第八十一話 七葉VS『水帝』
七葉は小さく笑みを浮かべながらクラリーネに語りかける。
「あまり強くないね」
クラリーネも笑みを浮かべながら言葉を返す。
「数にものを言わせるのは卑怯と言わないかな?」
二人の力は完全に均衡している。だが、操っている頸線の量は全く違う。
クラリーネは質は高いが量は少ない。七葉は質は普通だが量は多い。
これが均衡している理由だ。
「みんないつの間にか学校を出ていたって聞いたけど、あなたがやったのかな?」
「そうだよ。ボクがみんなを操った。近くに周君がいたからまずは周君から操ってね」
クラリーネがそう言った瞬間、七葉が操っていた頸線の質が高まったように感じた。
まるで、怒りに応じて強くなっているかのように。
「周兄に何をしたの?」
「ボクの精神操作魔術でボクの行為と結界の展開を悟られないようにしただけだよ。本当なら操っても良かったんだけどね、周君が持つデバイスにアクセス出来なかったから」
「そう。決めたよ」
七葉が全ての頸線を戻して槍にする。クラリーネも同じように槍にした。だけど、七葉が持つ槍からは何かのオーラが出ている。
七葉は槍を構えた。
「あなたは私が殺す。この場で」
「君に出来るのかな?」
クラリーネが笑みを浮かべた瞬間、七葉が頸線を動かした。槍を形取っていない分だが、その量ならクラリーネの槍で全て払える。
しかし、七葉の狙いはそこではなかった。
頸線を払ったクラリーネに向かって一直線に走る。そして、一直線に突く。
槍の本来の使い方。そのリーチを使った突き。対するクラリーネは七葉に槍を払った。だが、槍が頸線に解ける。
「なっ」
七葉はすくざま展開していた頸線で槍を作り出しクラリーネに向かって突く。クラリーネは自分の槍を手放して七葉の槍を捕まえた。
「惜しかったね」
そういうクラリーネ自体がかなり焦っていることは七葉には分かった。だから、にやりと笑みを浮かべる。
「何がかな?」
クラリーネが気づいた時にはすでに遅い。何故なら、すでにクラリーネの周囲に頸線から作り出された小さな槍が展開していた。
クラリーネの額に汗が流れる。七葉が槍を解いたのはクラリーネの槍を引き寄せるためとこの槍を展開するため。
「わざと、誘った」
「うん。上手くはまってくれてありがとう」
そして、七葉が一斉に槍を放つ。狙いはクラリーネ。避けきれる距離じゃない。だけど、槍はまるで自ら避けるように軌道を変えた。
「えっ?」
驚いた七葉の腕をクラリーネが掴む。
「特別にボクの異名を教えてあげるね」
そのままクラリーネは七葉の腕を引っ張った。
「『侵食』のクラリーネ」
そして、額を七葉とつける。
たったそれだけで七葉の体から力が抜けた。まるで、体が命令を受け付けなくなったように。
「な、にを」
「君の体の動きを乗っ取っただけ。ほとんど力がでないよね?」
そのままクラリーネは七葉の額に手を当てる。七葉は必死に逃れようとするが体に力が入らない。
「儀式が終わるまで、身動きの出来ない体になってもらうから」
「やめ、て」
つまり、一時的に精神を操作するということ。だけど、七葉は別の理由で抵抗していた。
「見たら、だめ。入って、きた、ら、だめ」
まるで思考の中に入ることを拒むように言う。クラリーネはそのまま七葉の精神に侵食する。
精神操作をした場合、相手の精神に入り込む方法を取れば、その相手を形取る精神風景と呼ばれる空間に入る。周の場合なら『赤のクリスマス』の時のニューヨーク。
そして、七葉は、
「ここは?」
何もない空間だった。まるで、世界が消し去られたように。
クラリーネの魔術は失敗していない。いや、むしろ成功したというべきだろう。でも、この光景は明らかにおかしい。
全てが存在しない。あるとしても箱の中を感じさせる空間。
「これが、あの子を形取る空間」
ほとんど話したことは無いが、見た限りでは明るい人物だったとクラリーネは記憶している。なのに、ここには何もない。これだと精神操作すら出来ない。
だが、クラリーネの頭に映像が急速に流れ込んできていた。
クラリーネは目を見開く。
何故なら、その光景は異形というべき黒い何かが逃げ惑う人を襲いかかっている光景。そして、街を破壊する黒い巨大な何か。
戦っている者の姿はない。逃げ惑う人々はほとんどがボロボロだ。
「何、これ」
クラリーネは後ずさった。こんな光景は見たことも聞いたこともない。いろいろな人の光景を見た中でも完全に異質。
精神風景というものは記憶に依存する。つまり、この光景は七葉が体験したもの。
「止めて」
クラリーネの頭の中にどんどん記憶が入ってくる。そして、見たものは、見知った武器が地面に突き刺さっている中で泣いている一人の少女。目の前には折れたレヴァンティンがある。
クラリーネはとっさに精神操作を止めて一歩後ずさった。
「あれは、何?」
「見た、んだ。あれが、今の私がここに、いる理由」
七葉がゆっくり立ち上がる。だけど、体に力が入らずそのまま倒れ込んだ。
「周兄、ごめん、ね」
七葉はそのまま眠るように意識を失った。
対するクラリーネは呆然と今の光景を考えていた。あれは、まるで。
だけど、思考が現実に戻る。どうやら結界が突破されたらしい。
「くっ、クライン!」
クラリーネは慌てて倒れているクラインに駆け寄った。