第二百六十話 力無き力
コンソールの握り締めた拳を叩きつける。その勢いでコンソールの一部にひびが入るが僕は構わずもう一度拳を上から叩きつけた。
「悠人!」
後部座席に乗る鈴が僕の行為を僕の体を掴むことで止めてくる。よく見るといつの間にかコンソールに叩きつけた僕の拳からは血がしたたり落ちていた。
「僕は、何もできなかった」
それなのに痛みはしない。それよりも心の方が痛い。
力があったのに。悠遠を手に入れた僕は今まで以上に力があった。アレキサンダーを撃破できるくらいに。それなのに、負けた。あの、アレキサンダーに負けた。
今先ほどアレキサンダーが撤退したと聞いた。しかも、ルーイも負けて怪我をしているらしい。
僕は倒せる力があったはずだった。それなのに、僕は負けた。負けたんだ。
「勝てるはずだった。鈴もいた。悠遠も最高の機体だった。それなのに、僕は何もできなかった。アレキサンダーを追い詰めることも、アレキサンダーを倒すことも、何も、出来なかった」
「悠人」
僕は、なんのために戦っていただ。
「これまたこっぴどくやられたな」
破壊された悠遠を見ながら浩平は呟いた。その浩平の手をリースがギュッと握る。それだけで浩平はリースが何を言いたいかわかった。すでに阿吽の呼吸だ。
「中に乗る悠人達は無事だろ。周と同じでしぶといからな。だけど、負けたのはかなりマズイな」
その言葉と共に浩平は周囲を見渡す。破壊された悠遠を見た者はかなりの数にのぼるだろう。それは噂を呼び尾ひれがついて周囲に駆け回る。そして、音界中に駆け回る。
悠人が、歌姫側のエースパイロットがアレキサンダーに、クロラッハに負けたと。
それは完全に士気に関わる。何故なら、悠人の実力は音界中に知れ渡っている。一騎当千というレベルではない。それこそ、フュリアスとの戦いでは敵がいないとされるくらいの実力を持っている。悠人に勝つには機体防御力で勝つしかないと言われるくらいに。
そんな悠人が負けるほどの実力をクロラッハ持っていると言うことになれば味方は士気を下げるだろう。
「大丈夫」
「リース?」
「悠人は負けない。悠人の強さはこんなものじゃない」
「そうだけど」
浩平も悠人の強さを知っている。だが、現に悠遠は両足を失っている。それは覆せない事実なのだ。
最終決戦までに士気が戻ることを祈るしかないのが今の現状だ。そして、悠人が立ち直ってくれるのを祈るだけ。
「浩平はまだわかっていない。悠人の本当の強さを」
「本当の強さ?」
「だから、浩平はまだまだ」
そう言いながらリースは浩平に向けてほほ笑んだ。その笑みは悠人を信じているという笑みだった。
衝撃を与えないようにゆっくりと降り立つ。それに腕の中にいる七葉は嬉しそうに微笑みながらギュッと抱きついてきた。
「ありがとう、悠兄」
「あれ? さっきはお兄ちゃんって言わなかった?」
「あ、あれは、嬉しかっただけだもん。私を助けてくれるってわかっていたから。悠兄なら必ず助けてくれるって」
「そっか」
そう言いながらそれは七葉を下ろした。すでに血は止まっており傷口の大半は塞がってきている。これも神の力なのだろうけど、オレも七葉も治癒魔術をかけていただからだろうな。
とりあえず、今は七葉を治療できる場所に送るべきだろうな。オレは向かいたい場所があるから誰かが連れて言って欲しいものだけど。
「なな!」
そう言えばこいるがいたな。
「和樹、七葉を任せた!」
「えっ? おわっ」
和樹の姿を見たオレは七葉を和樹に向かって投げた。和樹はお姫様だっこの体勢で七葉を受け止める。周囲の黒い視線が二人を貫くが二人はそんなことを感じていないかのごとく抱き合っている。
おそらくアルネウラや優月がそばにいるオレはああいう状態なんだろうな。
そう思いながらも駆け足で目的地に向かう。戻ってきたら部屋に集合するように伝えていた。だから、あいつらは全員集合しているはずだ。時間よりかは少し早いけど、あいつらなら確実にもうついている。
そう思いながらオレは建物中に入る。そして、一直線にオレ達の部屋に向かう。そして、廊下を走り曲がり角を曲がり階段を駆け上がり廊下を駆け抜け、ドアを開けた。
「あっ、悠聖」
『大丈夫だった?』
そこにいるのは懐かしい、少しの間離れていた姿。
アルネウラ、レクサス、セイバー・ルカ、グラウ、ライガ、イグニス、エルフィン、そして、優月。
二人はちゃんと全員を連れて来てくれていた。だから、オレは考えていた言葉をこの場にいる全員に対して放つ。
「また、共に戦おう」
『当り前だよ。私は悠聖のものなんだから』
『今回は少し本気をだろうかしら。潰したい相手もいるし』
『私の剣は精霊帝と共にあります』
『承知』
『任せろ。この俺様がいる以上我がマスターには指一本触れさせんわ』
『熱いね。でも、その熱さに僕も同意しようかな』
「私は悠聖と共にあるよ」
頷いたグラウ以外の全員がオレとの再契約を望んでくれている。だから、オレは笑みを浮かべて契約魔術陣を展開した。
「みんな、ディアボルガを取り戻して戻るぞ。オレ達の家に」
静かにアル・アジフは魔術書アル・アジフを閉じた。そして、座っていた場所、ピースの巨体の腕の上から退く。
「これが我の考えている最終決戦に向けての方法じゃ」
『あなたらしい、とでも言いましょうか。やはり、あなたはリズィの性格を継いでいます。合理的で理想的で、そして、希望的観測』
「別に我は希望的観測を述べているわけではないぞ」
ピースの言葉にアル・アジフは苦笑する。苦笑しながらもアル・アジフア言葉を続ける。
「我は信じているのじゃ。悠人を、悠聖を、皆をの。世界を救うためには我一人ではどうしようもない。我は最強の魔術書アル・アジフ。じゃが、その能力はいくら強大でも、無数の敵を消すことが出来ても、無限の敵には勝てぬ。だから、信じているのじゃ」
『それもリズィに似ています。あなたはリズィではないのにリズィなのですね』
「我の人格のベースじゃからな。あの時はよく喧嘩したものじゃ。じゃからこそ、今の我があるが」
『そうですね。アル・アジフ。レヴァンティンは元気ですか?』
「元気にしておるよ。新たなマスターを手に入れて驚異的な力を発揮しておる。もし、そやつが魔科学時代にいれば歴史は変わったかもしれぬな」
ある意味そうかもしれない。周の強さは人間離れしている。何かが抜け出ているというわけじゃない。平均的に高いその能力はどんなことにも使える。それこそ、武器開発から指揮官、前線兵士まで。その強さは並みの敵では刃が立たないほど強い。
だからこそ、アル・アジフは言う。魔科学時代にいてくれればたくさんの人を助けられただろうという意味を込めて。
『歴史は変えられそうですか?』
「変えれるじゃろうな。この時代は皆同じ目的を持って戦っているのじゃ。それが愚かだと言ってもいいだろう。でも誰もが求めている。新たな未来を」
『それで戦争がおきては意味がありませんよ』
「これは我の希望的観測じゃが、周が、レヴァンティンのマスターが必ず世界を指揮して歴史を変えてくれるぞ。新たな未来に」
『希望的観測ですか。でも、その希望的観測は夢見たいものですね』
「なら、君も戦えばいいと思うよ。異形の動きを予測し、的確な攻撃を行うために開発された集積型スーパーコンピューター最終式『ピース』」
その言葉にアル・アジフは振り返る。そこにはボロボロの姿をした正の姿があった。どうやら普通に通路を通ってここに来たらしい。おそらくエンペラーとも戦ったのだろう。よく戦うものだ。
正はピースの姿を見るとその腕に腰かけた。
『あなたですか。海道周』
「今は海道正だよ。その名前はどうしても存在を揺らされてしまうみたいでね」
「そなた、魔科学時代にもいたのか」
「歴史に残らない程度に戦わせてもらったよ。まあ、僕としては周のいない時代が安寧の時代みたいだからね」
そう言いながらも疲労困憊の状態でピースに体を預ける。
「アル。君ならピースを共に戦えるように出来るよね?」
「当り前じゃ。じゃから、我は提案しようか」
アル・アジフはまっすぐピースを見つめた。
「我と共にこの世界を救うために力を貸してほしい。悠人の力になって欲しい」
「ねえ。リリーナ、ハイロス」
倒れた大木に腰かけながらリリィは同じように大木に腰かける二人に声をかける。
「何も、出来なかったね」
「うん。ただ、無駄だった。私達が向かったのがね」
「無駄かどうかはわからない。だけど、足手まといだった」
レザリウスとの戦いを三人は見ていた。だが、三人は正とレザリウスとの戦いに介入することが出来なかった。あまりに高度すぎたのだ。
圧倒的で幻想的な剣術でレザリウスを迎撃する正と圧倒的な力で破壊しようとするレザリウスとの戦いに三人はただ見ているしか出来なかった。それが悔しい。誰もが悔しい。
「力があるはずなのに、私は何もできなかった」
「うん。アークの武器を持っていても私は、私達はまだまだ未熟者なんだよ。このままじゃダメなのに」
最終決戦は近づいている。だから、このままじゃ三人はそれほど活躍出来ないだろう。それは後に天王や魔王を目指す身として、音界を守る騎士になる身としてはダメなのだ。
だから、誰もがそれを解決する手段を口にする。
「そろそろ、決着をつけないといけないわね」
「そうだね。誰がアークの戦いを制するかを決めないと」
「負けるわけにはいかない。二人が相手でも」
アークの武器の力を手に入れ、王となれる力を持つ最後の勝利者になるために三人は止められない戦いをしようと口を開く。
「「「決着をつけよう。誰が王になるかを」」」