第二百九十二話 終焉の物語
こんなに長く間が空いたのに待っていてくださった方がいて嬉しいです。
これからもがんばります。
「その呪いの始まりはたった一本の刃」
その言葉と共に浮かび上がる一つの巨大な魔術陣。それは、今回の戦いの舞台となったフィールド全体に広がっていた。
リリィはとっさにアークレイリアで地面を切り裂く。魔術陣をかき乱すように。だが、一瞬だけぶれた魔術陣はすぐさま元の姿へと戻っていた。
「フィールド自体に固定された!? そんな、いつの間に」
「どういうことだ?」
ハイロスがリリィも警戒しながら尋ねる。リリィはハイロスを警戒しながら苦々しく口を開く。
「空間固定魔術。時間をかけて魔術陣をその空間に固定し、ある程度の破壊にも耐える魔術の一つ。発動には時間とその間の術者の無防備な時間、時間の割には小さな効果しか発揮できないパフォーマンス用の魔術」
「無防備な時間? リリーナは私達と戦って、くっ」
ハイロスの言葉を遮るようにハイロスに向かって地面からアークベルラが振り抜かれた。とっさにアークフレイで砕くが絶え間なくアークベルラが襲いかかる。
「それが問題なのよ! リリーナはそんな魔術の存在を一切使っていない。はっきり言うけど、リリーナよりも魔術に関してなら私の方が格段に上だからリリーナが魔術を使えばわかる! でも、それがわからないということはこれは」
「アークベルラの効果、ということか!?」
「アークベルラでこのフィールドに呪いを刻み込んだ。そうとしか考えられない」
「二人共、ご名答。空間固定魔術は時間効率は悪いんだよ。楓みたいに無詠唱で500m以内の敵を吹き飛ばすような砲撃と比べたら小さな小さな効果。でも、こういう状況ではとても大きすぎる効果なんだよ」
「だったら、一気に決める!」
そういいながらリリィが駆けだそうとした瞬間、アークレイリアが纏っていた光の刃が消え去った。それをリリィは驚いて見ている。
「一本の刃から始まった呪いの物語。果たして、終わるまでに二人は武器を砕かれずに出来るのかな?」
『うわっ、全方位攻撃がすごいな。親友、回避できるか?』
『愚問だな。出来るわけが無いだろ』
『そうなんだけどな、あいつら、回避してるぜ』
「ラルフ、クーガー。今は談笑している状況じゃないぞ」
ルーイは小さく息を吐きながら周囲を見渡す。ルーイの前に広がっているのは広大なフルーベル平原。その平原には誰の姿も見当たらない。
『ルーイ。もう少し気楽に行こうぜ。予定時刻まで後数十分あるじゃないか。それに、見ごたえがある。俺達はこういうエンターテイメントを求めていたのだ!!』
「勝負はリリーナの勝ちだ。これは揺るぎの無い事実だ」
『どういうことだ?』
その言葉にルーイは小さく頷いた。
「リアクティブアーマーの理論を知っているな?」
『エネルギーの着弾と同時に同等のエネルギーを放出して相殺する追加装甲だろ? それがどうかしたのか?』
「その理論の大元となったのが固定空間魔術だ。それを疑似的に科学的に作り出した劣化品がリアクティブアーマーだ」
『るまり、ルーイが言いたいのは、リアクティブアーマーのような限りない絶対性を持つ力をリリーナは手に入れたというこか?』
『あれ? でも、ルーリィエの嬢ちゃんは小さな効果と言っていなかったか?』
「1秒間で敵を10体倒す攻撃と、20秒間で敵を20体倒す攻撃。そう言えばいいか?」
空間固定魔術の時間効率から考えた攻撃力は極めて低い。さらに、効果範囲も広いことには広いが、戦場となれば小さすぎる。防衛に関して使用できるが、その空間を範囲攻撃されると効果を無くす弱点もある。それ故に戦略的価値は皆無に等しい。
アル・アジフや茜のような人間離れの魔術師が使えばその限りではないだろうが、今の状況でリリーナが使ったことの価値は大きい。
「リリーナが動ける中、二人は空間固定魔術の攻防に晒されている。このまま押し切られる可能性は極めて高いだろうな」
『小さな効果でも実力が同じくらいならば致命傷に成りえる、か。だけど、そうは言うかないみたいだぜ』
「何?」
その言葉にルーイは中継画面を見た。
『俺にはわかる。この勝負、リリーナの負けだ』
アークフレイが地面から襲いかかるアークベルラを砕いて行く。だが、人間一人では死角が存在する。その死角を狙うかのように現れたアークベルラをリリィが持つアークレイリアが砕いていた。
「共闘、するしかないわね」
「そうだな。それにしても、どうやら力が封じられているみたいだな」
「うんともすんとも言わない。自前の速度でどうにかしてるだけ。それに、アークベルラの耐久自体がそれほどでもないし」
そういいながらも二人は迫りくるアークベルラの群れを砕きながらゆっくりとリリーナに近づいて行く。
「へぇ、やるね。まさか、そういう形でくるなんて」
「生憎と、こういう状況でぶつかり合う方が勝ち目が無いからな。それにしても、どんなカラクリだ? こちらの力が封印されているなんて」
「さあ。教えないよ。教えるとしても、二人の武器を砕いてから。だから」
リリーナがアークベルラを構える。それにリリィが眉をひそめた瞬間、ハイロスがアークフレイを構えて一気に前に出た。そして、リリーナに斬りかかる。
「ハイロス!」
「大丈夫だ!」
そういいながらハイロスは現れるアークベルラの中を駆け抜ける。アークベルラの刃はアークフレイの装甲に当たり、そして、弾かれた。
「これで」
「残念だけど、今はアークベルラの物語をなぞっているだけなんだよ」
そうリリーナが笑みを浮かべた瞬間、ハイロスの体が不自然に弾き飛ばされた。まるで、空間から拒絶されたかのように。
「空間からの拒絶?」
そう思いついたリリィは少しだけ考える。そして、思いつく。
「捨てられた一本の刃。呪いを宿した刃は標的を逃さず囲み、そして、貫く」
リリーナの言葉に呼応するかのように大量のアークベルラが現れ、そして、浮かび上がる。
まるで、リリーナが語る物語をなぞるかのように。
「その刃はとてもとても大事にされた守り刀。昔から大事にされ、今は朽ち果てるのを待つ存在。だから、呪いとなって復讐する。守り刀ではなく呪いの物語として復讐する」
アークベルラの先が二人を向く。ハイロスは全てを撃ち払う覚悟でアークフレイを構え、リリィは笑みを浮かべながらアークレイリアを下ろした。
それにリリーナが眉をひそめる。その動きにリリィは苦笑した。
「リリーナ。一つだけ聞いていい?」
「別にいいよ。私の勝ちは揺るぎないから」
「うん。そうだと思う。実際、この状況ってどうしようもない状況だよね。でも、私がさっき言った言葉を覚えている?」
「言葉?」
そう尋ね返したリリーナにリリィは凶悪な笑みを浮かべて頷いた。
「私の方が魔術に関してなら格段に上ってことを!!」
そう言いながらリリィは魔術陣を展開した。リリーナがとっさにアークベルラを放つ。だが、遅い。
「解けよ!! 虚構の世界!!」
その瞬間、空間が砕けた。まるで、ガラスにひびが入るかのように視界が割れ砕ける。そこに現れたのはハイロスの目の前でアークベルラを構えたリリーナの姿。
「なっ!?」
リリーナが大きく後ろに下がる。対するリリィはさらに魔術を発動させた。
「捕らえよ! 虚空の鎖!」
「アークベルラ・キラー!」
リリーナを捕縛するために放たれた鎖をリリーナはアークベルラで振り払う。だが、その動作は完全な致命的な隙を作り上げていた。
一瞬にして加速したハイロスがアークフレイを握り締めリリーナの懐に飛び込む。そして、アークベルラに向かってアークフレイが振り抜かれた。
誰もが決まったと思った瞬間、壮絶なまでの不協和音が世界に響いた。それと同時にまるでガラスが砕けるように世界が変わる。
それは先ほどリリィがリリーナの作り出した魔術を砕いたのと同じ光景。だが、先ほどとは違うものが三つある。
アークフレイを振り抜いていたはずのハイロスが地面に転がっている。リリィは立っていたはずなのにいつの間にか片膝をついている。そして、
「なんで? 攻撃は、こんなに受けてないはずなのに」
リリィの全身から感じる痛み。まるで、アークベルラに切り裂かれたかのような痛みでリリィの体は悲鳴を上げていた。
「最後だから教えてあげるね。アークベルラは呪いが力の武器ってのはわかってるよね?」
「ええっ」
「だから、呪ったんだ。世界だけじゃなく、ここにいる全てを」
アークベルラによって空間にあるあらゆる全てを呪い、五感すら欺く能力。
その言葉にリリィはようやく理解した。アークベルラの本質を。
「偽装魔術」
「正解。姿も形も衝撃も痛み気配も何もかも、あらゆる全てを呪うことで五感を狂わせる能力。プライもウィッシュもカースもキラーも結局は偽物であり本物なんだよ」
アークベルラの効果範囲内であるならそれはどのような効果も発揮する。
焼いた鉄の棒と認識させたただの鉄の棒を人の皮膚に当てると火傷するのと同じように、いや、それよりも強制的にあらゆる感覚を偽装して相手を追い詰める。
「終幕だよ」
リリーナがアークベルラを握り締める。
あらゆる感覚を偽装する能力は一部の人間を除いて天敵とも言っていい。だが、あらゆる感覚を偽装されたところで一つだけ弱点が存在する。
「だったら」
リリィは笑みを浮かべてリリーナに向かって言う。
「フィールド全体吹き飛ばせばいいよね!?」
「そんな時間はないよ?」
「本当にそう思う?」
リリィのその言葉にリリーナは総毛立つ思いがした。まるで、今にも全てを消し飛ばす準備が出来たような感覚にリリーナは全て戦いを終焉させるためにアークベルラを振りかぶる。
だが、出来なかった。いや、違う。させてくれなかった。
振り上げたアークベルラを押さえ込むようにアークフレイが重ねられる。
「なっ」
倒れていたはずのハイロスがいつの間にかアークフレイを重ねていたのだ。
「なんで!? 五感全てを騙してるのに!?」
「ハイロスにかけた偽装は私には効かないみたいです」
ハイロスではなくミスティが振り絞った力。戦うことを恐れていたミスティだがリリーナを押さえ込むために勇気を振り絞りリリーナと相対する。
「くっ」
リリーナは大きく後ろに下がり、そして、アークベルラを構えてミスティに突撃する。対するミスティすかさずアークフレイで向かい打った。
「私は、負けるわけには!」
「アークフレイ!!」
ミスティの背中に白銀の翼が現れる。幻想的なその光景とともにミスティは一気に加速した。
「押さえ込みます!」
「全てを無と為す終焉の物語を奏でよう」
「その魔術は! どいて!!」
リリーナがアークフレイを打ち払い肩からミスティにぶつかって吹き飛ばしながらリリィに向かって駆ける。だが、すでに遅かった。
リリィはすでに準備を整えていた。
「世界を砕け『終焉の物語』」
その瞬間、光の瀑布がフィールド上に降り注いだ。
光属性広域無差別攻撃戦略級魔術『終焉の物語』。
敵味方関係なく発動者を中心に詠唱中に収束させた莫大な量の光を無差別に降り注がせる超高威力の魔術。
それを受け止めれるのは片手で数えれる数しかいないだろう。だから、勝負は決まった。技を知る極一部はそう思っていた。
光が消えた先にいる姿を見るまでは。
「ごきげんよう、皆様方」
戦っていた三人とは違う人物の言葉と共に真っ先に動いたのは孝治だった。神速の速度で駆け抜けて運命を鞘から抜き放つ。だが、それは受け止められた。
巨大な尻尾によって。
「チームBからチームDは避難誘導!! チームAは結界術展開!!」
七葉がマイクに向かって叫びながらオルタナティブ試作一号機を出現させる。
それを見た乱入者は笑みを浮かべる。
「いきなさい、ケツアルコアトル」