第二百五十九話 ピースメーカー
空を飛翔する姿。それだけを見れば人界なら疑問に思う人はいないだろう。戦時中なら空は魔術師が飛んでいるからだ。
もちろん、最近はフュリアスの姿もあるが十中八九魔術師だ。だが、その背中に背負われたフュリアスのブースターの小型版を見れば疑問に思う人はたくさん出るだろう。
傍目から見た自分の姿を想像しながら七葉は苦笑しつつ敵を射程圏内に収めるために飛翔する。
「これって形や大きさを変えられるんだ」
飛翔しながらも七葉はピースからもらったオルタナティブ試作一号機、通称ピースメーカーの使い勝手を確認していく。
オルタナティブ試作一号機というがピースメーカーはフュリアスの姿をしていない。フュリアスの姿になれる頸線の集まりをコントロール出来る手段がピースメーカーにあり、その手段によって出来る機体がオルタナティブ試作一号機だ。
ただ、頸線を大量に正確に使いこなせる技量がなければオルタナティブ試作一号機にはなれず、それに該当する人物は七葉か慧海くらいだろう。
魔科学の結晶であるオルタナティブ試作一号機はあまりにも要求が高すぎて魔科学時代では欠陥品だった。だが、七葉が使えば話は変わる。
すると、視界に収めたアレキサンダーの攻撃がアストラルファーラを大きく破壊する。
「届くかわからないけど」
七葉はピースメーカーを操作する。操作する方法は今までと同じであるため違和感は全くない。違和感どころか今までの頸線とは違った扱いやすさを持っていた。
「わからないじゃない」
七葉は放つ。頸線を放つ。
「届かすんだ。希望を掴むんだ!」
七葉が放った頸線は寸分狂うことなくアレキサンダーの振り上げた腕を斬り落とした。それにアレキサンダーは七葉を振り向く。アストラルファーラも七葉を振り向いた。
間に合った。それに少し安堵しながらも七葉は笑みを浮かべる。
「こういう時に登場するのがヒーローってもんだよね!?」
そう言いながらも頸線をアレキサンダーに向けて放つ。ここでクロラッハを倒すことが出来れば戦いを終わらすことが出来る。それがわかっているからこそ大破したアストラルファーラが傍にいてもアレキサンダーを撃破するために動く。
だが、アレキサンダーで破壊出来たのは腕だけ。背中のブースターは生き残っている。だから、アレキサンダーは大きく七葉からの距離を取った。
すかさず七葉は禁書目録図書館の中に飛び込んだ。そして、ピースメーカーに収められた情報を閲覧し役に立つ情報だけを抜き出して禁書目録図書館から戻る。
ピースメーカーの中には様々な設計図が収められている。それはフュリアスのパーツを構築するためのパーツの情報もあれば攻撃用の武器の情報まである。さらには防御用のものまで。
「ルーイさん、大丈夫!?」
七葉はアストラルファーラの傍まで移動してルーイに尋ねた。コクピットは露出したコクピットの中で額から血を流すルーイの姿が見える。だが、それ以外に怪我はないようだ。
「大丈夫だ。それよりも、クロラッハを」
「はい!」
ルーイは七葉の装備に疑問を持ったはずだ。だが、ルーイはクロラッハの名を挙げた。それは、ルーイもここでクロラッハを倒すことを優先した方がいいとわかっているのだろう。
七葉は頷くとアレキサンダーに向かって背中のブースターを最大限まで噴かせる。
『その装備は一体なんだ!?』
背中の砲を七葉に向けながらクロラッハは叫ぶ。七葉その手に槍を作り出してアレキサンダーに向けて飛翔する。
『なんだと聞いているのだ!!』
莫大なエネルギーが七葉に向けて放たれる。だが、標的は人間。フュリアスと違ってその大きさはかなり小さい。だから、照準を向けるのも当てるのも難しい。
七葉は悠々とそれを回避するとアレキサンダーに向けて頸線を放った。アレキサンダーはすかさずその場から飛び退くが右足を頸線が斬り裂く。
「このまま」
すかさず大量の頸線をアレキサンダーに向けて放つ。だが、そのほとんどは突如として降り注いだエネルギーの塊によって弾き飛ばされていた。
追うのを止めて七葉はアレキサンダーから距離を取る。それと同時に四機のクロノスがアレキサンダーを守るように前に現れた。その隙にアレキサンダーは大きく距離を取っていく。
「邪魔をしないで!」
すかさず頸線を薙ぎ払いクロノスを輪切りにしながらアレキサンダーを追いかけようとした瞬間、目の前にドラゴンが現れた。
「なっ!」
すかさずピースメーカーで全身を覆い振り抜かれた尻尾を受ける。衝撃を全て殺しきることはできず大きな衝撃を体に受けながら七葉は大きく距離を取った。
七葉の前にアレキサンダーを守るように存在するクロノスの変わりにいるドラゴン。その背中には見たことのある男の姿があった。
「黒猫」
「ここでクロラッハを殺されては困るのでな。悪いが、お前には退場してもらうぞ。希望神白川七葉」
「神になったのを知っているんだね」
「当り前だ。そういう未来だっただろ?」
その言葉に七葉眉をひそめる。違和感があるのだ。
七葉は様々な死の運命から逃れてきた。本来なら死ぬはずだった七葉はいくつかの偶然から何度も生き残っている。それは完全なイレギュラーでありこれを想定していた人はいないはずだった。
「考えてもわからないか。黒猫、どいて。音界を平和にするためにクロラッハをここで」
「ここで倒してどうなる? お前達は来るべき滅びの未来を止めるために動いているのだろ? 人間が強くなるのはなんだか知っているか?」
「戦い」
「戦争。それが正解だ。儂らは戦争を起こさなければならないのでの」
「そんなことをしたらたくさんの人が死ぬよ! そんなことを私が見逃すとでも!」
「見逃さないだろうな。だからこそ、儂はお前を倒すのじゃ。なに、たかが神程度、儂の力の前では無意味だ」
黒猫が笑みを浮かべる。その笑みに七葉はゾッとした。まるで、その笑みは全てを喰らう捕食者であるかのような笑み。その笑みに七葉は槍を構えて後ろに下がる。
「下がったな」
だが、その選択肢がまずかったと理解したのは黒猫の言葉と共にわき腹が大きくえぐり取られた瞬間だった。
「がっ」
あまりの痛みに意識が飛びそうになるが七葉は振り返るより先に後方に頸線を叩きつける。だが、振り返った先にいたドラゴンの鱗は頸線を弾き、七葉の血で濡れた口が開く。
そうかさず槍でドラゴンの顔を突きドラゴンから距離を取りながらわき腹に手を当てる。
本来なら致命傷。だが、七葉この程度の傷では死なないと何故か思っていた。すかさず周囲を警戒しつつ未来を見る。
「ちょっと、絶対絶命かな」
この傷はドラゴンの牙がかすったから。本来なら致命傷の傷を受けても死ぬ気がしないのは神はこの程度では死なないということ。黒猫が捕食者の笑みを浮かべたのは頸線の火力ではドラゴンにダメージを与えることは難しいから。
どんな頸線の攻撃をしてもドラゴンを倒すことは出来ない。傷つけることは出来てもだ。
それらの情報を一瞬で把握しながら七葉は冷や汗を流す。完全に相性が悪い。攻撃も防御も全てが相性の悪さを出している。
「すまないの。本当ならお前のような子供は生かしておきたいが、それをするわけにはいかない。だから、ひと思いに」
「頸線を使った攻撃ではドラゴンにダメージを与えることが出来ない。だったら」
七葉は笑みを浮かべる。笑みを浮かべながらその体にピースメーカーを纏わせた。
「別の戦いをするだけだよ!」
ピースメーカーから大量の頸線が飛び出し大きな体を作り出す。それを見ながら黒猫はぽかんと口を開けていた。
頸線が作り出すもの。それはどう考えてもフュリアスそのもの。人型をした機械の手足。コクピットがあるため少し前後に大きい胴体。そして、機械というのがよくわかる顔。
背中には十字架の形というのが一番わかりやすいブースター。今までのフュリアスとは全く違う新たなブースターだった。スラスターの無い空中で方向転換することを考えていないブースター。まるで、地上で戦うことを主眼におかれたもの。
そのフュリアスの中に座る七葉はわき腹に治癒魔術をかけながら装備を確認する。そして、顔をひきつらせる。
「この飛行ユニット、オーバーテクノロジーすぎるよ」
背中のブースターはあくまで地上から飛び上がる時に使用するためだけのもの。空中での行動はこの機体の全身に描かれた魔術陣による魔術の飛翔。誰もがここまでたどり着いていないあまりに高みに位置するテクノロジー。
背中のブースターは推進器付きの対艦剣が縦に装備され、前後に砲撃可能なバスターカノンクラスの火力を持つ砲。
シンプルにその二つだけだがこの状況ではそれだけで十分だ。七葉は背中から対艦剣を引き抜いた。
『それはなんだ?』
黒猫が動揺しながら尋ねる。仕方ないかもしれない。
この機体、オルタナティブ試作一号機は魔科学時代でも到達できなかったはずの技術がふんだんに突く割れているのだから。
「確かに私の頸線はあなたのドラゴンには効かないよ。でもね、この機体なら通用する。だから」
『くっ』
黒猫の乗るドラゴンがオルタナティブ試作一号機から距離を取る。その間に七葉を襲ったドラゴンがオルタナティブ試作一号機に襲いかかった。
七葉は小さく息を吐き出しオルタナティブ試作一号機を動かす。ドラゴンの首をかいくぐりそのまま対艦剣をバットを振り抜くように横薙ぎに振る。対艦剣は推進器からエネルギーを吐きだし加速しながらドラゴンの体をいとも簡単に斬り裂いていた。
ドラゴンを両断しながら七葉振り返りつつその手に新たな武器を取り出す。それは七葉が愛用している槍をフュリアスの大きさに合わせて大きくしたもの。それを黒猫に向けて投げつけた。
黒猫が乗るドラゴンを槍が一瞬で貫き弾け飛ばす。だが、黒猫はタイミング良く飛び退いてそのまま飛翔する。
追いかけようとした七葉だが痛みに顔をしかめて動きを止める。どうやら血を流しすぎたみたいだ。先程まで戦闘状態だったため痛みをあまり感じなかったが本来なら致命傷。動けなくてもおかしい。
「ちょっと、キツイ、かな」
オルタナティブ試作一号機が一瞬にして頸線に戻り七葉は空中に放り出された。痛みを感じながら七葉は落下していく。痛みのあまりピースメーカーで上手くブースターを作り出すことが出来ない。
このままだと地面に激突する。だが、七葉は今視た未来を思って笑みを浮かべたまま落下する。
そして、視た未来と同じように受け止められる。
「ったく、七葉、無理はするなよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
オルタナティブ試作一号機はある意味反則的な性能ですが完成機であるオルタナティブはその上をいきます。
これで第三章で登場させたかった主要フュリアスは全機出たので第三章完結に向けて最後の戦いに移行していきます。