第二百八十六話 翌朝
静かに息を吐きながら漆黒の刃が鞘に収められる。周囲に転がっているのはフュリアスの残骸。さらには、武装した人達。
その中央に立つ孝治は小さく息を吐いて周囲に浮かぶ水晶の花弁に触れた。
「悠聖。そっちはどうだ?」
『こっちは大丈夫だ。やってきた敵を全員倒した』
『絆と希望の欠片』で悠聖と通信を取る。それに小さく息を吐きながら孝治は朝日に目を向けた。
本来なら危険な行為だが闇属性魔術には日の光を軽減する魔術すら存在している。
「宴会が開かれたとなれば、さすがに強襲してくるか」
『七葉もオレ達が動くのがわかってて宴会を開いたんだろうな』
孝治達が動き出したのは宴会の最中で楓と光の二人が撃墜したワルキューレを見てからだ。
カグラコピーによって放たれた砲撃は確実にワルキューレを撃墜した。しかし、それに気づいた数は少なく、孝治は悠聖と浩平の三人だけで敵の迎撃に出たのだ。
その結果がこれである。
孝治が撃墜したフュリアスだけでも20機ほど。もし、宴会最中に攻撃を仕掛けられていたなら被害はかなり大きかっただろう。
『もうこれっきりにして欲しいけどな』
「七葉が宴会を開いたのは士気向上だろう。決戦が近い中で緊張を解すために」
『そりゃそうだろうな。というか、それ以外は考えられん。今回の主役はオレ達じゃなくて音界と天界の奴らだし』
「わかっていたのか?」
『オレを誰だと思っている?』
そう言いながら悠聖は小さく溜め息をついた。
『オレが戦うのは黒猫や模写術士。俊也もそっちだな。孝治はどうするんだ?』
「考えてもいないな。お前みたいに神を作り出そうとしているわけではない」
『気づいていたのか?』
「オレを誰だと思っている?」
孝治が小さく笑みを浮かべる。
『神を作る? どういうことだ?』
二人の会話に割り込んでくる浩平の声。その声に二人は呆れたように溜め息をついた。
『何で俺が馬鹿にされんだ?』
『いや、まあ、浩平らしいとは思ってたけど、明らかにオレの動きがおかしいと思わなかったのか?』
『何で?』
どうやら浩平は本気で気づいていないみたいだ。
「悠聖のおかしな行動は幻想種であるケツアルコアトルの子供の神格性を高めたことだな」
『戦力として使うんじゃないのか?』
『神格性はあくまで雰囲気みたいなものだ。言うなら、見た目は青年だけど気配は熟練の剣士みたいな』
『訓練で身につける雰囲気を儀式で身につけた感じか?』
『正解だ』
幻想種は元々神々が従えた又は神々が作り出した存在。その性質は極めて神に近いものがある。
子供の状態ではまだ性質が熟成していないなが、その性質でもある幻想種としての神格を悠聖は儀式で高めたのだ。
「幻想種はそもそも神に仕えた存在だ。つまり、幻想種と契約出来るのは神で無ければならない」
『最初はあくまで推測だったけど、禁書目録図書館で確認してから確信に変わった。幻想種は神しか従えることが出来ないってな』
『つまり、幻想種と契約出来る=神ってことか? 例外とかねえの?』
『例外はない。いや、例外無く幻想種と契約した人間は神となった。これは事実だ』
『じゃあ、俺も幻想種と契約すれば』
「そもそも浩平は人間の中でリースの次に神に近い存在ではないのか?」
『正確には幻想種だな』
浩平が扱う竜言語魔法はドラゴンが使用するものだが、ドラゴンはドラゴンでも現存する魔界のドラゴンではなく過去に存在したドラゴン、言うなればエンシェントドラゴンが扱うものだ。
竜言語魔法を自在に扱えるリースやある程度自在に扱える浩平の性質は幻想種に近いとも言える。
『じゃあ、俺って実はすごいってこと』
「前言撤回。ないな」
『うん、ないな』
『俺もそう思ってたけどさ。じゃあ、幻想種と契約出来れば俺や孝治も悠聖みたいになれるのか?』
『オレみたいってのは無理だろうな。そもそも、オレは終始神。天罰神とも言われる始まりと終わりを司る神だ。神の格で言うなら最上位クラス。幻想種と契約するだけでオレと釣り合うのはあまりに破格すぎるだろ』
天罰神以前に終始神は星剣である『終始の星片』を持つ。その時点で神の中でも破格中の破格だろう。
「末席に加わる、ということか?」
『そうみたいだな。選択神がどの神になるか選択させ、神の末席に加える。どんな神になるかは本人次第だそうだ』
『選択神とか名前が面白い、ごふっ』
浩平が意味不明なバックドロップを受けたような声を出すが気にすることなく二人は会話をする。
「俺なら運命神だな」
『確かに孝治な運命神になってもおかしくはないが、お前の場合は幻想種を従えるより神を倒して神格を得るタイプだろ?』
「当たり前だ」
『その場合、イエスかノーかしか聞かれないみたいだぞ』
「運命神はどこにいる!?」
『うわー、神に喧嘩を売ろうとしてるよこの人。つか、諦めろ。本気で戦ったら三日三晩の戦いになるから』
「俺にはお前がいる」
『二対一、しかも片方は星剣持ちの神なのに戦って神に認められると本気で思っているのか?』
「なら、光や楓を」
『人選の問題じゃねえよ!』
『あのー、お二方。私めの心配はしていただけないのでしょうか』
「いたのか?」
『『絆と希望の欠片』を戻すの忘れてたな』
『あんたら時には酷いよな!?』
浩平に関してはこれが通常運行だったりもする。
『リースにバックドロップ受けてたんだぞ! 心配くらいしろよ!?』
「いつものことだな」
『いつものことじゃないか』
『いつものことだけどさ! いつものこと、げふっ』
『うるさい』
どうやら物理的に黙らされたようだ。
『こちらリース。軟弱、じゃなかった。病弱の浩平に変わって通信する』
『別に軟弱な浩平と変わらなくていいんだが、リースは休むように言われたんじゃないのか?』
孝治は徹夜は慣れているしどのタイミングでも動きながら眠れる。浩平は狙撃手としていつでも動けるようにしている。悠聖は禁書目録図書館で時間をとことん引き伸ばして眠れるので徹夜に強い。
だから、この三人だったのだ。
『浩平の隣で寝てた』
『相変わらずラブラブですな』
「俺も光とのラブラブさなら負けてない」
『光が浮気されたって泣いてた』
「俺は、浩平にすら勝てないのか」
孝治は本当に悔しそうだった。
『光はニーナと関係は良好だと聞いているけど?』
「ずっと競い合っていてもか?」
『それは良好ではないな』
『女の子は相手にとって最高の女の子になろうとするもの。競い合うのは当然』
『オレのところはどうなるんだろうな』
そう言いながら悠聖が苦笑する。
確かに、アルネウラも優月も冬華も仲がいい。孝治とはまるっきり違う。
まあ、冬華もアルネウラも面倒見がいいのがあるし、優月はある意味みんなの妹だからかもしれないが。
『仲がいいのはよいこと』
「そうだな。だが、一歩逃げ出した人物がいる以上、泥沼の争いになるのは明白だ」
『止めてくれ。考えたくない』
溜め息をついた悠聖にリースがクスクスと笑う。
『だけど、悠聖は全部を考えている。周と一緒』
「どう動けば関係者の誰もが幸せになれるかってことか?」
『お前らな』
呆れたように言う悠聖の声に否定の色はない。
『精霊帝となり、神と精霊妃を作り出そうと』
『ちょっと待て。何でリースが精霊妃まで知ってるんだ?』
『メリルから聞いた』
『メリルから? 歌姫と言っても精霊妃まで知っているわけが』
『エンシェントドラゴンのメリルから聞いた』
その言葉に孝治の表情が険しくなる。それを知ってか知らずかリースは言葉を続ける。
『懸念はわかる。でも、メリルは私や浩平に竜の祝福を与えてくれた。今もなおずっと見守ってくれている』
『神になってるからわかるけど、神にならなかったら理解出来なかっただろうな』
「もしくは、理解しようとしても届かなかったか。しかし、世界とは広いものだな」
『神流に説明しようか?』
「何分かかる?」
『禁書目録図書館換算で1日』
「喧嘩を売っているのか?」
そう言いながら孝治は小さく息を吐いて『絆と希望の欠片』を離した。そのまま鞘から運命を引き抜いて地面に突き刺す。
「神を造る、か。だが、悠聖よ。新たな神を人の計画によって作り出すことを神が許すと思っているのか?」
おそらく、悠聖がその場にいれば思わないと答えていただろう。だが、孝治にはそれに続く言葉はわかっていた。
悠聖なら必ずこう言うとわかっていた。
「運命。明日はどうやら本気を出さないといけないようだな」