第二百六十七話 真柴
この話もネタバレ回です。とある人物がどうなったかという話にも関わってきますのでネタバレ嫌いな人は飛ばしてください。
「ふわっ」
目の前に広がる光景を見た瞬間、鈴は声を上げた。もちろん、僕も驚いている。何故なら、そこに広がっているのは満点の星。驚くくらいに満天の星々。
どんな田舎でも視界一杯に広がるこの光景を見ることはないだろう。これが宇宙。これが本当の世界。僕達がどれだけちっぽけだったかがこれを見るだけでわかってしまう。
「綺麗だね」
「うん、綺麗だね」
録画装置を作動させながら僕は周囲を見渡す。右を向いても星。左を向いても星。そして、後ろを振り向けば青い星。
「これが、僕達の暮らす地球?」
「綺麗」
鈴は綺麗しか行っていないけど仕方ないかもしれない。本当に綺麗なのだから。
「鈴。今度は二人も、リリーナもメリルも連れてこの光景を身に来ようよ」
「イグジストアストラルに乗らないよ?」
「悠遠も使えばいい。四人でまた身に来よう。こんなに綺麗だから、みんなで」
「そうだね」
映像で映しながら僕は大きく息を吸い込む。
ここが宇宙。僕達の想像上でしかなかった世界。そこに今、僕達はいる。これを言葉で表すなら感無量。
「悠人。そろそろ行こ。待ってると思うよ」
「そうだね」
ペダルを踏み上昇しながらも周囲を見渡す。だけど、僕はすぐにイグジストアストラルを止めようとした。だけど、止まらない。なかなか止まらない。正確には上昇は止まった。だけど、今度は下降する。
イグジストアストラルは様々なスラスターがあるため姿勢制御は簡単だけど、他の機体なら姿勢制御すら難しいかもしれない。
「悠人?」
「何でもないよ。早く目的地の、えっと、衛星軌道砲だったっけ? それを見つけないと」
その瞬間、宇宙にエネルギーの輝きが煌めいた。それと同時に宇宙空間にあった何かにぶつかり爆発する。それを見た瞬間、僕は攻撃があった場所に向かって駆けだした。駆けだすと同時に装甲に何かが当たるような音がする。
「鈴、今のは?」
「爆発した破片がぶつかっているのかな? それにしても、宇宙は大気がないから空気抵抗が無いみたい。機体が慣性に従って大きく動くからそこを注意して」
「うん。慣性を利用して行動するよ。イグジストアストラルなら簡単だからね」
「こういう時に私がイグジストアストラルのパイロットでよかったって本当に思うよ」
その瞬間、僕はとっさにイグジストアストラルを左に大きく移動させていた。それと同時にイグジストアストラルがいた場所をエネルギー弾が通過する。
「今のは?」
「どう見ても攻撃だよ! 敵は、えっ?」
イグジストアストラル内にあるデータが一つの真実を表示する。それは、僕達が驚くには十分な機体だった。
「鈴」
「聖銃シルヴィルスと聖盾ウルバルスを出すね。聖砲ラグランジェは?」
「聖砲ラグランジェは行動に支障が出る。今は聖銃シルヴィルスと聖盾ウルバルスで」
加速しながら僕は聖銃シルヴィルスを構えた。
「悠遠を迎撃する!」
マテリアルライザーに攻撃をしかける悠遠に向かって僕は引き金を引いた。悠遠はこちらを向き、大きく下がる。
慣性を利用して滑るように移動しながら僕は聖盾ウルバルスを構えたままマテリアルライザーの前まで来ていた。そして、イグジストアストラルすら隠すほど大きな聖盾ウルバルスで身を守る。
「アル・アジフさん、正さん、無事ですか!?」
『どうやら間に合ったようだね。無事だよ』
『助かりました。さすがに、マテリアルライザーでは悠遠と相性が悪いので』
「間に合ってよかった。でも、どうして悠遠が。中のパイロットは死んでいるんじゃ」
『そのはずです。悠遠の中のパイロットは遥か昔、魔科学時代に死んでいます。それなのに生きているとということは』
『ディアブロだね』
その言葉には覚えがあった。確か、アル・アジフさんが悠聖さん達と向かった遺跡で遭遇した世界の敵だとか。そんな存在が前にいるというの?
『機体が乗っ取られたか優奈が乗っ取られたか。どちらにしても、倒すしかありません』
「わかった。鈴、行くよ」
聖盾ウルバルスを構えたまま悠遠に向かって翔ける。悠遠はエネルギーライフルを構えて引き金を引いた。だけど、エネルギー弾は聖盾ウルバルスによって受け止める。
そのまま聖銃シルヴィルスを構えて引き金を引いた。だが、悠遠はそれすらも回避する。
「このまま接近戦をしかけるよ。クラスターエッジハルバートを」
「うん」
聖盾ウルバルスと聖銃シルヴィルスを戻し、クラスターエッジハルバートを取り出した。そして、クラスターエッジハルバートを構えて悠遠に斬りかかる。悠遠はエネルギーソードを引き抜いて同じように接近してきた。
相手に機動力はイグジストアストラルよりも上かもしれない。だけど、今の僕は負ける気がしない。
エネルギーソードがクラスターエッジハルバートとぶつかり合う。そのまま僕は出力を最大まで上げて一気に加速した。そして、悠遠の背後にあった奇妙な箱型の大きな何かに背中から悠遠をぶつける。悠遠が大きくのけぞると同時に僕は悠遠の手からエネルギーソードを弾き飛ばした。
悠遠はすでにボロボロであり、コクピットの一部が露出している。そこにいるのは、黒い何かに蝕まれた人。
私を殺して。
その瞬間、頭の中に声が鳴り響いた。不快な声ではなく優しい声。
「悠人? どうかしたの?」
「鈴は今の声が聞こえなかった?」
「声?」
僕にだけ聞こえたのかな? でも、鮮明だった。まるで、前にいる人が僕に語りかけたように。
そう疑問に思った瞬間、悠遠の足がイグジストアストラルを蹴り飛ばしていた。僕はすかさず姿勢を戻した瞬間、悠遠がイグジストアストラルを殴ってくる。衝撃に耐えながら僕は最大限まで上げた出力のまま悠遠に激突した。そして、コクピットを開ける。
「悠人?」
僕はデバイスから護身用の槍を取り出してイグジストアストラルのコクピットを飛び出した。そして、悠遠のコクピットに飛び移る。悠遠のコクピットの中にいた人は僕に向かって手を伸ばすけど、僕はそのまま槍を突いた。
心臓がある位置を槍が貫く。だが、黒い何かは動きを止めない。まるで、無理矢理人を動かしているかのような動きで突き刺さった槍を握り締めてありえないほどの力で引っ張ってくる。
「悠人!」
鈴の叫びが聞こえる。だから、僕は宇宙服を脱いだ。
普通なら自殺行為。だけど、正さんの言葉を信じるなら僕は宇宙空間でも生きていられる。
「これで」
息を吸う。今まで以上に心地よい甘美な空気に酔いしれながら僕はストックしていた魔術を開放していた。
雷属性魔術の中でも基礎的な魔術であるショック。対象を痺れさすのが本来の使い方だけど、これを何十発とストックして貯め込めばその威力は上位の威力に匹敵する。
頭の中に響いた声がこの人の声ならば、殺す気でいかなければならない。
「終わりだ!」
放電する手のひらを直接押しつけた瞬間、紫電が飛び散った。それと同時にその人を蝕んでいた黒い何かが弾け飛ぶ。弾け飛び、そして、消滅した。
それと同時に姿を現す女の子。体中が血まみれで誰が見ても助からないような傷だった。
「だ、大丈夫?」
倒れてくる女の子を抱きしめながら僕が語りかけた瞬間、景色が変わった。悠遠のコクピットではなく、真っ白な空間。
「えっ? ここは?」
『ようやく、私を助けてくれた』
その声に振り向く。そこには、光の翼をその背に顕現させた先程の女の子。ただ、光で隠れているけど多分裸。
「君は?」
『私は悠遠のパイロット。とっくの昔に死んだ人物だよ。でも、良かった。ようやく、私はこの機体から解放される』
「解放? まるで、悠遠が呪いの存在みたいだね」
『そうだよ』
女の子は否定しない。真剣な表情で言葉を続ける。
『悠遠は『翼の民』専用に開発された鳥籠のようなもの。このシステムは全てを超越し、そして、体を犯す。呪いの一種みたいなものだよ。だから、私は解放されたかった』
「でも、君は後悔していない」
『うん。後悔していない。だって、これがあったから守れたんだから。ねえ、お兄さんの名前は?』
「真柴悠人」
『真柴? そっか』
少女が嬉しそうな顔をする。そして、僕に抱きついてきた。けど、光が邪魔をしているのか機械の体に抱きつかれたかのような硬い感触。なんか損した気分だ。
『悠人にこの機体を託すね。この機体は守りたい思いがあれば際限なく力を出す。でも、その代償もあるよ。代償を払ってでも守りたいなら、この機体に乗って。その思いこそが、全ての力の源になるから』
「君は誰なの? 僕の名前を聞いて嬉しそうな」
『私は真柴優奈。悠人の遠い遠い遠い親戚だよ』
その言葉と共に世界が元に戻る。それと同時に僕の胸の中に飛び込む女の子、真柴優奈。すでに事切れており、安らかな笑みで眠っている。
「悠人、大丈夫?」
「大丈夫だよ、鈴。早く、地上に戻ろう。そして、この子を、優奈を弔おう」
「悠人、何があったの?」
僕は泣きそうな表情をしているのだろう。だけど、涙を必死に堪えて優奈を抱えながらゆっくりとイグジストアストラルのコクピットへ戻る。
「小さな女の子が自分を犠牲にして大切な誰かを救おうとした話を聞いてしまったからかな」