第二百六十八話 新たな影
両手にグラビティカノンダブルバレットを握り締めて周囲を見渡すベイオウルフ。アストラルファーラよりも高い位置にいるベイオウルフの役割は上がってくる敵を最大の火力で殲滅すること。そのための装備は用意している。
背中には飛行ユニットがついているがベイオウルフ用ではなく、ギガッシュ用のものを無理矢理改造して使っている。高度が高い場合、ベイオウルフ専用の飛行ユニットではカバーできないところがあるのだから。
「悠人達、そろそろ上がった頃かな?」
周囲をレーダーで確認しながらリリーナは小さく呟いた。そして、目視で周囲を確認する。
「下ではルーイとリマの二人がいるし、二人がいれば大抵の敵は来ないからちょっとは安心できるけど」
そう言いながらリリーナはスラスターでベイオウルフの姿勢を制御する。
上空ではベイオウルフですら大きく動かされる大気の流れが存在する。アル・アジフから事前には聞いていたが気流というらしい。ここまでの高度は普段は上がることがないからか、体感したことのない風にリリーナは戸惑いを隠せない。
下を警戒しながら風による機体の動きも警戒しなければならないからだ。
「むーん、早く戻って来て欲しいな。早く、悠人と一緒に」
その瞬間、風が止んだ。それに違和感を感じると共にリリーナは大きくその場から飛び退いた瞬間、ベイオウルフがいた位置を何かが通り過ぎる。すかさずグラビティカノンダブルバレットの引き金を引くが空を切り裂くだけだ。
「ルーイ、リマ」
レーダーの強さを上げながらリリーナは二人と通信を開く。だが、返ってくるのは砂嵐。
「ジャミング? だったら!」
ベイオウルフ全体をエネルギーシールドが包み込む。エネルギーシールドの中でレーダーの強さをさらに上げつつ周囲を見渡す。
周囲に機影は無し。完全なステルスかそれとも視覚情報だけから消しているか。
「粒子拡散!」
すかさずベイオウルフの周囲に粒子を拡散させる。レーダーよりも近距離において絶対的な効果を発揮する技。ただし、魔力粒子を散布するため味方から誤射される可能性もある。
魔力粒子が周囲に飛び散り、そして、結果を出す。
「フュリアスの機影は無し? そんな、ありえない」
そう呟いた瞬間、エネルギーシールドが何かによって挟み込まれた。強度的には問題はないが身動きが出来ない。
すかさず後ろのカメラを見たリリーナはそこに映る機体を見た。
簡単に言うなら足の無いクロノス。その翼は巨大でいくつものエネルギー砲が見える。さらには、腕は鋏のような形もしていた。だが、それ以上の特徴がある。それは、巨体。
ベイオウルフは20mを越えるフュリアス屈指の大きさ。だが、後ろにいる機体は20mどころか50mほどの大きさがありそうだ。
「エネルギーシールドを維持したままルーイ達を待つしかないか。ジャミングを受けているということはルーイ達も攻撃を受けていそうだな。はあ、今は悠人を待つしかないか」
そう言いながらリリーナは肩から力を抜いた。
アストラルファーラの周囲を飛び交うシールドビットが飛来するエネルギー弾を弾く。そのままルーイは前にいる足の無いクロノスに向かってエネルギーライフルの引き金を引いた。だが、エネルギー弾は装甲に弾かれて消え去る。
「大きさ通りの装甲というわけか。リマ、相手の構造はわかったか?」
『大体は。高さ52mで横が30m近く。翼についているエネルギー砲はバスターライフルクラスの火力ですね。総エネルギーはベイオウルフに匹敵するかも』
「僕達に新型機をぶつけてきたんだ。おそらく、データ採取だろう。アストラルファーラのデータもね」
『装甲に書かれていた機体名らしき名前を見つけたんだけど、これは』
「どうした?」
巨大な足の無いクロノスのような機体が背中から一斉にエネルギー弾を放つ。それを二機のアストラルファーラは避けながら反撃するようにエネルギーライフルの引き金を引く。
『ワルキューレ、だそうです』
「戦死者を選ぶ存在とでも言いたいのか? 舐められたものだね、僕達も」
ルーイはそう言いながらエネルギーライフルを捨てた。そして、エネルギーソードを引き抜く。しかも、両手にエネルギーソードを持つ。
『ルーイ?』
「リマ。ちょっとだけ見ていて」
すかさず設定を書き変えながらルーイは不適に笑みを浮かべた。
「瞬殺してくる」
そのままアストラルファーラが加速する。対するワルキューレは腕でもある鋏を繰り出してくる。その表面にはエネルギーが走り、当たれば一瞬で切断するのは明白だった。だが、ルーイは真っすぐに加速する。そして、鋏が振り抜かれた瞬間、器用に右腕のエネルギーソードで受け流しながら空中で一回転するアストラルファーラの姿があった。しかも、速度は一切落ちていない。
アストラルファーラはさらに加速しながら右の翼の付け根に左のエネルギーソードを突き刺していた。そのまま振り抜いた瞬間、ワルキューレの右翼が吹き飛んだ。
駆け抜けたアストラルファーラはエネルギーソードを戻し、対艦剣を取り出す。そして、身を翻したと思った瞬間、対艦剣を背中からワルキューレに突き刺した。そのままえぐり取るように左の翼を切り裂く。
「リマ、緊急用の推進ロケットの準備を」
トドメにエネルギーソードを二本、コクピットがあるであろう胴体から頭にかけて振り抜きながらアストラルファーラは大きく飛び上がった。
呆れたような表情をしたリマは推進ロケットを自らのアストラルファーラに装着しつつ上昇する。
『本当に瞬殺ですね』
「当り前だ。僕を誰だと思っている? あの程度の装甲、出力を5倍にしたエネルギーソードでいくらでも斬り裂ける」
『5倍までして切り裂けない方が不思議ですけどね』
そもそも、エネルギーソードはそんな出力で使うものじゃない。対艦剣ならエネルギーソードの5倍は軽々と出せるがエネルギーソードではどうしても限界がある。もちろん、出せないわけではないが爆発の危険性が高い。
それがわかっていながらルーイは敵の攻撃を受け流すのと斬り裂くのに使ったのだ。そうしなければワルキューレは倒せなかったかもしれないが、そうなるとワルキューレの名前もあながち間違っていないように思える。
「おそらく、リリーナも襲われているだろう」
『そうですね。でも、彼女なら今でも守りに徹しているのでは?』
「僕も同じ意見だ。ベイオウルフが防御に回れば、アレキサンダーですら破壊するのは難しいだろう」
コクピットの傍らにある収納スペースにリリーナは手を伸ばす。そして、その中に入っているポテトチップスの袋からポテトチップスを一枚掴み口の中まで運ぶ。エネルギーシールドの外ではワルキューレが必死にベイオウルフを鋏で斬り裂こうと頑張っているがいくら頑張ったところで壊せないのがわかっているのでリリーナはリラックスしながらお菓子を食べていた。
「もう、壊れないってわかったんだから別の方法を使えばいいのに。ワルキューレのパイロットは頭が悪いのかな? エネルギーシールドを解除したら危険だし、私は何もできないじゃない」
悠人ながらエネルギーシールドを限定的に発動して反撃するかもしれないがリリーナにはそんな細かな動作が出来ない。性格上しかたない。
「このままゆっくりお菓子でも食べてゆっくり悠人でも待とうかな。でも、このままだったら悠人の怒られるかな?」
悩みながらもリリーナの手はお菓子の袋に伸びたその瞬間、エネルギーシールドの負荷が無くなった。それと同時にワルキューレの姿が消える。
「消えた?」
お菓子の袋に伸びた手で収納スペースを閉じてリリーナはレバーを握り締める。
エネルギーシールドを展開したままゆっくりと動くが敵の姿は見当たらない上に何も感じない。だが、リリーナはこういう時の相手の行動はなんとなくわかっていた。
「私がエネルギーシールドを解除した瞬間に攻撃してくるのかな? だったら」
そして、ベイオウルフがエネルギーシールドを解除した瞬間、ベイオウルフのすぐ傍でワルキューレが姿を現した。そして、エネルギーが走る鋏をベイオウルフに向かって振り抜いてくる。
「その瞬間を待ってたんだよ!」
だから、リリーナは再度エネルギーシールドを展開した。そして、エネルギーシールドと鋏がぶつかり合う。相手の動きは挟み込むではなく叩きつけるような動き。だからこそ、リリーナは好機と思って動く。
エネルギーシールドを解除し迫りくる鋏に取り出した対艦剣で合わせる。そして、受け流しながら対艦剣を振り抜いた。だが、対艦剣はワルキューレの装甲に阻まれてほんの少し傷をつける。だが、ほんの少しでよかった。
ワルキューレが動く。今度こそベイオウルフを撃破するために鋏を振り抜こうとした瞬間、ベイオウルフの腕、いや、腕に装着された杭打ち機がワルキューレの中を貫いていた。
「これで、終わりだよ」
杭打ち機が動いた瞬間、ワルキューレが大きく吹き飛んだ。内部を貫いた衝撃は装甲を貫き反対側まで貫通したのだ。ベイオウルフが腕を振り抜く。それと同時にワルキューレが杭打ち機から外れて大空に放り投げられた。
相手は完全に動きを止めて落下するだけだ。
「ふぅ、終わった。さてと、ルーイ達との連絡を」
そうリリーナがレバーから手を離した瞬間、ベイオウルフを影が覆った。リリーナはとっさに上を見上げた瞬間、そこにはエネルギーを纏った鋏が迫っていた。エネルギーシールドは間に合わない。
走馬灯のように頭の中に様々な景色が思い浮かび、世界がスローモーションになった時、リリーナの耳の中に聞こえた。
『リリィィーーーーーナァァァアアアアーーーッ!!』
ベイオウルフを切り裂く寸前だった鋏が宙を舞う。それと同時にベイオウルフの機体が大きく下降していた。正確には、上から降りてきた機体によって抱きかかえられて。
「ゆう、と?」
『間に合った。大丈夫だよ』
ベイオウルフの前で、今にも朽ち果てそうなほどボロボロな悠遠が姿を現す。
『僕が、守るから』