第二百六十五話 最大の問題
モニター上を走る様々な数字の羅列。その羅列が右から左に流れる度に僕は顔が引きつるのがわかった。
この数字の羅列こと、悠遠がアレキサンダーに負けた理由の全てである。
「こりゃあかんな。いくら頑張ったところで悠人の反応速度に機体がついていってないわ」
「へっ?」
隣でモニターを見ていた鈴が奇妙な声を上げる。
「えっとね、モニターの右上が計算上の総合反応速度。対する左上が最大スペックの総合反応速度。総合反応速度というのはスペックをどれだけ最大限出せるかって目安。今回の場合はスペックが3500で計算上が8000だから」
「スペックの倍以上ってことだよね?」
「うん。悠遠が僕の反応速度に追いついていないという事実が如実に出ているね」
「こんなことはありえるの?」
ありえない。
悠遠はダークエルフやエクスカリバー、悠遠よりもスペックははるかに高い。どれぐらい高いかと言えばダークエルフの瞬間的反応速度の上限を越えているしエクスカリバーの通常反応速度の上限を超えている。最高速度もバランスも全ての中で最高の性能なのだ。
それなのに、追いついていない。しかも、全く追いついていない。
「根本的な部分から変える必要があるな。内部のシステム関連を大きく変えやなあかん。なあ、悠人、悠遠とダークエルフってどっちが瞬間的な反応速度は上?」
「えっと、ダークエルフかな。どうしても精神感応じゃないこっちだと反応速度に限界があるから」
「そうやろうな。そうなると、精神感応のシステムを積みこむしかないか。それやと、いや、アル・アジフ」
「なんじゃ?」
キーボードに手を走らせてさらに解析を進めているアル・アジフさんにアンは語りかけた。
「ダークエルフってばらしていい?」
「悠人に聞くのじゃ。ダークエルフは悠人のもの。じゃが、ダークエルフでも無理かもしれぬぞ。ダークエルフの精神感応自体が子供の頃の悠人に合わせていた部分があるからの。それを成長した悠人に合わせていたが、今の悠人では追いつかないかもしれぬ」
「そうやね。悠遠のスペックはダークエルフとエクスカリバーの反応記録を参照にしているからな。正直、この結果は意外だった。何かあったん?」
「えっと、一回死にかけた、というより、死んだから?」
「悠人」
アル・アジフさんが僕に向かって手のひらを向ける。そして、魔術陣を展開した。まるで、僕の体の中を見るかのような魔術に僕は思わず後ずさってしまう。だが、アル・アジフさんはそんな行為をとどめることなくしばらくの間、魔術陣を展開し、そして、小さくため息をついた。
「神にはなっておらぬようじゃな」
「神ってことは七葉や悠聖さんみたいなこと?」
「人は神に選ばれている状態で死んだ場合神へと存在を昇華出来る。もちろん、ほんの極一部じゃがな。神になれば特殊な力を使えるようになるからそれで速度が上がったかと思ったが、どうやら違うようじゃな」
「悠人の場合は前例がないってことだよね? 一度死んだ人が生き返るなんて本来あり得ないし」
「そうでもないぞ」
アル・アジフさんの言葉に僕達の目は点になった。
「人を死から生還させる方法はいくつかある。その中でも悠人は特殊な例じゃが、一番簡単なのは莫大な魔力を相手に与えること。周や慧海クラスの魔力の持ち主なら可能じゃろうな」
「いやいや、あの二人って元からけた違いだよね? 出来ないって言われる方が不思議なんだけど」
そもそも、周さんの場合は元からの総魔力量があるし、さらには周囲の魔力を吸い込んで背中の翼として貯蓄し本来の総量を越えるほどまで貯めることが出来る。まあ、僕もだけど。慧海さんの場合は化け物クラスだから出来ない方が不思議だけど。
そうなると、過去に復活させられた人がいるということだ。そうだとしたならその前例に当てはめれば僕がどうして反応速度が上がったのかわかるかもしれない。
「まあ、今の問題としては全く関係ないがの。こうなると、今の技術では無理かもしれぬの」
「そうなると、魔科学時代の技術に頼るしかないな。やけど、悠人は頸線は使われへんで」
「そもそも、ラインセントラルはかなり特殊じゃ。見つけ出しても誰も扱えんわ。我に考えが一つだけある。どれだけ朽ちているかはわからぬが、我の想像通りなら朽ちてはおらぬはずじゃ」
「なにか機体があるんか?」
イグジストアストラル、ストライクバースト、マテリアルライザー。今、こちらが把握している魔科学時代の機体は三機だけ。残る悠遠、ヴェスペリアとラインセントラル、本当の正式名称はオルタナティブだとか、の三機の所在がわかっていないからこの三機を見つけ出すのかな?
すると、アル・アジフさんは儚げな笑みで、ただ、その瞳の奥は今にも泣きそうで、そんな悲しそうな表情で頷いた。
「あんまり教えたくはなかったんじゃがな。ずっと眠っていて欲しかったが、そうは言ってられぬ。悠遠を回収する。じゃから、悠人と鈴はイグジストアストラルに乗って上がって欲しいのじゃ」
「上がって? それって空中に浮いているの?」
アル・アジフさんは頷いた。そして、悲しそうな笑みのまま口を開く。
「宇宙にの」
宇宙。それはもう想像上の存在と言っていいかもしれない。僕達が知る宇宙はどのような機体でも上がれないほど空高くに存在する空間と言われている。
もちろん、宇宙に到達した人はいる。だけど、帰って来た人はいない。あまりの空気の薄さに誰もが窒息し、機体は大気圏で燃え尽きる。その問題をどうにか出来たことは一切ない。
だけど、イグジストアストラルなら可能だ。イグジストアストラルは海の中だろうが毒の霧の中だろうが耐えきれるような構造をしている。
だから、僕達はパワードスーツの強化版、アル・アジフさんの話だと宇宙服を僕と鈴は着こんでいた。もしもの時、コクピット内の空気が薄くなったとしてもこれを来ていれば三時間ほどはどうにかなるらしい。
「悠人、これから、宇宙に上がるんだよね。どんなところだろ」
「あくまで伝えられている話だけど星が綺麗らしいよ。まあ、上がってみればわかると思うし」
「どうやら、緊張しているようだね」
その言葉に振りかえる。すると、そこには同じように宇宙服を着た正さんの姿があった。正さんもマテリアルライザーで出来るだけ高いところまで上がるらしい。もし、アレキサンダーが襲いかかってきた場合は僕達を守るために。
ちなみに、ルーイとリマが乗るアストラルファーラにリリーナのベイオウルフもある程度の高度まで付いてきてくれる。
「緊張、していますね。宇宙なんて上がったことがないから」
「悪くないところだよ。それに、もしもの時は悠人は宇宙服の空気を鈴に渡したほうがいいよ。僕達なら宇宙ですら行動できるから」
「えっ?」
宇宙って窒息死する場所じゃないの?
「『翼の民』は魔力だけで生活できる。僕達なら100%魔力粒子が満ちた空間でなんら問題無く生活できるよ。悠人はアリントスの減少定理は知っているかな?」
「確か、魔力粒子を魔力に変換して魔術を使用し、魔術が魔力粒子に戻った時に最初に変換した魔力粒子の量より減少すると一時期騒がれていたものですよね?」
確か、4年前くらいに騒がれていたと思う。結局、周さんが地球全体の魔力総量が一切変わっていないことを証明して与太話だと否定されたんだったっけ。
「減少した魔力粒子がどこから補給されるか。それは宇宙だよ。彼の証明も周の証明も正しいんだ。宇宙を一切考えられていないことを除けば。この意味がわかるよね?」
「宇宙は魔力粒子の空間?」
「そう。空気がないから普通の人では窒息死する。だけど、僕達なら生存できる。だから、もしもの時は彼女に空気を与えてあげて」
「もし、それで悠人が死んだら、私はあなたを許しませんよ」
鈴が僕の手を握り締めて正さんを睨みつける。その眼を正さんは優しく微笑み返した。
「大丈夫だよ。僕を信じて。さて、お邪魔虫は消えるとするよ」
そう言いながら背中を向ける正さんと変わるように心配しているメリルとリリーナ。いくら宇宙服を着ると言っても僕達を心配する気持ちは変わらないだろう。宇宙は未知の世界だから。
「悠人」
リリーナが鈴を握り合っていない方の手を握る。
「宇宙の様子をちゃんと録画してきてね?」
「僕のことは心配していないの!?」
そこに驚きだった。
「そうじゃないよ。心配だけどね、悠人なら大丈夫。うん、大丈夫だから」
「そう言われると何も言い返せないよ。そこまで信頼されているなら」
「だから、必ず私に悠人の手で宇宙の映像を見せてね」
リリーナも心配なんだ。大丈夫と言っていても僕がちゃんと帰ってくるように約束を求めている。だから、僕も答える。
「約束するよ。帰ったら二人で見ようね」
「それ、死亡フラグですよね?」
呆れたように言うメリル。だけど、メリルは正面から僕に抱きついてきた。
「ずっと待っていますからね」
「うん。必ず帰ってくるから。鈴と一緒に」
「二人共心配しすぎ。私のイグジストアストラルを信じて」
私を、じゃないところが鈴らしい。だから、僕は振り返ってイグジストアストラルを見つめた。イグジストアストラルの背中には無理矢理備え付けられた推進ロケットがある。これで上がれるところまで上がるのだ。
「行こう、鈴。宇宙に」
次回、originの一部のネタバレがあります。ネタバレが嫌いな人は悠人が悠遠をいつの間にか回収したとして次々々回へと移動してください。