第七十七話 宣言
サイドテールのベリエは頬を赤く染めたままそっぽを向いている。対するアリエはにっこり笑って近づいてきた。
オレは屋上のドアの鍵を閉める。
「まさか、あの二人だとはな」
「周お兄ちゃんだと気づいたのはエレノアお姉ちゃんが言ってくれたからだよ。あっ、戦うつもりはないから」
「むしろ、戦いたくない。で、どうして女子更衣室に入ったんだ?」
オレが少し真剣になりながら尋ねる。アリエは視線を逸らす。
「ベリエちゃんが間違ったんだよぅ」
そう言った瞬間にベリエの顔がさらに真っ赤に染まった。間違ったなら仕方ない。でも、どうやってみんなに話そうか迷うな。
「ベリエちゃんがね、周お兄ちゃんの机の近くで地図が書いた手帳を見つけてね、それを頼りに更衣室に向かったら女子更衣室だったんだよぅ」
どうりで和樹の生徒手帳が盗まれたわけだ。
「わかった。なら、オレからは何も言わないさ。それで、どうしてここに」
「これよ」
いつの間にか近づいて来ていたベリエがオレに向かって手紙を差し出す。オレはそれを受け取った。
中身を開けて内容を読む。
「エレノアからの手紙?」
「そうよ。エレノアお姉様がこれを海道周に渡せって。後、内容を確認してもらったなら返事を私達に聞かせて欲しいって」
オレは小さく溜息をつきながら手紙をベリエに渡した。
「これはエレノア、貴族派代表魔界五将軍『炎帝』のエレノアが出したものか?」
「うん。エレノアお姉ちゃんが出した手紙だよぅ」
「読んでみろ」
オレの言葉にベリエが手紙の内容を見る。そして、固まった。アリエも同じように固まっている。
内容は簡単に言えばこうだ。
アリエとベリエを預かっていて欲しい。出来れば時雨に預けて欲しい。こんな内容だ。
「どうして、どうして、エレノアお姉様は」
「多分、お前らが大事だからじゃないか? 戦いが激しくなるから」
「絶対にない。エレノアお姉様が負けるわけが」
「ないとは言えないだろ」
最悪の状況になれば第一特務がやって来るのは確実だ。もし、慧海が来たなら確実に全滅する。おそらく、慧海は来ないけど。
それにベリエはオレ達を忘れている。
「オレ達も戦ったらただではすまない被害がそちらには出る。いや、オレ達が勝つ可能性もあるか」
「だったら、今ここで」
「ベリエちゃん! 戦いに来たわけじゃないんだよ! 私達が来たのは話に来ただけなんだから!」
ナイフを取り出したベリエの前に両手を広げたアリエが立ち塞がる。そして、ベリエは気まずそうにナイフを下ろした。
オレは二人に近づく。
「話がしたいって?」
「えっと、出来ればエレノアお姉ちゃんと周お兄ちゃんが戦って欲しくないから」
「悪い。それは無理だ。狭間の鬼の力は大きすぎる。それに約束したんだ。鬼はオレ達が倒すって」
都と約束したことだ。都を狭間の鬼から解放するために鬼を倒す。それは不可能に近いかもしれない。でも、
「無理。絶対に無理。私達ですら不可能という結論を出したのに、あんた達が倒せる可能性なんて」
「誰かを犠牲にして世界を救えたとしても、それは世界を救えたことにはならない。世界を救うということは、自分も仲間も知り合いも誰もかも救うことだ」
オレは自分の信念を口にする。その言葉にベリエもアリエも驚いていた。
「助けを求めてきているなら、オレは助ける。それがオレの決意だ。確かに、鬼は強いさ。それは戦ったことがあるからわかる。でも、不可能だと諦めたら終わりだ」
「無茶よ。絶対に無茶。死ぬつもり? あんたが死ねば、茜はどうなるのよ!」
ベリエの言葉にオレはあの時のパーティを思い出していた。確か、ベリエには茜が懐いていたっけ。それでアリエが泣きそうになったのを覚えている。
ベリエはオレのことと、そして、茜のことを心配している。
「ありがとう。心配してくれて」
「べ、別にあんたのことなんて心配してないから。だけど、茜は今も病院でしょ? 家族はあなた一人でしょ? 死んだらどうするつもり?」
「死なないさ。それに、勝つ可能性があるならそれを全てする。あらゆる戦い方で勝ちを近づける。それがオレの器用貧乏だ」
ベリエは呆れたように溜息をついた。でも、その口元は少し笑っているように見える。
まるで、嬉しそうに。そして、楽しそうに。
「決めた。今からあんたは私のライバルよ」
「ベリエちゃん、前にボロ負けしたよね」
確かに圧勝だった。まあ、モードⅡの実戦初使用だったから隙をつけただけかもしれないけど。
「うう。でも、私は強くなるから。アリエと一緒にあんたを倒せるように強くなる。あんたみたいな兄がいたら茜も心配だと思うし」
「お前ら連絡取り合ってないよな」
その言葉は茜に言われたことがあるぞ。
「じゃ、私も周お兄ちゃんより強くなる。でも、次の戦いを生き残らないと」
次の戦いというのはおそらく第76移動隊との鬼を求めての戦い。
オレはにやりと笑みを浮かべる。
「オレ達が勝つからな」
「うう、ベリエちゃんどうしよう」
「絶対に負けないから」
アリエが心配そうにベリエを見て、ベリエは笑みを返してくる。
「じゃ、まだ時間あるし、いろいろ話をしようぜ」
「何か話すことがあるの?」
「私、周お兄ちゃんの今までの話が聞きたい」
オレは時計を確認しながら頷く。
とりあえず、午後の授業はサボるか。
海道周の趣味は勉強。それが授業をさぼる理由。