第二百九十六話 悠久の風、刹那の雷
「トールハンマー!!」
溜めも詠唱も一切無く、ただ拳を振るう動作と共に収束した雷の砲撃は放たれていた。模写術士はすかさずダヴィンスレイフでトールハンマーを受け止める。
トールハンマーの火力はノートゥング数十発分であり、その熱量はダヴィンスレイフの一部を焼き尽くす。だが、それでは足りない。
「弱い、ですね~」
「ダヴィンスレイフは任意防御。血塗れた宝剣は自動防御。そして、エッケザックスは砕けない刀身」
「よく見てますね~。あの時みたいにトールハンマー・ノートゥングを放ちますか? このような場所で放てば首都は壊滅しますけどね~」
「問題ないよ。トールハンマー・ノートゥングを放つような強敵ではないから」
模写術士が微かに眉をひそめる。
「名山俊也。模写術士を任せるわ。私はケツアルコアトルをどうにかする」
「お願いします。僕に取り戻したいものがあるように、ルーリィエさんにも取り戻したいものがあるはずですから」
「私だけじゃないわよ」
リリィの肩に、神姫の鎧の上にルナが止まる。
「私達が取り戻したいものを取り戻すのよ」
「正気ですか~? ダヴィンスレイフに捕らえられる存在を」
「ダヴィンスレイフは恒久的に全てを操るものじゃない」
模写術士の言葉を遮り俊也は言う。
「ダヴィンスレイフは確かに拘束し自由を奪い操る。だけど、ダヴィンスレイフの支配下から脱する方法はいくらでもある」
「なるほど~。どうやら勉強してきたようですね~。でも、無理ですよ~。何故なら」
模写術士が笑みを浮かべた瞬間、血塗れた宝剣のオーラがダヴィンスレイフにまとわりついた。
それを見た俊也は小さく口を開く。
「やっぱり」
「さあ、ここからは私が」
「残念だけど」
俊也は動いた。いや、動いていた。そして、拳を模写術士の背中に当てている。
「トールハンマーだ」
ゼロ距離からの砲撃。雷速を出せる俊也だからこその不意打ちは血塗れた宝剣に受け止められる。
だが、血塗れた宝剣で受け止めたところでその勢いは殺しきれず模写術士はしたたかに体を地面に打ちつけた。
「なっ!?」
「トールハンマー!」
すかさずそこに再度トールハンマーを叩き込む俊也。だが、模写術士も黙ってはいない。
模写術士はすかさずダヴィンスレイフを俊也に向けて放つが当たらない。俊也は大きく後ろに下がりながら薙ぎ払うように疾風の刃を放った。
フレスヴェルグという風属性上級魔術だ。不意打ちのように放たれたダヴィンスレイフを回避しながら無詠唱で放つには少々時間が少なすぎる技ではあるが俊也は冷静にトールハンマーを連続で放つ。
「くっ」
模写術士はダヴィンスレイフと血塗れた宝剣で受け止めるが勢いで後ろに下がる。
『『「悠久の風よ!」』』
だから、この瞬間、俊也はとっておきの一撃を模写術士に叩き込むために詠唱を開始する。
だが、一人で詠唱をするわけじゃない。
三重詠唱。
理論上可能とされるその詠唱は三人同時に一字一句間違えることなく同時に詠唱する単純でありながら不可能と言われる詠唱方法。
二重詠唱なら前例はあるがその威力は二人で同じ魔術をただ放つのと比べると約八倍の威力を持つ。
なら、三重詠唱の威力が何倍になるかはわからないがその乗算される数字は桁違いの火力となって現れるだろう。
『『「刹那の雷よ!」』』
だから、俊也はとっておきの秘策として三重詠唱を行う。フィンブルドとミューズレアルの三人で。
『『「その時、その身、その力において我を加護する絆となれ!!」』』
「させません!」
模写術士がエッケザックスを振り抜く。だが、エッケザックスの刀身は不可視の壁、いや、反発力というべき力によって阻まれていた。
模写術士は知らないだろう。俊也達が唱える魔術の本質を。これを重複詠唱することによって得られる本当の力を。
『『「チェインブラスト!」』』
空間支配型複合魔術チェインブラスト。
空間を満たす空気を操る風属性と全ての原子を繋げる電子を操る雷属性の複合魔術。
攻撃用の魔術ではないが空間を支配下に置く特殊な魔術であり、一人の発動では極めて小規模の範囲しか支配下に置けない。だが、三重詠唱をした今回は違う。
「模写術士。終わりだよ」
俊也が静かに拳を構える。そこに集うノートゥング。
対する模写術士はとっさにダヴィンスレイフと血塗れた宝剣で自身を守ろうとする。だが、ダヴィンスレイフも血塗れた宝剣もちょうど俊也と模写術士との間を空けるようにしか動かない。
「なんで! どうして!?」
「チェインブラストは空間を支配する魔術。いくらダヴィンスレイフや血塗れた宝剣でも拒絶の力で弾ける以上、空間から拒絶されればそこには入れない」
「くそっ!」
模写術士ががむしゃらにエッケザックスを振るう。だが、それは当たらない。エッケザックスが俊也の体に反発しているからだ。
これもチェインブラストの些細な効果の一つである。
「終わりだよ、模写術士。大人しく武装を解いて降伏して。そうしたら命だけは助けてあげる」
「命だけは? 何を言っているんですか~? 私が動くのと同時にクロラッハ様がここに向かっているんですよ~? クロラッハ様がここに来るまでにあなたを」
「残念ながら、クロラッハは来ないよ。あなたの味方全員もだけど」
その言葉に模写術士は周囲を見渡した。いつの間にか周囲には七葉、孝治、光、浩平、リース、楓の姿がある。
さらにはアストラルファーラが三機エネルギーライフルの先を模写術士に向けていた。
絶句する模写術士に向かって七葉は満面の笑みで語りかける。
「いやー、見事だったよ。見事にテンプレというべき奇襲のタイミングでテンプレというべき方法で奇襲をしかけてきたね。たくさんの人が盛り上がる場所でテロ行為のように大きな騒乱を巻き起こし、姿を隠した人達が奇襲をかける。普通なら混乱に混乱を重ねて制御出来なくなるよ、ほんの数十分だけど。でも、奇襲である以上、その数十分が命取り」
まるで感心するように七葉は言うがその笑みは模写術士を笑ったままだ。
「でも、こう考えなかった? どうしてこの時期にこんなことを開催するのだろうか?ってね。答えは簡単だよ。今日の襲撃は最初からわかっていたから。それがわかっていてクロラッハは行ったんじゃないかな?」
「何故、クロラッハ様は来ない!? クロラッハ様は世界最強のパイロットなのに、何故!?」
「最強? 聞いて呆れるよね。たかがフュリアスのパイロットごときが世界最強を名乗るなんて一万と二千経ってから出直してきたらいいよ。こういう時はあのセリフだよね」
七葉はそう言いながらビシッと音がなるかのような速度で模写術士を指差した。
「お前はすでに方位されている。抵抗は止めて投降しなさい」
「七葉、言いたかっただけやんな?」
「もちろん」
光の呆れたような声に満面の笑みで答える七葉に模写術士は肩を震わせる。
もちろん、怒りで。
「投降? この私が? 選ばれたこの私が?」
「何を勘違いしているかわからないけど、たかが他人の力を奪う程度しかないのに選ばれた人間と勘違いしていることにドン引きなんだけど」
「確かにな。たかが未来を視れる人物と、たかが大量破壊兵器をコピー出来る人物と、たかが竜言語魔法を使える人物と、たかが半径数kmを灰燼に出来る人物と、たかが運命を変えられる人物しかいないな」
「孝治さん、僕のこと忘れてません?」
確かに模写術士はかなり強力な力を持っており模写術士単体ではそう勘違いしても仕方ないだろう。
だが、この中では模写術士の力もたかがその程度なのだ。だから、七葉は見下ろしながら言う。
「勝ち目はないよ。もう、あなたに勝ち目はない」
「許さない。この私をこけにして。許さない。絶対にあなた達を許さない」
エッケザックスが地面に落ちる。それと同時に模写術士の手に新たな剣が現れた。
それは黄金色に輝く至高の力を持つ剣。
「殺す。絶対に、殺す!」
そう言いながら模写術士が一歩を踏み出した瞬間、俊也が駆け抜けた。
模写術士はとっさに剣を振り抜こうとするがそれより早く俊也は駆け抜け模写術士から三つの正八面体の結晶を奪い取る。
「返してもらうよ! 僕の大事な家族を!!」
「殺す。お前も、この剣で!」
模写術士が黄金色の剣を振り上げる。だが、黄金色の剣は水晶の欠片によって動きを止められていた。
「ったく。未来がわかるからって挑発するなよ、七葉」
そう言いながら黄金色の剣を止めた人物は静かに俊也と模写術士の間に降り立った。
「俊也、バトンタッチだ。模写術士がティルフィングを使うなら、主役はオレだ」
そう言いながら悠聖は笑みを浮かべつつ『破壊の花弁』を纏う薙刀の切っ先を模写術士に向けた。
「さあ、第三ラウンドと行こうか!」