって振り抜かせた。光輝く光輝を。
「せいやっ!」
「くっ」
今まで以上にはるかに強化した冬華の速度に黒猫は微かに笑みを浮かべる。そして、さらに黒猫が加速する。最大限まで加速し、光輝の力を借りる冬華と同じくらいの速度で動く。
その姿を見た冬華は一瞬だけ額に汗が流れるがそれを動きの中で振り払い光輝を振り抜く。
光輝が雪月花とぶつかり合い火花を散らす。
「儂もまだまだ負けておらぬな」
「黒猫。あんた何歳よ! いい加減衰えてもいいんじゃないの!?」
「儂はまだまだ現役よ。お前達みたいな若造にはまだまだ負けん」
「とっととくたばりなさいよ!」
下から上へ、上から下へ。回転しながら横払い。最速の動作で最速の行動へ最速の動きで繋げて怒涛の連続攻撃を黒猫に叩きこむ冬華。だが、黒猫はその動きを最善の動きで全て受け流していた。だが、攻撃は出来ない。
今の冬華は白百合流に近い動きで攻め続けているからだ。今、黒猫が手を出せばカウンターの一撃で冬華に一刀の下、斬り伏せられるだろう。だからこそ、ひたすらに受け流している。
「まだ、まだよ。私はまだ、まだ加速できる!」
「まだ速度を上げるか!?」
はたから見れば冬華の動きはがむしゃらに光輝を振りまわしているように見えるだろう。だが、その全ては今の冬華の速度にあった最善の動き。速度を殺すことなくひたすらに斬り続ける動き。
がむしゃらに振りまわしていたならすでに黒猫は斬り伏せている。だが、それが出来ないほど速く鋭く重い攻撃を繰り出していた。
弾くことが出来ずただ受け止めるだけ。だが、そんな黒猫は笑っていた。
「何で、笑っているのよ」
「嬉しいから、と言ったら?」
冬華が黒猫から距離を取った。黒猫も冬華から距離を取る。
「昔のお前は強くあろうとしていた。一人だけの強さを求めていた。我流で最強を目指していた」
「仕方ないじゃない。黒猫の剣技はどっちかというと暗殺者向けなんだから」
「それが今となっては様々な剣技を取り入れここまでになるとは。親としては嬉しいものじゃ」
「親として?」
「儂はの、自分の目的のためにお前達を拾った。それは何も間違ってはおらぬし儂は否定もせぬ。じゃが、そんな下心を抜きにして身寄りのない者達を救いたかったとも思っていたのじゃよ」
「それはわかるわよ」
冬華は思い出していた。昔の黒猫を。
確かに昔から黒猫は不気味な存在だった。でも、黒猫の子供達は全員身寄りのない者達ばかり。それを救ったのは黒猫だった。
今では黒猫子猫と恐れられているけど、それは黒猫が鍛えたのではなく、冬華と同じように自分の意思で強くなったもの達ばかり。
「あなたは私達に希望をくれた。まあ、私は悠聖と出会っていたからそこまでの希望じゃなかったけど、ミルラやラウはまさにそうよ。生きる希望をあなたは与えた」
「あくまでついでじゃよ。儂の目的のためには必要でもあったからの。でも、儂はそれだけのためにお前達を救ったわけではない」
「うん。黒猫子猫に関わらなかった子もいるわね。一般社会に出て彼氏が出来て幸せに暮らしている子もいる。いつもそうだ。あなたのやっていることはどこかおかしいのよ。あなたは子供達を救いたいの? それとも、子供達を利用したいの?」
「どちらもじゃよ。さあ、休憩は出来たか? 儂の最後の戦いを再開しようではないか」
例え黒猫が冬華を倒せたとしても待っているのは孝治やアル・アジフ達第76移動隊の主力と言ってもいいメンバー。さらにはイグジストアストラルやベイオウルフといったフュリアスに竜化状態の黒猫を一瞬で両断した悠遠までいる。
誰がどう見ても黒猫はここで捕まるだろう。だからこそ、黒猫は楽しそうに笑みを浮かべる。
「お前がどれほど強くなったのか、見せてもらうぞ」
「そっか」
そして、冬華は気付いてしまった。
黒猫の本当の目的を。今まで何のために黒猫が動いていたのかを。
だから、冬華は心の中で光輝に謝りながら光輝を横に投げる。
「何を?」
「勘違いしていた。黒猫を倒すのは私。だから、音姫の力を借りちゃいけなかった。光輝には悪いけどここからは」
そして、冬華はその両手に作り出す。氷の刀を二本。
「ここからは、黒猫子猫の長峰冬華として相対する」
「ふっ、そうか」
その言葉に黒猫は楽しそうに笑みを浮かべた。そして、冬華が地面を蹴ると同時に黒猫も地面を蹴った。
その光景を見ていた孝治は運命を鞘の中に戻し、その場に膝をついた。
「待機していなくてよいのか?」
アル・アジフが自らの魔術書アル・アジフの上に座りながら浮遊しつつ孝治に尋ねる。孝治はそんなアル・アジフを見て呆れたように溜息をついた。
「お前こそ、準備しなくていいのか? この距離ならお前の方が早いぞ」
「わかっていながら尋ねるでないわ。儂は準備するつもりはない。手を出すことの出来ぬ戦いじゃからな」
冬華の持つ氷の刀は冬華の魔力によって作り出されたもの。それはフェンリルの雪月花には遠く及ばない。だから、ぶつかり合うたびに砕かれる。砕かれながらも冬華は再び氷の刀を作り出している。
「黒猫の目的もそなたは気付いたのじゃろ?」
「黒猫の目的は俺達を、冬華を成長させること」
「それ以外になにがある。あの老いぼれ、面白いことを考えおるわ」
そう笑いながらアル・アジフは二人を見つめる。
「我は積極的に関わっていくことを決めた。黒猫は子に全てを継承しようとしている。違う道を歩んでいても結局求めるものは全て同じということじゃ」
「そうだな。だからこそ、俺達は入るべきではない」
「そうじゃな。最初で最後の親子喧嘩。我らは温かい目で見守っておこうかの」
「ありがとう、ございました」
氷の刀を砕かれてなおすぐさま再生させながら冬華は言う。
「あなたと出会えて、あなたに育てられたことを」
黒猫はただ黙々と冬華が振る氷の剣を弾いて行く。普段は使わない二刀流。だが、冬華は氷魔術を最大限まで使って無理な二刀流でも実戦で使えるレベルにまで昇華させていた。
実戦のぶっつけ本番で出来るのも才能というべきだろうか。
「ありがとうございました。あなたに送り出されて、あなたに鍛えられたことを」
「お前は、昔から泣き虫じゃの」
涙を流しながら冬華は両手に持つ刀を振る。
「私は、今からあなたを超えます」
「超えれるものなら、超えてみよ」
冬華が一瞬だけバックステップを踏んだ。黒猫はそれに合わせて前に出ようとした瞬間、冬華が一瞬で前に出た。
瞬間的なバックステップからの神速の速さで前に進みながらの攻撃。人はそれを綺羅朱雀と呼ぶ。
黒猫はとっさにその対抗策として雪月花を振り抜こうとする。だが、それより速く冬華がさらに加速した。
「全ての一刀を、この一撃にかけて」
相手の隙をついた状態で最速の動きをしつつ最速の攻撃で切り抜ける冬華だけのオリジナル剣技。
「羅刹一閃」
雪月花が振り抜かれるより速く冬華が氷の刀を振り抜いていた。三つの刀は交錯することなく過ぎ去り、そして、黒猫がその場に倒れる。
「見事だ。我が子の一人、冬華よ」