第二百六十二話 二人
モニターに映る光景を温かい目で見つめる孝治。
孝治は悠聖から悠人の状態を聞いていたのだ。もしかしたら最終決戦に間に合わないかもしれないことを。だけど、メリルは悠人を取り戻した。これで、間に合うだろう。
「しかし、間に合ったものだな」
こちらからの通信をオフにした状態で魔王ギルガメシュが呟く。それに天王マクシミリアンも頷いた。
ギルガメシュの隣では刹那が安心したように息を吐き、マクシミリアンの隣にいるアーク・レーベはそれが当然だと言うように笑みを浮かべていた。
この場にいる全員が事情を知っている。そして、博打のような今回の賭にほぼ全員が乗ったのだ。ちなみにニーナだけはどちらでもなかったりする。
ニーナは苦笑しながら立っている。灰色の翼は収納しているため酷く場違いに見えるが誰も指摘しない。
「だが、間に合ったとは言えこれからだ。俺達は現在圧倒的不利な位置にいる」
「そうだな。だが、我らにはストライクバースト、イグジストアストラル、マテリアルライザー、悠遠の四機がいる。例えクロラッハが乗るアレキサンダーが相手でも引けを取らないが?」
「天王はストライクバーストで戦うつもり満々ッスね」
「マクシミリアン様は最前線で戦うことが王の証と常々言われておられりからな」
「当たり前だ。アークの戦いで勝ち残った以上、王は最前線で戦わなければならない。惜しいことはお前が敵ではないことだ。そう思わないか? 天王マクシミリアン」
「ふっ、それは我の台詞だ。孝治との戦いも心が躍ったが、やはり、戦うならば魔王ギルガメシュ、お前とだ」
「許可さえ出れば戦いそうッスね」
「あれでこそマクシミリアン様だ」
笑みを浮かべ合いながら相対しあうギルガメシュとマクシミリアン。そんな二人を見ながらほのぼのと会話をする刹那とアーク・レーベ。そんな様子を孝治の背後に隠れながら見るニーナ。
孝治はそんな状況の中で思わずクスッと笑ってしまった。
本来なら見ることの無かった魔界と天界が手を結ぶ姿。その姿がここにあるのだから。
「孝治さん、嬉しそう」
そんな表情を見たニーナが驚きながら孝治に尋ねる。
「そうだな。これが周の追い求めた姿だと考えたら思わずにやけてしまった」
「周。第76移動隊隊長海道周のことですね。孝治さんの親友って聞いてます」
「周は信じている。いつかみんなが手を取り合う姿を。そんな姿をいち早く見られるとはな」
感慨深く言う孝治の姿は年齢不相応だった。倍以上老けて見えるという意味だが。
「素晴らしいことだと思います。でも、勝てなければ」
「勝つさ」
ニーナの言葉を遮って孝治は言う。
「俺がいる。光がいる。悠聖がいる。悠人がいる。アル・アジフがいる。ギルガメシュがいる。マクシミリアンがいる。刹那が、アーク・レーベが、メリルが、ルーイが、その他諸々たくさんの人達がいる。俺達が負けることなんて無量大数が一にもありえない」
「無量大数が一っていう表現はおかしいと思うのですが。でも、そうですね。そうですけど、何故私の名前が無いのですか?」
「忘れていた」
「わ、忘れていた。この私を、側室の私を忘れていた?」
「普通に考えれば忘れられていてもおかしくないッスよね。側室って。ぐぎゃっ」
思わず口に出した刹那にニーナが放った神速の魔術が直撃して吹き飛ばされる。自業自得なので誰も同情しない。
「私とは遊びだったんですね!?」
「ニーナ、よく聞け」
泣きそうになったニーナに対して孝治が優しく語りかける。
「お前は戦えないだろ?」
「今のを見ていなかったッス、がっ」
起き上がった刹那が再度魔術の凶弾によって打ち倒される。今回放ったのは隣にいるアーク・レーベだ。ちなみに、それ以上の威力があるであろう魔術陣をニーナが構築していたのを凶弾によって打ち倒される寸前の刹那は見ているため手だけで感謝の意図をアーク・レーベに伝えている。
ニーナは魔術陣を消しながら申し訳なさそうに顔を伏せた。
「それでも、私は」
「孝治!!」
ニーナの言葉を遮るようにドアが吹き飛ばされる。本当に、文字通り爆発で吹き飛ばされていた。
「なっ、何故、ここに」
孝治は真っ青にしながら後ずさる。何故なら、視線の先には三人の少女がいたからだ。
一人はルネ。本来ならここにいるはずだったがアリエル・ロワソと連絡を取るために一時席をはずしていたのだ。だから、孝治が驚いたのはルネじゃない。他の二人。
一人は楓。麒麟工房にいるはずだが、楓は幾重にも編まれたごつごつとした戦闘用の白と桜の色をしたドレスを着ている。
もう一人は光。言わずもがな、孝治の恋人である。レーヴァテインを握り締め、すでにいくつかのレーヴァテインをコピーしている。どう見ても悪魔と言っていい形相である。
「孝治? うちがおらん間にいつの間にか愛人をつくったようやな?」
孝治の額に汗が流れる。ギルガメシュとマクシミリアンはお互いにこれから起きる出来事の賭けを行っていた。ちなみに、ギルガメシュが痴話喧嘩の発生でマクシミリアンは光とニーナが仲良くなって二人で孝治を責めるということになっている。どっちにしても孝治は酷い目に合うと思っているようだ。
孝治は逃げ場所が無いかを周囲を見渡して確認する。だが、この部屋に逃げ場所はない。さらには光がある関係でレアスキルで逃げだせるような状況でも無い。
簡単に言うなら絶対絶命。前にいるのは人の姿をした悪魔。
「何か言ったらどうなん?」
「あ、愛人をつくって何が悪い!!」
「それは最悪の返し方だよね?」
楓が呆れたように呟いた瞬間、光が動いた。レーヴァテインを全力で孝治に向かって投げつけようとした瞬間、ギルガメシュが拳を握りしめた瞬間、ニーナが孝治をかばうように前にでる。
「待ってください! えっと、中村光さんですよね?」
「あんたは?」
「えっと、『灰の民』と言ってもわかりませんよね」
ニーナが灰色の翼を出した。さすがにそれは光の怒りの矛先を収めるほどだった。
天界は純白至上主義と言ってもいい。それなのに、ニーナは灰色の翼を持っている。それだけでどんな扱いを受けてきたかなんとなくわかったのだ。
「『灰の民』の巫女、ニーナです。今は孝治さんの世話になっています」
「世話ってどういうことなん?」
「えっと、天界が滅びたことは聞いていますよね?」
その言葉に光は頷いた。それにニーナは安心したように笑みを浮かべた。
「天界は本来ならもう少しだけ生き残っているはずでした。でも、それは私が命を捧げなければならなかったこと。孝治さんは私を止めて別のやり方で天界を救ったのです。でも、『灰の民』の巫女として天界が滅んだ責任を取らなければなりません。ですから、私は救ってくれた孝治さんのためにお世話をすることにしたんです」
「世話になっているって聞いたけど?」
「今はまだです。天界の住人、天魔は総じて長生きです。もちろん、私も長生きのはずです。だから、孝治さんより長く生きて孝治さんの世話を死ぬまでするつもりです」
「死ぬまで!? 孝治の世話はうちがする!!」
「いえ、私が」
「うちや!」
「私です!」
孝治の世話をすることで言い合いを始めた二人を見ながら刹那が呆れたように息を吐いて近くにいるマクシミリアンを見た。
「どうにかしてくれないッスか? 天王様」
「無茶を言うな。あの中飛び込めば死ぬだけではないか?」
「そうだな。だが、若い者は感情のまま突き進めばいいのだ。我らは傍観しておこう」
「今にも一触即発だから言ってるんッスよ!!」
「こういう場合はこいつに止めてもらう他ないだろう」
こそこそと影に入り込もうとした孝治をアーク・レーベは掴む。孝治は困ったように孝治の服を掴んでいるアーク・レーベを見た。今すぐ手を放して欲しいというところだろう。
逃げ出す気満々の孝治を見ながらアーク・レーベはため息をつきつつ突き飛ばした。もちろん、二人の間に向かって。
「孝治! 孝治はうちかニーナのどっちを取るん!?」
「私は見捨てませんよね!?」
完全に修羅場と化していた。そこに飛びこまされた孝治はため息をつきつつ二人に腕をまわした。そして、引き寄せる。
「もう止めろ。お前達のどっちも大事だ。光は昔からずっとだ。ニーナは責任を感じているし、それに、好意も嬉しいと思っている。だから、俺はどっちも責任を取りたい」
「なあ、孝治。そのセリフはダメ人間のセリフってわかってる?」
「孝治さん。あんまりです」
「俺はどうすればいいんだ。刹那、助けてくれ?」
「リア充爆発しろ」
「そう言えば、刹那って彼女いなかったんだった」
思い出したかのようにいうルネの声に誰もが言葉を止める。そして、全員が頭を下げた。
『ごめんなさい』
「謝られる方がキツイッスよ!! というか、アーク・レーベは彼女がいないッスよね!?」
「いや、これでも既婚者だが?」
その言葉に刹那が真っ白に燃え尽きる。どう考えてもトドメだった。
「ふふっ。でも、よくよく考えたら孝治らしいかも。孝治って私一筋に見えて女の子をよく見てるし」
「孝治さんは見ているだけですからね。しかも、イケメンだから女の子が近寄ってきますし」
「うちがおらん時は心配やからな。ニーナなら大丈夫やな。愛人狙い見たいやし」
「はい。私は孝治さんが大好きですから。二番目でも大丈夫です。でも、ちょっとだけ、ちょっとだけ孝治さんを貸してくださいね?」
「お安い御用や。むしろ、二人で同時に迫るのも」
「なあ、俺の将来がどんどん決まっているような気がするんだが」
その言葉に刹那以外の全員が温かい目で孝治を見ている。ちなみに、刹那は血走った眼で孝治を見ていた。
「そう言えば、楓は彼氏いないよね?」
「私は周君の背中を追いかけるのが趣味だから」
「それってストーカーってこと?」
「やだな。寝顔のコレクションしているくらいだよ?」
「前言撤回。ストーカーじゃなくて犯罪者だった」