第二百九十五話 相乗共鳴
唸りを上げるケツアルコアトルの尻尾。遠心力で凄まじい勢いを持つそれを私は受け止めた。
「ありえない」
模写術師が驚愕の表情で呟く。当り前だ。ケツアルコアトルの攻撃は物理的に一撃必殺の力を持っていると言ってもいい。その質量を遠心力を使って振るうためその威力は想像を絶するものとなる。
いくら防御魔術が頑固なものでもケツアルコアトルほどの質量とぶつかればただでは済まない。
だけど、私は簡単にその攻撃を受け止めていた。
「いける」
『うん、いける』
私の言葉に私の隣で対空するルナが言葉を繋げる。
ルナからもらったこの鎧。この鎧をまとった瞬間、私の頭の中に様々なことがわかった。
この鎧のこと。悠聖が私にさせようとしていたこと。今の私の力を。
「紡ぐよ。それが、私の力の根源だから」
「やりなさい! ケツアルコアトル!!」
「ルナ!」
私は突っ込んできたケツアルコアトルを片手で受け止めた。莫大な質量の突撃は本来なら受け止めきれない。だけど、今の私、いや、今の鎧の特性なら簡単に受け止められる。
『契約展開。術式詠唱開始』
「お願い! 私の力! ワールドエンド!!」
その瞬間、私の鎧から明確な拒絶の力があふれ出た。
私が用いる力を最大限まで増幅し広域にまで展開可能な力。それがこの鎧『紡ぎ』の力だ。
『紡ぎ』の能力の発動は私が何らかの能力を発動したタイミングで発動し、その効果は今まで通り単体や小範囲に展開可能ではあるが同じ能力でさらに小範囲やさらに広範囲に可能と利便性を跳ね上げている。
それは私が持つアークの力と完全に合致する相性のいい能力。
ケツアルコアトルを弾き飛ばしながら私は模写術師に向かって駆ける。模写術師は小さく舌打ちを腕を振り上げた。
「ダヴィンスレイフ!!」
「その力は私には効かないのよ!」
ダヴィンスレイフを拒絶の力であるワールドエンドが弾き飛ばす。そして、私はアークレイリアにレイリアソードを作り出しながら模写術師に斬りかかる。だが、レイリアソードは真っ赤な壁に阻まれた。
すかさず迫りくる背後からの気配に私は飛び上がって回避する。
「血塗れた宝剣」
「本当に、危ないですね。そお鎧、私の力でもどうやらコピー出来ないようですしね~」
「コピーできない? あなたは三重装填だからすでに」
「三つ共埋めていると思っていましたか~? 心外ですよ~。ダヴィンスレイフと血塗れた宝剣の二つがあればあなたは簡単に倒せると思いました。ですが、どうやら厳しいようですね。私にはまだ殺さなければならない人がいるのに」
「名山俊也のこと?」
この模写術師からフィンブルドを取り返したという話は聞いている。だけど、ここにはいない。どこにいるかはわからない。
「そうですよ~。でも、出し惜しみしている暇はありませんね」
その言葉と共に模写術師はポケットから何かを取り出した。それは正八面体の綺麗な結晶。その中に何かいる?
「私に力を貸しなさい。タイクーン」
その瞬間、周囲が炎に包まれた。
「なっ!?」
私はすかさずその場から飛び退くと同時に灼熱の拳が私がいた場所を砕いた。
模写術師が呼び出したもの。それは炎属性最上級精霊タイクーン。
「こんな状況で使役?」
「優秀な駒ですよ。まあ、タイクーン本体を使役しようと思えば疲れるので私の使い方はこれです」
その言葉と共に周囲の炎が何かに吸われる。すかさず周囲を見渡すとそこには炎を吸い込むケツアルコアトルの姿があった。
「ケツアルコアトルは単体ではそれほど脅威ではありませんよ~。ただ、体が大きいだけの木偶ですから。でも、その力、魔力を吸い込み自らのものとする力を使えばほら」
ケツアルコアトルの体を炎が支配する。炎を纏い今まで以上の威圧感を放つケツアルコアトルに私は小さく笑みを浮かべた。
「やっぱり」
『やっぱりだよ。さすがは悠聖。まさか、ここまで想定しているなんてね』
ルナが楽しそうに言う。楽しいというより嬉しいのだろう。もうすぐ取り戻すことが出来るのだから。
「ルナ、準備は?」
『大丈夫。詠唱は終了。後はタイミングを待つだけ』
「わかった。じゃあ、行くね!!」
レイリアソードを構え模写術師に向かって踏み出す。だが、それより早くケツアルコアトルが背中から襲いかかってきた。
模写術師は血塗れた宝剣の力で安全だと思っているのだろう。だから、私は前に出る。普通ならありえない方向に。
「死ぬ気ですか~?」
「普通ならね!」
血塗れた宝剣の防御力は極めて高い。私が拒絶の力であるワールドエンドを使わない限り道は開けない。
だが、その力を使えば後ろにいるケツアルコアトルに対して無防備になる。
拒絶の力は万能な能力じゃない。拒絶が出来るのは一方向のみ。それは元々アークセラーを使ったことのある模写術士ならわかっていることだ。
でも今は、今はそれだけじゃない。
「天王、魔王という存在は並の実力じゃない」
アークレイリアからレイリアソードを作り出し駆け抜ける。
「その意味を教えてあげる!」
駆け抜けながらレイリアソードを振り抜いた。
模写術士は笑みを浮かべながら血塗れた宝剣を展開する。
背後からはケツアルコアトルが迫り、前方には血塗れた宝剣を展開する模写術士。
本来なら絶対絶命だろう。だけど、絶対絶命ですらない。
「私は天王にして新たな神。その力を示してあげる!!」
そして、私は全ての力を解放する。
「私に応えて!」
レイリアソードが血塗れた宝剣を突破するのと同時にケツアルコアトルが突撃してくる。だけど、ケツアルコアトルは不可視の壁によって阻まれていた。
「なっ!?」
模写術士がとっさにエッケザックスを作り出して受け止める。
これで警戒すべき三つのコピーした能力がわかった。
「ありえない。拒絶の力は一方向だけの能力のはずでは!?」
「アークセラー単体ならそうよ。アークの力は強力でも万能じゃない。だからこそ、穴がある。拒絶の力は本来一方向のみ。あなたはそれを知っていたから自信満々に血塗れた宝剣に防御を任せた」
私の言葉に模写術士は答えない。だけど、それが真実だとよくわかる。
「普通なら突撃しない。だけど、今の私にはこの鎧がある」
「鎧?」
「私の力は相乗共鳴。一つの力を莫大に強化する能力。この能力は本当にアークの力と相性がいいの」
例えば拒絶の力。本来なら一方向だけのこれは相乗共鳴させることで全方位に拒絶の力をばらまける。
ただし、拒絶の力のみで全方位だ。方向を限定させれば他の力も共存出来る。それが相乗共鳴最大の力。
「あなたは二対一だと思っていたようだけど、そうじゃない。だから、ここで」
模写術士は確実に愕然としている。そう思っていた。だが、違った。
「セルファーの言葉はどうやら本当だったようですね」
そう言いながら不気味に笑ったのだ。
その笑みに私はすかさずアークレイリアを振り抜いた。
「知っていますか~? 机上の空論という言葉を~」
アークレイリアは止まっていた。最大の切れ味を誇るレイリアソードはその切っ先を土の壁に少しだけ食い込ませて止まったのだ。
「圧縮に圧縮を重ねた物質は壊すことが極端に難しくなる。セルファーに言われて持ってきて良かったですよ~」
その言葉と共に模写術士は懐から正八面体の綺麗な結晶をさらに二つ取り出した。
私はとっさに拒絶の力を最大限まで使用してケツアルコアトルを弾き飛ばしつつ模写術士から距離を取る。
「アーガイル、グレイブ」
「そういうことね」
私はようやく全てを理解した。全てを理解して、そして、全てを誤ったことを理解した。
模写術士はケツアルコアトルの二体だけで来たわけじゃない。アーガイル、グレイブ、そして、タイクーン。
名山俊也から奪った最上級精霊を連れていたのだ。つまり、二対五の戦力差。ルナはまだ子供であり親のケツアルコアトルとは比べ物にならないほど弱い。
実質一対五。
「どんな無理ゲーよ。私じゃ、勝負にならないじゃない」
「この状況で勝負になる人がいますかね~? もう逃げ場はありませんよ~。大人しく」
「大人しく僕の大事な家族を返してくれないかな?」
その言葉と共に稲妻が駆け抜けた。
模写術士はとっさに血塗れた宝剣とダヴィンスレイフを同時に展開することで稲妻は向きを変えて私の隣に着地する。
「名山、俊也?」
着地した人物を見た私は半信半疑で名前を口にした。
名山俊也は精霊召喚師随一の実力者ではあるが見た目は少年で幼さを残している。そう私は見ていた。
だが、隣にいる名山俊也は何か違う。まるで一足飛びに子供から大人になったかのような雰囲気。
「ようやく来ましたね~。名山俊也」
「模写術士。死にたくないなら今すぐ三人を返して」
「返しませんよ~。死にはしませんから~」
「そう」
名山俊也が身構える。
もし、私が悠聖に惚れていなければその姿、その覚悟を見て惹かれていただろう。
「ならば僕は全身全霊を持ってあなたを打ち破る!!」