第二百七十六話 ベイオウルフ改造計画
「いや、ちょっと待て」
ゼルハートが設計図を手にしながら頭を抱えていた。その向かいにいるのはリリーナ。
「ちょっと待てちょっと待てちょっと待て! これを考えたのは誰だ!? アル・アジフか!?」
「周だけど」
「納得した」
ゼルハートが呆れたように息を吐いた。
「どうかしたのか?」
ちょうど機体の調整が終わり一息ついていたルーイが二人に話しかける。それに対してゼルハートは持っていた設計図をルーイに渡した。
「ベイオウルフ改造計画。防御力をとことこん削った悠遠に近い当たらない前提の装甲に変えてほしいそうだ。パイロットを殺せと俺に言っているのか?」
「装甲をとことん削る。パーツの大半はソードウルフのものだな。変形機構をそのまま出来るようにしているのか。空中戦の機動力を高く出来るようにしているようだな。しかも、装甲も装備も用意済みとは」
ルーイが呆れたように言う。それにリリーナは苦笑で返した。
「今のベイオウルフの姿は最初の試作状態みたいなんだよね。攻撃力と防御力、そして、機動力を両立させた状態。並みの攻撃なら気にすることなく攻撃できる装甲。極めて威力の高い攻撃すらも防いでしまうエネルギーシールド。でも、それじゃダメなんだよ。アレキサンダーを止めるには」
その言葉に呆れていた二人の表情が引き締まる。
この世界で二番目に強いアレキサンダーと対抗できるのは最高の状態の悠遠ぐらいしかいないだろう。ルーイも最高の装備をしたアストラルファーラで負けてしまった。
だから、アレキサンダーを対処できるのはのはマクシミリアンのストライクバースト。鈴のイグジストアストラル。そして、リリーナのアレキサンダーの三機しか可能性は残されていない。
「確かに、アレキサンダーを止める前提ならこの装備をしなければ難しいだろうな。俺だってあの機体に対抗するためならこういう改造しかないのはわかっている。だが、それを使えるパイロットは俺が知る限り真柴悠人一人だけだ。いくら魔王の娘のお前でも俺は技術者として止めさせてもらう」
「いや、ゼルハート。これをするべきだ」
だが、ベイオウルフ改造計画にルーイが賛成する。
「悠人がここにいない以上、アレキサンダーを止められる機体の中で、一番可能性の高い機体であるベイオウルフ、それを強くすること勝つために必要なはずだ」
「だが、この改造計画では独断行動が基本になるぞ。囲まれでもしたなら、いや。この装備、まさか」
「うん。多分、周は最初から囲まれる前提で改造計画を組み込んでいたんだと思う」
「正気か!?」
ゼルハートが驚くのも無理はない。何故なら、防御力を限界まで削った状態で囲まれる前提は普通におかしいからだ。防御力を削った以上、被弾する確率を下げるように行動しなければならない。囲まれてしまえば悠人やマテリアルライザーに乗る周みたいではなけれあ当たらないということは不可能だ。
「いくら防御機構を改造したとしてもそんな状況で生き残れる可能性があり得るわけがない! しかも、この装備は、パイロットを殺すつもりか!?」
「勝つためになりふり構わない装備、みたいだな。僕としても賛同しかねる」
リリーナは設計図に目を通しているため付随されていた攻撃オプションパックを知っている。だから、二人が驚いている理由もわかっている。
リリーナがこの設計図を手に入れたのは周に頼みこんだからだ。ベイオウルフを改造する計画の相談をアル・アジフに持って行くのと同時に周にも尋ねていた。
アル・アジフが作り出した計画は防御力を捨てて機動性を上げることでアレキサンダーと戦えるようにしただけ。だが、周はそこにさらない攻撃オプションを考えてきた。
敵の中に飛び込む前提の装備が大半のオプションパックを。
「しかし、現状、これに頼らないといけない部分がある。それに、ベイオウルフの改造は俺もしなければならないと思っていた。あれは、あまりにもかっこ悪い」
「あはははっ」
確かに現状のベイオウルフは見た目がダサい。防御力も兼ね揃えるとなるとああしなければならなかったのはわかるが、主力であの姿をしているのは力が抜けるのも事実だ。
「ルーイ。ここの技術員を束ねてもらっていいか? 俺は今からベイオウルフの改造を一日で終わらす。明日の合同訓練に間に合わせるためにな」
「一日。可能なのか?」
「何を言っている。俺は天界最高の技術者物霊神ゼルハート。普通の技術者と比べてもらっては困るな」
「僕は賛成はしない。だが、リリーナがそれを求めるなら止めはしない。だけど、悠人には話しておけ」
「うん。今から連絡するところだよ」
「そうか」
ルーイが歩き出す。ルーイはおそらく納得しないだろう。
周のようなありえないレベルの回避力がリリーナには無い。それなのにリリーナは被弾をしない前提の機体に乗ろうとしている。歌姫親衛隊隊長をやっていたルーイとしては一生認めるつもりはないのだろう。
だけど、アレキサンダーと対抗するには仕方ないと思っている部分があるのも事実だ。
ゼルハートは設計図を握り締めて駆けだした。すぐさまベイオウルフのところに向かうのだろう。すでに装甲や装備は用意しているため装甲を取り替えることがほとんどの改造計画通りに進めば明日には完成するだろう。
リリーナはそんな二人を見ながらでばいすを取り出して通信機を繋げた。
『リリーナ、どうかしたの?』
すぐさま悠人の声が聞こえてくる。
「ちょっと悠人の声が聞きたくて。今、大丈夫?」
『大丈夫だよ。アル・アジフさんとアンの二人と休憩中だから』
「そっちは大丈夫?」
『うん。順調かな。いろいろと変わった部分があるからそれに慣れるのが精一杯かな。決戦に間に合うかは微妙だけど』
「そっか」
そう言いながらリリーナは口を開く。ベイオウルフ改造計画のことを話すために。
『リリーナ』
だけど、それより早く悠人がリリーナの口を遮った。
『ねえ、リリーナ。無茶はだめだよ』
「無茶なんて」
『アル・アジフさんから全部聞いているから。ベイオウルフ改造計画のことについて』
その言葉にリリーナは言葉に詰まってしまう。だが、それを悠人がクスッと笑う。
『リリーナのことだから、アレキサンダーと私が戦う、とか言いそうだからね』
「あははっ。悠人は私のことがわかっているんだね」
『うん。だって、大好きだから』
その言葉にリリーナは顔を真っ赤にしてしまう。わかっていても、唐突に言われるのはどうしても抵抗がまだない。
『だからさ、危なくなったら必ず助けるから』
「悠人?」
『もう、守られるだけじゃない。僕が絶対に守るよ。もう、殺させない。僕の大切な人は僕が守って見せる。鈴も、メリルも、リリーナも』
「悠人こそ、無理しないでね」
『大丈夫だよ。悠遠はもう僕だけの機体じゃないから。魔科学時代の技術者達と、今の世界の技術者全ての願いが詰まった悠遠に最強に君臨し続ける機体だから』
「うん。でも心配だから。ごめんね。急に連絡して。それじゃ」
そう言いながらリリーナは通信機を切った。そして、小さく息を吐いて地面を見ながらゆっくりと歩き出す。
ふと顔を上げるとそこには鈴が心配そうにリリーナを見つめていた。
「鈴」
「リリーナ。やっぱり、無茶するんだね」
「ごめん。例えアークの戦いに勝っても、アレキサンダーと対抗するには無茶しなければならないから。悠人が来るまでは」
「だけど」
鈴は心配している。そんな鈴をリリーナは抱きしめた。
「怖いよ」
そして、ぽつりと呟く。
「一撃当たるだけで死ぬかもしれないなんて、怖いよ。そんな中で悠人が戦っていたなんて」
「そうだね」
イグジストアストラルは攻撃を受けても大丈夫だが、衝撃を受けた場合のダメージは現在生産されているフュリアスよりも大きい。衝撃を吸収する機構がそれほど強くないからだ。
今の場合だとフュリアスを生身の、それも魔術を使用しない人間が殴り飛ばせる時代なのでそういう衝撃に対する対策が行われている。
だから、一撃を受けるだけで重大なダメージを受ける可能性はイグジストアストラルにもある。
「アークの戦いに勝てば、まだ怖くない。アークの力があれば、大丈夫だから。でも、負けたら」
「リリーナ」
鈴がゆっくりとリリーナを抱きしめる。そして、優しく髪の毛を撫でる。優しく、優しく。
だから、二人は気づかなかった。二人の傍で話を聞いていた人がいたことに。
その人物は静かに預けていた壁から背中を離す。そして、背中の純白の翼をはためかせえ飛び上がった。
「私は、どうしたらいいの? 悠聖」