第二百七十三話 束の間の休息
オレは小さく息を吐きながら足を踏み入れたそこは、簡単に言うなら賭博場だった。
日本ではまだ違法な場所ではあるが、音界では合法であり、こういう状況でも普通に賭博が行われている。
その中でオレはとある人物を探す。そして、見つけた。
賭博場においてお金を失うに失いまくっているミルラとラウの姿が。その傍では呆れたような表情の光と楓にお目当ての優月、アルネウラの二人がいる。
「ま、また負けた」
「バカな。この僕が負けるなんて。この僕が、百二十連敗するなんて」
「そんなに負けるのはありえないだろう」
「手は抜いているのですが」
すごく申し訳なさそうにルーレットを回すディーラーの人がオレに言ってくる。多分、何回かは勝たせようとイカサマをしかけたに違いない。だが、何故か成功しなかったようだ。
ちなみに、光と楓の二人はそこそこ稼いでいるようで優月とアルネウラはそもそも参加しいていない。
「悠聖」
『悠聖もギャンブルしにきたの?』
「別にしてもいいんだが、オレは警戒されているだろ?」
「妹様が一緒でなければ」
ひきつったような表情で言われる以上オレは何もしない方がいいだろう。まさか、七葉一人でここのカジノの経営が傾くほど荒稼ぎされると警戒されてしまう。
もちろん、それは合法的なイカサマなのだが、オレは七葉に頭を下げさせて稼いだ額の8割ほどを返した。そもそも、七葉の能力があれば一夜で億万長者を年中することが出来る。
「白川悠聖。お金を貸しなさい」
「くっ、僕に金をよこせ!」
「止めた方がいいよ。これでも、うちらの稼ぎの半分くらい上げているんやで」
「まさか、ここまで負けるなんて思わなくて」
こういう人は絶対にギャンブルをやらない方がいいよな。
「ねえねえ、悠聖。私もしちゃ、ダメかな?」
「いや、やっちゃダメとは言ってないけど」
「それはうちが止めてん。まだ、優月は小さいから悠聖と一緒じゃない限りさせないってね。さすがに、この二人を見ているからさらに二人なんて面倒を見切れない」
『やりたそうにずっと見つめていたからね』
優月はきらきらした目で見てくる。そんな目で見られたらダメって言える人の方が少ないだろう。
「ルーレットでいいか?」
「他のは難しいから私には無理かな」
『ブラックジャックなら簡単じゃないかな?』
「多分、無理」
オレは即答で否定する。あれで稼ごうとしたら周とか孝治みたいな超人的な記憶能力で勝負するしかない。というか、あいつら二人が本気を出せばカジノが一夜にして潰れるんじゃないか?
ルーレットは比較的空いているためオレとアルネウラが席を取っていても何も問題はないだろう。
『むう、私だってしたいのに、ブラックジャック』
「お前はただ21を出したいだけだろ」
家で遊んだ時は手が20なのにさらに引こうとしたのを覚えているためオレは小さく息を吐いた。
こいつにもギャンブルはさせない方がいいかもしれない。というか、ギャンブルをさせない方がいいかもしれない。
オレが席に座るとオレを挟み込むように優月とアルネウラの二人が座る。
「ルールを説明しますか?」
ディーラーがオレ達に尋ねてくるが優月は首を横に振った。見ていたからわかっているのだろう。
「チップは一枚か?」
「うん」
「悠聖。ちゃんと見ておくねんで。もう、この二人以外に見切られへんから」
「大丈夫。チップが無くなったらやめさせるから」
「う、うん」
優月は不服そうだが頷いた。まあ、これで大変なことにはならないだろう。
そうしていると開始のベルが鳴らされる。いつの間にかオレ達の周囲には人が集まって来ていた。まあ、優月が参加するとわかったからだろう。別に違法ではないが年端も行かぬ子が参加するのは珍しいし。
「このタイミングでどこに賭けるか決めて」
「じゃあ、8で」
いきなり一番ハイリスクハイリターンの戦法を取りやがった。
『いきなりそういっちゃうんだね』
「あ、あれ? 何か間違えた?」
「いや、間違っていない」
実際に一枚だけで大穴を狙う人はいる。ちなみに、ミルラとラウも同じように大穴狙いだった。こいつらはまた負けるな。
「じゃあ、うちは赤ねらいで10枚ほど」
「私は偶数にしようかな」
こいつらは堅実だよな。こういう戦い方をしていたら儲けは少ないが大損することは少ない。だから、そこそこ稼げているのだろう。
明らかに周囲の視線は優月に集中していた。多分、ほとんどが当たることを祈っているのだろう。まあ、当たるとは思わないけど。
『いきなり終わりそうだね』
「そうだな」
「むう、二人共酷いな。ミルラやラウと同じやり方だよ?」
「あいつらを見習うな」
こいつらが勝てることなんて一生、
「あっ」
楓が声を上げた。どうやら番号が決まったらしい。そこに視線を向けて、オレは、固まった。何故なら、そこには黒の8にボールが入っていたから。
一瞬の静寂と共に沸き起こる歓声。そして、そこに紛れる絶叫。
「悠聖悠聖! 当たっちゃったよ!」
「なあ、アルネウラ。オレは夢を見ているのかな?」
『こういう状況って本当に寝言を言いたくなるよね』
「むう、私を祝福してくれないの?」
「おめでとう」
『おめでとう』
運が良かっただけだ。本当に運が良かっただけだ。
「じゃあ、次は13で」
「また全賭けか?」
「うん」
いや、いいんだけどね。こうなったら最後までやらせる方がいいだろう。次で確実に負けるだろうから。
「頑張れ」
そして、一時間が経った。オレは小さく息を吐いて近づいてくる総支配人の姿を見る。
だって、優月がまさか一目賭けで4連勝するなんて誰が思うか? 完全に人だかりで逃げられないし。
「また、あなたですか?」
総支配人が呆れたような表情でオレを見る。オレは降参するように両手を上げた。
「ちなみに、オレは何も操作していないからな」
『破壊の花弁』を使えば多少は操作できるだろうが素人が操作しても悲惨な結果になるだろう。
「出入り禁止にした方がいいかもしれませんね」
多分、その方がいいかもしれない。このカジノ的に。
「えっ? 私、何か悪いことをしたの?」
「優月は何も悪いことをしてないから心配するな。ちょっと勝ちすぎただけだ」
168万分の1の奇跡を見てしまっただけの話。いや、まあ、普通はありえないんだけど、未来を見れる七葉みたいじゃない限り普通にありえないし。まあ、七葉の場合は21億分の1とかいうことをしでかしただけだけど。
『そろそろ退散したほうがいいかもね。優月のためにも』
「そうなの? 私、勝ってるよね?」
「勝ちすぎなのが問題なんだ。最初から勝っていたら後は負けるだけ。こういうところで適度に止めておかないと痛い目をするのはわかりきっている」
「そうだね。えっと、このチップはどうしよう」
「物欲しそうに見つめている二人に上げた方がいいんじゃないか? カジノ的に」
こいつらなら確実に負けてくれる。
「そうだね。でも、ちょっとだけ換金してお金にしておこうかな」
そう言いながら優月はチップの山を見つめる。オレは小さく息を吐いて天井を見上げた瞬間、優しい風を感じた。
オレはとっさに席から離れて周囲を見渡す。だが、そこに姿は見当たらない。
『悠聖、どうかしたの?』
「アルネウラ。俊也の場所はわかるか?」
『俊也の場所? えっと、首都から離れていることなら』
今の風は確実にフィンブルドのものだった。フィンブルドは捕まっている。それなのにそれを感じつことが出来たということは、
「優月、アルネウラ、行くぞ」
「えっ? えっ? 悠聖?」
「光、楓、チップの処理を頼んだ」
「わかった。私達もすぐに向かうね」
二人の手を取り、オレは人混みを駆け抜けて走り出した。そして、すぐにカジノから外に出る。
「悠聖。ちょっと待って。事情を」
「フィンブルドを感じた。近くには見当たらないからおそらく」
『俊也狙いかもね。じゃあ、ダブルシンクロ行こうか』
「えっ? うん」
すごく未練がましい目でカジノを振りかえる優月だが、ある意味あそこで終わってよかったかもしれない。
オレは小さく息を吐いて呟いた。
「ダブルシンクロ」