第二百九十四話 空間の覇者
ちょっとだけ別の話が入ります。
夢を見ていた。アストラルファーラのコクピットに乗りながらルーイは夢を見ていた。
それは少し前の物語。まだ、ルーイが学園都市にいた頃の物語。
「入るぞ、周」
ルーイは扉を開けて中に入る。中には作業机に広げられた設計図とそれを睨むように見ている周とアル・アジフの姿があった。
「僕に何か用か?」
「まあな。ちょっとアルと一緒に新たなフュリアスを考えていたんだ」
「新たなフュリアス? エクスカリバーの後継機を作っておきながらまだ新しいフュリアスを求めるのか」
「エクスカリバーの後継機、デュランダルはお蔵入りだよ。悠人にシュミレーションで操作させたが墜落した。制御しきれず」
「お前はどんな機体を考えたんだ?」
悠人は世界最強のパイロット。その悠人が操作しきれないということは誰が乗っても現状は操作出来ないということだ。
「エクスカリバーの発展型、というより出力エンジンの新たな機構を利用した、というべきか」
「新たな機構? Z機関か?」
「それの発展型が。開発したのはオレやアルじゃないけど」
そう言いながら周はルーイにとある設計図を差し出した。ルーイはそれを受け取って中を見る。
「これは」
「音界ならこの機構を利用出来るだろ? 今までは追加装備で可能にしていたが」
「確かに、これなら追加装備無しで稼働可能だ。僕としてはこれを音界に持って帰れるならありがたいが」
「今までの魔科学の常識をぶち壊す装備だからな。まあ、この設計図自体は理論上での機構でしかない。それをどう扱うかはルーイ次第だ」
ルーイは周の言葉に笑みを浮かべながら頷いた。
「音界と戦争になっても後悔するなよ」
「ならないさ。だって、悠人が音界と繋がっているからな」
『ルーイ。大丈夫か?』
ラルフの声にルーイは我に返った。
すでに周囲には撃墜したワルキューレの姿が10ほど存在している。それらにエネルギーライフルを向けながらルーイは小さく息を吐いた。
予定通りならそろそろ来る頃だろうか。
「ラルフ、クーガー、準備はいいか?」
『いつでもどうぞっと。渾身のストレートで中継されてる俺の姿を見せてやるさ』
『お前が何を言いたいのかよくわからないな。ルーイ、お前こそ準備はいいのか?』
「ああ」
そう言いながらルーイはキーボードを操作する。
「全デバイスの正常駆動とリンクを確認した。S機関も順調に稼働している。準備は万端だ」
『まあ、俺の仕事は足止めだからな。ちょっとは気楽だけどな』
『そっちの方が大変だと言うのだ。こちらは近接戦闘に重視を置いている。振り切られれば追いつけないぞ』
『だよな』
クーガーもラルフも近接戦闘用に機体を改造している。瞬間的な加速や最高速度ならルーイが乗るアストラルファーラすら凌駕するだろう。だが、加速の継続には致命的とも言えるくらい苦手だ。
ルーイのアストラルファーラは航続距離はトップクラスではあるが、今回の装備では航続距離はあまり長くない。
「そろそろか」
ルーイはそう言いながらエネルギーライフルを持たない手で背中の長距離射撃用のブレイクカノンを掴み腰に固定させる。
長距離射撃用ブレイクカノンはエネルギー弾に特殊な収束を行うことで弾速を上げながら威力を距離によって減衰させない特殊な砲だ。もちろん、特殊であるため大量生産は難しいがその威力はすでにワルキューレに対して実証されている。
「クーガー、ラルフ。頼んだぞ」
その言葉と共にルーイはブレイクカノンの引き金を引いた。放たれたエネルギー弾が速度を緩めることなく空間を貫き虚空を切り裂く。
それと同時に爆砕する一機のフュリアス。
『いくぜ、親友』
『ああ』
クーガーのアストラルレファスとラルフのアストラルファーラが動き出す。それと同時に空に光学迷彩で隠れていた機体が姿を表した。
アストラルシリーズに似てはいるが、特徴的なのはアストラルシリーズが背中の翼で空を浮遊するのに対してこちらは足もブースターになっているようだ。
おそらく、虎の子の新型だろう。
「好都合だ」
その言葉と共にルーイはさらにキーボードを叩いた。そして、すかさずキーボードを除けてレバーを握り締める。
それと同時にアストラルファーラの一部を纏っていた光学迷彩が解かれた。そこから現れたのは20にも及ぶアンカーがついた追加装甲。
指揮官専用に改造されたアストラルファーラ指揮官機をさらにルーイ専用に改造された音界でただ一つの機体。
コンセプトとしてはアストラルルーラに似ているがアストラルルーラとは違い家屋外でも家屋内と同様の機動性を確保出来る最新鋭の機体でもある。
「早く来い、クロラッハ。技術の差というのを見せつけてやる」
その言葉と共にアストラルファーラが動き出した。いや、動き出したという表現は正確ではないだろう。動いているのはアストラルファーラ本体ではなくちょうど右肩についたアンカーなのだから。それが右に向かって放たれている。
その動きに気づいた敵の新型の一機がルーイの乗るアストラルファーラにエネルギーライフルの先を向けた瞬間、アストラルファーラは動いた。
右に引っ張られるように。
それと同時にルーイはブレイクカノンを構えて引き金を引く。動きながら放たれたブレイクカノンは少しだけ曲がって新型の体を貫いていた。
「フレキシブルアームズは順調に稼働しているか。これならいけるな」
ルーイの乗るアストラルファーラはルーイが独自に改造、一部では魔改造と呼ばれる、しておりブレイクカノンに搭載している特殊機構フレキシブルアームズはその一端だ。
だが、そんなものは相手からすれば些細なことだろう。問題はアストラルファーラが放ったアンカーの先だ。
アンカーは宙を掴んでいる。なにもないはずの空間にあたかも棒を掴んでいるかのように掴んでいるのだ。
普通ならありえない。だが、そのありえないことを可能にしたのは魔術で、それを作り出したのが周とアル・アジフの二人。
アンカーにデバイスを複数組み込み本体からのエネルギー補給でたった一つの魔術を自動で発動するために調整したルーイ専用の追加装備。空中の何もないところを掴み移動が可能な術式であり、ルーイが得意な室内におけるアンカーを利用した高機動戦闘を野外でも可能にした装備でもある。
ルーイは小さく笑みを浮かべながら全方位にアンカーを放った。そして、動く。
右へ左へ上へ下へ前へ後ろへ。
普通ならありえない軌道を描きながらルーイはエネルギーライフルを構え敵フュリアスに向けてエネルギー弾を放っていく。
『さすがはルーイだな。そこまでの機動しながら命中率が高いなんて』
『クーガー。お前の命中率が極端に悪いだけの話なのだが?』
『俺は貫くより殴るタイプなんだよ。おっ』
敵の真っただ中で戦っていたクーガーのアストラルレファスが動きを止める。敵がゆっくりと転進して下がっていくのだ。その動きにクーガーとラルフの二人は機体を大きく下げる。
『大将のお出ましだぜ』
『気をつけろ』
「ああ」
ルーイは小さく息を吐き着地しながらブレイクカノンを手に取った。
「ようやく来たな、クロラッハ」
スピーカーをオンにしながらルーイは語りかける。
「お前は不思議に思っているだろ? 何故、わかったのかと。お前達は完全なステルス。その動きは最初から作戦を知らなければわからないはずだ。それに、お前のことだ。完全に掌握している部隊しか動かしていないのだろう? こちらのスパイはお前達の動きを一切察知していない。どうやら、まだお前達が拠点にいるのだと思い込んでいるだろう」
『なら、何故わかった?』
クロラッハが乗るアレキサンダーがゆっくりと姿を現した。その理由は明白だ。
ブレイクカノンの先が姿が見えないはずのアレキサンダーにぴったりと向いているから。ルーイは姿を現したアレキサンダーに対して何のアクションもしていない。
『今回は完全にこちらが不意をつけたはずだ。だが、わからない。何故、お前達はここまで迅速に対応出来る? 我の予測では後5分は動きが遅かったはずだ』
「その5分で明暗が分かれるからだ。5分もあれば戦線は首都近辺まで下がっていただろう。否応なく首都の住人を巻きこんでしまう可能性があった。まあ、杞憂だがな」
そういいながらルーイは小さく笑った。
今回の作戦、首都を守るのはルーイ達の役割ではない。ルーイ達フュリアス部隊は隠れて近づく敵の撃破。首都の防衛は第76移動隊が手分けして行う手はずになっている。
「僕としては作戦がはっきりとわかっている以上、ここで決着をつけたいところだが」
ルーイはブレイクカノンを下ろした。
「お前を倒すのは僕じゃない」
『何だと?』
「僕では役不足だろう。お前を満足させる戦いを出来ないのだからな。このアストラルファーラはアレキサンダーに対抗するための装備をしていない。だから、見逃してやる」
そういいながらルーイはあくどい笑みを浮かべた。
ルーイがクロラッハに言うことは単純明快だ。
手出しはしない。その代わり無様に負け戦として帰れ。
すでに戦闘は起きておりこの場ではルーイ達に被害は無い。もしクロラッハが戦うとしてもルーイだけでなく音界屈指の名パイロットであるクーガーとラルフの二人も相手にしなければならない。
ルーイの実力はクロラッハもわかっているだろう。わかっているからこそクロラッハ戦わない。クロラッハ側が撤退した以上、いつ敵の増援が来てもおかしくないから。なにより、この三人を相手にして敵の増援が来るまで、いや、数十分以内に戦闘が終わる見込みが少ないから。
『貴様、これが狙いか?』
「圧倒的な力を持つお前が負けて帰ったとなるとどうなる? いくらお前が無傷でも今回は部隊同士の戦い。個人同士なら話は変わるがたった三人に敗退したとなると士気は落ちるだろうな?」
『挑発のつもりか?』
「安い挑発さ」
その瞬間、ルーイの乗るアストラルファーラの背後から高速でエネルギー弾が飛来した。クロラッハはとっさに避けるがそれを見越したかのようにエネルギー弾がアレキサンダーの頬をかすめる。
「乗ってくれればそれでよし。こちらは七機のフュリアスで相対させてもらう」
『七機だと? 狙撃用フュリアスか』
「ご自慢のアレキサンダーでも位置まではわからないだろ? さあ、どうする?」
『一機で勝てないからと姑息な真似を』
「ああ、そうだ。僕一人ではお前には今は勝てない。だから、みんなの力を借りる。何故なら、お前を倒すのは僕じゃないから。お前を倒すのは悠人だ」
『真柴悠人か。だが、あやつも我には勝てぬよ。我はもう、あいつを越えた』
「どうかな?」
その言葉にクロラッハかすかに眉をひそめた。笑い飛ばすのは簡単だろう。だが、相手は真柴悠人。
機体は永久の進化を可能とするアレキサンダーが有利とは言えパイロットの性能は断然悠人が上だ。だから、クロラッハは何も言わない。
「決戦までは少しだけ時間がある。それまでに後悔することだな。腕の低さを」
『次会う時はお前達の命日だ』
アレキサンダーが背中を向けて飛びたつ。その動きを見たルーイはスピーカーを切り小さく息を吐いてシートに見を沈めた。
「なんとか、はったりは成功したか」
『それにしてもよくあの場で嘘をつくよな、お前は』
感心するようにルーイのアストラルファーラにクーガーのアストラルレファスが近づく。
『本当は狙撃手はいないんだろ?』
「気づいていたのか?」
『当り前だ。この地域を担当するのはこの三機。それ以外は他の地域を担当している』
ルーイの背後のアンカーがアストラルファーラに戻る。その先にあるのは一丁のライフル。実はルーイは前もって浩平からライフルを二本借りていたのだ。そして、それをクロラッハに気づかれないようにアンカーで位置を調整しアンカーで放った。
これがフュリアス用のライフルなら大きさとして簡単だったかもしれないが、ライフルの大きさは約1mほど。それを正確に放てる時点でルーイは非凡な才能だと言えるだろう。
『全く、お前という奴は』
だから、クーガーは苦笑するしかない。
「戦線を縮小する。そろそろ、メインの戦いは終わるみたいだからな」
『緊急通信か?』
『クーガー。暗号文を読んでいるのか?』
『えっ? 何それ?』
その言葉に微妙な空気が流れる。その中でルーイは小さく息を吐いて背中を向けた。
「行くぞ。そろそろ集まらなければならない」
『了解した』
『ちょっと待ってくれ。俺には何が何だかわからないんだが。おーい、無視しないでくれよ~』