第二百七十四話 奪還
ピリピリと肌を焦がす静電気を感じながら俊也は静かに小さく息を吐いていた。そして、ゆっくり空を見上げる。
首都から少し離れた平原で一人、俊也は小さく息を吐いていた。
「ミューズ。僕は強くなったかな?」
『奇妙なことを言うのだな、我がマスターよ。強くなった。何度も言っているはずだ』
「模写術士に勝てるくらいに?」
俊也の言葉にミューズレアルは沈黙する。
模写術士との相性の悪さは説明しなくてもいいだろう。どんな攻撃をも受け止めてしまうダヴィンスレイフに今の俊也では勝負にすらならない。
「僕はもっと強くならなければならない。もっと、模写術士に勝てるほど強く」
「今の君では無理だよ」
その言葉に俊也は顔を上げた。そこには不適な笑みを浮かべた正の姿。
「やあ、ミューズレアル。相変わらずのようだね」
「海道、正さんだったっけ? 詳しくは知らないけど」
「そうだよ。詳しい話はミューズレアルから聞くと言い。一度手合わせしたことがあるからね。もちろん、僕が勝ったけど」
その言葉に俊也は小さく息を吐いた。まるで、興味がないというように。
「興味がない、と言いたげだね」
その言葉に俊也は頷く。
「もし、僕に模写術士を確実に倒せる力をくれるなら話を聞いてあげるよ」
「それもそうか。君は大事な家族を模写術士から取り戻さないといけない。まあ、勝つ方法がないわけじゃないよ」
その言葉に俊也の顔の色が変わる。そして、俊也の体から放電する量が一気に増えた。
それだけで戦意が増したとわかるだろう。普通なら戦おうとは思わないくらいの放電と相対しながら正は余裕の表情のまま聖剣を鞘から引き抜いた。
「一度でも拳を当てたら勝ち、でどうかな? さすがに、自然放電をガードしろって方が無理だからね」
「そんな簡単なことでいいの?」
俊也は余裕の笑みを浮かべた。だが、それをシンクロしているミューズは否定する。
『油断するな。今の我らは最速を名乗っていいだろう。だが、相手は時間すら超越している。当てるのは至難の業だぞ』
「そんなこと関係ないよ。僕は」
俊也が地面を蹴る。最高のタイミング、最高の速度で踏み出した俊也は聖剣を抜き下に向けたままの正の側面を取って拳を握りしめた。だが、目の前に突き出される聖剣に動きを止める。
俊也と正との距離は大体20mくらい。ほんの刹那よりも早く移動した俊也以上の速さで伝説を向けていた。それはまるで未来予知。
「七葉と、同じ?」
「ミューズレアルの説明は無かったのかな? 僕は時間を操る。たかが秒速3km程度の速度で動いても時間を止めて反応すれば簡単なことだよ」
「時間を」
俊也は絶句する。俊也は知らない。周が時間を止める特殊な結界を使えることを。
周が使えるなら正も使える。周の場合は準備が必要だが、正の場合は聖剣の力で準備すら必要ない。ほんの刹那よりも早く展開できる。
「さて、まだ、やるのかな?」
「くっ、もちろん」
俊也が距離を取る。それに正は笑みを浮かべて同じように距離を取った。
「さあ、軽く本気で行かせてもらうよ」
激しくぶつかりあう二人。俊也は雷速の速さで移動しながらノートゥングを中心とした魔術を発動しつつ正を崩そうとタイミングをうかがっている。だが、正は崩れない。まるで、その攻撃を予知しているかのように。
そんな二人の様子を委員長は少し離れた位置から見ていた。
「俊也君」
大事な恋人を心配するかのような表情と共に拳を握りしめる。
最近の俊也は殺気だっていると言ってもよかった。過酷な訓練を連続して行い、自分の体を極限まで痛めつけてまで強くなろうとしている。もちろん、委員長が付きっきりで治療しているためまだ大丈夫だが、このままでは倒れてしまうのは明白だった。
「ねえ、俊也君は私が心配しているのがわかっているのかな?」
わかっているのだろう。だけど、家族のために俊也は戦わなければならないのだから。
「正さん。正さんは俊也君に何を教えようとしているの? あれじゃ、俊也君がボロボロになっちゃうよ」
何をしても通じない。そんな絶望を正は俊也に与えている。まるで、今の俊也では何も出来ないという風に。
「私は、何も出来ないのかな?」
「そうだよね~。何もできないよ~」
その言葉に委員長はとっさにその声の主から距離を取ろうとした。だが、それより早く黒い何かが委員長の体を覆い尽くす。
「俊也く」
言い終わるより早く委員長の体が黒い膨大な糸によって包みこまれた。
「有効に使わせてもらうね~。残る二体の内の一体を確保するためにね~」
正が聖剣を下ろす。そして、小さく舌打ちをした。
今までとは違う行動に俊也は思わず立ち止まってしまう。そんな俊也をよそに正は静かに振り向いた。そこには、静かにこちらに歩いてくる委員長の姿。
「花子さん? どうかしたんだろ」
そんな委員長に歩み寄ろうとした俊也を正の手が止める。
「正さん?」
「やられたよ。まさか、こんなところまでやってくるなんて」
「急に何を」
「彼女は操られている」
「えっ?」
その言葉と共に正は魔術を発動させる。それは一直線に空を切り裂き、近くにある委員長がやってきたであろう小高い丘を粉砕した。そこから現れるのは一人の人物。
「模写術士! まさか」
「そのまさかだよ。悪趣味にもほどがある。でも、まあ、これだけ離れていたらどうにでも」
「どうとでもなるといいいたいんですか~」
その瞬間、止まった。正はそのように感じ、声のした方を振り向いた。そこには、模写術士の姿。だが、時は止まっているかのように動かない。
「間一髪、というところだね。模写術士が錬金術師でもあることを忘れていたよ」
「錬金術師ということは、ホムンクルス?」
「そういう表現が一番近いね。もっとも、見た目が同じ人形だけど。危うく、この僕がやられるところだったよ」
模写術士は今にもダヴィンスレイフを正に放とうとしていた。まるで、まず正から死止めようとしているかのような。
「それにしても、この空間は」
「僕の結界魔術。結界内と外部との流動を阻止して時すらも止めてしまう特殊な結界だよ。まあ、燃費が悪く普通じゃ使うのが難しいけどね。こういう時は重宝するよ。さて、僕は彼女を正気にするよ。だから、模写術士は君が戦うように」
「そんな。今の僕にはそんな力は」
「どうかな。だから、君に助言を授けるよ」
そして、正は笑みを浮かべて俊也の耳元で呟いた。それに俊也は目を見開き模写術士を見る。
「あくまで僕が感じただけだけど、君なら出来るよ」
「あなたは僕に何を求めているの?」
「君なら出来る。精霊召喚師のその先に。悠聖と同じ、精霊に愛された君なら精霊召喚師という限界を越えられる」
「限界を?」
「そう。結界を後5秒で止める」
その言葉と共に正は走り出した。俊也は模写術士を見て、小さく息を吐く。そして、時が動き出した。
ダヴィンスレイフが正のいた場所を貫く。だが、そこに正はおらず、模写術士は目を見開いた。だから、俊也はその隙をつく。
雷速の速さでダヴィンスレイフを潜り抜けて模写術士の懐に飛び込んだ。
模写術士は目を見開いたまま視線だけどゆっくりと下に下ろす。だが、それより早く正は胸元に手を伸ばした。そして、正の言葉を思い出す。
『フィンブルドの気配を感じる。模写術士の胸元に』
胸元を思いっきり右手で掴む。そして、柔らかい感触と硬い確かな感触を感じながら俊也は左の拳を叩きつけた。
模写術士の体が吹き飛び、俊也が掴んでいた胸元が引きちぎられる。俊也は吹き飛んだ模写術士に視線を向けることなくその手に掴んだものを見つめた。
綺麗な正八面体の結晶に包み込まれたフィンブルドの姿を。
「フィンブルド」
俊也はその結晶を胸に抱く。だが、そんな感傷は模写術士の声によって遮られた。
「よくも、やりましたね~」
胸元が破れ、その場所を隠しながら模写術士は俊也を睨みつける。
「それを奪われたところであなたには何も出来ないですよ~」
「それはどうかな?」
その言葉に俊也と模写術士は空を見上げた。そこには背中に『破壊の花弁』の翼と光の翼を持つ悠聖の姿。
「俊也。見せてやれ。お前がお前の家族と最初に出会った頃のことを」
「出会った頃?」
「お前は正当な精霊召喚師から始まったわけじゃないからな。だから、出来るはずだ。フィンブルドを捉える戒めすらも強制的に精霊を使える手段が」
「あっ」
俊也は思い出す。そして、その言葉を告げる。
「ユニゾン」
『その言葉を待ってたぜ、俊也』
手に持つ結晶からフィンブルドの姿が消える。そして、体の中にともる温かい感覚。
「あっ、ああっ、フィン、ブルド」
『泣くな泣くな。全く、俺がいなきゃ俊也はダメだな。ミューズレアル、迷惑をかけた』
『信じていたから問題はない。マスター』
『俊也』
シンクロをしたミューズ。そして、ユニゾンをしたフィンブルド。
本来ならありえない状態の俊也の体は喜びに満ちていた。まるで、この瞬間を待っていたかのように。
『始めよう』
『始めるぞ』
「うん。始めよう」
俊也の体から放電が始まる。だが、それは今までとは違うくらいの量だった。
雷属性は主に静電気を利用する。それをかき集めるには単純に風属性の力で空気と空気を摩擦させて静電気を発生させればいい。昔の話だが、雷属性が海道時雨によってちゃんとした魔術に体系化されるまではあくまで風属性の中の魔術という枠組みだった。
だから、今の俊也は今までとは全く違う。シンクロとユニゾンによって雷と風属性の最上級精霊と合わさることで最高の力を発揮できる。
「模写術士、勝負だ」