第二百八十五話 戦略兵器
宴会が開かれている基地滑走路。そこを見渡せる司令塔の屋上に三人の少女の姿があった。
楓、光、ルネの三人だ。三人は宴会を見下ろしながらフルーベル平原も見ている。
「相手がディザスターを運用してきた場合、かなりまずいよね」
そういいながら楓は手に持ったコップの中身を口に含む。ただのブドウジュースだが雰囲気的にはワインにも見えてしまう。
「フルーベル平原は障害物のない地形。そう考えると楓が並んで射撃するようなものじゃない?」
「それ、ただの地獄やん」
三人が話すのは同じ支援又は砲撃を得意とするから視点だ。アル・アジフがいればそれで事足りたかもしれないが今、アル・アジフはここにはいない。だから、最も火力のある三人が相手の対応を考える必要がある。
もちろん、ディザスターの砲撃を避けられない地形ということはこちらの砲撃も通るということだ。
「うちからしたらはっきり言うなら戦いたくはないで。フルーベル平原自体、政府が戦力をほぼ削られた場所やん」
「黒猫の心配もあるよね。でも、黒猫の主力となる黒猫子猫はこちら側」
「こちら側と言ってもメンバーの大半は向こうだよ。とは言っても、主力の二人は完全にこちら側だけど」
「そっちは取り決めがあるから大丈夫やけど、問題は敵の戦力差や。ただでさえこっちの方が劣っているのに」
「火力的にはどっこいどっこいかな?」
そういいながら楓がカグラを微かに掲げる。確かに、カグラを持った楓一人で戦力差はかなり埋まってしまうだろう。冗談抜きにして。
光の広域爆撃もフュリアス相手にはかなり有効だ。それにルネの八雲式も広域に攻撃を叩きこめる。
「そうだんだけどね。でも、光が楓のカグラをコピーして一斉射撃出来れば話は大きく変わるんじゃないかなと」
ルネの言葉が止まる。何故なら。光が何気なくカグラにレーヴァテインを当てた瞬間、光の目の前にコピーされたカグラが浮かんでいたからだ。
それを見たルネが楓を見る。
「ねえ、楓。私は今、猛烈に混乱している」
「それは私もなんだけど。光の『物質投影』って持っているもの限定じゃなかった?」
光が持つ『物質投影』は極めて強力なレアスキルだ。効果だけならSランクに相当するだろう。だが、『物質投影』自体が十人ほどの持ち主を確認されている。それだけでSランクに認定されていない。
その効果は楓が言うようにもっているものを限定して見た目が同じものを複製する能力。見た目は同じではあるが効果は劣化コピーとなり同じものを大量にコピーして投擲するのが主な使い方だ。
光の場合はそこに着弾時に爆発も付け加えているが。
「そのはずなんやけどな。一度、孝治の運命を大量にコピーしようとしたけど、持っているものしか使えなかったし」
「運命をコピー。矢の代わりにずっと放つと考えたら」
「ちょっとした地獄絵図だね」
「楓。こっちの方が問題だから」
カグラは神剣。能力は様々にあるが、楓の砲撃との相性がいい魔力収束の能力も持っている部分がある。だから、もしそれが集まった場合、
「大量にコピーしたカグラは魔力粒子さえ空中にあれば強力な砲撃を横の範囲を無限にして放てる。それは一種の戦略兵器」
「考えるだけで恐ろしいね。でも、もし、そんなものが出来るとしても、必要な魔力量が莫大過ぎて、私一人じゃどうしようも」
「方法はある」
突如として話しかけられた言葉に三人はその場から飛びのいて振り返った。そこにはかなり不機嫌そうな表情のリースがいる。まあ、知り合いから避けられたら当然の反応だろう。
「方法はある」
むすっとした表情のままリースは言葉を続ける。
「竜言語魔法に魔力粒子を召喚する魔法が存在する」
「魔力粒子を召喚? 他の空間から持って来るってことかな?」
「その解釈で正しい」
もし、リースが言うように魔力の召喚が可能なら話は大きく変わる。
今回の問題は大量にコピーした場合魔力が絶対的に足りないのだ。その魔力さえカバーできた瞬間に二人の重ね技はアル・アジフや茜以上に危険な魔術となりえる。
「それさえ使えばカグラのポテンシャルを最大限まで出せる」
その言葉に楓が少しだけ苦々しい表情となるのを光とルネの二人を見ていた。
カグラを扱う楓の砲撃は世界最強と言ってもいい。広域に対して強いアル・アジフや単体におかしな火力を出せる圧縮具現化魔術を使える茜と違い、砲撃だけなら並ぶもののいない状態だ。
でも、リースの言葉が本当ならそれでも完全な状態じゃないらしい。
「カグラの本気を出せないのはわかっている。でも、今回ばかりはそうは言ってられない」
「わかっている。でも、カグラの制限は外せない。リースだってわかっているはずだよね? ここまでわかっているってことは、カグラの力を解放したら」
「それが今回は必要」
「ちょっと待って。二人は何を話してるん? まるで、楓が全然本気を出していないって言うかのような」
「そうだよ」
新たな介入者。四人が視線を向けるとそこには七葉の姿があった。
「宴会に参加していないみたいだから探してみたら、リースちゃん、暴露?」
「暴露じゃない。必要だから。それは七葉も覚えているはず」
「覚えている?」
その言葉に七葉が首を傾げる。それに対してリースは頷きながら無造作に竜言語魔法書を取り出した。そして、本を開いた瞬間、その場にいる全員に一つの光景が映った。
それは星。ただし、その星が眩いまでの光を放って爆発する瞬間。しかも、その爆発は周囲の星を呑みこむほど巨大なものだった。
「スーパーノヴァ」
ルネがぽつりと呟くと同時に頭の中に流れた光景が無くなる。だが、それだけでも十分だった。
「スーパーノヴァ?」
「星が爆発する現象のことだよ。でも、今のは」
「なるほどね」
七葉が小さく息を吐いてカグラを見る。そして、小さく笑った。
「これは予想外だったな。まさか、楓さんが星剣を持っているなんて」
「星剣? 確か、悠聖の終始の星片も星剣やったよな?」
「星剣は星そのもの。星というものを圧縮した存在。もし、この大地が一つの武器となったならそれは極めて強大な神剣となる」
「私も噂話でしか聞いたことはないけどね。原初の星剣や恒星の星剣、終始の星剣ぐらいしか聞いたことが無いかな」
そもそも、星剣自体知られていない。いや、知られていないは語弊があるだろう。正確には知らされていないのだ。
星剣の存在はそれこそ世界を滅ぼす可能性があるのだから。だから、噂話であっても正確な話は当事者や関係者しか知っていない。
「七葉はこれを知ったんだよね。だから、わかるはずだよ。これを使うのは危険だって」
「うん。でも、今回は必要だと私も思う」
「そんな!」
「楓。落ちついて。うちにもわかるように説明して」
「それは」
楓が光から眼を逸らす。それを見たリースは小さく息を吐いた。
「カグラの最大出力は」
「リース!」
「楓が言わないなら私がいう。カグラのこれだけは使う可能性が出た時点でみんなに知らせるべき。それが最善の策」
「でも」
「何も言わないで使った後の被害が大きすぎる」
楓が唇をかみしめる。そして、諦めたかのように小さく息を吐いた。
「世界を砕くことも可能だと思う。具現化した魔術を物理的衝撃に変換出来たならの話だけど」
「ちょっと待った。魔術って物理ダメージをそのまま与えるものやんな? それを魔力ダメージに変換してまた戻すなんて」
「魔法や魔術は確かにそう。デバイスのサポートで魔力ダメージに変換しているにすぎない。だけど、神剣は違う。最初から魔力ダメージを与えるもの」
「そもそも、神の力の断片である神剣が普通に物理ダメージを与えられたらとうに世界は滅ぶよね」
確かにそうだ。神剣の能力は桁違い。そんなものが物理ダメージを撒き散らせば世界は滅ぶかもしれない。それほどまでの力を神剣は持っているものがある。
「星剣は最初から魔術召喚なんだよ。原初の炎、原初の氷、天空の光とか様々あるけど、魔力ダメージを与える魔術を具現化し召喚するのが星剣の力。星の力だから火力は桁違いだけどね」
「カグラの最大出力は特殊な電波を放つから。だから、最大出力を撃つのは完全な負け戦。それこそ、世界の滅びが決まった後にしか放てない」
「すごい威力やねんな。でも、それがあれば」
「これが人界の戦いなら出し惜しみなく使っていた」
リースの言葉に楓が頷く。
音界の決着は音界が決める方がいい。そもそも、ここにいる五人が本気を出せば相手はひとたまりもないだろう。
高威力広範囲の竜言語魔法を瞬間で放てるリース。
八雲式により広範囲に効果を及ぼす魔術を発動出来るルネ。
面制圧の対地爆撃を得意とする光。
ピースメーカーと共に広範囲に頸線を張り巡らせれる七葉。
そして、砲撃世界最強の楓。
この五人が被害を無視して本気を出せば生き残る敵は少ない。だが、それをしてはいけないのだ。
「私がカグラを使うのは首都に被害が及ぶかもしれない時。そういう時以外はブラックレクイエム中心で戦うから」
「まあ、何かあったらうちらで対処すればいいやろ」
そう言いながら光はレーヴァテインを構えた。そして、遥か向こうへ向かってレーヴァテインを放つ。
「でも、親友のうちに話してくれへんかったのは悲しいわ」
「ごめん」
「やから、ちょっと試し打ちしようや」
そう言いながら光はレーヴァテインをカグラに当てた。すると、カグラのコピーが二人の前に浮遊する。
それを見ながら二人は視線を合わせた。そして、二人は同時に口を開く。
「「た~まや~」」
そして、カグラコピーから放たれたエネルギー弾は空中で四つの花を咲かせた。