第三百一話 神の刃
「ノートゥング!」
名山俊也がすかさずケツアルコアトルに向かってノートゥングを手加減無しで放つ。いや、放ったはずだった。それなのに、ノートゥングは一瞬にしてかき消される。ケツアルコアトルは何も動いていないのに。
「これはちょっと、予想外かな」
「今のは」
私は今、何が起きたかはなんとなくわかった。
名山俊也が放った大量の雷の槍。その全てがケツアルコアトルに向かう最中に自然消滅したのだ。まるで、ケツアルコアトルに吸収されたかのように。
「ルナ。今のは?」
『私達の固有能力じゃない。多分、お母さんの中にいるディアブロのせい。ケツアルコアトルの種族はその体で、正確にはその口で魔力を受け止める。でも、今のはお母さんの一定範囲の魔力を受け止めた』
「じゃあ」
ケツアルコアトルが静かに口を開いた瞬間、紫電の奔流がケツアルコアトルから放たれていた。
常人なら回避できないような速度の攻撃に対し名山俊也が軽く腕を振る。それだけで紫電の奔流はかき消えていた。
もう、どちらも完全に化け物レベルだよね?
「遠距離からの攻撃が効かないなら」
「近距離からの攻撃しかないよね」
私はアークレイリアを握りしめてケツアルコアトルを睨みつける。
ディアブロがどこについているかはわからない。だけど、絶対に助けないと。私は、殺したくない。
『リリィ。お願い。下がって』
「ルナ?」
『リリィじゃ、勝てない』
「そんなこと、やってみないと」
アークレイリアから光の刃を作り出す。レイリアソードではない。レイリアソードは威力が高い半面魔力消費が高いため疲れている今出せば確実に動けなくなる。
それに、レイリアソードでは手加減は出来ない。
「名山俊也。援護して、私が前を」
「わかった」
その言葉を聞いた私は一目散にケツアルコアトルに向かって駆けだした。それに反応するかのように鋭利な先を持つ触手が私に狙いを定める。
「クトゥグア!」
だが、それは私に向かって放たれるより先に一瞬にして燃え尽きていた。触手が燃え尽きてから突如として現れた炎がケツアルコアトルに吸収される。
どうやら、ピンポイントで魔術を発動させた場合、吸収されるまでほんの少しだけタイムラグがあるらしい。名山俊也はそこをついたみたいだ。おかげでケツアルコアトルへの道は完全に開けた。
狙うは触手が生えている場所。あそこは確実にでディアブロがいる。
「ディアブロとの接続さえ断てれば助けることだって!」
『リリィ、下!』
ルナの言葉にとっさに後ろに下がった瞬間、地面を砕きながら下から触手が迫っていた。
鋭利な先が突き刺さる前にアークレイリアで受け止めながらその衝撃を利用して後ろに下がる。だけど、触手は止まることなく私を目指している。
「ルーリィエさん!」
その言葉と共に触手が焼き払われた。だが、やはりまた炎がケツアルコアトルに吸収される。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど、地面にも隠れているなんて」
「地面に隠れられていたら僕の力でも援護しきれない」
「大丈夫。地面が駄目なら空から目指せばいいのよ!」
すかさず背中に純白の翼をはためかせながら空に飛びあがる。
私の空戦行動はまだまだ甘いけどこういう状況では地上に立って戦っているよりも空に上がって戦っている方が断然強い。それに、私は天界の住人だから。
「空は私達のフィールドなのよ! 幻影回帰!」
その手に作り出すのはアークレイリア。世界を騙し、アークレイリアをもう一本作り出す。いや、一本だけじゃ足りない。真似をするのは中村光の圧倒的な魔力を解放した武器による爆撃。あれを世界を騙して構築する。
本来無いものをあるものとして創生する。
「全力斉射。受けなさい。アークレイリアの刃を!」
数千にも及ぶ大量の作り出したアークレイリアをケツアルコアトルの周囲に向かって放つ。
ケツアルコアトルは魔力を吸収する。だからこそ、私が放つのは物質そのもの。
ケツアルコアトルが吸収できないアークレイリアがケツアルコアトルの周囲にある触手を砕き、地面に隠れる触手を呑みこむ。これで、隙は出来た。
「全速全開の私の一撃!」
翼をはためかせ、重力を味方にし推力を私の体に与え弾丸のごとき速度でケツアルコアトルに向かって加速する。そして、狙いを定めてアークレイリアを振り抜く。
「アサルトエッジ!」
アークレイリアの刃がケツアルコアトルの皮膚に当たり、そして、薄皮一枚だけを切り裂いていた。
「なっ」
今の感触に驚きながらも私はとっさに空に逃げる。空に逃げながらケツアルコアトルから離れるように距離を取る。そうすることで薄皮を切り裂いた部分から現れた触手を完全に避けた。
今の感触は、ただの感触じゃない。
『やっぱりだ。やっぱりもう、手遅れなんだ』
「ルナ、どういうこと?」
『お母さんの体はもう、ディアブロに乗っ取られている。あの体の中のほとんどはディアブロそのもの』
「えっ?」
『リリィも感じたよね。アークレイリアで切り裂いた時の感触を』
あれは生物を切り裂く感触とは違っていた。まるで、硬い何かに張り付いた皮膚を切り裂いたのと同じ感触。
『ケツアルコアトルの種族はあそこまで硬くはない。だから、薄皮一枚で終わるなんてありえない』
「じゃあ、皮膚の内側は」
『ディアブロそのものだと思う』
ルナの言葉は悲しみに彩られていた。だけど、気丈に言っている。
もう助けられないから。助けられないから殺すしかないと。
『リリィ、お願い。お母さんを、殺して』
どれほどの覚悟だろうか。実の母を殺して欲しいというのは。
ルナと契約した以上、ルナの言う事を聞くのが正しいかもしれない。だけど、
「嫌」
私は断る。
「諦めるのはまだ早い。だから、私は」
アークレイリアを構える。
諦めるのはまだ早い、ではなく、私は諦めたくない。ほんの少しの可能性を目指して私は諦めたくない。
出来るかはわからない。でも、出来ないことすらも欺けば出来るかもしれない。
「私は、救いたい!」
弾丸のようにケツアルコアトルに向かって加速する。ケツアルコアトルはすかさず私に向かって触手を放つがそれは一瞬にして名山俊也によって焼き尽くされた。
だが、焼き尽くされたはずの触手はあっという間に生えていく。
「幻影回帰!」
すかさず大量のアークレイリアを作り出して触手に向かって放ちながら一気に加速する。
「レイリアソード!」
触手を散らしながらレイリアソードを作り出す。大量の魔力消耗で視界が霞むが気合いで我慢する。
放ったアークレイリアによって蹴散らしきれなかった触手が私の体を浅く切り裂くがそんなことを気にすることなく私はレイリアソードをケツアルコアトルに突き刺した。
「ケツアルコアトル! 拒絶して! ワールドエンド!!」
対象はケツアルコアトル。ケツアルコアトルの中にある異物を出すようにケツアルコアトルに拒絶の力を与える。
ケツアルコアトルの中をディアブロがいるなら、それを拒絶させてやればあるいは。
拒絶の力によって弾かれそうになるアークレイリアを必死にケツアルコアトルに突き刺したまま必死に周囲に向かって幻影回帰によって作り出したアークレイリアを放つ。
名山俊也によって焼き尽くされない触手が私を狙ってくるから。ケツアルコアトルの中からディアブロが出るまで我慢しなければならないから。
「出ていけ、出ていけ、出ていけ! あんたの居場所はそんな場所じゃないのよ! だから、出ていけ!!」
その瞬間、ケツアルコアトルの口から黒い何かが吐き出された。そして、私の体が大きく弾き飛ばされる。
「あくっ」
受け身を取ることが出来ず背中から地面に叩きつけられながら私の体は転がる。
痛む体を堪えてゆっくり起き上がると大きく吹き飛ばされた私とケツアルコアトル。そして、真ん中にある黒い何か。おそらく、ディアブロ。
「後は、あれを倒せば」
そう思いながら立ち上がった瞬間、ちょうど前方にある地面が砕け、そこから鋭利な先を持つ触手が迫っていた。
反応出来るような距離ではなく、反応出来るような体力も残っていない。
スローモーションで迫る触手に対して私の体は全く動かない。このまま貫かれるのがわかる。
「悠聖」
そう私の口が開いた瞬間、
「『破壊の花弁』!」
触手は水晶の花弁によって受け止められていた。そして、そのまま私の体が持ち上げられて空に上がる。
「俊也、無事だな」
「はい、お師匠様」
「危ないところだったが、ギリギリセーフだ」
安心したような声に私は顔を向けた。
そこには安心したような笑みを浮かべる悠聖の姿があった。よくよく考えると、私はお姫様抱っこされている。
顔が真っ赤になるのを感じた瞬間、私の頭は撫でられていた。
「後少し、頑張れるか?」
「頑張れるけど、レイリアソードを作る気力は」
「あいつを世界から拒絶させるんだ」
「世界から? でも、そんなことは」
いや、出来る。
ワールドエンドと幻影回帰と『紡ぎ』にファントムライドの力を上乗せすれば。
「出来るだろ?」
「簡単に言わないでよ。でも、出来るとか出来ないときじゃない。やるよ」
「よし。俊也、援護を頼む」
「わかりました。クトゥグア!」
援護どころか焼き尽くしかねない一撃がディアブロに向かって放たれた。だが、焼き尽くせるのは触手だけでディアブロ本体は焼き尽くせない。
「どういうこと?」
「禁書目録図書館に載っていたんだがディアブロというのは群で一つらしいんだ」
「群で一つ」
「一つのコロニーから出るディアブロ全てが一つの存在。コロニーがこの周囲にないということは」
「あの中にディアブロがいるの?」
「推測だけどな。周がいれば答えは出しそうなものだが、俊也は焼き尽くしまくっていたんだろ?」
「うん」
私の援護のために名山俊也はクトゥグアを連続発動している。だから、ディアブロは本体を守るためにクトゥグアに耐えうるような体を身につけたのだろうか。
「耐性を身につけたか瞬時に焼き尽くされないような体にしたか。だけど、好都合だ。行くぞ、リリィ」
「うん」
私は悠聖の腕の中でアークレイリアを構えた。そして、悠聖が加速する。
クトゥグアに焼き尽くされながらも触手が私達に向かって迫る。悠聖はそれを『破壊の花弁』で防ぎながら前に進む。
使う力はワールドエンド。拒絶の力を弾くために使うのではなく幻影回帰によって世界から拒絶させるように力を別のものに反転させる。その効果を高めるために『紡ぎ』の力で範囲を拡大させる。
そして、ファントムライドの力で暴走寸前まで力を高める。
「やれ、リリィ。見せてやれ、お前の力を!」
『リリィ、お願い! 私達の思いと共に!』
「貫け!」
アークレイリアをただ前に出すだけ。その動きに合わせた悠聖がディアブロに向かって全速力で向かい、そして、アークレイリアがディアブロに突き刺さった。
「世界からいなくなれ! ワールドエンド!!」
ディアブロの体が一瞬膨れ上がったかのように思えた瞬間、あっという間に縮んでいく。そして、まるで最初からいなかったように消え去った。
あれだけ苦労したのに消えるのは一瞬。
「良かった」
私の体から力が抜ける。アークレイリアが私の手からこぼれ落ちる。
『リリィ!?』
「ルナ、静かにしてやれ。最後まで全力で戦ったんだ」
悠聖の腕の中だからか安心出来る。私はゆっくりと目を瞑った。
「お休み、リリィ。後はオレ達に任せろ」