第二百九十八話 絶対に砕けぬ栄光の輝き
それは過去の記憶。その光景はまさに地獄だった。
辺り一面焼け野原。しかも、焼け野原の中には未だに燃え盛る家や燃え続ける精霊達の姿。
『遅かったか』
その光景を見たディアボルガは怒りを込めて小さく呟いた。
見渡す範囲に生存者は見当たらない。長閑な村だったはずの場所は今や地獄絵図。
ディアボルガの力なこうなる前に守れた。それがわかっているからこそディアボルガは苦痛に満ちた表情となる。
『我は、何のために力を身につけたというのだ!?』
その質問に答える者はいない。ディアボルガ以外に誰もいないから。
『ディアボルガ。聞こえますか?』
ディアボルガの頭の中に突如として言葉が響き渡る。その声にディアボルガは小さく頷いた。
『聞いているぞ、セルファー』
この当時、ディアボルガはまだ最上級精霊ではなくセルファーが最上級精霊だった。
『奴の進行はそこを最後に止まっています。あからさまにおかしい』
『何?』
その言葉にディアボルガは耳を疑った。
この時、セルファーはこの村に近い町にいた。奴の動きから考えてそこが一番迎撃しやすいポイントだったからだ。対するディアボルガは様子見の意味も込めて前の村に向かったのだ。
もちろん、まだ無事だったなら村人を助けるつもりで。
『奴は残忍な性格です。もしかしたら』
『逃げ延びた者を殺すために動いている、か?』
『おそらく。奴はそういうのが好きですから。ディアボルガ、お願い出来ますか?』
『セルファーよ。我を誰だと思っている? お前の次に認められた精霊だぞ、我は。だからこそ、我は戦おう』
『お願いします。しかし、危険と感じたら』
『ああ』
ディアボルガは頷き、そして、力強く背中の翼をはためかせて飛び上がった。
奴は派手好きで見せびらかすように虐殺する。もし、奴が本気を出せばこんな村など跡形も無く灰に出来るのにだ。
『フェニックス。何故お前は奴を止めようとしなかった。タイクーンもイグニスも大怪我をしたのだぞ』
その言葉は友が怪我したことの恨み。だが、ディアボルガはまるで信じているかのような澄み切った表情をしていた。
『後でとことん言わなければ気が済まぬな。だが、今は』
ディアボルガは静かにその手に持つ錫杖を構えた。
ディアボルガにはティルフィングの他にこの錫杖も精霊武器として持っている。だが、これはあくまで補助的なものだ。
『どこだ。どこで戦っている?』
掲げた錫杖を動かそうとした瞬間、一番近くの森から火柱が立ち上がった。近くと言ってもそこそこの距離がある。
『あそこか!』
今のでもしかしたら誰かが死んだかもしれない。そんな最悪の想像を振り払うように首を横に振ったディアボルガは森に向かって空を駆ける。
『今、行くぞ!』
その間にも森にはいくつもの火柱が立ち上っていた。
『ちょこまかとよく逃げましたね。たった一人、しかも子供。その心意気には感激しましたよ。ですが』
全身炎に包まれた魔人とも言うべき者は目の前にいる少女を愉悦の表情で見ていた。
『私の前に出てくるとは諦めたのかな?』
『諦めてなんかない!』
少女には気丈に振る舞いながら必死に声を張り上げる。
『パパがここまで逃がしてくれた。だから、私はここでパパ達の仇を討つ!』
『勇ましいお嬢さんだ。だけど』
炎が踊る。灼熱の炎が一瞬にして少女の横を駆け抜けた。たったそれだけで本来なら少女は消し炭になっていただろう。
だが、その炎は薙ぎ払われた。空中に現れた籠手のみとも言える巨大な第三の腕に。
『これはまた、強力な能力を小娘ごときが』
『私は小娘じゃない。ルカって名前があるんだから!』
少女、ルカの背後にはさらに一本の、今度は籠手ではなく分厚いガントレットに包まれた腕が現れる。
『あなたをここで倒す!』
『勇ましい。本当に勇ましい。ですが』
ルカは反射的に後ろに下がった瞬間、ルカが立っていた場所から炎が立ち上った。それを回避するためにルカはさらにステップを取って場所を変える。
『逃げるだけでは私は倒せませんよ!』
『私に力を貸して!』
その言葉と共にルカの計四本の腕に現れる四本の剣。その全てが精霊武器。
『なんと、精霊武器が四本も』
『てやっ!』
少女が果敢に斬りかかる。だが、それはあまりにも無謀だった。
何故なら、ルカと相手を挟むように巨大な炎の塊があるからだ。それは一瞬にしてルカを消し去るような炎の塊。
『さあ! あなたの悲鳴を聞かせなさい!』
だから、ルカは奥の手を使う。
『私に力を貸して、エッケザックス!』
そして、炎の塊は不可視の刃によって切り裂かれ、相手の右腕をものの見事に切り裂いていた。
だが、炎の塊が炸裂する。その勢いにルカは吹き飛ばされ後方の木に背中から叩きつけられた。
『あくっ』
本来ならトドメを差すべきだったかもしれない。だが、少女はそれが出来ない。
恐怖を押し殺し、奥の手を隠してまで引きずり込んだこの場所まで我慢して逃げたルカの体はすでに限界だった。
だが、相手はまだ限界じゃない。
『殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、殺す!!』
右手を斬られても普通は死なない。ルカの起死回生の一撃は僅かに外れていたのだ。視界が見えない中放った一撃だったため外さない方がおかしいというべきだろうか。
ルカは必死にエッケザックスを握り締める。だが、ルカの腕はエッケザックスを振り上げることすら出来なかった。
『お前だけは永劫の痛みを与えて殺してやる。普通には殺さん。声を上げることすら許さん。たかが、辺境のゴミごときが逆らったことを後悔するがいい!!』
『動いて、私の体!』
だが、動かない。疲労と恐怖ですでに限界なのだ。もう、使う力はない。
『さあ、死ぬがよい!』
炎が放たれる。ルカはそれを睨みつけるだけで何も出来ない。
そして、炎がルカを喰らおうと唸りを上げた瞬間、シャランと錫杖が鳴り響き、炎を貫いた。
『破魔。我が精霊武器の一つレーベンウルフはあらゆる災いを祓う力がある。祓わせてもらったぞ、クシャトラ』
『貴様、ディアボルガ!!』
ルカの前に降り立ったのは黄金色の輝きを出す剣を握り締めたディアボルガだった。
『間に合ったか。よくぞ、生きていてくれた』
『あなた、は?』
ルカがディアボルガに尋ねる。ディアボルガはそれに笑みを返した。ただし、顔が少し怖いので笑みかと尋ねられれば答えるのは難しいだろう。
『我が名はディアボルガ。闇属性精霊にして精霊界最強の精霊武器を持つ者』
『ディア、ボルガ?』
『よく逃げてくれた。よく戦ってくれた。安心するがよい。そなたは今から我が守ろう。我が精霊武器ティルフィングのなにかけて』
『あの時の恩を私は返すよ』
セイバー・ルカは微笑みながらゆっくりとディアボルガに手を伸ばした。
ルカはあの時に救われた、仇を討つために最厄の精霊と呼ばれたクシャトラに挑みかかった時、ディアボルガによって救われた。
あの時はルカは未熟だった。だが、今は違う。今はディアボルガと肩を並べる精霊界の最上級精霊にして最強の剣士。
だから、ルカはディアボルガに手を伸ばす。
『私がもう動けない時にディアボルガは助けてくれたよね。あの時のディアボルガを私は好きになったの。かっこよかった。強かった。だからね、ディアボルガ』
ルカは微笑み満足には動かない体を動かしてディアボルガに近づく。
『私が今度はディアボルガを助ける。絶対に』
ルカの手がディアボルガに触れる。そして、ルカはディアボルガを引き寄せた。
『大好きです、ディアボルガ』
ルカはディアボルガに静かにキスをした。触れたのは一瞬。だが、眠れる者を起こすには十分。
『ルカ、か』
『寝坊してるよ、ディアボルガ』
『何故、ここに?』
『ディアボルガを起こしにきた』
『どうやらまだ夢のようだ。ルカが昔のようにツンケンすることなく話、ぐはっ』
ルカの拳がディアボルガの顔面に突き刺さった。ディアボルガは思わず顔を押さえる。
『夢ではないだと!?』
『私が素直になることが悪いことか!?』
ルカが今にもディアボルガを絞め殺そうというかのような剣幕でディアボルガに詰め寄った。
『ずっとずっと心配だったんだ! ディアボルガが捕まって他の同格もたくさん捕まって、アルネウラや優月が慰めてくれたってずっとずっと、寂しかった。ディアボルガがいないことが辛かった!』
『ルカ、お前は』
『もう逃がさない。どこにも行かさない! ディアボルガは私の隣にいて。ずっとずっと、私と共にいてください!』
その言葉をわからないほどディアボルガは馬鹿ではない。
『ああ、そうか。そうだったのか。ルカはツンデレだったのか』
その瞬間、ルカの拳がディアボルガに叩きつけられた。だが、ディアボルガはそれを受け止める。
『馬鹿』
今にも泣きそうな声でルカは言う。
『馬鹿』
『そうだな。我は馬鹿だ。我が愛する者を泣かせるなんてな』
ディアボルガがルカを抱き締める。
『我は誓おう。ルカを、我が愛する者を守ることを。我が身が朽ち果てるまで守ることを』
『ディアボルガ。それって』
『我と結婚してくれないか? いや、結婚前提のお付き合いをしてくれないか?』
その言葉と共にディアボルガの手に黄金色に輝く剣が現れた。
『我は誓おう。今より我が剣ティルフィングは、我が愛する妻ルカを守るためだけに振るうと』
『ディアボルガ』
『共に行こう』
ルカがティルフィングを握るディアボルガの手の上に自らの手をそっと重ねた。
『二人ならばどのような困難な道でも進める。我に、力を。ティルフィング!!』
黄金色の輝きが『破壊の花弁』を一瞬で砕いてオレに迫り来る。オレはそれを『破壊の花弁』を纏った薙刀で受け流すが『破壊の花弁』の大半が吹き飛ばされていた。
『『破壊の花弁』の継ぎ目を攻撃されている? 『破壊の花弁』が砕かれても総量は変わってないかも』
『ぐぬぬ、ディアボルガじゃないのにディアボルガ並みにティルフィングを使いこなすだなんて』
お前ら余裕だな。
オレは冷や汗をかきながら黄金色の刃を回避していく。
『破壊の花弁』が使用不可能なまでに砕かれないところを見ても黒猫はティルフィングの本質、いや、概念武器自体を完全に理解しているのだろう。からば、
黒猫がこちらとの距離を詰めながらティルフィングを振り抜く。それをオレは薙刀で受け止めた。
「ほう、儂の攻撃を受け止めるのじゃな?」
「ティルフィングの制約を逆に利用させてもらったさ。まあ、オレがティルフィングに勝つにはそうするしかないけど」
ティルフィングは二つの勝利と一つの敗北を司る力を持つ。そのため、二度の戦いでは絶対的な有利として力を震えるのだ。
「ティルフィングはすでに二度振るわれている。だから、今回のティルフィング自体は負けるべくして振るわれる力。だが、そう簡単に負けるわけがない」
「本来なら倒せるような状況になるとティルフィングは輝きを失う」
「そう。だからお前は雪月花も用意する必要があった」
三回目以降の力を使ったティルフィングの持ち主は必ず負けるわけじゃない。持ち主が一対一の戦いでティルフィング以外に武器を持たない場合、ティルフィングは負けるために力を失う。ただし、倒さない時の斬撃は二回目までの斬撃と同じ力を有する。
だが、ティルフィング以外に戦うことが出来ればどうなるだろうか。
ティルフィングで障害を打ち払い、他の力で敵にトドメを差す。ティルフィングが使える裏技的な三回目の勝利の方法だ。
オレの『破壊の花弁』はある意味オレそのもの。本来なら『破壊の花弁』自体は消し飛ばされるが今のティルフィングでそれは無理だ。
「この状況で勝てるとでも思っているのか?」
「さあな」
「何?」
「お前を倒すのはオレじゃないからな」
そう言いながら距離を取る。対する黒猫はティルフィングを構えた瞬間、ディアボルガを捕らえた精霊結晶から黄金色の光が漏れ始めた。
「バカな、ありえない。精霊結晶から出ることなど」
「精霊、舐めんなよ!」
精霊結晶が砕けたその瞬間、オレの前に現れる二人の姿。
「ったく、遅いぞ」
オレは笑みを浮かべて言葉を投げかける。
『すまない。少し野暮用が出来てしまってな。我がマスター、精霊帝よ』
黄金色に輝くティルフィングを握り締めたディアボルガと、
『ありがとう、我が主よ。これからは私達が、黒猫を倒す』
不可視にして砕けぬ刃をもつルカの二人。
もう大丈夫だ。もう、オレは負けない。
「さあ、黒猫。オレ達の力、存分に見せてやるぜ」
ここからは反撃だ。